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第10話 すっきり目覚めた朝も気鬱
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「……ん」
寝返りを打って慣れぬシーツの感覚にふと気付いた。
ここは私の部屋ではない? ――そうだ。私はサンティルノ国へやって来て、レイヴァン・シュトラウス様の妻となり、屋敷に入ってお茶をして、食事して入浴して、それからそれから。
「っ!」
完全に頭が冴えた私は勢いよく身を起こした。
「クリスタル様、起きられたのですね。おはようございます。けれどそんなにいきなり起き上がってはいけません」
「マノンさんでしたね。おはようございます。わたくし、昨日は」
側に控えてくれていたらしい私の専属侍女であるマノンさんが、私をたしなめると背中とベッドの間に枕を入れてもたれさせてくれる。
「ええ。入浴中にのぼせてしまったのです」
「そうですか。ご迷惑をおかけいたしました」
「いいえ。お疲れとともに気持ちが緩んでしまったのでしょう。今朝のご気分は?」
「大丈夫です。問題ありません」
「ではお起きになられます?」
はいと頷いてベッドから足を下ろすと、それではご準備いたしますと水差しに入った水を桶に注いでくれた。
ぬるま湯に調整されたそれは、すっきり目覚めなかった朝には少し頼りない気がしたが、肌には優しい。顔の水を拭うための布地もとても柔らかい。
「ありがとうございました。あの、ところでわたくしはどれくらい眠っていたのでしょう。レイヴァン様への朝のご挨拶には遅れていませんか?」
随分と眠っていた気がしたので少し不安に思いつつ、彼女に布地を渡しながら尋ねる。
「レイヴァン様ならもうお出かけになっております」
「も、もうお出かけになられたのですか? いえ。わたくしが遅く起きすぎたのですね」
「ごゆっくり休まれたのならそれが一番です。それに自然と目覚めるまで起こさないようにとのご指示でしたから」
「そう、ですか」
初日からご迷惑をかけた上、翌朝までこの有様だ。ますます常識もない厄介な人間が転がり込んできたものだと思われていることだろう。
心の中で朝から重いため息をついてしまう。
「ところで、わたくしは昨日、どうやってこの部屋まで戻ってきたのでしょう」
尋ねながらもしかしてという思いで青ざめてくるのが分かる。
「もちろんレイヴァン様が、クリスタル様をお抱きなってお連れしてくださいましたよ。お部屋までお運びするのは、私たち侍女どもでは難しかったものですから。――あ! ですが、浴槽からお引き上げして体をお拭きし、寝衣を着けさせていただくまでは侍女の私たちのみで行いましたのでご安心を」
ご安心をと申しますのもおかしな言葉なのですがと、マノンさんは苦笑しながら補足した。
「さあ。クリスタル様、お加減がよろしいようでしたら、お着替えをいたしましょうか。こちらへどうぞ」
先導されてついて行った先はクローゼットだった。
何枚もの普段着と思われる控えめな服が用意されている。色は赤、黄色、青、緑など統一性がなく、大きさもスカートの長さも様々だ。一方、少し距離が開けられて右端のほうには、私が持ってきた服が居心地悪そうに寄せられていた。まるで今の私の心境のようだ。
「突然のご婚姻ということでしたので、急遽ご用意されたものだそうです。お体に合わせた服はこれから作っていくことになりますので、ひとまずはこちらをお召しいただくことになっております。クリスタル様のお体ですと、左端からぎりぎりここまでのお洋服でしょうか」
マノンさんは手の平を立てて区切ってみせたが、すぐに眉をひそめる。
「ただクリスタル様は華奢でいらっしゃいますから、見たところ、こちらのドレスでも少しゆとりがありそうですね。肩がずれ落ちたりしないよう、調整はいたしますが……」
応急的に調整した服ではどうしても違和感が出るということなのだろう。その姿は無作法に映るかもしれない。
「服の仕立て直しが終わるまでは、自分の服を着ることにしたほうが良さそうですね」
「そうですね。そのほうが無難かと」
「分かりました。では自分の服を着ます」
「かしこまりました。それでは服のお着替えをお手伝いいたしますね」
「あ、いえ。……はい」
私に手を伸ばそうとしたマノンさんを一瞬止めようかと思ったけれど、この国の流儀に従うべきだろうと私は頷いた。
「お願いいたします」
そうして自分の服に着替えたわけだけれど、どこかほっとしている自分もいる。慣れぬ人々に、慣れぬ空間、慣れぬ監視の目の中、私の身を守ってくれるのは慣れた自分の服だけだから。
「うん。やはりお似合いですね」
満足そうにマノンさんは頷き、続いてお化粧と髪を結いますと鏡台の前へと誘導された。
髪結いと化粧を施してもらうと気分が上がって微笑んでいるようにさえ見える。
「お美しいですわ」
「……ありがとうございます」
「ではクリスタル様、お食事ですが、本日はお体がまだ万全ではありませんでしょうから、居室で取られたほうがよろしいでしょうね」
「体調は問題ないのですけれど、食堂に行かなくてよいのでしょうか」
朝食はどれくらいの品数となるのか分からないが、食堂は一階なので料理を二階へ持って上がって来るのは手間だろうと思う。
「何人かの侍女が手分けして運びますので大丈夫でございますよ。レイヴァン様も自室でお食事を取られることもあるそうですし」
「そうですか。ありがとうございます。ですが、皆様に朝のご挨拶や昨日ご迷惑をおかけしたことを謝罪しなければなりません」
マノンさんは目を少し見開いた後、ふふと笑った。
「クリスタル様は本当に誠実なお方なのですね。けれどクリスタル様はまずご自分のお体を第一にお考えくださいませ。今日はゆっくり休ませておくようにと、レイヴァン様からも仰せつかっております」
「レイヴァン様からですか」
そういえば、昨日もお気遣いいただいた。レイヴァン様は優しいお方……なのだろうか。
「ええ。また倒れられたりしたら、私も心配ですし、レイヴァン様もご心配なさるでしょう。昨日倒れられたお姿を拝見した時は本当に胸が詰まりましたもの」
「申し訳ありません」
そうだ。体力がないことは自覚している。また体調を崩したら、レイヴァン様だけではなく、他の方にももっとご迷惑をおかけすることになる。
「大丈夫です。私が代わりに皆さんにお伝えしておきます。ではお食事をご用意してまいりますので、ごゆっくりなさっていてくださいね」
「ええ。ではよろしくお願いいたします」
私はマノンさんの言葉を素直に従うことにした。
寝返りを打って慣れぬシーツの感覚にふと気付いた。
ここは私の部屋ではない? ――そうだ。私はサンティルノ国へやって来て、レイヴァン・シュトラウス様の妻となり、屋敷に入ってお茶をして、食事して入浴して、それからそれから。
「っ!」
完全に頭が冴えた私は勢いよく身を起こした。
「クリスタル様、起きられたのですね。おはようございます。けれどそんなにいきなり起き上がってはいけません」
「マノンさんでしたね。おはようございます。わたくし、昨日は」
側に控えてくれていたらしい私の専属侍女であるマノンさんが、私をたしなめると背中とベッドの間に枕を入れてもたれさせてくれる。
「ええ。入浴中にのぼせてしまったのです」
「そうですか。ご迷惑をおかけいたしました」
「いいえ。お疲れとともに気持ちが緩んでしまったのでしょう。今朝のご気分は?」
「大丈夫です。問題ありません」
「ではお起きになられます?」
はいと頷いてベッドから足を下ろすと、それではご準備いたしますと水差しに入った水を桶に注いでくれた。
ぬるま湯に調整されたそれは、すっきり目覚めなかった朝には少し頼りない気がしたが、肌には優しい。顔の水を拭うための布地もとても柔らかい。
「ありがとうございました。あの、ところでわたくしはどれくらい眠っていたのでしょう。レイヴァン様への朝のご挨拶には遅れていませんか?」
随分と眠っていた気がしたので少し不安に思いつつ、彼女に布地を渡しながら尋ねる。
「レイヴァン様ならもうお出かけになっております」
「も、もうお出かけになられたのですか? いえ。わたくしが遅く起きすぎたのですね」
「ごゆっくり休まれたのならそれが一番です。それに自然と目覚めるまで起こさないようにとのご指示でしたから」
「そう、ですか」
初日からご迷惑をかけた上、翌朝までこの有様だ。ますます常識もない厄介な人間が転がり込んできたものだと思われていることだろう。
心の中で朝から重いため息をついてしまう。
「ところで、わたくしは昨日、どうやってこの部屋まで戻ってきたのでしょう」
尋ねながらもしかしてという思いで青ざめてくるのが分かる。
「もちろんレイヴァン様が、クリスタル様をお抱きなってお連れしてくださいましたよ。お部屋までお運びするのは、私たち侍女どもでは難しかったものですから。――あ! ですが、浴槽からお引き上げして体をお拭きし、寝衣を着けさせていただくまでは侍女の私たちのみで行いましたのでご安心を」
ご安心をと申しますのもおかしな言葉なのですがと、マノンさんは苦笑しながら補足した。
「さあ。クリスタル様、お加減がよろしいようでしたら、お着替えをいたしましょうか。こちらへどうぞ」
先導されてついて行った先はクローゼットだった。
何枚もの普段着と思われる控えめな服が用意されている。色は赤、黄色、青、緑など統一性がなく、大きさもスカートの長さも様々だ。一方、少し距離が開けられて右端のほうには、私が持ってきた服が居心地悪そうに寄せられていた。まるで今の私の心境のようだ。
「突然のご婚姻ということでしたので、急遽ご用意されたものだそうです。お体に合わせた服はこれから作っていくことになりますので、ひとまずはこちらをお召しいただくことになっております。クリスタル様のお体ですと、左端からぎりぎりここまでのお洋服でしょうか」
マノンさんは手の平を立てて区切ってみせたが、すぐに眉をひそめる。
「ただクリスタル様は華奢でいらっしゃいますから、見たところ、こちらのドレスでも少しゆとりがありそうですね。肩がずれ落ちたりしないよう、調整はいたしますが……」
応急的に調整した服ではどうしても違和感が出るということなのだろう。その姿は無作法に映るかもしれない。
「服の仕立て直しが終わるまでは、自分の服を着ることにしたほうが良さそうですね」
「そうですね。そのほうが無難かと」
「分かりました。では自分の服を着ます」
「かしこまりました。それでは服のお着替えをお手伝いいたしますね」
「あ、いえ。……はい」
私に手を伸ばそうとしたマノンさんを一瞬止めようかと思ったけれど、この国の流儀に従うべきだろうと私は頷いた。
「お願いいたします」
そうして自分の服に着替えたわけだけれど、どこかほっとしている自分もいる。慣れぬ人々に、慣れぬ空間、慣れぬ監視の目の中、私の身を守ってくれるのは慣れた自分の服だけだから。
「うん。やはりお似合いですね」
満足そうにマノンさんは頷き、続いてお化粧と髪を結いますと鏡台の前へと誘導された。
髪結いと化粧を施してもらうと気分が上がって微笑んでいるようにさえ見える。
「お美しいですわ」
「……ありがとうございます」
「ではクリスタル様、お食事ですが、本日はお体がまだ万全ではありませんでしょうから、居室で取られたほうがよろしいでしょうね」
「体調は問題ないのですけれど、食堂に行かなくてよいのでしょうか」
朝食はどれくらいの品数となるのか分からないが、食堂は一階なので料理を二階へ持って上がって来るのは手間だろうと思う。
「何人かの侍女が手分けして運びますので大丈夫でございますよ。レイヴァン様も自室でお食事を取られることもあるそうですし」
「そうですか。ありがとうございます。ですが、皆様に朝のご挨拶や昨日ご迷惑をおかけしたことを謝罪しなければなりません」
マノンさんは目を少し見開いた後、ふふと笑った。
「クリスタル様は本当に誠実なお方なのですね。けれどクリスタル様はまずご自分のお体を第一にお考えくださいませ。今日はゆっくり休ませておくようにと、レイヴァン様からも仰せつかっております」
「レイヴァン様からですか」
そういえば、昨日もお気遣いいただいた。レイヴァン様は優しいお方……なのだろうか。
「ええ。また倒れられたりしたら、私も心配ですし、レイヴァン様もご心配なさるでしょう。昨日倒れられたお姿を拝見した時は本当に胸が詰まりましたもの」
「申し訳ありません」
そうだ。体力がないことは自覚している。また体調を崩したら、レイヴァン様だけではなく、他の方にももっとご迷惑をおかけすることになる。
「大丈夫です。私が代わりに皆さんにお伝えしておきます。ではお食事をご用意してまいりますので、ごゆっくりなさっていてくださいね」
「ええ。ではよろしくお願いいたします」
私はマノンさんの言葉を素直に従うことにした。
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