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第17話 薬のお届けと頼み
華王館に到着し、私たちは馬車から降りる。
まだお昼で人の賑わいはないけれど、クラリスさんは周りの異質な雰囲気に圧倒されたのか、少し怖気づいているようにも思える。だから私が率先して華王館の扉を叩いた。
すると間もなくご主人が出てきてくれた。
「エリーゼ! あ、いや。失礼いたしました。アランブール伯爵夫人でしたね」
私としてはまだ誰にも奥様と呼ばれた記憶はないけれど、メイリーンさんは、屋敷内で私のことを奥様と呼んでいる人を見かけたらしい。
「アランブール伯爵夫人だなんてやめてエリーゼと。背筋がくすぐったくなってしまいます。それにまだ夫婦の誓いなどは行っておりませんし」
シメオン様は妻にと言ったが、きっといつでも切り捨てられるように結婚式を執り行わないのだろう。あるいは今回、シメオン様に忠誠を見せたら結婚式を行おうと考えているのかもしれない。
「……そうか。ではエリーゼ、どうしてまたここに」
「花毒の薬の試作品ができたのでお持ちしました。アランブール伯爵にはこちらに伺うことをお許しいただいております」
「そうかそうか。――さあ。お入り。そちらは?」
私の後ろに控えるクラリスさんに目をやりながらご主人は尋ねる。
「私に付き添ってくださっている方です」
「そうか。……ではあなたもよろしければどうぞ」
「はい。失礼いたします」
ご主人に促されて館へと足を踏み入れた。クラリスさんは興味深そうにきょろきょろと見回している。彼女もまた娼館に入ったのは初めてなのだろう。
「メイリーンさんが前に会いに来てくださって、怒られちゃいました。私に挨拶もなく出ていくとは何事と」
ご主人の後に付いて歩きながら話しかける。
「はは。そうだろうね。私も同じくがっちりこってり絞られたよ」
「ご迷惑をおかけいたしました」
「いやいや。君には本当に感謝している。ありがとう」
「いいえ。こちらこそ感謝の気持ちでいっぱいです。――それでそのメイリーンさんはいらっしゃいますか」
「ああ。呼んで来るよ。座って待っていてくれ」
応接間に案内された私たちはソファーを勧められ、腰を下ろした。
「エリーゼ様、私、初めて娼館に入ったのですが、意外と言ったら失礼なのですがとても品のある所なのですね」
クラリスさんは小声で私に囁きかける。彼女もまた館自体を興味深そうには見ていたが、ここで働く人間を蔑むような言動はない。
「私も他は知らないのですが、ここは高級娼館ですから品格が高いのかもしれませんね」
そんな話をしているとメイリーンさんが現れたので、私は立ち上がって迎えた。
「エリーゼ。よく来てくれたわね」
「メイリーンさん! こんにちは」
「花毒の薬の試作品ができたのですって?」
「まだ試作段階なのですが、早くお届けしたくて」
「ええ。ありがとう――そちらは?」
メイリーンさんの視線を追って振り返ると、息を呑んでいるクラリスさんが目に入った。
以前、メイリーンさんがアランブール伯爵家に来た時は、クラリスさんには先に退室をお願いしていたし、お茶の用意も別の方がしてくれていた。だからここが初対面となる。
今のクラリスさんは私が初めてメイリーンさんと会った時のようだ。いや。もしかしたらメイリーンさんと初めて会う人は皆、同じ行動を取るのかもしれない。ただ一つ違うのは、クラリスさんは両手をわさわさと奇妙に動かしている。……一体何のしぐさ?
そう思っていると。
「何と何と素晴らしい素材……。手を手を――手を加えたい。あれもこれも試したい。ああ、あれも試したい!」
ぶつぶつと怪しい言葉を発している。
「大丈夫かしら。何か言っているみたいだけれど」
「あははは……。クラリスさんはメイリーンさんの美しさに見惚れてしまっているようです」
「そう? ありがとう。とりあえず座ってお話ししましょうか」
ご主人は、私は仕事で少し失礼するよと去り、私たちは再びソファーに腰かけることになった。
私は薬の効能について説明する。
「じゃあ、この薬は花毒にかかっていない者でも飲んで大丈夫ということ?」
「ええ! 健康を増進しますので、夜の花たちだけではなく、メイリーンさんやご主人様にも飲んでいただきたいです。またできましたら一人ひとりの健康状態を毎日記録していただければ、その資料を基に、よりその人に合った薬を調合できます」
「そう。分かったわ。必ずそうするわ。ありがとう」
「はい。……ところで」
私はそう言って話を切り出す。聡い方だから、私の雰囲気を瞬時に悟ったのだろう。
「何か私に相談?」
「ええ。実は、詳しい事情は話せないのですが、今、私はアランブール伯爵から一つのことを命じ――お願いされています」
メイリーンさんはぴくりと眉を上げた。
「命じ、ね。それで?」
「ロドリグ・ダルトンさんという商家の方について知りたいのですが、三月に一度の君をご紹介いただけないでしょうか」
「ロドリグ・ダルトン? ああ。彼なら知っているわよ。館に来たことがある」
「本当ですか。どんな方でしょう」
さすがに人脈が広いメイリーンさんだ。思わず身を乗り出した。
「お得意様のお連れで一度だけいらっしゃったの。物静かな方でお酒もほとんど召し上がらなかったからよく覚えているわ。でも確かに彼のほうが詳しいと思うから呼んで来るわね。今、この館に備品を収めに来ているのよ」
「――え! 嘘! 私、邪魔をしてしまったのでしょうか!」
三月に一度しか会えないのに!
真っ青になっていると、メイリーンさんは笑った。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ。彼は仕事で来たわけだから。それに私はもう夜の花ではなく、指導役だからいつでも会えるの。――じゃあ、少し待っていて」
そうしてメイリーンさんが、三月に一度の君、マルセル・フランクールさんを呼んできてくれた。
メイリーンさんが私たちの恩人よと言うと少し照れ臭そうに感謝されていたけれど、話し方が落ち着いていてとても誠実そうな方だった。
彼からロドリグ・ダルトンさんの人柄について話を伺った後、私たちは華王館を後にした。
まだお昼で人の賑わいはないけれど、クラリスさんは周りの異質な雰囲気に圧倒されたのか、少し怖気づいているようにも思える。だから私が率先して華王館の扉を叩いた。
すると間もなくご主人が出てきてくれた。
「エリーゼ! あ、いや。失礼いたしました。アランブール伯爵夫人でしたね」
私としてはまだ誰にも奥様と呼ばれた記憶はないけれど、メイリーンさんは、屋敷内で私のことを奥様と呼んでいる人を見かけたらしい。
「アランブール伯爵夫人だなんてやめてエリーゼと。背筋がくすぐったくなってしまいます。それにまだ夫婦の誓いなどは行っておりませんし」
シメオン様は妻にと言ったが、きっといつでも切り捨てられるように結婚式を執り行わないのだろう。あるいは今回、シメオン様に忠誠を見せたら結婚式を行おうと考えているのかもしれない。
「……そうか。ではエリーゼ、どうしてまたここに」
「花毒の薬の試作品ができたのでお持ちしました。アランブール伯爵にはこちらに伺うことをお許しいただいております」
「そうかそうか。――さあ。お入り。そちらは?」
私の後ろに控えるクラリスさんに目をやりながらご主人は尋ねる。
「私に付き添ってくださっている方です」
「そうか。……ではあなたもよろしければどうぞ」
「はい。失礼いたします」
ご主人に促されて館へと足を踏み入れた。クラリスさんは興味深そうにきょろきょろと見回している。彼女もまた娼館に入ったのは初めてなのだろう。
「メイリーンさんが前に会いに来てくださって、怒られちゃいました。私に挨拶もなく出ていくとは何事と」
ご主人の後に付いて歩きながら話しかける。
「はは。そうだろうね。私も同じくがっちりこってり絞られたよ」
「ご迷惑をおかけいたしました」
「いやいや。君には本当に感謝している。ありがとう」
「いいえ。こちらこそ感謝の気持ちでいっぱいです。――それでそのメイリーンさんはいらっしゃいますか」
「ああ。呼んで来るよ。座って待っていてくれ」
応接間に案内された私たちはソファーを勧められ、腰を下ろした。
「エリーゼ様、私、初めて娼館に入ったのですが、意外と言ったら失礼なのですがとても品のある所なのですね」
クラリスさんは小声で私に囁きかける。彼女もまた館自体を興味深そうには見ていたが、ここで働く人間を蔑むような言動はない。
「私も他は知らないのですが、ここは高級娼館ですから品格が高いのかもしれませんね」
そんな話をしているとメイリーンさんが現れたので、私は立ち上がって迎えた。
「エリーゼ。よく来てくれたわね」
「メイリーンさん! こんにちは」
「花毒の薬の試作品ができたのですって?」
「まだ試作段階なのですが、早くお届けしたくて」
「ええ。ありがとう――そちらは?」
メイリーンさんの視線を追って振り返ると、息を呑んでいるクラリスさんが目に入った。
以前、メイリーンさんがアランブール伯爵家に来た時は、クラリスさんには先に退室をお願いしていたし、お茶の用意も別の方がしてくれていた。だからここが初対面となる。
今のクラリスさんは私が初めてメイリーンさんと会った時のようだ。いや。もしかしたらメイリーンさんと初めて会う人は皆、同じ行動を取るのかもしれない。ただ一つ違うのは、クラリスさんは両手をわさわさと奇妙に動かしている。……一体何のしぐさ?
そう思っていると。
「何と何と素晴らしい素材……。手を手を――手を加えたい。あれもこれも試したい。ああ、あれも試したい!」
ぶつぶつと怪しい言葉を発している。
「大丈夫かしら。何か言っているみたいだけれど」
「あははは……。クラリスさんはメイリーンさんの美しさに見惚れてしまっているようです」
「そう? ありがとう。とりあえず座ってお話ししましょうか」
ご主人は、私は仕事で少し失礼するよと去り、私たちは再びソファーに腰かけることになった。
私は薬の効能について説明する。
「じゃあ、この薬は花毒にかかっていない者でも飲んで大丈夫ということ?」
「ええ! 健康を増進しますので、夜の花たちだけではなく、メイリーンさんやご主人様にも飲んでいただきたいです。またできましたら一人ひとりの健康状態を毎日記録していただければ、その資料を基に、よりその人に合った薬を調合できます」
「そう。分かったわ。必ずそうするわ。ありがとう」
「はい。……ところで」
私はそう言って話を切り出す。聡い方だから、私の雰囲気を瞬時に悟ったのだろう。
「何か私に相談?」
「ええ。実は、詳しい事情は話せないのですが、今、私はアランブール伯爵から一つのことを命じ――お願いされています」
メイリーンさんはぴくりと眉を上げた。
「命じ、ね。それで?」
「ロドリグ・ダルトンさんという商家の方について知りたいのですが、三月に一度の君をご紹介いただけないでしょうか」
「ロドリグ・ダルトン? ああ。彼なら知っているわよ。館に来たことがある」
「本当ですか。どんな方でしょう」
さすがに人脈が広いメイリーンさんだ。思わず身を乗り出した。
「お得意様のお連れで一度だけいらっしゃったの。物静かな方でお酒もほとんど召し上がらなかったからよく覚えているわ。でも確かに彼のほうが詳しいと思うから呼んで来るわね。今、この館に備品を収めに来ているのよ」
「――え! 嘘! 私、邪魔をしてしまったのでしょうか!」
三月に一度しか会えないのに!
真っ青になっていると、メイリーンさんは笑った。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ。彼は仕事で来たわけだから。それに私はもう夜の花ではなく、指導役だからいつでも会えるの。――じゃあ、少し待っていて」
そうしてメイリーンさんが、三月に一度の君、マルセル・フランクールさんを呼んできてくれた。
メイリーンさんが私たちの恩人よと言うと少し照れ臭そうに感謝されていたけれど、話し方が落ち着いていてとても誠実そうな方だった。
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