11 / 16
本編
09 週刊誌
しおりを挟む
俺はとっくに、櫻井来夢に落ちていた。
まだ事務所が違った頃から、あいつは俺を見てくれた。何度振られても、俺を選んでくれた。受け止めると言ってくれた。
そんな櫻井の真っ直ぐさが、怖いほど眩しかった。
それを真正面から突きつけられると、自分の弱さまで暴かれる気がして、惹かれるのと同時に、逃げたくもなった。
櫻井が真剣なのは、分かっている。それでも、その想いを引き受ける覚悟が自分にあるのかは、分からなかった。
相手はトップアイドルだ。その立場を、俺が壊してしまうかもしれない。
俺という存在のせいで、櫻井来夢が積み重ねてきた過去の努力すべてに、泥を塗ることになるかもしれない。
櫻井に触れられると、安心する。けれど、それ以上に、独りに戻る瞬間が辛くなった。人肌が欲しいだけでは、もう足りない。もっと深いものを、欲しがってしまっていた。
欲しいものは、抱擁でもキスでもない。それだけでは、もう誤魔化せなくなっていた。
誰かの人生に、「恋人」という名前で関わる覚悟が、自分には必要だった。
恋をしている自覚はある。でも、自分が誰かを幸せにできる人間だとは、まだ信じられなかった。
それでも──それでも今夜だけは、逃げるつもりはなかった。
「……今、なんて?」
耳に届いた言葉を、本郷は咄嗟に理解できなかった。
「だから、週刊誌に拾われたんだよ。お前と、櫻井の関係が。移籍の件、あれだけ慎重にやってきたお前が、ここでドジ踏むとはな」
一瞬、頭の中が真っ白になる。喉の奥が、きゅっと詰まった。
「いや、俺も最初はデタラメだと思ったさ。好きに書かせておけ、ともな。でもな……櫻井来夢が、お前にインカム越しで告白したって話を聞いてな」
電話口の声が、探るように間を置く。
「本当に、そういう関係なんだな?」
反射的に否定しようとした。けれど、言葉が出てこない。
事実を否定するには、もう遅すぎた。
「インカムでの会話、誰が聞いてたか分かってるよな? あぁ、ログは勿論、残ってないだろうな?」
「……今から、ツアーの後片付けと、打ち上げがあります」
やっと絞り出した声は、我ながら驚くほど平静だった。
「問題と聞いたら、どこにでも駆けつけて、颯爽と解決してきたのがお前じゃなかったのか? 今から作戦会議と行こう。いつ戻って来られる?」
「……いえ。直接、出版社に行きます」
「は? おい、本郷──」
それ以上は聞かず、通話を切った。
胸の奥が、静かに、しかし確かにざわついていた。
思い出すのは、櫻井来夢が初めて移籍の相談をしてきた、あの夜のことだった。
「現場へ向かう途中、突然キャンセルだって言われて」
淡々とした声だった。けれど、その奥に滲む疲労を、本郷は聞き逃さなかった。
「理由は、そのイベントにVega Entertainmentのタレントも来るからだって。Vegaを使うなら、自分とこのタレントは使わせないと……思い知らせるんだそうです」
櫻井は小さく息を吐き、視線を落とす。
「……会場には、僕らのファンだっていました。都合をつけて会いに来てくれた人も、いたはずなのに」
「なるほどな……」
本郷は低く唸るように呟いた。話に聞く、千早芸能らしいやり方だ。
もっとも、少し前なら、こんな回りくどいことをせずとも、Vega Entertainment側の出演自体を取りやめさせていただろう。それができなくなったのは、Star Novaが業界で確かな地位を築いたからだ。
「他にも、炎上したタレントの穴埋めに回されることも、よくありました」
櫻井は淡々と続ける。
「身に覚えのないことで週刊誌に名前を載せられたり、踊ったこともないダンスを、当日いきなりやらされたり……当然、結果は散々です。『Luminousはダンスが下手』なんて言われた時、一番傷ついたのは、きっと、ずっと応援してくれているファンのみんなでした」
「ああ……理不尽だな」
本郷は、そう返すしかなかった。
「だが、それだけで動ける話じゃない。君たちをここまで育ててきたのも、間違いなく千早芸能だ。理不尽の中で、君たちが輝いた夜も……確かに、あったはずだ」
「それが嫌なんですよ!」
櫻井の声が、思わず強くなる。
「もうこれ以上、重ねたくないんです。誰かの犠牲の上で、評価されるのは」
言い切ったあと、櫻井は俯いた。
本郷は、掛けるべき言葉を見つけられずにいた。
相手が事務所に所属している以上、本郷ひとりの判断で動ける話ではない。それは、あまりにも明白だった。
「お願いします。本郷さんしか、頼る相手がいないんです」
「それは……他にも、いるだろう」
「居ませんよ」
櫻井は、はっきりと首を振る。
「誰も信じられない。ちゃんとタレントと向き合ってくれる人なんて……貴方以外、知らない」
「そんなことはない。千早芸能は、少し事務的な人間が多いだけだ」
「じゃあ──」
櫻井は顔を上げ、思わず声を張った。
「紹介してくださいよ! 僕たちを、本気で救い上げてくれる人を」
──言葉が、思っていたよりも強く響いた。
一度、言葉を飲み込み、深く頭を下げた。
「……すみません。本当は、貴方にこんな情けない姿、見せたくなかったのに」
それから、何度も櫻井から連絡が来た。
迷い、悩み、それでも──本郷は、最後まで手を引くことができなかった。
いや、違う。
最初から、見捨てる選択肢など、持っていなかったのだ。
まだ事務所が違った頃から、あいつは俺を見てくれた。何度振られても、俺を選んでくれた。受け止めると言ってくれた。
そんな櫻井の真っ直ぐさが、怖いほど眩しかった。
それを真正面から突きつけられると、自分の弱さまで暴かれる気がして、惹かれるのと同時に、逃げたくもなった。
櫻井が真剣なのは、分かっている。それでも、その想いを引き受ける覚悟が自分にあるのかは、分からなかった。
相手はトップアイドルだ。その立場を、俺が壊してしまうかもしれない。
俺という存在のせいで、櫻井来夢が積み重ねてきた過去の努力すべてに、泥を塗ることになるかもしれない。
櫻井に触れられると、安心する。けれど、それ以上に、独りに戻る瞬間が辛くなった。人肌が欲しいだけでは、もう足りない。もっと深いものを、欲しがってしまっていた。
欲しいものは、抱擁でもキスでもない。それだけでは、もう誤魔化せなくなっていた。
誰かの人生に、「恋人」という名前で関わる覚悟が、自分には必要だった。
恋をしている自覚はある。でも、自分が誰かを幸せにできる人間だとは、まだ信じられなかった。
それでも──それでも今夜だけは、逃げるつもりはなかった。
「……今、なんて?」
耳に届いた言葉を、本郷は咄嗟に理解できなかった。
「だから、週刊誌に拾われたんだよ。お前と、櫻井の関係が。移籍の件、あれだけ慎重にやってきたお前が、ここでドジ踏むとはな」
一瞬、頭の中が真っ白になる。喉の奥が、きゅっと詰まった。
「いや、俺も最初はデタラメだと思ったさ。好きに書かせておけ、ともな。でもな……櫻井来夢が、お前にインカム越しで告白したって話を聞いてな」
電話口の声が、探るように間を置く。
「本当に、そういう関係なんだな?」
反射的に否定しようとした。けれど、言葉が出てこない。
事実を否定するには、もう遅すぎた。
「インカムでの会話、誰が聞いてたか分かってるよな? あぁ、ログは勿論、残ってないだろうな?」
「……今から、ツアーの後片付けと、打ち上げがあります」
やっと絞り出した声は、我ながら驚くほど平静だった。
「問題と聞いたら、どこにでも駆けつけて、颯爽と解決してきたのがお前じゃなかったのか? 今から作戦会議と行こう。いつ戻って来られる?」
「……いえ。直接、出版社に行きます」
「は? おい、本郷──」
それ以上は聞かず、通話を切った。
胸の奥が、静かに、しかし確かにざわついていた。
思い出すのは、櫻井来夢が初めて移籍の相談をしてきた、あの夜のことだった。
「現場へ向かう途中、突然キャンセルだって言われて」
淡々とした声だった。けれど、その奥に滲む疲労を、本郷は聞き逃さなかった。
「理由は、そのイベントにVega Entertainmentのタレントも来るからだって。Vegaを使うなら、自分とこのタレントは使わせないと……思い知らせるんだそうです」
櫻井は小さく息を吐き、視線を落とす。
「……会場には、僕らのファンだっていました。都合をつけて会いに来てくれた人も、いたはずなのに」
「なるほどな……」
本郷は低く唸るように呟いた。話に聞く、千早芸能らしいやり方だ。
もっとも、少し前なら、こんな回りくどいことをせずとも、Vega Entertainment側の出演自体を取りやめさせていただろう。それができなくなったのは、Star Novaが業界で確かな地位を築いたからだ。
「他にも、炎上したタレントの穴埋めに回されることも、よくありました」
櫻井は淡々と続ける。
「身に覚えのないことで週刊誌に名前を載せられたり、踊ったこともないダンスを、当日いきなりやらされたり……当然、結果は散々です。『Luminousはダンスが下手』なんて言われた時、一番傷ついたのは、きっと、ずっと応援してくれているファンのみんなでした」
「ああ……理不尽だな」
本郷は、そう返すしかなかった。
「だが、それだけで動ける話じゃない。君たちをここまで育ててきたのも、間違いなく千早芸能だ。理不尽の中で、君たちが輝いた夜も……確かに、あったはずだ」
「それが嫌なんですよ!」
櫻井の声が、思わず強くなる。
「もうこれ以上、重ねたくないんです。誰かの犠牲の上で、評価されるのは」
言い切ったあと、櫻井は俯いた。
本郷は、掛けるべき言葉を見つけられずにいた。
相手が事務所に所属している以上、本郷ひとりの判断で動ける話ではない。それは、あまりにも明白だった。
「お願いします。本郷さんしか、頼る相手がいないんです」
「それは……他にも、いるだろう」
「居ませんよ」
櫻井は、はっきりと首を振る。
「誰も信じられない。ちゃんとタレントと向き合ってくれる人なんて……貴方以外、知らない」
「そんなことはない。千早芸能は、少し事務的な人間が多いだけだ」
「じゃあ──」
櫻井は顔を上げ、思わず声を張った。
「紹介してくださいよ! 僕たちを、本気で救い上げてくれる人を」
──言葉が、思っていたよりも強く響いた。
一度、言葉を飲み込み、深く頭を下げた。
「……すみません。本当は、貴方にこんな情けない姿、見せたくなかったのに」
それから、何度も櫻井から連絡が来た。
迷い、悩み、それでも──本郷は、最後まで手を引くことができなかった。
いや、違う。
最初から、見捨てる選択肢など、持っていなかったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる