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第20話 勘違いしていた
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「コてぃーンまイヤー、アむーるレイヴァン」
私は侍女さんたちの列の先頭に立つと礼を取って、レイヴァン様をお出迎えした。
「ああ。――ありがとう」
今、ありがとうと言ってくださった? エファリストと。
顔を上げるとレイヴァン様と目が合ったが、すぐにふいと視線を逸らされた。
礼を失することを自分に恥じただけで、義務的に返されただけだったのかもしれない。一方で、後ろに控えるモーリスさんは、元々柔和な方ではあるけれど、今日は一段とにこにことしている。レイヴァン様は、今のお出迎えに対して悪い気はなさらなかったと受け止めていいのだろうか。
そんなレイヴァン様は一つ咳払いすると、モーリスさんに何かを言って止めていた足を再び前に進めた。
「クリスタル様、良かったですね! 今日はありがとうとおっしゃってくださいましたよ!」
レイヴァン様が立ち去り、迎えの侍従さんや侍女さんたちも各々の仕事に戻っていくところで、マノンさんは私にそう言った。
「そうですね。少し確信を持てませんでしたが、そうおっしゃってくださったのかなと、わたくしにも分かりました」
「すごい! 私が通訳しなくてもお話ができるのは、すぐそこまで来ていますね!」
「そ、それはさすがにまだ早すぎますね」
気が早すぎるマノンさんにおかしくなる。
「クリスタル様は呑み込みが早いですから、きっとすぐにお話しできるようになりますよ。私も精一杯お手伝いいたします!」
「ありがとうございます。お願いいたします」
その後、しばらくして夕食の準備ができたことをミレイさんが伝えにやってきてくれたので、食堂ヘと向かった。
夕食はいつもと変わらず静かな中で始まる。本来は何人かの人が集まって食べるのだろうか、二人で使うには大きすぎるテーブルだ。
レイヴァン様のご両親は、今は隠居なさって別邸にお住まいになっているということをマノンさんから伝え聞いた。またお姉様がいらっしゃるとのことだけれど、そのお姉様もご結婚なさって家を出たそうだ。と言うことは、ご家族揃ってお食事していた時代もあったということなのだろうか。レイヴァン様との結婚がこのまま問題なく進めば、そしていずれ子供ができればこの場で皆で食事をする未来が来ることになるのだろうか。
そんなことを考えながら野菜を口にした。いつもと同じく瑞々しい。生野菜にも少しずつ慣れてきたように思う。次に私はスプーンに持ち変えてスープを口にした。
「――っ」
一瞬動きを止めた自覚はあったものの、特に表立って反応したつもりはなかったのにレイヴァン様は私の様子に気付かれたようで何かを尋ねてきた。
「どうかしたのかとおっしゃっています」
「いいえ……ナイン。とても美味しいです」
ここで私が美味しくないなどと口にすれば、この場はきっと険悪な空気になるだろう。だから私は心とは逆の言葉を返す。
私は何気なさを装って、メインの肉料理を手に付けるが、こちらもさらに味が薄くなっている。幸いお肉の柔らかさだけは保たれていたので、飲み込むために顎が疲れることはなかったけれど。
味の調整を料理長に指示したのはルディーさんだと思っていたが、それは私の勘違いだったということだ。私は今日、料理長であるヘルムートさんに直接調整をお願いしに行ったのだから。その後、ミレイさんとルディーさんが厨房に向かったとしても、本人が直接お願いしにいっているものを彼女らが訂正し直しできたとは考えにくい。……となると料理の味付けを変えたのは、ヘルムートさんの意志ということになる。
思えば、私はこれまでヘルムートさんのお料理をたくさん残してしまっているのだ。料理長の彼に良いように思われているはずがなかった。
私の言動一つ一つが、一体どれだけ人を不快にさせているのだろうかと思うと胸が痛くなった。
「クリスタル様、今日はお食事中、何だかお元気がありませんでしたね。昼間の採寸でお疲れが出てしまいましたか」
マノンさんが気遣わしげに尋ねてくれたけれど、料理長の意志である以上、これ以上は彼女にもどうしようもない。事実を伝えたところで気を病ませるだけだ。
「そうですね。今日は少し疲れてしまったかもしれません。今日は早めに休んだほうがいいですね」
「そういう時は湯浴みですよ! ご準備ができているか確認してまいりますね」
そう言って出て行ったマノンさんだったが、ほどなくして部屋に戻って来た。
「お湯のご準備できましたよ。どうぞご案内いたします」
「ありがとうございます」
浴室に着くとそこにはミレイさんとルディーさんがちょうど出てきた。初日に入浴の補助を断ってからは、準備を終えると退室してくれるようになったのだ。
私がルディーさんに視線をやると、彼女は少し怯んだように半ば目を伏せる。少なくとも彼女に嫌われていることは間違いないようだ。
「エふぁリスとライあー、あミューミレイ、あミュールディー」
アミューは、丁寧な様より砕けた親しみのある、~さん、ということらしい。これは相手が高位貴族でなければ、男性にも女性にも使えるとのこと。
二人にお礼を述べると、ミレイさんは少し笑みをこぼし、ルディーさんは困ったような、拗ねたような表情をした。
その後はのぼせない程度に入浴を済ませて部屋に戻り、休む準備をしてもらうこととなった。
「マノンさん、ウィーと・ジーント」
「はい、クリスタル様。ウィート・ジーント」
サンティルノ語でお休みなさいと言葉を交わした後、マノンさんにも今日の仕事を終えてもらった。
それからベッドに入り、少しは時間が経ったのか、それともまださほど経っていなかったのか分からないが、目が完全に覚めてしまった。
サイドテーブルに置いてあるお水を飲もうと思って起き上がってランプを付けたところ、ピッチャーにはほとんど残っていないのが見て取れる。
そのまま何とか眠ろうかとも考えたものの、やはり水が無いと落ち着かないので、水をもらいに厨房へ行くことにした。
私は侍女さんたちの列の先頭に立つと礼を取って、レイヴァン様をお出迎えした。
「ああ。――ありがとう」
今、ありがとうと言ってくださった? エファリストと。
顔を上げるとレイヴァン様と目が合ったが、すぐにふいと視線を逸らされた。
礼を失することを自分に恥じただけで、義務的に返されただけだったのかもしれない。一方で、後ろに控えるモーリスさんは、元々柔和な方ではあるけれど、今日は一段とにこにことしている。レイヴァン様は、今のお出迎えに対して悪い気はなさらなかったと受け止めていいのだろうか。
そんなレイヴァン様は一つ咳払いすると、モーリスさんに何かを言って止めていた足を再び前に進めた。
「クリスタル様、良かったですね! 今日はありがとうとおっしゃってくださいましたよ!」
レイヴァン様が立ち去り、迎えの侍従さんや侍女さんたちも各々の仕事に戻っていくところで、マノンさんは私にそう言った。
「そうですね。少し確信を持てませんでしたが、そうおっしゃってくださったのかなと、わたくしにも分かりました」
「すごい! 私が通訳しなくてもお話ができるのは、すぐそこまで来ていますね!」
「そ、それはさすがにまだ早すぎますね」
気が早すぎるマノンさんにおかしくなる。
「クリスタル様は呑み込みが早いですから、きっとすぐにお話しできるようになりますよ。私も精一杯お手伝いいたします!」
「ありがとうございます。お願いいたします」
その後、しばらくして夕食の準備ができたことをミレイさんが伝えにやってきてくれたので、食堂ヘと向かった。
夕食はいつもと変わらず静かな中で始まる。本来は何人かの人が集まって食べるのだろうか、二人で使うには大きすぎるテーブルだ。
レイヴァン様のご両親は、今は隠居なさって別邸にお住まいになっているということをマノンさんから伝え聞いた。またお姉様がいらっしゃるとのことだけれど、そのお姉様もご結婚なさって家を出たそうだ。と言うことは、ご家族揃ってお食事していた時代もあったということなのだろうか。レイヴァン様との結婚がこのまま問題なく進めば、そしていずれ子供ができればこの場で皆で食事をする未来が来ることになるのだろうか。
そんなことを考えながら野菜を口にした。いつもと同じく瑞々しい。生野菜にも少しずつ慣れてきたように思う。次に私はスプーンに持ち変えてスープを口にした。
「――っ」
一瞬動きを止めた自覚はあったものの、特に表立って反応したつもりはなかったのにレイヴァン様は私の様子に気付かれたようで何かを尋ねてきた。
「どうかしたのかとおっしゃっています」
「いいえ……ナイン。とても美味しいです」
ここで私が美味しくないなどと口にすれば、この場はきっと険悪な空気になるだろう。だから私は心とは逆の言葉を返す。
私は何気なさを装って、メインの肉料理を手に付けるが、こちらもさらに味が薄くなっている。幸いお肉の柔らかさだけは保たれていたので、飲み込むために顎が疲れることはなかったけれど。
味の調整を料理長に指示したのはルディーさんだと思っていたが、それは私の勘違いだったということだ。私は今日、料理長であるヘルムートさんに直接調整をお願いしに行ったのだから。その後、ミレイさんとルディーさんが厨房に向かったとしても、本人が直接お願いしにいっているものを彼女らが訂正し直しできたとは考えにくい。……となると料理の味付けを変えたのは、ヘルムートさんの意志ということになる。
思えば、私はこれまでヘルムートさんのお料理をたくさん残してしまっているのだ。料理長の彼に良いように思われているはずがなかった。
私の言動一つ一つが、一体どれだけ人を不快にさせているのだろうかと思うと胸が痛くなった。
「クリスタル様、今日はお食事中、何だかお元気がありませんでしたね。昼間の採寸でお疲れが出てしまいましたか」
マノンさんが気遣わしげに尋ねてくれたけれど、料理長の意志である以上、これ以上は彼女にもどうしようもない。事実を伝えたところで気を病ませるだけだ。
「そうですね。今日は少し疲れてしまったかもしれません。今日は早めに休んだほうがいいですね」
「そういう時は湯浴みですよ! ご準備ができているか確認してまいりますね」
そう言って出て行ったマノンさんだったが、ほどなくして部屋に戻って来た。
「お湯のご準備できましたよ。どうぞご案内いたします」
「ありがとうございます」
浴室に着くとそこにはミレイさんとルディーさんがちょうど出てきた。初日に入浴の補助を断ってからは、準備を終えると退室してくれるようになったのだ。
私がルディーさんに視線をやると、彼女は少し怯んだように半ば目を伏せる。少なくとも彼女に嫌われていることは間違いないようだ。
「エふぁリスとライあー、あミューミレイ、あミュールディー」
アミューは、丁寧な様より砕けた親しみのある、~さん、ということらしい。これは相手が高位貴族でなければ、男性にも女性にも使えるとのこと。
二人にお礼を述べると、ミレイさんは少し笑みをこぼし、ルディーさんは困ったような、拗ねたような表情をした。
その後はのぼせない程度に入浴を済ませて部屋に戻り、休む準備をしてもらうこととなった。
「マノンさん、ウィーと・ジーント」
「はい、クリスタル様。ウィート・ジーント」
サンティルノ語でお休みなさいと言葉を交わした後、マノンさんにも今日の仕事を終えてもらった。
それからベッドに入り、少しは時間が経ったのか、それともまださほど経っていなかったのか分からないが、目が完全に覚めてしまった。
サイドテーブルに置いてあるお水を飲もうと思って起き上がってランプを付けたところ、ピッチャーにはほとんど残っていないのが見て取れる。
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