虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね

文字の大きさ
18 / 51

第18話 お料理の味

しおりを挟む
「トるヴェすとマイヤー。……ア、アむーるレイヴァン」

 緊張しながらサンティルノ語で行ってらっしゃいませと、レイヴァン様を玄関でお見送りすると、彼は何か呟きながら頷き、モーリスさんとともに外へと姿を消した。
 昨日も耳にした言葉なのでマノンさんに尋ねたところ、同意する時に使われるいわゆる、ああ、という言葉に当たるらしい。ただし、主に男性が使う言葉なので女性は、まして貴婦人は使わないようにとのことだ。女性が同意する時に使う、ええに当たる言葉は別に教えてもらった。

「お疲れ様でございました、クリスタル様」

 部屋に戻って一息ついた私にマノンさんは優しく声をかけてくれた。
 今日の私のお見送りの位置は玄関口に近い、侍女さんが並ぶ列の先頭だった。モーリスさんに誘導されたのだ。もし今後もお出迎えしてくれるのならば、この場所を定位置にしてほしいということらしい。

「ありがとうございます」
「本日午後からのご予定ですが、仕立屋さんが見えますので、採寸となります。その際、ドレスの色や形も選んでまいりましょう」
「はい」
「今はとても細くいらっしゃいますが、少しずつ食事量を増やしてこれからふくよかさを出していきましょうね。ですから少し余裕を持ったドレスをお考えいただくことにいたします。ところでその後のお食事はいかがでしょうか。昨日はお食事中、上の空のご様子でおられましたが」

 確かに昨日はレイヴァン様に失礼なことをしてしまったことがあって、美味しいですと定型文のように生返事ばかりしていた気がする。

「それが昨夜は、いえ、今朝も申し上げなかったのですが」
「はい。何でもおっしゃってください」
「ええ。全体的に味が……薄くなっているのです」
「え?」
「初日に頂いたものと比べると格段に味が薄くなっていたのです。味の深みとでも申すのでしょうか。わたくしは昨日の好みの調査の時に濃厚で美味しいと申したと思うのですが、もしかしたら意味を間違って受け取られてしまったのでしょうか」

 するとマノンさんは表情を硬くした。

「マノンさん?」
「――あ。いえ」

 彼女は、はっと表情を緩めると無理矢理笑顔を作ってみせる。
 おそらく思い当たる節はあったものの、あまり良いことではなかったようだ。

「マノンさん。きちんと伝わらなかった可能性がありますし、もう一度ミレイさんたちにお伝え直ししましょうか」
「そうですね……」

 マノンさんは顎に手を当てて少し考えた後、首を振った。

「――いえ。クリスタル様、料理長に直接味の変更を訴えませんか?」
「え?」

 なぜ料理長に直接話をすることに……ああ。
 もしかしてマノンさんは、ミレイさんらが信用できない何らかの確信めいたものを持っているのかもしれない。彼女らが私に対して良い感情を抱いていないということくらいは、私にも分かっている。

「そう、ですね」

 私はマノンさんの提案を飲むことにした。
 ミレイさんらが信用できないと私の気持ちの中で定まったわけではない。ただ、わざわざ本人たちに悪意かどうかを確かめに行くことはないと考えたからだ。

「分かりました。そう致します」
「はい、そう致しましょう! そうと決まれば、さあ、これから会話の練習ですよ!」
「え? わたくしが料理長にお話しするのですか?」
「ええ、もちろん! 会話の練習にもなりますし、直接伝えられたほうが思いが伝わりますよ」
「そうですね。では先生、よろしくお願いいたします」

 私は両手を膝に置き、ぴしりと背を正すと頷いた。


 何度も練習を繰り返した後、私はマノンさんとともに厨房へと向かった。
 もうお昼の準備を開始しているのだろうか。それとも夕食のためにも何か仕込んでいるのだろうか。怒号が飛び交う中、何人かの料理人が忙しなく動いているのが厨房の外からも見て取れた。これは後にしたほうが良いかもしれない。

「クリスタル様、あの方がここの料理長、ヘルムートさんです」

 マノンさんが指さす方向にいた男性は、レイヴァン様よりも背が高く、がっしりと体格のいい方だった。少しつり上がった目と太い眉が意志の強さを表している。恰幅の良さから、もし彼が騎士団長だと紹介されればなるほどと誰もが納得するに違いない。

「ではクリスタル様――行ってらっしゃいませ!」

 とんと軽く背中を押され、覗き込んでいた私は前のめりになって、嫌でも厨房に足を踏み入れてしまった。

「わ、わたくし一人でですか?」

 びっくりして振り返ると、マノンさんは目の届く範囲ではあるが、少し距離を取った所まで避難していた。
 ……避難?
 ふと浮かび上がった自分の考えに疑問を持つ。すると不意に低い声が降ってきて、私の足下が大きく陰った。
 マノンさんはちょいちょいと私の背後を指さし、もう予感も予想も何もないが、振り返った先にいたのは当然ながら料理長のヘルムートさんだった。

 大きい、想像以上に大きい。見上げる首が痛みを伴うくらい大きい。
 忙しい最中に私がやって来たせいかもしれない。不機嫌そうにこちらを見下ろす彼に圧倒される。けれど圧倒されている場合ではない。当初の目的を果たさなければ。
 しかし最初に声をかけてくれたのは彼のほうだった。

「アメースクリスタル?」

 ヘルムートさんからの呼びかけに頷いて礼を取る。はじめまして、を習うのを忘れていた。伝えたいこと、伝えなければならない言葉がいっぱいだ。
 それでも、まずはつたないサンティルノ語で、いつもお料理をありがとうございますということを伝えてみたところ、何とか通じたようで彼は頷いた。

 ほっとした私は続いて、現在の味をもっと濃くしてもらうようお願いしてみた。
 最初に食べた時の味にしてというには、言葉が難しくて難度を下げた言葉にしてもらったのだ。それでもきっと、料理、もっと、濃くして、くらいの片言さがあるだろうと予想される。
 自分の料理の味を否定されたと思ったのか、ヘルムートさんは嫌そうに眉をひそめたが、それでも頷いて了承してくれたようだった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

能ある令嬢は馬脚を隠す

カギカッコ「」
恋愛
父親の再婚で継家族から酷い目に遭っていたアンジェリカは、前世魔法使いだった記憶、能力が覚醒する。その能力を使って密かに不遇から脱出して自由な人生をと画策するアンジェリカだが、王太子レイモンドに魔法能力がバレた。彼はアンジェリカの能力を買って妃にと言ってきて断れず婚約はしたが、王太子妃などとんでもない。そんなわけで自由になるためにアンジェリカ最大の企みが隠された結婚式当日、企みは計画通り行った……はずだった。王太子レイモンドの予想外の反応さえなければ。アンジェリカへの愛情を見せたレイモンドのために、結果として彼女の人生選択が変わった、そんな話。 因みにキャラの基本的な容姿のカラー設定はしておりません。黒髪でも金髪でも好きなイメージをお付け下さい。全六話。長さ的には中編です。

【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました

廻り
恋愛
 幼い頃に誘拐されたトラウマがあるリリアナ。  王宮事務官として就職するが、犯人に似ている上司に一目惚れされ、威圧的に独占されてしまう。  恐怖から逃れたいリリアナは、幼馴染を盾にし「恋人がいる」と上司の誘いを断る。 「リリちゃん。俺たち、いつから付き合っていたのかな?」  幼馴染を怒らせてしまったが、上司撃退は成功。  ほっとしたのも束の間、上司から二人の関係を問い詰められた挙句、求婚されてしまう。  幼馴染に相談したところ、彼と偽装婚約することになるが――

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。 だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。 聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。 胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。 「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」 けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。 「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」 噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情―― 一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

処理中です...