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第19話 不穏な空気
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「マノンさん、酷いです。ご自分だけこっそり避難されているだなんて」
料理長、ヘルムートさんとの会話を終えて厨房から離れた私はマノンさんの所に向かい、早速不平を漏らすことにした。
すると彼女は胸に手を当てて首を振る。
「いいえ。クリスタル様、誤解なさらないでください。私は心を悪魔にして、クリスタル様がご自分でお話できるよう、敢えてお一人にしたのです。決してヘルムートさんの威圧に恐れおののいたわけではありません。ええ、本当ですとも!」
そう言いながらも彼女の唇からは笑いが漏れている。
仕方がないなと思う。
「そうですか。では次から事前に告知をよろしくお願いいたしますね」
「はい。承知いたしました!」
そうして午後に備えて部屋に戻るために廊下を歩いていると、前方にミレイさんとルディーさんが見えた。
私たちに気付くと彼女らは足を止め、ミレイさんは私に一礼した後、私に何かを話しかける。ところがマノンさんは私を庇うように一歩前に出て、私に訳してくれる前に彼女へ返事した。
ミレイさんは私から目を離すことはない。私にできることは、真意を探るような不躾なほどまでの彼女の視線をただ静かに受け止めることだけだ。彼女の瞳には私はどのような姿に映っているのだろう。
そう考えていたが、彼女は視線を私からマノンさんに移して何かを言った。それをまたマノンさんが答えると、ミレイさんが私たちの背後に視線を移した。この奥を進んだ所に厨房がある。まだ見えなくてもそこへ意識を飛ばしたのだろうか。
一方、私がルディーさんに視線を移すと、何だか苦虫を噛み潰したような表情をしている。私の視線に気付くと慌てて目を伏せた。こちらは実に分かりやすい子だ。
「ではクリスタル様、では参りましょうか」
「え、ええ」
話を終え、マノンさんが私を呼びかけてくる。私たちが先に動き出すと、彼女らは礼をして私たちを見送った。
「どんなお話だったのですか」
肩越しに少し振り返ると、彼女らは私たちに背を向けて廊下を進んでいる姿が目に入った。
「何か足りない物でもおありでしたかとおっしゃっていました」
「マノンさんは何とお答えしました?」
「昨日の食事が少しクリスタル様のお口に合わなかったので、調整していただけるよう、料理長にお話に行っておりましたと」
意外にもマノンさんは事実をそのまま述べたようだ。
「彼女らは厨房のある方向へ向かっていたわけですし、下手な嘘をついてもと思いまして」
「そうですか」
あの時、ルディーさんが不愉快そうだったのは、謀を阻止されたのを知ったからなのだろう。つまり、嘘の情報を料理長に伝えたのはルディーさんだということ。彼女はあの場で私の好みを懸命に記録していたが、真逆のことを伝えたのだと思う。
残念ながらそれを証明するものはない。仮にそれを訴えたところで私を信じてもらえるかどうかも怪しい。今の私の立場はその程度のものだろう。
「クリスタル様にお伺いもせず、勝手にお答えして申し訳ありませんでした」
「いいえ。とっさですと返答に困ったと思いますので、代わりに答えていただいて感謝しております。マノンさんは……ルディーさんがされたことだとお考えですか」
「……いえ。私はその」
疑惑を向けているものの、マノンさんも確固たる証拠を持ち合わせてはいないのだろう。困ったように言葉を濁す。
「そうですね。ごめんなさい。変なことを申しました」
「いいえ。ですが私も注意を払いますので」
「ありがとうございます。お願いいたします」
マノンさんは私のために動いてくれているのに、何もできない自分が歯がゆかった。
午後からは服の仕立て屋さんがやって来た。
ドレスの色や形を決めた後、採寸する。部屋には、仕立屋さんの他、マノンさんはもちろん、ミレイさんやルディーさんがいる。ミレイさんらはレイヴァン様が持っている服の色や形を説明し、二人で出かける際に色味を合わせるための服装の指示をしてくれているようだ。マノンさんが教えてくれた。
私の採寸はと言うと、用意された間仕切り一枚越しに仕立屋さんの女性の従業員さんによって行われた。マノンさんは常に私の側に控えていて、従業員さんとのやり取りを介してくれている。
「――はい。ではクリスタル様、お疲れ様でした。採寸は以上で終了だそうです」
「そうですか。ありがと――エ、エふぁリスとライあー」
通じるだろうかと小声でおそるおそる従業員さんに言ったところ、彼女は目を細めてにこりと笑ってエファリストライヤーと言ってくれた。通じたようだ。
「マノンさん」
「はい。何でしょう」
「レイヴァン様にご用意していただいた服なのですが、一緒に仕立て直ししていただくことはできるかお聞きくださいませんか?」
「ああ! あのクローゼットの中の服ですね。承知いたしました」
マノンさんはクローゼットまで歩いて行くと、仕立屋さんに私の服の手前までを手で指し示しながら説明してくれた。すると仕立て屋さんは目を見開いて何かを言い、その言葉にミレイさんたちも弾かれたかのように振り返る。
「何か不都合でもあったのでしょうか」
私はマノンさんのいるクローゼットまで歩いて行くと彼女に尋ねた。
「それが。その……仕立て直しにもお金が結構かかるようでして。全部仕立て直しでいいのかというお話をなさっていて。むしろ新たに作るほうがお安く上がるみたいなのです。糸を丁寧に解いて裁断し直すようですので」
「そうだったのですか。そんなこととは露知らず、軽はずみなお願いをしてしまいました」
「いえ。もしかしたら仕立て屋さんとしては、新たに布地を買っていただきたいという思惑もあるのかもしれませんが、実際のところは確かめようがありません」
マノンさんは小声で話しているけれど、グランテーレ語を理解できる人はいないのになと頭の片隅で思う。推測の域を超えないので、やはり仕立て屋さんに対して後ろめたさがあるのだろう。
「ですが、これはレイヴァン様がクリスタル様のためにご用意されたものですよね。サイズが合わなくてクローゼットに仕舞われたままよりはいいと思うのですが」
「そうですね。ではすべてではなく、この二、三着をお願いしましょう」
「二、三着ですか? はい。承知いたしました」
私はとても体に合いそうにない大きな服を選び、そちらを仕立て直ししてもらうことにした。けれどそれが最善の選択だったかは分からない。
――ルディーさんが私を静かに睨み付けていたから。
料理長、ヘルムートさんとの会話を終えて厨房から離れた私はマノンさんの所に向かい、早速不平を漏らすことにした。
すると彼女は胸に手を当てて首を振る。
「いいえ。クリスタル様、誤解なさらないでください。私は心を悪魔にして、クリスタル様がご自分でお話できるよう、敢えてお一人にしたのです。決してヘルムートさんの威圧に恐れおののいたわけではありません。ええ、本当ですとも!」
そう言いながらも彼女の唇からは笑いが漏れている。
仕方がないなと思う。
「そうですか。では次から事前に告知をよろしくお願いいたしますね」
「はい。承知いたしました!」
そうして午後に備えて部屋に戻るために廊下を歩いていると、前方にミレイさんとルディーさんが見えた。
私たちに気付くと彼女らは足を止め、ミレイさんは私に一礼した後、私に何かを話しかける。ところがマノンさんは私を庇うように一歩前に出て、私に訳してくれる前に彼女へ返事した。
ミレイさんは私から目を離すことはない。私にできることは、真意を探るような不躾なほどまでの彼女の視線をただ静かに受け止めることだけだ。彼女の瞳には私はどのような姿に映っているのだろう。
そう考えていたが、彼女は視線を私からマノンさんに移して何かを言った。それをまたマノンさんが答えると、ミレイさんが私たちの背後に視線を移した。この奥を進んだ所に厨房がある。まだ見えなくてもそこへ意識を飛ばしたのだろうか。
一方、私がルディーさんに視線を移すと、何だか苦虫を噛み潰したような表情をしている。私の視線に気付くと慌てて目を伏せた。こちらは実に分かりやすい子だ。
「ではクリスタル様、では参りましょうか」
「え、ええ」
話を終え、マノンさんが私を呼びかけてくる。私たちが先に動き出すと、彼女らは礼をして私たちを見送った。
「どんなお話だったのですか」
肩越しに少し振り返ると、彼女らは私たちに背を向けて廊下を進んでいる姿が目に入った。
「何か足りない物でもおありでしたかとおっしゃっていました」
「マノンさんは何とお答えしました?」
「昨日の食事が少しクリスタル様のお口に合わなかったので、調整していただけるよう、料理長にお話に行っておりましたと」
意外にもマノンさんは事実をそのまま述べたようだ。
「彼女らは厨房のある方向へ向かっていたわけですし、下手な嘘をついてもと思いまして」
「そうですか」
あの時、ルディーさんが不愉快そうだったのは、謀を阻止されたのを知ったからなのだろう。つまり、嘘の情報を料理長に伝えたのはルディーさんだということ。彼女はあの場で私の好みを懸命に記録していたが、真逆のことを伝えたのだと思う。
残念ながらそれを証明するものはない。仮にそれを訴えたところで私を信じてもらえるかどうかも怪しい。今の私の立場はその程度のものだろう。
「クリスタル様にお伺いもせず、勝手にお答えして申し訳ありませんでした」
「いいえ。とっさですと返答に困ったと思いますので、代わりに答えていただいて感謝しております。マノンさんは……ルディーさんがされたことだとお考えですか」
「……いえ。私はその」
疑惑を向けているものの、マノンさんも確固たる証拠を持ち合わせてはいないのだろう。困ったように言葉を濁す。
「そうですね。ごめんなさい。変なことを申しました」
「いいえ。ですが私も注意を払いますので」
「ありがとうございます。お願いいたします」
マノンさんは私のために動いてくれているのに、何もできない自分が歯がゆかった。
午後からは服の仕立て屋さんがやって来た。
ドレスの色や形を決めた後、採寸する。部屋には、仕立屋さんの他、マノンさんはもちろん、ミレイさんやルディーさんがいる。ミレイさんらはレイヴァン様が持っている服の色や形を説明し、二人で出かける際に色味を合わせるための服装の指示をしてくれているようだ。マノンさんが教えてくれた。
私の採寸はと言うと、用意された間仕切り一枚越しに仕立屋さんの女性の従業員さんによって行われた。マノンさんは常に私の側に控えていて、従業員さんとのやり取りを介してくれている。
「――はい。ではクリスタル様、お疲れ様でした。採寸は以上で終了だそうです」
「そうですか。ありがと――エ、エふぁリスとライあー」
通じるだろうかと小声でおそるおそる従業員さんに言ったところ、彼女は目を細めてにこりと笑ってエファリストライヤーと言ってくれた。通じたようだ。
「マノンさん」
「はい。何でしょう」
「レイヴァン様にご用意していただいた服なのですが、一緒に仕立て直ししていただくことはできるかお聞きくださいませんか?」
「ああ! あのクローゼットの中の服ですね。承知いたしました」
マノンさんはクローゼットまで歩いて行くと、仕立屋さんに私の服の手前までを手で指し示しながら説明してくれた。すると仕立て屋さんは目を見開いて何かを言い、その言葉にミレイさんたちも弾かれたかのように振り返る。
「何か不都合でもあったのでしょうか」
私はマノンさんのいるクローゼットまで歩いて行くと彼女に尋ねた。
「それが。その……仕立て直しにもお金が結構かかるようでして。全部仕立て直しでいいのかというお話をなさっていて。むしろ新たに作るほうがお安く上がるみたいなのです。糸を丁寧に解いて裁断し直すようですので」
「そうだったのですか。そんなこととは露知らず、軽はずみなお願いをしてしまいました」
「いえ。もしかしたら仕立て屋さんとしては、新たに布地を買っていただきたいという思惑もあるのかもしれませんが、実際のところは確かめようがありません」
マノンさんは小声で話しているけれど、グランテーレ語を理解できる人はいないのになと頭の片隅で思う。推測の域を超えないので、やはり仕立て屋さんに対して後ろめたさがあるのだろう。
「ですが、これはレイヴァン様がクリスタル様のためにご用意されたものですよね。サイズが合わなくてクローゼットに仕舞われたままよりはいいと思うのですが」
「そうですね。ではすべてではなく、この二、三着をお願いしましょう」
「二、三着ですか? はい。承知いたしました」
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――ルディーさんが私を静かに睨み付けていたから。
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