薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね

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第20話 信頼関係を築く取引

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「お越しいただき、ありがとうございます」

 シメオン様は立って出迎えるので、私もそれにならって一礼を取る。

「いいえ。こちらこそ。これを機にぜひお親しくできればと思います」
「ではまずは座ってお話ししましょう。どうぞ」
「はい」

 手でソファーを勧め、彼は私たちの向かい側に回り、私たちもまたソファーに腰かける。

「さて。本来なら仮面を取り、顔を合わせてお話しするのが筋ですが、まだ信頼関係が築けていませんのでどうぞご了承を」
「い、いえ。当然のことです」

 ダルトンさんとすれば自分の正体は知られているわけだから、不平等さを感じずにはいられないだろう。それに通常の取引ならばこんな話は出ないはず。何か危ない橋を渡らされるのではと考えたのではないだろうか。彼の顔が強張るのが見えた。

「では単刀直入に申し上げます。近頃あなたは、除草剤や肥料などにも使われる薬物、毒劇物を大量発注しましたね。取引先を教えていただけますか。――あなたの身と引き換えに」

 シメオン様がそう言うと、ダルトンさんの強張った顔から血の気が引くのが分かった。

「な、にをおっしゃっているのか」
「調べはついていますので、それについて議論するつもりはありません。話を進めます。あなたは三十分ほど前に水を飲んだでしょう。そこに薬を入れさせていただきました」
「そんなまさか。味も匂いも、色も何もなかった」

 ダルトンさんは震える手で口元を押さえる。

「ええ。そういった薬です。あなたは警戒心が高いようですので、薬を入れられても味が分からなくなるような酒や、色が分からなくなる果汁飲料などは口にしない。いや、口にするなと言われていたのでしょうか。取引先から」

 仮面をかぶっているシメオン様だが、きっと仮面を外したとしても人形のように感情を削ぎ落した表情なのだろう。起伏のない淡々とした口調で、横にいる私さえも寒気がしてくる。

「そ、そんな薬などあるはずがない」
「私の優秀な薬師に作らせたのです」
「そんなの、はったりだ! 現に私の体には何も起こっては」
「いいえ。あなたは実感しているはずです」

 私はそこで、胸に手を当てて主張するダルトンさんの言葉を遮った。

「何を言って」
「気付かれませんか? ご自分の呼吸が――楽になっていることを」

 シメオン様が弾かれたように私に向き、強い視線を送ってきたことに気付いたけれど、私は構わず話を続ける。

「……え? 一体どういう」
「あなたはお風邪を召されませんでしたか? それ以降、咳が長引いていませんか? 痰が出ませんか? 息苦しさを感じることがありませんか? 夜、横になるほどに息苦しくありませんか? 時折、発作的に喉を締め付けられたかすれたような呼吸音が出て息苦しくなりませんか?」
「出、ます……咳が出ています。そのような症状があります。薬も飲んでいますが、ずっと治らなくて、ずっと苦しくて。でもそう言えば今は落ち着いている……。緊張する場などは特に咳が出やすいのに」

 喉に手を当てながら戸惑いを隠せないダルトンさんに私は頷く。

「薬が効いているようですね。ところでご家族にもそのような症状の方はいらっしゃいますね。そう。例えば――幼いお嬢様などが」
「っ!」

 ダルトンさんが息を呑み、仮面を通しても目を瞠るのが分かった。

「い、色々、薬を試しました。幼いのに薬もいつも頑張って飲んで。でも治らなくて。時にはより酷くなったり。……私はまだいい。大人だから苦しくても我慢できる。だけど幼い娘が、あの子が苦しんでいる姿は……耐えられない」

 力なく項垂れたダルトンさんは、手だけは小刻みに震えるぐらい強く組む。
 メイリーンさんの婚約者、マルセルさんがおっしゃっていた。ダルトンさんは自分の目に入れも痛くないほど、娘さんをとても溺愛していると。彼女のためなら何でもしてあげたくなるのだと笑っていたと。

「もしかして現在、取引しているところから薬が手に入るのですか」

 マルセルさんはまた、ダルトンさんのことを誠実な人柄だと言っていた。誠実な方が危険な相手だと思われるところと取引をするには理由があるはず。

「……はい。その通りです。新しい薬を入手する経路を色々持っていると」
「そこから仕入れた薬を服用して症状は少しでも改善しましたか」

 ダルトンさんは気力なく首を振った。

「だけど世界には日々、新しい薬ができていてそれをこの国一番で仕入れられると言われて」
「色々薬を試された?」
「はい」
「体質に合わない薬を服用すれば改善するどころか、悪化することがあります。……恐れながら私はあなたのことを詳細に調べさせていただきました。その上で薬を調合いたしました」

 私は鞄から薬瓶を六本取り出して、前のテーブルに並べた。

「この大きな瓶があなた、この小さな瓶がお嬢様。それぞれ三日分の薬があります。無色透明、無味無臭というのは少々難しかったのですが、幼い子供さんですとお薬を嫌がりますからね、頑張りました」

 はっと顔を上げたダルトンさんに、私は薬の説明を始める。

「一度に一本を服用するのではなく、ひと瓶を一日三回に分けて服用します。完全に治してしまいたいとお思いならば、最低でもひと月はお飲みいただくことになりますが、この三日分でも症状が随分と緩和されるでしょう。もしあなたとお嬢様のご健康とを引き換えに私どもの取引に応じる気になりましたら、ご連絡を頂けますか」
「どう、どうやって。どうやってあなたにご連絡を取ればいいのですかっ!?」

 ダルトンさんは身を乗り出し、縋るような震える声で尋ねた。
 娘さんのことを本当に心から愛されているのがよく分かる。だから危険な相手と知りながら取引していた気持ちも分かる。もちろんそれがいいとは言わない。言えないけれど。

「花街の華王館はご存知ですね。そこで――」

 私は一つ咳払いする。

「夜のかすみ草に取り次いでほしいとお伝えください」

 ここでまさか、夜のかすみ草が役に立つとは……。

「夜のかすみ草。華王館に訪れて、その方に取り次いでほしいと言えば、あなたに会えるのですね」
「ええ。そうすれば遣いを出して私に連絡してくれるはずです」
「華王館の夜のかすみ草。……承知いたしました。娘にすぐ、すぐ飲ませてみます。ありがとうございました」

 ダルトンさんは一礼すると、まるで宝を手に入れたかのように、大事そうに抱えこんで足早に部屋を去った。
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