Nova | 大人気アイドル×男前マネージャー

むぎしま

文字の大きさ
12 / 16
本編

10 結ばれる夜

しおりを挟む
 某出版社の編集部ビルにて──。
「〝トップアイドル電撃移籍の裏に敏腕Pの私情? 千早芸能脱出劇を仕掛けたのは誰だ〟……ねぇ」
 記事を一通り読み終え、本郷は紙束を机の上に置いた。
 差し出された湯のみを手に取り、ひと口啜る。その仕草は落ち着き払っていて、まるで交渉に来た人間のものではない。
「本郷さんを敵に回すと怖いからねぇ。異論があるなら、聞くよ」
 向かいに座る記者が、探るように笑う。
 この出版社は、かつては千早芸能に都合のいい記事を量産していた。だが今は違う。金を積まれて、露骨なデマを流す時代ではない。実際この記事も、事実を土台にした、ただの憶測に過ぎなかった。
 ──インカムの件、社長の耳に入っただけで、ここまでは漏れていないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
「憶測に、嘘も何も無いけどさ」
 本郷は肩をすくめた。
「俺が櫻井来夢への恋情を拗らせた挙句、待遇と将来のビジョンを餌に引き抜いて、今でも〝アレ〟の世話をさせてるって……」
「有り得ない話ではないでしょう?」
 記者は悪びれもせず返す。
 本郷は即座に否定しかけ──やめた。
 恋情を拗らせたのは事実だ。寂しさを埋めるために、曖昧な距離を許し続けたのも事実だ。
 外から見れば、酷い男だと思われても仕方がない。
「……そうだねぇ。外から見れば、その筋書きが一番分かりやすい」
「見に覚えがあるなら、変に否定しない方がいいよ」
 記者は身を乗り出した。
「櫻井くんのためにもさ」
「櫻井くんのため、ね」
 本郷はその言葉を反芻するように繰り返し、ふっと笑った。
「ああ。それなら──」
 にっこりと、営業用の完璧な笑みを浮かべる。
「〝なぜ彼らは出て行ったのか 千早芸能・若手アイドル冷遇の実態〟なんて、どうです?」
 記者の表情が、わずかに強張った。
「……まだ出てくるのか。千早芸能の闇は」
「まだまだ、これからですよ」
 本郷は湯のみを置き、静かに立ち上がる。
「証拠は?」
「俺が、握ってないとでも?」
 会議室を出て、廊下を歩き出す。本郷の隣に、小走りで記者が並んだ。
「あー、あの記事。どうしても出したいなら、止めないですけど」
 本郷は歩調を緩めない。
「その場合、俺は他の出版社にこの話を持ち込みます」
「……悪い冗談はよしてくれ。俺と本郷さんの仲じゃないか」
 焦りを滲ませる声に、本郷は軽く頷いた。
「俺、急ぎの用事があるんで。また連絡します」
 エントランスの自動ドアが開き、外の光が差し込む。

 逃げるなら、ここが最後だった。
 けれど本郷の中には、もう〝逃げる〟という選択肢は残っていなかった。


 打ち上げ会場。
 大騒ぎするメンバーたちから少し離れたテラス席で、本郷は一人、夜風に当たっていた。
 そこへ、グラスを二つ手にした櫻井がやってくる。
「待ちきれなくて、来ちゃいました」
 その声に、思わず本郷の頬が緩んだ。

 夜風が、櫻井の長い髪を揺らす。
 何も言わないまま、櫻井は本郷の隣に腰を下ろした。
「……乾杯」
「……ああ」
 軽く触れたグラスの音が、やけに大きく響いた。一口含んだだけで、櫻井は本郷の横顔をじっと見つめる。
「本郷さん」
「ん」
「……逃げないって、言いましたよね。ちゃんと、今日は、返事をくれるんですよね」
 本郷は短く息を吐き、視線を夜の向こうへ逃がす。
 それから、観念したように櫻井を見返した。
「……部屋、取ってある。行くぞ」
「はい」
 交わす言葉など、それだけで十分だった。

 部屋のドアが閉まる音が、妙に静かに響いた。照明はつけず、街の灯りだけがカーテン越しに滲んでいた。
 本郷はスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩める。その一連の動作を、櫻井は黙って見つめていた。
「……後悔するぞ」
 低く掠れた声。櫻井は、迷いなく首を振った。
「するはずがない」
 距離が、ゆっくりと縮まる。
 触れる直前で、本郷の手が止まった。
「……もう、戻れなくなる」
「その瞬間を……ずっと、待ってたんです」
 その言葉で、最後の理性がほどけた。
 本郷は櫻井に向かい合い、腰を下ろす。頬に触れ、確かめるように親指を滑らせた。
 逃げないか、拒まれないか──何度も確かめるように触れた、そのとき。櫻井の手が、静かに本郷の背へ回った。
「……櫻井」
 名前を呼ぶ声が、微かに震えていた。
「はい。本郷さん」
「……キス、していいか」
「もちろん」
 それ以上、言葉はいらなかった。
 櫻井は本郷を抱き寄せ、ゆっくりとベッドへ導く。触れる指先は優しく、それでいて、もう迷いはない。
 この夜が、自分たちで選んだ結果だと、互いに分かっていた。
 夜のざわめきが、遠くへ引いていく。今、世界には、二人しかいないみたいだった。


 目を覚ますと、人の温もりがあった。
 まだ眠っているはずなのに、本郷がわずかに身体を動かすと、腰に回された腕の力が、きゅっと強くなる。
 離れることを、許さないとでも言うように。
 幸せな朝だった。これが、自分の欲しかったものなのだと──本郷は、はっきりと実感していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ② 人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。 そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。 そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。 友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。 人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

人気アイドルが義理の兄になりまして

BL
柚木(ゆずき)雪都(ゆきと)はごくごく普通の高校一年生。ある日、人気アイドル『Shiny Boys』のリーダー・碧(あおい)と義理の兄弟となり……?

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

処理中です...