虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね

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第30話 近況報告は不穏

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 胸が寂しい騒動から数日経った頃だ。しばらくはクリスタルと接する時に気まずかったが、そろそろ落ち着いてきた頃でもある。
 私は部屋に侍女長のローザを呼び出し、近況報告をしてもらうことにした。側にはモーリスも控えている。

「その後、彼女の……クリスタルの様子はどうだ」
「はい。クリスタル様による侍女への被害が拡大しております」
「被害だと? 何の被害だ?」

 侍女長の不穏な言い方に眉をひそめる。

「まずは一つ申し上げたいのですが、クリスタル様は旦那様のお言葉にいたく傷つかれましたようで、ただいま胸を大きくすることに奮闘されております。料理長のヘルムートにもご相談に行ったとか」
「は!? だ、だからあれは間違いだったとその場で訂正しただろう?」

 反射的にソファーから立ち上がってしまう。
 そちらこそまだ私の傷を深く抉ってくるのか?

「もちろんマノンさんによって訂正はされたのでしょうけれども、クリスタル様は言葉通りにお受け取りできなかったのでしょう。お気持ちは分かりますわ。わたくしも同じ女性ですもの。男性から胸が寂しいなどと言われましたら……。クリスタル様、おいたわしいです」

 侍女長は頬に手を当てて涙を押さえるような仕草を見せた。

「分かった分かった。悪いのは私だ」
「ええ。さようでございますな」

 モーリスはうんうんと頷いて、とどめを刺してくる。
 だいたい途中でモーリスが私に合図してくるから、そちらに集中してしまったわけで。……と言い訳したところで自分の立場が変わらないのは自覚している。

「それで?」

 気持ちを落ち着かせるために、私はまたソファーに身を沈めると足を組んだ。

「さっきの話に戻すが侍女に何の被害があるんだ?」
「はい。クリスタル様が胸を大きくすることに奮闘されていらっしゃると申し上げましたが、その一つとして侍女に聞き取り調査をなさっているのです」
「聞き取り調査?」

 早くも嫌な予感がしてきた。頭痛の予感がしてきた。

「はい。胸が大きな侍女を中心にです。何を好んで食べているのか、食べる量はどれくらいか、食生活以外に気をつけていることはあるか、などですね。その調査により侍女たちが今、戦々恐々としているのです。クリスタル様が足を止めた侍女は喜び誇り、クリスタル様がこんにちはの挨拶だけで素通りした侍女は悲しみ落ち込み、といった具合で侍女たちの間に亀裂が入っております」
「それはたいそう罪深いことでございますね」

 モーリスが痛ましそうに目を細める。

「ええ。胸が寂しい認定されてしまったルディーは、特にカンカンに怒っておりましたね。ですが実情は皆、本気で怒っているわけではなく、話の種であり、クリスタル様との交流に一役買っているのですが。――ちなみに私事ではございますが、わたくしも尋ねられました」

 侍女長は澄まし顔で言い切った。だが、その顔には少し誇らしささえ感じる。

「いや、なぜ私事を補足した? 非常にコメントしづらいんだが……。まあ、だがその程度のことなら問題ないだろう。侍女長が収めておいてくれ」

 痛みを訴えかけてくるこめかみに手をやりながら侍女長に指示する。

「それが、事態はそれだけに留まらないのです」
「何のことだ?」

 良い話ではないらしい。侍女長は表情を引き締め、態度を改める。

「侍女の中で、クリスタル様への評価が分かれているのです」
「以前言っていた、角度によって見え方が違うというあれか?」
「ええ。それもあるのでしょうか。ある者はクリスタル様は控えめで可愛らしい方だと、ある者ははっきりした物言いで傲慢な方だと申します」

 まったく両極端な意見だ。どちらの面もあるのか。あるいは一方が作られたものなのか。

「さっきの足を止められなかった侍女の逆恨み――というわけではないんだろうな?」
「ええ。そんな可愛らしいものならば良かったのですが」
「例えばどんなことだ?」
「はい。胸の大きな侍女が」
「……悪い。その形容詞は止めないか」

 侍女長の言葉を手のひらと共に遮った。話に集中できなくなってしまう。

「失礼いたしました。クリスタル様の高評価を得た侍女が、その子の郷土で使われる食材を使ってクッキーを作り、クリスタル様に差し上げたのです。ここに良いものとして」

 侍女長は言葉に配慮して胸に手を当てる。その配慮がかえって気になるのだが……。

「クリスタル様から返ってきたお言葉は美味しくない、だったそうです。クリスタル様は王女様だから、下っ端の私が作った物なんてお気に召さないのだわと侍女が怒っていたそうです」
「美味しくない、か」

 彼女の口から出る言葉としてはどうにも違和感がある。仮に美味しくなかったとしても、彼女ならもう少し配慮した言葉を出すように思う。

「君もその菓子は口にしたのか?」
「ええ。うちの料理人以外が作った食べ物ですし、毒見役として」
「味はどうだった?」
「ヘルムートが作るものと比べれば、粉っぽさがあって味も食感も落ちますが、ひどい空腹の時にそれしかないのならば普通に食べられると思います」
「菓子に入っていた毒をここで吐くな……」

 まあ、冗談も含めている侍女長はともかくだ。彼女が正面切って美味しくないと言うだろうか。

「ああ、そういえば彼女はサンティルノ語でそう答えたのか?」
「そのようです」
「ならば言葉の取り違えじゃないか? まだ学び始めたところだ。単に間違っただけだろう。あるいは言葉が足りなかっただけか」
「ええ。そうですね。専属侍女とはいえ、マノンさんもずっと付いているわけではありませんし。また、クリスタル様はあまり表情が豊かな方ではございませんので、表情と物言いによって相手に不快感を抱かせることになってしまったのかもしれません」

 彼女の片言のサンティルノ語を思い出す。
 水、欲しい、と単語だけ並べると、状況や人によっては無礼だと感じる者もいるだろう。

「そうだな。表情と言い方一つで、皮肉やまったく真逆の意味にも変わるからな。――分かった。今後も報告をよろしく頼む」
「承知いたしました。それでは失礼いたします」

 侍女長はそう言って礼を取ると一足先に退室した。残ったのは私とモーリスのみだ。

「モーリス、お前はこのことをどう思う?」
「そうですね。クリスタル様に、人間の価値は体形で決まるわけではないから気にしないでいいと改めて申し上げてはいかがですか?」
「そっちじゃない!」

 モーリスはくすくすと笑う。

「失礼いたしました。そうですね。私が拝見した限りではそのような方には思えませんね。控えめで、むしろ何かあっても自分の中で仕舞い込むような方のようにお見受けいたしました」
「……そうだな。とにかく今は様子を見るしかないか」

 彼女がそのことで何か不当な扱いをされなければいいが。
 少し不安が残る報告だった。
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