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本編
08 答え
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その夜、結局、本郷は櫻井の部屋を出た。
何も越えなかったし、何も始まらなかった。
それなのに、抱きしめられた腕の感触だけが、朝になっても離れなかった。
コンサートツアー最終日。
ドームのど真ん中、数万人の歓声を浴びているStar NovaとL-Novaのメンバーたち。眩しい照明が降り注ぎ、ステージの床が白く光っている。
一方、本郷は舞台袖とコントロールブースを行き来しながら、インカム越しにスタッフへ指示を飛ばしていた。
「照明、次曲頭でもう一段落としてください」
「スタンバイ、三十秒前」
複数の声が重なり合うインカムの中で、本郷は冷静さを保っている。感情を挟む余地なんてない、いつも通りの仕事だ。
曲の間奏が終わる直前、ノイズ混じりの回線が一瞬、静かになる。その隙を縫うように、櫻井の声が落ちてきた。観客には決して届かない、インカムの内側だけの声。
「……本郷さんのこと、諦めてないから。取り消すつもりはありません。本気ですよ」
本郷の心臓が、はっきりと音を立てて跳ねた。
息が詰まりそうになるのを、ぐっと飲み込む。ここは現場だ。今居る本郷ルカは、マネージャー兼プロデューサーなのだ。
「……櫻井くん。次の曲、センターステージ位置へ移動してください」
あくまで事務的に、感情を削ぎ落とした声で返す。
それでも、インカムの向こうで小さく笑う気配がした。
「本郷さんの動揺してる顔、ステージからでもよく見えますよ」
次の瞬間、照明が切り替わり、歓声が一段と大きくなる。
櫻井は何事もなかったかのようにマイクを握り、完璧なタイミングで歌い出した。視線、指先、身体の重心──すべてが計算された動き。それでいて、感情だけは溢れるほどに乗っている。
本郷は、ふと自分が手元のモニターではなく、ステージそのものを見つめていることに気付いた。
緊張続きのツアーで、彼らのパフォーマンスを観客目線で見る余裕なんて、今までなかったはずなのに。
(……かっこいい)
胸の奥に、熱が灯る。
否応なく視線を奪われる。本気で、全力で、ステージに立つ男の姿に。
さすが、トップアイドルだ。
──その姿に重なるように、昨夜の光景が脳裏を掠めた。
バスローブを脱いだ、無防備な背中。オイルに濡れた肌に触れた指先の感触。低く落とされた声と、耳元で囁かれた言葉。
『俺が欲しいのは、本郷さんだけなんです』
抱きしめられた温もり。胸に引き寄せられた時の、あの強さ。
拒めなかったのは、身体じゃない。心の方だった。
ツアー中は思い出さないようにしていたものが、一気に押し寄せてくる。
──逃げ場なんて、もうなかった。
「……やっぱり、好きだ」
アンコールが終わり、客席の明かりが灯ってコンサートの終わりを告げる。ステージを降りた瞬間、スタッフ全員から温かい拍手が降り注いだ。
「完走おめでとう!」
「気持ち良かったなぁ」
「楽しかったぁ」
Star Novaも、L-Novaも、関係なく抱き合ったり、ハイタッチしたり。本郷ルカもそこに居て、櫻井とは一瞬だけ、軽いハグを交わした。
興奮冷めやらぬまま、皆、衣装を脱ぎ捨ててバスローブやジャージに着替えた。
本郷はネット上の反応をチェックし、大きなトラブルがなかったか各セクションに確認を入れながら、未だにひとり、現場を走り回っていた。
シャワーを浴び終えた櫻井を、本郷が呼び止めた。
「おつかれ。……カッコよかった」
「ありがとうございます」
「詳しいことは、また後で言うけど」
本郷のスマホが鳴る。画面を見て一瞬だけ眉を寄せ、それでも着信音を消し、櫻井に向き直った。
「俺、マネージャー失格かもしれない。社長に怒られるかもしれない。それでも……お前を好きになった気持ちは、取り消せない」
櫻井は驚き、手にしていたタオルが床へと滑り落ちた。
「本郷さん……!」
「……また後でな」
本郷は視線を落とし、床に落ちたタオルを拾い上げた。差し出したその手を、櫻井が掴む。
「本郷さん、俺、打ち上げ、パスしていいですか」
「はぁ? 良いわけないだろ」
「打ち上げより……今は、貴方と二人で話したい」
壁一枚向こうでは、「巻いて!」「バラシ急いで!」とスタッフの声が飛び交っている。本郷も、これからNovaメンバーの荷物をまとめなければならない。
二人は、しばらく無言で見つめ合っていた。
「ルカ」
その空気を断ち切るように入ってきたのは、Star Novaのリーダー・浩誠だった。
「社長から電話、来てない? すぐ折り返してほしいってさ」
「あ? ……あ、あぁ。わかった」
本郷ははっとしたようにスマホを取り出し、その場を離れていった。
櫻井が苛立ちを隠さず浩誠を見ると、浩誠は肩をすくめる。
「そう心配すんなよ。……今更焦るな」
それだけ言って、浩誠は三井の元へ戻っていった。
何も越えなかったし、何も始まらなかった。
それなのに、抱きしめられた腕の感触だけが、朝になっても離れなかった。
コンサートツアー最終日。
ドームのど真ん中、数万人の歓声を浴びているStar NovaとL-Novaのメンバーたち。眩しい照明が降り注ぎ、ステージの床が白く光っている。
一方、本郷は舞台袖とコントロールブースを行き来しながら、インカム越しにスタッフへ指示を飛ばしていた。
「照明、次曲頭でもう一段落としてください」
「スタンバイ、三十秒前」
複数の声が重なり合うインカムの中で、本郷は冷静さを保っている。感情を挟む余地なんてない、いつも通りの仕事だ。
曲の間奏が終わる直前、ノイズ混じりの回線が一瞬、静かになる。その隙を縫うように、櫻井の声が落ちてきた。観客には決して届かない、インカムの内側だけの声。
「……本郷さんのこと、諦めてないから。取り消すつもりはありません。本気ですよ」
本郷の心臓が、はっきりと音を立てて跳ねた。
息が詰まりそうになるのを、ぐっと飲み込む。ここは現場だ。今居る本郷ルカは、マネージャー兼プロデューサーなのだ。
「……櫻井くん。次の曲、センターステージ位置へ移動してください」
あくまで事務的に、感情を削ぎ落とした声で返す。
それでも、インカムの向こうで小さく笑う気配がした。
「本郷さんの動揺してる顔、ステージからでもよく見えますよ」
次の瞬間、照明が切り替わり、歓声が一段と大きくなる。
櫻井は何事もなかったかのようにマイクを握り、完璧なタイミングで歌い出した。視線、指先、身体の重心──すべてが計算された動き。それでいて、感情だけは溢れるほどに乗っている。
本郷は、ふと自分が手元のモニターではなく、ステージそのものを見つめていることに気付いた。
緊張続きのツアーで、彼らのパフォーマンスを観客目線で見る余裕なんて、今までなかったはずなのに。
(……かっこいい)
胸の奥に、熱が灯る。
否応なく視線を奪われる。本気で、全力で、ステージに立つ男の姿に。
さすが、トップアイドルだ。
──その姿に重なるように、昨夜の光景が脳裏を掠めた。
バスローブを脱いだ、無防備な背中。オイルに濡れた肌に触れた指先の感触。低く落とされた声と、耳元で囁かれた言葉。
『俺が欲しいのは、本郷さんだけなんです』
抱きしめられた温もり。胸に引き寄せられた時の、あの強さ。
拒めなかったのは、身体じゃない。心の方だった。
ツアー中は思い出さないようにしていたものが、一気に押し寄せてくる。
──逃げ場なんて、もうなかった。
「……やっぱり、好きだ」
アンコールが終わり、客席の明かりが灯ってコンサートの終わりを告げる。ステージを降りた瞬間、スタッフ全員から温かい拍手が降り注いだ。
「完走おめでとう!」
「気持ち良かったなぁ」
「楽しかったぁ」
Star Novaも、L-Novaも、関係なく抱き合ったり、ハイタッチしたり。本郷ルカもそこに居て、櫻井とは一瞬だけ、軽いハグを交わした。
興奮冷めやらぬまま、皆、衣装を脱ぎ捨ててバスローブやジャージに着替えた。
本郷はネット上の反応をチェックし、大きなトラブルがなかったか各セクションに確認を入れながら、未だにひとり、現場を走り回っていた。
シャワーを浴び終えた櫻井を、本郷が呼び止めた。
「おつかれ。……カッコよかった」
「ありがとうございます」
「詳しいことは、また後で言うけど」
本郷のスマホが鳴る。画面を見て一瞬だけ眉を寄せ、それでも着信音を消し、櫻井に向き直った。
「俺、マネージャー失格かもしれない。社長に怒られるかもしれない。それでも……お前を好きになった気持ちは、取り消せない」
櫻井は驚き、手にしていたタオルが床へと滑り落ちた。
「本郷さん……!」
「……また後でな」
本郷は視線を落とし、床に落ちたタオルを拾い上げた。差し出したその手を、櫻井が掴む。
「本郷さん、俺、打ち上げ、パスしていいですか」
「はぁ? 良いわけないだろ」
「打ち上げより……今は、貴方と二人で話したい」
壁一枚向こうでは、「巻いて!」「バラシ急いで!」とスタッフの声が飛び交っている。本郷も、これからNovaメンバーの荷物をまとめなければならない。
二人は、しばらく無言で見つめ合っていた。
「ルカ」
その空気を断ち切るように入ってきたのは、Star Novaのリーダー・浩誠だった。
「社長から電話、来てない? すぐ折り返してほしいってさ」
「あ? ……あ、あぁ。わかった」
本郷ははっとしたようにスマホを取り出し、その場を離れていった。
櫻井が苛立ちを隠さず浩誠を見ると、浩誠は肩をすくめる。
「そう心配すんなよ。……今更焦るな」
それだけ言って、浩誠は三井の元へ戻っていった。
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