薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね

文字の大きさ
16 / 42

第16話 私の主人はエリーゼ様

しおりを挟む
「旦那様。花街の華王館に参りたいのですが、お許しは頂けますか」

 執務室にいたシメオンさんにお伺いを立てた。
 花毒に直接、効果的な薬ではないが、自己の治癒力を高める薬の試作が出来上がった。メイリーンさんに届けたい。ただし、アランブール伯爵夫人なる者が花街に出入りしていると噂されては困ると言われればそれまでだ。

「花毒の薬ができたのか?」
「え――いえ」

 許すか許さないかの返事か、または毒薬はできたのかと促されると思っていたので、花毒の治療薬のことを問われて少し戸惑う。

「試作段階の薬です。直接治療できるものではないのですが、発症予防や進行予防が期待できます。――もちろんご命令を受けた薬の開発も進めております」
「そうか。許可するが、一人、伴をつけてもらう」

 意外にもあっさりと許可が出たことに拍子抜けしてしまう。

「何だ?」
「いえ。伯爵夫人が花街に出入りするのは体裁が悪いと、許可が出ないかもしれないと思っておりましたので」
「福祉に力を入れていると言っただろう。それの一環だ。貧民層だけではなく、それは花街の人間も含まれる」
「そう、ですか……」

 私を買い取った時はご主人様にもずいぶんと不遜な態度を取っていたから、あの界隈の方々を見下げていたのかと思っていた。

「意外か? 花街は情報収集の場でもある。密偵としてはとても重要な場所だ」

 確かに色んな人間が出入りする場だからそうなのだろう。しかしやけに説得力のある言葉だ。

「旦那様も通われたことがあるのですか?」
「え?」
「――あ、いえ。何でもありません。では私はこれで失礼いたします」

 私は一体何を聞いてしまったのか。なぜ聞いてしまったのか。
 無意識に尋ねていた自分に気付いて、慌てて礼を取って身を翻した。すると、二、三歩進んだところで。

「私は行っていない」

 シメオン様は私の背に言葉を投げかける。
 足を止めて振り返ると、彼は久々に私を真っすぐに見つめていた。

「先日、初めて足を踏み入れた」
「……そ、そうですか。失礼いたしました」

 私は軽く礼を取って逃げるように部屋を出た。


 私の供となったのはクラリスさんだ。馬車が屋敷から離れてから少しした頃、向かい側に座る彼女に話しかける。

「もしかしてクラリスさんもシメオン様の――アルナルディ侯爵家の配下に当たる方ですか?」
「え」

 目を丸くする彼女に私は首を振った。

「困らせるようなことを言って、申し訳ありません。きっとこんなお話は許されていないですよね」
「……エリーゼ様」

 彼女は少し考えた後、意を決したように口を開く。

「いえ。エリーゼ様のおっしゃる通りです。確かにうちの家系もアルナルディ侯爵家の配下であり、私はアランブール伯爵に雇われている身です。しかし私はエリーゼ様の専属侍女になれと命を受けました。ですから今の私の主人はエリーゼ様です。エリーゼ様の命に従います」
「……ありがとうございます、クラリスさん」

 ということは、屋敷にいる人たちも皆、アルナルディ侯爵家の配下となる家系に属して何らかの能力を持っているのだろうか。危険な仕事を請け負う一族だから、屋敷内で何かあった時にすぐ対処できる人間を周りに揃えているのかもしれない。

「私は下っ端で密偵としての能力値も低いので、なぜ専属侍女にしていただいたのかは分からないのですが」
「クラリスさんは初対面でも親しみやすく、安心感を抱かせてくれる雰囲気をお持ちだからではないでしょうか。クラリスさんになら何でも話してしまいそうですもの。密偵の何たるかも知らない私が言うのはおこがましいですが、それはとても大事なことではないでしょうか」

 だから……なのだろうか。この屋敷で少しでも私が心安らかに過ごせるようにと。シメオン様の配慮なのだろうか。

「そ、そう言っていただけますと」

 照れた様子のクラリスさんに私ははっと我に返る。

「そうです。それにクラリスさんは美容の素晴らしい腕前をお持ちですし。今日は先日と違って落ち着いた上品な貴婦人のように仕上げていただいており、感動しております」
「あ、ありがとうございます。――あ! ですがエリーゼ様のことは全身全霊でお守りいたします!」
「ええ。ありがとうございます。……ところで」

 ふと気付いたことがあって尋ねてみることにした。

「アランブール伯爵家の門衛さんは交代制で行われているのですよね。以前、お見かけした門衛さんをここに来てから一度もお見かけしないのですが、門衛さんもたくさんいらっしゃるのですか?」
「どの方でしょうか」
「お名前は存知ないのですが、二十代前半くらいなのに威圧感があって――あ、そういえば目元だか口元だかにほくろがあったかしら」

 私は右側の口元に人差し指を当てながら説明する。

「ああ。その人ならもしかしたら解雇された方かもしれませんね」
「解、雇されたのですか?」
「エリーゼ様が屋敷に初めてご訪問された日に解雇を言い渡されたと記憶しております」
「そう……ですか」

 まさかあの時、私が訪問したのに、訪問者はなかったと嘘をついたから?
 確かに主人に盾突いたり、嘘をついたりする信頼できない部下は、側に置くことはできない。まして密偵という特殊な仕事を請け負っている一族ならば、人一倍周りの人間に気を付けなければならないのは当然のことかもしれない。だけど彼は私を思いやってくれた上での嘘だったから……胸が痛い。

「エリーゼ様?」
「――いえ。そうでしたか。以前、丁寧な対応を受けたのでどうされたのかな、と思っておりました。そうですか、お辞めになっていたのですね」

 シメオン様は自分に歯向かう人間を瞬時に見極め、感情抜きでたやすく切り捨てられるのだろう。……私もいずれそうなるかもしれない。
 改めてシメオン様の絶対的な忠誠主義を思い知った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~

夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。 ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。 嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。 早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。 結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。 他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。 赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。 そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。 でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。

うちの王族が詰んでると思うので、婚約を解消するか、白い結婚。そうじゃなければ、愛人を認めてくれるかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「婚約を解消するか、白い結婚。そうじゃなければ、愛人を認めてくれるかしら?」 わたしは、婚約者にそう切り出した。 「どうして、と聞いても?」 「……うちの王族って、詰んでると思うのよねぇ」 わたしは、重い口を開いた。 愛だけでは、どうにもならない問題があるの。お願いだから、わかってちょうだい。 設定はふわっと。

離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様

しあ
恋愛
片想いしていた彼と結婚をして幸せになれると思っていたけど、旦那様は女性嫌いで私とも話そうとしない。 会うのはパーティーに参加する時くらい。 そんな日々が3年続き、この生活に耐えられなくなって離婚を切り出す。そうすれば、考える素振りすらせず離婚届にサインをされる。 悲しくて泣きそうになったその日の夜、旦那に珍しく部屋に呼ばれる。 お茶をしようと言われ、無言の時間を過ごしていると、旦那様が急に倒れられる。 目を覚ませば私の事を愛していると言ってきてーーー。 旦那様は一体どうなってしまったの?

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

処理中です...