虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね

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第24話 通訳は大変

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「コてぃーンまイヤー、アむーるレイヴァン」
「ああ。――XX」

 夕方、レイヴァン様をお迎えすると、ありがとうは違う、新たな単語へと音が変わった。
 マノンさん曰く、今帰った、ただいまということらしい。まるでレイヴァン様からもサンティルノ語講座を受けているみたいで少し楽しい気分になる。また知らない言葉を知ることはとても興味深い。早く語彙力を高めてレイヴァン様や皆さんともっとお話しできるようになりたいと思った。

 夕食はレイヴァン様がお帰りになって少し経ってから開始された。
 以前はもっと夜遅くなることもあったそうだけれど、世の中が落ち着いた今は早くの帰宅ができているとのこと。これはマノンさんを介して伝えられたミレイさんの言葉だった。

 ――そう。
 忘れていたわけではないけれど、グランテーレ国とサンティルノ国は少し前までは争い合っていた間柄なのだ。戦争が終わったからと言って、揉め事が何も無かった過去と同じ感情でいられるはずがない。元敵国の人間に対してすぐ寛容的になれる人間はきっとごく少ないことだろう。
 ミレイさんは淡々と事実を述べただけにすぎず、何の意図などないかもしれない。けれど私は決してそれを忘れず心に留めて、自分の立場を考えていかなければならないと思う。

「クリスタル様、レイヴァン様が本日は何をしていたのかとお尋ねになっております」
「今日は庭を散策しておりました」

 この季節でも日差しが強いからと、ルディーさんが傘を用意してくれた。けれど私はその使い方が分からず、受け取ったまましばらく見つめていた。するとスキューズモア、つまり申し訳ございませんとミレイさんが開けてくれた。
 呆れたような目を私に向けていたのはルディーさんだ。私のことを傘の開け方一つ知らぬ無知な人間か、傘すら自分で開かない傲慢な人間かと思われたかもしれない。

 実際のところは前者だ。私は傘の開け方が分からなかった。昔読んだ本では、私は傘を開けた、としか書いておらず、開け方までは詳しく書かれていなかったから。
 本は私に見知らぬ世界や知識を与えてくれたが、自分が目を通した本だけではすべてのことまでは網羅していないのだと知った。

 それは当然だろう。空の色も花の色も瞳の色も、自分の目で確認して色の名を教えられて初めてこれがその色だと認識できるようになるのだから。
 私はこれからいくつもの恥を重ね、知る悲しみと、けれど喜びも感じてたくさんのことを学んでいきたいと思う。

「好きな花はあったかと」
「気になったお花はあります。お花の名は分かりませんが、花弁が青色で中央が黄色のお花です」

 マノンさんが伝えてくれるとレイヴァン様が小さく頷いて何かを言う。

「君の瞳の色だな、とおっしゃいました」
「はい。……わたくしの瞳の色です。青と黄色のお花です」

 私の色だと言って穏やかに微笑むレイヴァン様が、なぜかまるで自分の存在を認めてくれたかのように思えて嬉しく思った。

「クリスタル様、明日の予定をお伝えします」
「はい」

 レイヴァン様の中ではその話は終わっていて、次の話題に移っていたらしい。私は、マノンさんの言葉でふわふわした所からいきなり現実に引き戻された。

「明日は宝石商の方が見えるそうです。ドレスに合わせた装飾品が必要だろうからとのことです」
「そうですか」

 私一人で選ぶのだろうか。宝石の価値もきっと分からないし、服とのバランスも分からないし、少々不安だ。服も指示してくれたし、またミレイさんが選んでくれるだろうか。

「それとレイヴァン様が明日お休みを取られたそうです」
「そうなのですか? ではご一緒に選んでいただけるのでしょうか」

 補足された言葉に自分でも口元が緩んだことを感じる。レイヴァン様が選んでくだされば安心だし、ご一緒できる時間が増えるということだ。
 気持ちが浮き立っているせいか、食が進んでいる気もする。

 一方でマノンさんが伝えてくれると、レイヴァン様はなぜかきまりが悪そうに視線をずらしてしまった。私が楽しみにしていただけで、レイヴァン様はやはりご迷惑だったのだろうか。
 少し沈み込んでいると、彼は私の視線に気が付いたようで、ああと頷いた。そのまま咳払いするとまた何かを言った。

「ところで今日は食欲があるようだなとおっしゃっています」

 グランテーレ国では食事をすべて食べずに残すことが作法だと教えられて、それが習慣付いたせいで目の前の料理に手を付けることが、気持ちの上でできなかった。しかしここではむしろそれが好ましいことではないどころか、反感を持たれることだと知った。
 これから料理と料理人の方に敬意を払ってもっと頑張って食べていくようにしようと思ったのだ。そう。できないことのほうが多い私だからこそ、今自分ができることをしたいと思ったのだ。
 それに何よりも、私が少食で華奢だといつまでも初夜が行われないのは、問題だから。

「はい。わたくし、初夜のために頑張って食べる決意をしたのです」

 そう言うと、いつもはすぐに通訳してくれるマノンさんなのに、いつまで経っても無言のままであることに気付いた。不思議に思って視線を向けると困惑している彼女の姿が目に入る。

「ええっと、あの、あのですね。その」

 もしかして訳すのが難しかったのだろうか。マノンさんもまだ移住して四年目で言語が拙い部分があると言っていた。決意という言葉が悪かったのかもしれない。

「マノンさん。初夜のために頑張って食べることにした、で構いませんよ」
「え!? あ、いえ。あ、ハイ……」

 目をすがめたレイヴァン様にも促され、彼女はようやくいつもの滑らかなサンティルノ語とは違って、しどろもどろと通訳する。するとそれを聞いたレイヴァン様は目を見開いた後、スキュー、つまり悪い、と言って頭が痛そうに額に手を置いた。

 何が悪かったのか、後でマノンさんに尋ねてみたけれど、何も問題ありませんよ大丈夫と、なぜかげっそりした様子で言っただけで答えてくれることはなかった。
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