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本編
09 週刊誌
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俺はとっくに、櫻井来夢に落ちていた。
まだ事務所が違った頃から、あいつは俺を見てくれた。何度振られても、俺を選んでくれた。受け止めると言ってくれた。
そんな櫻井の真っ直ぐさが、怖いほど眩しかった。
それを真正面から突きつけられると、自分の弱さまで暴かれる気がして、惹かれるのと同時に、逃げたくもなった。
櫻井が真剣なのは、分かっている。それでも、その想いを引き受ける覚悟が自分にあるのかは、分からなかった。
相手はトップアイドルだ。その立場を、俺が壊してしまうかもしれない。
俺という存在のせいで、櫻井来夢が積み重ねてきた過去の努力すべてに、泥を塗ることになるかもしれない。
櫻井に触れられると、安心する。けれど、それ以上に、独りに戻る瞬間が辛くなった。人肌が欲しいだけでは、もう足りない。もっと深いものを、欲しがってしまっていた。
欲しいものは、抱擁でもキスでもない。それだけでは、もう誤魔化せなくなっていた。
誰かの人生に、「恋人」という名前で関わる覚悟が、自分には必要だった。
恋をしている自覚はある。でも、自分が誰かを幸せにできる人間だとは、まだ信じられなかった。
それでも──それでも今夜だけは、逃げるつもりはなかった。
「……今、なんて?」
耳に届いた言葉を、本郷は咄嗟に理解できなかった。
「だから、週刊誌に拾われたんだよ。お前と、櫻井の関係が。移籍の件、あれだけ慎重にやってきたお前が、ここでドジ踏むとはな」
一瞬、頭の中が真っ白になる。喉の奥が、きゅっと詰まった。
「いや、俺も最初はデタラメだと思ったさ。好きに書かせておけ、ともな。でもな……櫻井来夢が、お前にインカム越しで告白したって話を聞いてな」
電話口の声が、探るように間を置く。
「本当に、そういう関係なんだな?」
反射的に否定しようとした。けれど、言葉が出てこない。
事実を否定するには、もう遅すぎた。
「インカムでの会話、誰が聞いてたか分かってるよな? あぁ、ログは勿論、残ってないだろうな?」
「……今から、ツアーの後片付けと、打ち上げがあります」
やっと絞り出した声は、我ながら驚くほど平静だった。
「問題と聞いたら、どこにでも駆けつけて、颯爽と解決してきたのがお前じゃなかったのか? 今から作戦会議と行こう。いつ戻って来られる?」
「……いえ。直接、出版社に行きます」
「は? おい、本郷──」
それ以上は聞かず、通話を切った。
胸の奥が、静かに、しかし確かにざわついていた。
思い出すのは、櫻井来夢が初めて移籍の相談をしてきた、あの夜のことだった。
「現場へ向かう途中、突然キャンセルだって言われて」
淡々とした声だった。けれど、その奥に滲む疲労を、本郷は聞き逃さなかった。
「理由は、そのイベントにVegalize Entertainmentのタレントも来るからだって。Vegalizeを使うなら、自分とこのタレントは使わせないと……思い知らせるんだそうです」
櫻井は小さく息を吐き、視線を落とす。
「……会場には、僕らのファンだっていました。都合をつけて会いに来てくれた人も、いたはずなのに」
「なるほどな……」
本郷は低く唸るように呟いた。話に聞く、千早芸能らしいやり方だ。
もっとも、少し前なら、こんな回りくどいことをせずとも、Vegalize Entertainment側の出演自体を取りやめさせていただろう。それができなくなったのは、Star Novaが業界で確かな地位を築いたからだ。
「他にも、炎上したタレントの穴埋めに回されることも、よくありました」
櫻井は淡々と続ける。
「身に覚えのないことで週刊誌に名前を載せられたり、踊ったこともないダンスを、当日いきなりやらされたり……当然、結果は散々です。『Luminousはダンスが下手』なんて言われた時、一番傷ついたのは、きっと、ずっと応援してくれているファンのみんなでした」
「ああ……理不尽だな」
本郷は、そう返すしかなかった。
「だが、それだけで動ける話じゃない。君たちをここまで育ててきたのも、間違いなく千早芸能だ。理不尽の中で、君たちが輝いた夜も……確かに、あったはずだ」
「それが嫌なんですよ!」
櫻井の声が、思わず強くなる。
「もうこれ以上、重ねたくないんです。誰かの犠牲の上で、評価されるのは」
言い切ったあと、櫻井は俯いた。
本郷は、掛けるべき言葉を見つけられずにいた。
相手が事務所に所属している以上、本郷ひとりの判断で動ける話ではない。それは、あまりにも明白だった。
「お願いします。本郷さんしか、頼る相手がいないんです」
「それは……他にも、いるだろう」
「居ませんよ」
櫻井は、はっきりと首を振る。
「誰も信じられない。ちゃんとタレントと向き合ってくれる人なんて……貴方以外、知らない」
「そんなことはない。千早芸能は、少し事務的な人間が多いだけだ」
「じゃあ──」
櫻井は顔を上げ、思わず声を張った。
「紹介してくださいよ! 僕たちを、本気で救い上げてくれる人を」
──言葉が、思っていたよりも強く響いた。
一度、言葉を飲み込み、深く頭を下げた。
「……すみません。本当は、貴方にこんな情けない姿、見せたくなかったのに」
それから、何度も櫻井から連絡が来た。
迷い、悩み、それでも──本郷は、最後まで手を引くことができなかった。
いや、違う。
最初から、見捨てる選択肢など、持っていなかったのだ。
まだ事務所が違った頃から、あいつは俺を見てくれた。何度振られても、俺を選んでくれた。受け止めると言ってくれた。
そんな櫻井の真っ直ぐさが、怖いほど眩しかった。
それを真正面から突きつけられると、自分の弱さまで暴かれる気がして、惹かれるのと同時に、逃げたくもなった。
櫻井が真剣なのは、分かっている。それでも、その想いを引き受ける覚悟が自分にあるのかは、分からなかった。
相手はトップアイドルだ。その立場を、俺が壊してしまうかもしれない。
俺という存在のせいで、櫻井来夢が積み重ねてきた過去の努力すべてに、泥を塗ることになるかもしれない。
櫻井に触れられると、安心する。けれど、それ以上に、独りに戻る瞬間が辛くなった。人肌が欲しいだけでは、もう足りない。もっと深いものを、欲しがってしまっていた。
欲しいものは、抱擁でもキスでもない。それだけでは、もう誤魔化せなくなっていた。
誰かの人生に、「恋人」という名前で関わる覚悟が、自分には必要だった。
恋をしている自覚はある。でも、自分が誰かを幸せにできる人間だとは、まだ信じられなかった。
それでも──それでも今夜だけは、逃げるつもりはなかった。
「……今、なんて?」
耳に届いた言葉を、本郷は咄嗟に理解できなかった。
「だから、週刊誌に拾われたんだよ。お前と、櫻井の関係が。移籍の件、あれだけ慎重にやってきたお前が、ここでドジ踏むとはな」
一瞬、頭の中が真っ白になる。喉の奥が、きゅっと詰まった。
「いや、俺も最初はデタラメだと思ったさ。好きに書かせておけ、ともな。でもな……櫻井来夢が、お前にインカム越しで告白したって話を聞いてな」
電話口の声が、探るように間を置く。
「本当に、そういう関係なんだな?」
反射的に否定しようとした。けれど、言葉が出てこない。
事実を否定するには、もう遅すぎた。
「インカムでの会話、誰が聞いてたか分かってるよな? あぁ、ログは勿論、残ってないだろうな?」
「……今から、ツアーの後片付けと、打ち上げがあります」
やっと絞り出した声は、我ながら驚くほど平静だった。
「問題と聞いたら、どこにでも駆けつけて、颯爽と解決してきたのがお前じゃなかったのか? 今から作戦会議と行こう。いつ戻って来られる?」
「……いえ。直接、出版社に行きます」
「は? おい、本郷──」
それ以上は聞かず、通話を切った。
胸の奥が、静かに、しかし確かにざわついていた。
思い出すのは、櫻井来夢が初めて移籍の相談をしてきた、あの夜のことだった。
「現場へ向かう途中、突然キャンセルだって言われて」
淡々とした声だった。けれど、その奥に滲む疲労を、本郷は聞き逃さなかった。
「理由は、そのイベントにVegalize Entertainmentのタレントも来るからだって。Vegalizeを使うなら、自分とこのタレントは使わせないと……思い知らせるんだそうです」
櫻井は小さく息を吐き、視線を落とす。
「……会場には、僕らのファンだっていました。都合をつけて会いに来てくれた人も、いたはずなのに」
「なるほどな……」
本郷は低く唸るように呟いた。話に聞く、千早芸能らしいやり方だ。
もっとも、少し前なら、こんな回りくどいことをせずとも、Vegalize Entertainment側の出演自体を取りやめさせていただろう。それができなくなったのは、Star Novaが業界で確かな地位を築いたからだ。
「他にも、炎上したタレントの穴埋めに回されることも、よくありました」
櫻井は淡々と続ける。
「身に覚えのないことで週刊誌に名前を載せられたり、踊ったこともないダンスを、当日いきなりやらされたり……当然、結果は散々です。『Luminousはダンスが下手』なんて言われた時、一番傷ついたのは、きっと、ずっと応援してくれているファンのみんなでした」
「ああ……理不尽だな」
本郷は、そう返すしかなかった。
「だが、それだけで動ける話じゃない。君たちをここまで育ててきたのも、間違いなく千早芸能だ。理不尽の中で、君たちが輝いた夜も……確かに、あったはずだ」
「それが嫌なんですよ!」
櫻井の声が、思わず強くなる。
「もうこれ以上、重ねたくないんです。誰かの犠牲の上で、評価されるのは」
言い切ったあと、櫻井は俯いた。
本郷は、掛けるべき言葉を見つけられずにいた。
相手が事務所に所属している以上、本郷ひとりの判断で動ける話ではない。それは、あまりにも明白だった。
「お願いします。本郷さんしか、頼る相手がいないんです」
「それは……他にも、いるだろう」
「居ませんよ」
櫻井は、はっきりと首を振る。
「誰も信じられない。ちゃんとタレントと向き合ってくれる人なんて……貴方以外、知らない」
「そんなことはない。千早芸能は、少し事務的な人間が多いだけだ」
「じゃあ──」
櫻井は顔を上げ、思わず声を張った。
「紹介してくださいよ! 僕たちを、本気で救い上げてくれる人を」
──言葉が、思っていたよりも強く響いた。
一度、言葉を飲み込み、深く頭を下げた。
「……すみません。本当は、貴方にこんな情けない姿、見せたくなかったのに」
それから、何度も櫻井から連絡が来た。
迷い、悩み、それでも──本郷は、最後まで手を引くことができなかった。
いや、違う。
最初から、見捨てる選択肢など、持っていなかったのだ。
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