虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね

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第11話 文化の違い

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 侍女さんらが手分けして運んでくれると言っていたが、部屋に入る前にまとめられたらしい。一つのワゴンで部屋に運び入れられた朝食は、スープとパンと果物だ。お湯が入ったポットと茶葉が入っているらしいポット、まだ空のカップも置かれた。
 昨日のように、朝からたくさんの品数が用意されたらどうしようかと思っていたので良かったと思う。

「クリスタル様は昨日倒れられたので、今朝は軽いものをご用意させていただきました」

 マノンさんはそう言ったが、もし昨夜倒れていなかったら、重いものがご用意されていたのだろうか。
 こくりと動揺を呑み込むと喉が鳴る。

「それではどうぞお召し上がりください」
「ありがとうございます。マノンさんは」

 朝食はそれぞれ一人分しか用意されておらず、思わず口にした。

「大丈夫です。私はすでに頂いております。色々準備がありますから侍女の朝は少し早いのですよ」

 そういえば私が目覚めた時にはすでにマノンさんが準備万端に控えてくれていた。サンティルノ国の侍女たちは真面目で働き者のようだ。

「そうでしたか」
「ええ。クリスタル様は使用人のことまでお気にかけてくださるだなんて、本当にお優しいのですね」
「いえ、その。わたくしも遅く起きてしまいましたから。申し訳ありません」
「何をおっしゃるのですか。クリスタル様はこの家の女主人なのですから、使用人との役割が違うのは当然のことですわ」

 頷く所なのか否定する所なのか分からず、微妙な対応を取った後、私はスプーンを手に取った。

「それでは頂きます」

 私はスプーンですくってスープを口にした。
 本日のスープは体に優しくしてくれているのだろうか。あるいは体が準備中で、まだ本調子ではない朝だからだろうか。昨日のスープと比べて少し淡泊だ。けれど温かくてお腹がほっとする。

「いかがでしょうか」
「ええ。美味しいです。ありがとうございます」
「良かったです」

 マノンさんは笑顔で頷くとお茶の準備を始めてくれた。食事の終わり頃にお茶が飲めるようにとの配慮だったのだろう。今からお湯を入れ、蒸らしに入るようだ。
 昨夜はレイヴァン様との同席で作法を考えながら食事していたので、自分の思う順番で食事することはできなかったが、今日は一人なので思うままに食べることができる。さすがにパンをスープに浸して食べる方法はとらなかったけれど。最後に果物を口にして私は手を止めた。

「クリスタル様、もうお食べにならないのですか?」

 私の動きが止まったことに気付いたマノンさんが目を丸くして尋ねた。
 まだどれも半分以上残っている。本当はもう少し食べたいところだけれど。

「はい。ごちそうさまでした」

 すべて食べ切るなど、王女ともあろう者がはしたないとよく叱られたことを思い出す。お腹は決して満足しているわけではないけれど、グランテーレ国の食事作法として我慢を強いられたものだ。
 一方、レイヴァン様はお食事を残されることはなかった。この国では残さず食べることが作法なのだろう。しかしグランテーレ国での作法が習慣付いているせいでお腹は空いているのに、これ以上手が伸びないのだと思う。

「そうですか。ではすぐにお茶をお淹れしますね」
「はい。ありがとうございます」

 マノンさんが注ぐお茶は、昨日と同じものなのだろうか。こちらも赤みが強いお茶だ。
 私の視線に気付いた彼女は笑う。

「こちらは昨日とまったく同じ茶葉をご用意しておりますが、クリスタル様は昨日、お茶の渋みで失敗なさったと聞きましたから、抽出時間を少なくしております。ですから渋みは軽減するはずですわ」
「そうなのですか」
「ええ。お茶は色づいても蒸らし時間が短いと風味が出ないので、タイミングが大切なのです。――どうぞ」

 おそるおそる淹れてくれたお茶に口をつけた。

「……あ。確かに昨日よりとても飲みやすいです」

 渋みは確かにあるけれど、昨日よりずっと飲みやすくなっている。これまで水やお茶でお腹を膨らませていたから、お茶が飲みやすいのは本当にありがたい。

「良かったです。サンティルノ国民は渋みのあるお茶に甘い茶菓子が好まれる傾向にあるようなのですが、私も最初こちらに移住した時は慣れなくて自分好みに試行錯誤した経験があるのです。クリスタル様のお口にも合って良かったです」
「はい。美味しいです。お気遣いありがとうございます」

 昨日は飲み慣れない味だったせいもあるけれど、むせそうになるくらいの渋みがあった。逆に言えば、甘い茶菓子と一緒に食べるとちょうどいいのかもしれない。

「他国に移住して特に戸惑う一番がお料理ですね。やはり地域や国によっては用意できる食材が違ったり、調理法や味付けが違います。当然のこととは言え、食事は健康な身体づくりの要ですから取らないわけにはまいりませんし、最初はつらいですよね。ですがやはり身を置く以上、その国の文化に合わせていく必要があります。すぐには難しいですが、徐々に合わせていくようにしましょう」

 マノンさんも最初は苦労したようだ。自分だけではない。そう思うだけで、少し気持ちが和らいだ。

「はい」
「食事は美味しく楽しく健康的に取りたいですものね」

 美味しく楽しく健康的に?
 私にはその考え方を理解できなかったが、それでも否定する意味はない。同意するために無言で頷いた。

「では。私はひとまずお料理を片付けてまいりますので、一度失礼いたしますね」

 ということはまた部屋に戻ってきてくれるようだ。

「ええ。よろしくお願いいたします。ところでマノンさん。この後、わたくしは何をすればよろしいのでしょうか」
「本日はゆっくりお休みいただくことになっております。お部屋でごゆっくりおくつろぎくださいませ」

 ……くつろぐ?
 どうやってくつろげばいいのだろう。
 素朴な疑問が浮かんだけれど、ぼんやりしている内にそれでは失礼いたしますと、お料理がのせられたワゴンを押してマノンさんは部屋から出て行った。
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