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本編
07 コンサート(後編)
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夜、電話が鳴る。櫻井からだった。
ステージ裏での一瞬が脳裏をよぎり、胸の奥が、じくりと疼く。
「……はい、本郷です」
「櫻井です。ツアー中は、なんでも電話していい、って言いましたよね」
「ああ、どうした?」
「……少し、疲れちゃって」
弱音を吐く声に、反射的に身体が動く。
「じゃあ、マッサージでもする? 今から行くよ」
Novaのメンバーにはよくやっていることだ。
なんてことはない、ただのマネジメント。そう言い聞かせながら、いつもの手順で道具をまとめ、櫻井の泊まる部屋へ向かう。慣れているはずの行為なのに、足取りはどこか落ち着かなかった。
ドアを開けた櫻井は、バスローブ姿だった。
照明は少し落とされ、部屋は必要以上に暖かい。寒がりなのか、それとも──そんなことを考えた自分に、本郷は小さく息を吐いた。
「服脱いで、ベッドに寝て」
「ん」
持ってきた道具をサイドテーブルに並べると、本郷はベッドの縁に腰を下ろした。
バスローブを脱いだ櫻井は、下着一枚の姿で隣に寝そべっている。極力、余計なことを考えないようにして、本郷は櫻井の身体に触れた。
ライブ直後の熱がまだ体に残っていて、肌はわずかに汗ばんでいる。まず、氷と水を入れた氷のうを、酷使したふくらはぎと腰に当てた。
「……っ、冷たい……」
「いっぱい頑張ったからな。ちゃんと落ち着かせねぇと」
アイシングが終われば、次はオイルマッサージだ。
本郷はオイルを掌に垂らした。指先を伝う、ぬるりとした感触。ほんの一瞬だけ、躊躇いが胸をよぎった。けれど、それを振り払うように、両手を擦り合わせる。
「……背中から、行くぞ」
「はい」
背中に触れた瞬間、櫻井の身体が、ほんのわずかに揺れた。
オイルは、いつも使っている無香料に近いものだ。それでも、体温で温められると、かすかに柑橘のような香りが立つ。本郷は息を浅くし、その香りを吸い込まないようにした。
薄く張りついた汗と、ステージの熱が、まだ肌に残っている。指が滑るたび、鍛えられた筋肉の輪郭が、はっきりと掌に伝わってきた。
肩甲骨の内側を押すと、櫻井が低く息を吐く。
「……本郷さん」
名前を呼ばれただけで、胸の奥がきしんだ。
仕事だ、と何度も言い聞かせる。これは、いつも通りのケアだ、と。
「なんだ?」
「〝不安をひとりで抱え続けるのだけは、避けてほしい〟……本郷さん、そう言いましたよね」
本郷の指が、ほんのわずかに止まる。
「ああ」
短く返し、すぐに指へ力を戻した。
「俺はずっと不安ですよ。本郷さんが、いつ俺に振り向いてくれるのか……気が気じゃない」
背中越しに伝わる体温が、さっきより高い。本郷は肩へと手を滑らせ、言葉を切るように押した。
「……その話は、もう……」
続きを言わせないつもりだった。けれど、櫻井は静かに息を吸い、身体をわずかに預けてくる。
うなじに触れた瞬間、喉が鳴ったのは、どちらだったか。
「本郷さんの手、好きです」
「……余計なこと言うな」
「安心するんです。ちゃんと、ここに居てくれるって分かるから」
その言葉が、胸の奥に深く刺さる。
力を込めすぎないように、慎重に、慎重に触れる。腰へ、太ももへ。触れていい範囲だけをなぞり、そのたびに、自分で引いた境界線を確かめるように、指を進めた。
「貴方に触られてると……」
低く、掠れた声。
「身体の熱が治まるどころか──もっと……別のところが、熱くなる」
本郷の親指が、腰骨の際で止まる。
どうしても、あの夜のことを思い出してしまう。
自分さえ素直になれていれば、櫻井と身体を重ねる夜があったかもしれない。本気の瞳を向けられ、吐息混じりの囁きを受けて、互いの体温を確かめ合い、熱い口付けを──。
(駄目だ、思い出すな……)
「……今日は、ここまでだ」
手を離した途端、名残のように熱が残る。掌に残った微かな香りが、触れていた時間を、否応なく思い出させた。
「本郷さん」
「もう、帰──」
言い終わる前に、櫻井が下から本郷を引き寄せた。
抵抗しようとした体は、その胸に収められた瞬間に凍りついた。 伝わってきた温もりに、喉が詰まる。腕に力を込めることさえ、もう叶わなかった。
「いつでも抱きしめる覚悟はできてます。キスもたくさんする。いっぱい愛も囁く。ほしいものはなんでも差し出します。……だから、俺を選んで」
「……お前、あの時、諦めるって言ったろ」
「諦められなかったんですよ。どうしても……俺が欲しいのは、本郷さんだけなんです」
無理やり腕の中から抜け出そうとしない自分は、ズルい。その自覚は、本郷にもあった。
櫻井の素肌に触れて、本郷の頬にじわりと熱が広がっていく。
「本郷さんがLuminousとファンのためにあるなら。俺は、本郷さんのためにここに居ます。貴方の隣に居させてください」
本郷の心臓が、高まる。
嬉しかった。諦めなければいけないと思っていたものが、そこにまだあると気付いてしまったから。
ステージ裏での一瞬が脳裏をよぎり、胸の奥が、じくりと疼く。
「……はい、本郷です」
「櫻井です。ツアー中は、なんでも電話していい、って言いましたよね」
「ああ、どうした?」
「……少し、疲れちゃって」
弱音を吐く声に、反射的に身体が動く。
「じゃあ、マッサージでもする? 今から行くよ」
Novaのメンバーにはよくやっていることだ。
なんてことはない、ただのマネジメント。そう言い聞かせながら、いつもの手順で道具をまとめ、櫻井の泊まる部屋へ向かう。慣れているはずの行為なのに、足取りはどこか落ち着かなかった。
ドアを開けた櫻井は、バスローブ姿だった。
照明は少し落とされ、部屋は必要以上に暖かい。寒がりなのか、それとも──そんなことを考えた自分に、本郷は小さく息を吐いた。
「服脱いで、ベッドに寝て」
「ん」
持ってきた道具をサイドテーブルに並べると、本郷はベッドの縁に腰を下ろした。
バスローブを脱いだ櫻井は、下着一枚の姿で隣に寝そべっている。極力、余計なことを考えないようにして、本郷は櫻井の身体に触れた。
ライブ直後の熱がまだ体に残っていて、肌はわずかに汗ばんでいる。まず、氷と水を入れた氷のうを、酷使したふくらはぎと腰に当てた。
「……っ、冷たい……」
「いっぱい頑張ったからな。ちゃんと落ち着かせねぇと」
アイシングが終われば、次はオイルマッサージだ。
本郷はオイルを掌に垂らした。指先を伝う、ぬるりとした感触。ほんの一瞬だけ、躊躇いが胸をよぎった。けれど、それを振り払うように、両手を擦り合わせる。
「……背中から、行くぞ」
「はい」
背中に触れた瞬間、櫻井の身体が、ほんのわずかに揺れた。
オイルは、いつも使っている無香料に近いものだ。それでも、体温で温められると、かすかに柑橘のような香りが立つ。本郷は息を浅くし、その香りを吸い込まないようにした。
薄く張りついた汗と、ステージの熱が、まだ肌に残っている。指が滑るたび、鍛えられた筋肉の輪郭が、はっきりと掌に伝わってきた。
肩甲骨の内側を押すと、櫻井が低く息を吐く。
「……本郷さん」
名前を呼ばれただけで、胸の奥がきしんだ。
仕事だ、と何度も言い聞かせる。これは、いつも通りのケアだ、と。
「なんだ?」
「〝不安をひとりで抱え続けるのだけは、避けてほしい〟……本郷さん、そう言いましたよね」
本郷の指が、ほんのわずかに止まる。
「ああ」
短く返し、すぐに指へ力を戻した。
「俺はずっと不安ですよ。本郷さんが、いつ俺に振り向いてくれるのか……気が気じゃない」
背中越しに伝わる体温が、さっきより高い。本郷は肩へと手を滑らせ、言葉を切るように押した。
「……その話は、もう……」
続きを言わせないつもりだった。けれど、櫻井は静かに息を吸い、身体をわずかに預けてくる。
うなじに触れた瞬間、喉が鳴ったのは、どちらだったか。
「本郷さんの手、好きです」
「……余計なこと言うな」
「安心するんです。ちゃんと、ここに居てくれるって分かるから」
その言葉が、胸の奥に深く刺さる。
力を込めすぎないように、慎重に、慎重に触れる。腰へ、太ももへ。触れていい範囲だけをなぞり、そのたびに、自分で引いた境界線を確かめるように、指を進めた。
「貴方に触られてると……」
低く、掠れた声。
「身体の熱が治まるどころか──もっと……別のところが、熱くなる」
本郷の親指が、腰骨の際で止まる。
どうしても、あの夜のことを思い出してしまう。
自分さえ素直になれていれば、櫻井と身体を重ねる夜があったかもしれない。本気の瞳を向けられ、吐息混じりの囁きを受けて、互いの体温を確かめ合い、熱い口付けを──。
(駄目だ、思い出すな……)
「……今日は、ここまでだ」
手を離した途端、名残のように熱が残る。掌に残った微かな香りが、触れていた時間を、否応なく思い出させた。
「本郷さん」
「もう、帰──」
言い終わる前に、櫻井が下から本郷を引き寄せた。
抵抗しようとした体は、その胸に収められた瞬間に凍りついた。 伝わってきた温もりに、喉が詰まる。腕に力を込めることさえ、もう叶わなかった。
「いつでも抱きしめる覚悟はできてます。キスもたくさんする。いっぱい愛も囁く。ほしいものはなんでも差し出します。……だから、俺を選んで」
「……お前、あの時、諦めるって言ったろ」
「諦められなかったんですよ。どうしても……俺が欲しいのは、本郷さんだけなんです」
無理やり腕の中から抜け出そうとしない自分は、ズルい。その自覚は、本郷にもあった。
櫻井の素肌に触れて、本郷の頬にじわりと熱が広がっていく。
「本郷さんがLuminousとファンのためにあるなら。俺は、本郷さんのためにここに居ます。貴方の隣に居させてください」
本郷の心臓が、高まる。
嬉しかった。諦めなければいけないと思っていたものが、そこにまだあると気付いてしまったから。
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