虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね

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第12話 重い使命

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 手持ち無沙汰で椅子にぼんやり座っていたところ、しばらくしてマノンさんが部屋に戻ってきた。

「お待たせいたしました、クリスタル様。娯楽を何もご用意していない状態で、ゆっくりしていてくださいだなんて、お困りでしたよね。気付くのが遅すぎました。申し訳ありません」
「いえ。大丈夫です。マノンさんもこちらに来たばかりの慣れぬ環境ですのに、わたくしのことでお気遣いさせて申し訳ありません」
「とんでもないことですわ。それが私の仕事ですもの」

 きりっと一度胸を張ってみせると彼女は笑った。

「ところでクリスタル様はグランテーレ国では普段、どうお過ごしになっていたのですか?」
「……そうですね。読書が好きでよく本を読んでおりました」
「そうですか。刺繍や編み物などの手芸は?」
「いいえ。したことがありません。……見たことはあります」

 首を振って否定すると彼女は口を手で押さえた。

「失礼いたしました。クリスタル様は王女様でいらっしゃいますものね」
「皆さんは普通にされることなのですか?」
「手芸は貴族女性の嗜みみたいなものなのです。もっとも私はあまり手先が器用ではありませんので、得意では――いえ。はっきり言って苦手ですけれど」

 肩をすくめ、ぴっと赤い舌を出す彼女はとても可愛らしい。よく話をする所はパウラにも似ているけれど、言葉は丁寧で嫌味がない。

「しかし困りましたね。ここにも書斎はあるとのことですが、レイヴァン様がお読みになる書物だときっと娯楽書ではないでしょうし、何よりもお言葉が分かりませんよね」
「ええ。それでマノンさんにお願いがございます。空いた時間にサンティルノ語を教えていただければと思うのですが」
「ええ! もちろん私でよろしければ」

 明るい表情で了承してくれたけれど、すぐに口元に手を当てて首を傾げる。

「あ。ですが、ちゃんとした先生をお付けしなくてもよろしいのですか。レイヴァン様にお願いすれば言語学者の先生を雇ってくださると思いますが」
「いえ。これ以上、お手数をおかけするわけにはまいりませんので。――あ。けれどマノンさんにはご負担をかけてしまいますね」

 マノンさんは私の専属侍女とは言え、他の仕事もあるはず。私に付き合って部屋に籠もりきりになるというのは他の人たちの心証を悪くしてしまう。かと言って、空いた時間にお願いするとなると、彼女の自由な時間を奪ってしまうことになる。

「ではレイヴァン様にもお話しして、専属侍女の仕事の一つにしていただきましょうか。今夜お帰りになられたらお話ししてみます」
「ええ。そうですね。ぜひお願いいたします」

 それならばマノンさんの立場も理解されるし、自由な時間を奪わなくて済む。一つ解決策が見えたところで、また他の問題が湧き起こってくる。

「あの。そういえば、マノンさんは何か聞いておりませんか。今回の婚姻について」
「と申しますと?」
「ええと。結婚式の予定とか、昨日はその初夜、レイヴァン様と夜を共にするというものだったのではないかと。その予定と申しますか」

 昨日は私が倒れてしまったから、夜をご一緒することはできなかった。そもそもベッドをご一緒するというのはどういうことなのか。横で寝るだけなのか。ベッドで一晩語り合うということなのか。
 ――そういえば昔読んだ書物では、愛を語って一夜を明かしたと書かれていた。けれど、私の場合は言葉が通じないし、やはりマノンさんもご一緒していただくことになるのだろうか。それにしても、レイヴァン様にとって憎き元敵国の王女に愛を語るとは何という苦行なのか。語る愛の中身もよく分からないけれど。

「ああ」

 きまりが悪くなりながら尋ねたところ、マノンさんは手を叩いて納得の声を上げた。

「なるほど。失礼いたしました。そういうことですね」
「ええ」
「それについてはレイヴァン様からはまだ何もお伺いしておりませんね。ただ、結婚式はともかく、初夜は延期されるのではないかと」
「なぜですか」
「ええと?」

 マノンさんは何かを誤魔化すように視線を上にして、頬に指を当てる。

「ク、クリスタル様があまりにも華奢ですから、でしょうか」

 レイヴァン様が眉をひそめて、軽すぎると小さく呟いていたらしい。

「わたくしが華奢だと初夜が延期されるのですか」
「ええと。まあ、ええと。そうですね。そういうこともありうるかなと」
「なぜですか」

 詰め寄る私にマノンさんが身を引く。

「え、っと。ええと? 華奢だとお体がおつらいかなと」
「体力が必要なのですか」
「そ、そんな感じでしょうか」

 確かに一晩語り合うのなら、体力が必要かもしれない。

「一晩愛を語り合うそうですが、どんな内容ですか?」
「な、内容!? そ、それは人それぞれかと……」
「そうですか。マノンさんにもご負担おかけいたします」
「ちょっ!? ま、待ってください! 私はご一緒しませんよ!? 絶対できません!」

 青ざめながら主張するマノンさんに私は目を見張った。
 まさかマノンさんに通訳していただけないとは……。

「――はっ。し、失礼いたしました」
「いえ。ですがマノンさんがご一緒していただけないのならば、どうしたらよいのか」
「だ、大丈夫ですよ。レイヴァン様にお任せすれば」

 マノンさんはごほんと咳払いして空気を変えようとする。

「恐れ入りますが、クリスタル様はお母さま、王妃殿下ですね、あるいは乳母に初夜の心得などは教わらなかったのでしょうか」
「え? ……ええ」

 逆に尋ねられて私は半ば目を伏せた。

「具体的なことは聞いておりません。ただ、旦那様にすべてをお任せするようにと。拒否したり、抵抗したりして、くれぐれも不興を買うことはするなと。初夜を素直に受け入れることこそが和平の道なのだと」

 二国間の平和のためには、サンティルノ国との繋がりは絶対だと言われている。間違っても帰されるような真似はするなと言われた。
 もしかしたら結婚式が未定なのも、初夜が行われないのも、元敵国の王女をいつでも切り捨てられるようにするためのものかもしれない。

「そ、そうでしたか。それは何だか、お、重い使命ですね。押しつぶされそうです……」
「ええ。そうなのです。ですからマノンさん、お願いです。レイヴァン様にいつ頃の予定なのか、それも一緒に尋ねていただけませんか」
「え、えぇぇ。それを私がですかぁ……」

 私が手を組んでお願いすると、なぜかマノンさんは泣きそうな、情けなそうな声を上げた。
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