バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ

文字の大きさ
68 / 79
意識し始めた彼女と積極的に動く彼。

It was not my lips you kissed, but my soul.

しおりを挟む
 顔に被せられたビニール袋を取り払って周りを見渡した私は、赤い光が辺りを怪しく照らす暗い空間の中で、こちらを伺う河童と目が合った。
 河童はぬっと体を動かしてこちらに近付いてくる……

「ぎゃあああ! おばけぇぇー!!」
「えっおばけー!?」

 私の絶叫に共鳴した河童も一緒に叫んだ。
 その声に反応した他のおばけ達が「なんだ!」「どうした?」と奥からワラワラと登場してきて、私はフッと気絶しかかった。脳裏に蘇ったのは、小学生の頃体験したショッキングな出来事。

 あれはお姉ちゃんと一緒に所属していた外国語教室の友達家族と出かけたキャンプの時だった。危ないからあまり遠くに行くなと言われていたので、大人たちの目が届く場所で遊んでいた。
 ボール投げ遊びをしていると、友達の投げたボールが変な方向に飛んでいったので、私はそれを追いかけた。

 ──草むらに足を踏み入れた時になんとなく違和感を覚えていた。
 ぼうぼうに生い茂った茂みに足を踏み入れるその前から、嗅いだことのない匂いが風に乗って香ってきたのだ。
 最初は、マナー違反をするキャンプ客が生ゴミでも投棄してそれが熟成した匂いだろうかと思った。私はしかめっ面をしながら、早くボールを取ろうと手を伸ばした。

 しかし、それを阻むかのように“それ”はあった。ガツッとなにかに足元を取られて転倒してしまった。
 のそりと起き上がり、大きな丸太でも転がっているのか…と振り返った私は固まった。

 始めは、趣味の悪い人形なのかと思った。
 かろうじて人の形をしているそれはウジ虫がたかり、あちこちに蝿が飛び回っていた。ドロドロに腐敗しており、変色した皮膚が剥がれ落ちて骨が丸見えになっていた。

『いぎゃあああああ!』

 私の絶叫に何事かと駆け寄ってきた大人たちによって警察に通報された。私は警察の人に何度も同じことを聞かれ、その度に同じことを証言させられた。『さっきもあっちのお巡りさんに同じこと言ったのに何でまた聞くの!?』と泣きながらブチ切れた記憶もある。

 その仏さんの身元とか詳しいことは知らない。
 ただ、一つだけ覚えているのは恐らく住所不定の人が病気か飢餓で行き倒れたんだろうってこと。事件性はないって警察の発表がニュースに流れていた。地元密着型のニュース番組だ。別に全国ニュースになるわけでもなく、そのうちそんな情報誰もかもが忘れ去ってしまった。

 私にとって全く知らない赤の他人だ。
 それなのに脳裏に焼き付いて離れない。

 あれ以来私はゾンビという存在が大の苦手になってしまったのだ。それが作り物だとしても、私のトラウマスイッチを簡単に押してしまう存在なのだ。
 目の前にズラッと現れたお化けたちの中にゾンビ風のお化けがいて、私はフッと軽く気絶した。

「おい! 大丈夫か?」
「あんた何したの?」
「えっいや、なんか無理やり押し込まれた風だったから大丈夫かなって声をかけようと…」

 まわりでワイワイ騒ぐ声が聞こえた。それで私は再び意識を取り戻したのだが、目を開いた先にゾンビが私の顔を覗き込んでいたので、再度限界を超えた。

「ぎぃええええ!!」

 あの日以降しばらくの間、私は悪夢に毎晩魘された。
 夢の中であの腐乱死体が出てくるのだ。その度に私はごめんなさい、あの時蹴りつけてすみませんでした。と謝罪した。
 わざとじゃなかったんですと必死に訴えて謝るんだけど、また翌日も腐乱死体が現れて……私の様子を心配したお父さんが、気休めかもしれないけどとお寺に連れて行ってくれてお祓いを受けた。
 ゾンビを見る度に、あの日の仏さんに責められている気持ちにさせられて恐怖がぶり返すのだ。

「すみませんでしたぁぁ、蹴ったのはわざとじゃないんですぅぅ」

 座り込んだ私が涙を流しながら謝罪していると、周りのおばけが困惑していた。

「お前蹴られたの?」
「いや?」
「──森宮!」

 そこにバッと一筋の光が差し込んだ。
 真っ黒な布を払って飛び込んできたのは悠木君である。
 私は救いの神が現れたとばかりに手を伸ばして悠木君の胸に飛び込んだ。恐怖で足腰がガクガクしていたため、また腰を抜かしそうになったが、生まれたての子馬よろしく頑張って立った。

「ふ、腐乱死体が…!」

 私がゾンビを指差すと、悠木君は「落ち着け」と背中を撫で擦ってきた。

「あれは仮装してる人間だよ。ここには腐乱死体はいないから大丈夫だって」
「本当に? 私の背中にくっついてない?」
「ないない…よいしょ」

 がくがく震える私を軽々と抱っこした彼は、お化けたちに「ごめん、騒がせた。こいつ本気で怖いのが苦手なんだ」と説明していた。その間私はおばけを視界に入れぬように悠木君の首根っこに抱きついて顔を伏せていた。
 いくつかやり取りした後に悠木君が歩き始めた。私はどこに行くのかわからず悠木君に更に抱きついた。頼む、ここから早く離れてくれ。

「──おい」

 低く震えたその声に私はビクリと肩を揺らす。私の怯えに気づいたのか、私の耳元で「お前じゃない」と悠木君に囁かれた。耳に息がかかり、背筋に細い電流が幾重にも流れたように体が小さく震える。
 ちょ、何そのささやき声。先程まで恐怖でマックスな心拍数だったのに、今は別の意味でマックスになっている。

「森宮はお化けがガチで苦手なんだからやめろよ」

 私は悠木君の首元からそっと顔を外して、悠木君の見ている方向をちらりとみた。そこにはさっき私を拉致した女子…修学旅行のときにも因縁つけてきた一軍女子たちの姿があった。

「やってること、質が悪いんだよお前ら」

 刺さるような敵視の瞳。無表情なのに怒りが体の奥底からにじみ出ているように見えて、怖かった。
 悠木君のそんな顔は初めて見た。女性不信気味な悠木君は基本女子にドライだが、ここまで嫌悪を露わにするのも珍しすぎる……

 悠木君から冷たく睨みつけられた女子たちはグッと息を止めて固まっていた。
 自業自得というかなんというか。私からなにか言ってやりたいけど、今ここで何かを言うと悠木君の虎の威を借りた後に追撃しているみたいでダサいなと思ったので何も言わなかった。

 黙り込む一軍女子達の横をすっと通り過ぎた悠木君は、私を抱っこしたままどこかに移動し始めた。お化けの巣窟からなるべく遠くへ連れて行ってくれるのだろうかと思っていたら、彼はそのまま階段を登り始めた。
 そうして到着したのは私のお昼寝場所である、4階の社会科準備室である。
 扉を開けると、悠木君はズカズカと入室して、私のお昼寝スポットのソファに腰掛けていた。
 ──私を抱っこしたまま。
 整った彼の顔が至近距離に迫り、私は羞恥に襲われた。

「……悠木君、今の私の顔あんまり見ないでほしいかな?」

 今の私、間違いなく化粧がドロドロになっているからあんまり顔を直視しないでほしい。私にも人並みの乙女心が残っているんだ。見てくれるな。
 顔をすっとそらして悠木君の視界からそれようとしたのだが、悠木君は左手を伸ばして私の前髪を持ち上げてきた。重かったおでこが軽くなったと思えば、おでこに伝わる柔らかい感触。

「ゆ、悠木君…?」
「大丈夫、可愛い」
「あの、」
「化粧しててもしてなくても森宮は可愛いよ」

 どストレートに言われた言葉に私は心停止しかけた。
 脳が処理落ちして固まっていると、親指で下唇を撫でられて更に固まる。な、なに、どうしたんですか悠木君。

「うわぁ!」

 通常通りの思考に戻った途端、恥ずかしさが一気に押し寄せてきて私は彼の膝の上で暴れた。この体勢はまずい! 悠木君もいつもの雰囲気と違うし、なんだか飲み込まれてしまいそうだ…!
 体を引き離そうと暴れて、ズリとお尻がずり落ちた。バランスを崩してあわや床に転倒か、というところで体を抱き寄せられた。

「危ないから暴れんなって」

 悠木君の胸の中に囲い込まれて、さっきよりも更に接近することになった。彼の腕の中で私はハァハァハァ、と息を荒げていた。至近距離なせいで悠木君の香りまで堪能してしまっている始末だ。
 なんだか私の息の仕方が変態染みてきたぞ。悠木君に気持ち悪いって引かれてしまうかもしれない。

 抑えようにも息が整わない。
 悠木君から目をそらして、天井の蛍光灯を見て気をそらそうとしたのだが、そんな私の努力を無視して悠木君が私の顔を覗き込んできた。
 悠木君の顔を見たら正気を失うから今はよしてくれないかな!?

 そう言おうと口を開きかけた私だったが、むにゅっと柔らかいものに唇を塞がれ、声を封じられてしまった。

 ──今、何が起きた。

 そっと離れた影。遮られていた光を取り戻した瞳のその先には、頬を赤らめたテレ顔の悠木君。

 私は悠木君の唇を凝視して、再度処理落ちしたのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!

みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!  杉藤千夏はツンデレ少女である。  そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。  千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。  徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い! ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。

元男装傭兵、完璧な淑女を演じます。――嫁ぎ先はかつての団長でした!?

中野森
恋愛
貧乏男爵家の長女クラリスは、弟の学費を稼ぐために男装して傭兵団へ入団した。 副団長にまで上り詰め、団長をはじめとした仲間から信頼を得るが、決して正体は明かさなかった。 やがて戦争が終わり、傭兵団は解散となる。 出稼ぎするために流した嘘の悪評により、修道院入りを覚悟していたクラリスだったが、帰郷した彼女を待っていたのは父からの「嫁ぎ先が決まった」という一言だった。 慌ただしく始まる淑女教育、そして一度も未来の夫と顔合わせすることなく迎えた結婚式当日。 誓いの言葉を促され隣からきこてくる声に、クラリスは凍りつく。 ……嘘でしょ、団長!? かつての想い人でもある傭兵仲間が今は夫となり、妻の正体には気づいていない――気づかれてはいけないのだ、絶対に! 本作品はゆるふわ設定、ご都合主義、細かいことは気にしたら負け! ※この小説は、ほかの小説投稿サイトにも投稿しています。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編7が完結しました!(2026.1.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

処理中です...