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第25話 売られた喧嘩を買う
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ロザレス福祉施設へ訪問してから三日後、寄付金が揃ったとのことで、サリナス福祉施設へ訪問することになった。それと同時に今度こそ必要な薬について院長にお伺いする予定だ。またシメオン様に邪魔されなければ、の話だけれど。
現在はシメオン様と二人、サロンで馬車の準備を待っている最中だ。
「本当に早く手配してくださったのですね。ありがとうございます。ロキ君が喜びます」
「ああ。それとこれを」
そう言ってシメオン様が私に差し出したのは一枚のハンカチだった。
私は戸惑いながら流れのままシメオン様からハンカチを受け取る。
「これは?」
「先日、少年の傷の応急処置に君のハンカチを使っただろう。ないと不便だと思って用意した」
「あり、がとうございます?」
シメオン様は、私がロキ君の手当てに使ったハンカチ一枚しか持っていないだろうと思ったのだろうか。それならそれで一枚と言わず、もっと下さったって……。
「あら?」
ハンカチに視線を落として気付いた。
「このハンカチ」
「……何だ」
「昔、私が人から頂いて持っていたハンカチと似ているなと思いまして」
ハンカチの角に美しい模様が描かれた二つの円が刺繍されている。これは手鞠と呼ばれる東洋のおもちゃだったと記憶している。
「父の知人が東の国に訪れた時に、美しい手鞠に感銘を受けた夫人が持ち帰り、それを元に刺繍したとおっしゃっていた気がします。今、世間では東洋風が流行っていると聞きますから、このような図柄のハンカチも販売されるようになったのですね」
これまでぎりぎりの生活だったので、私は本当に必要最低限の物しか買わなかったけれど、そういった話だけはよく耳にしていた。
「今、そのハンカチは?」
「え? ああ。それが大事にしていたのですが、いつの間にか無くしてしまいまして」
「無くした?」
シメオン様はぴくりと眉を上げた。
せっかくくれてやったのに、自分が渡したものまで不注意で無くす気じゃないだろうなと思われたのだろうか。
「い、いえ。無くしたと言うより、いつの間にか姿が見なくなったなあと」
それを無くしたと人は言う、と指摘が入らないことを祈る。
「あ! もしかしたら実家の棚の奥に仕舞い込んであるかもしれません。きっとそうです!」
何だか静かに見据えられているので、慌ててそう付け加えた。
「……先日のように応急処置に使われたんじゃないのか。誰かが転んだか何かで怪我を負って」
「え?」
やたらとハンカチの行方を追いたがるのはなぜなのか。――はっ。そうか。なるほど。
せっかく私がくれてやったんだから、無くないようにすることは当然ながら、くれぐれも粗末に扱うんじゃないぞと警告しているのか。やけに回りくどい言い方をするものだ。
「かしこまりました。棚の奥底で大事に保管しておきます」
ないと不便だからと言いながら、使ってはいけない物を下さるなんて、なんて不親切な方だろう。
「なぜそんな話になる? 君は存外鈍感なのだな」
「はい?」
シメオン様は白けた目を向けてきたので、今度は私が片眉を上げてみせた。
「鈍感などと言われたのは生まれてこの方、初めてですが?」
「そうか。今日、己を知る機会を得ることができて良かったな」
「いいえ? 己のことなど世界で一番私が存じております」
自信もって胸に手を当てて主張する。
「世界で一番とは大きく出たな。君は一体自分の何を知っていると言うんだ」
「すべてですよ、すべて」
「すべてが聞いて呆れるな」
何やら喧嘩を売っているようですね。いいでしょう。高く買ってさしあげましょう。
私はふてぶてしく腕を組んでみせた。
「そこまで言うからには、旦那様は私が知らない私をご存知ということですよね。私の何をご存知なのかおっしゃってください?」
「それは――」
饒舌だったシメオン様が急に言葉に詰まる。
反論できないということだ。なぜ私に勝てると思ったのか。
私が勝ち誇った顔でもしていたのだろう。シメオン様は少しご機嫌を損ねた目で私を見た。
「……君。何だか急に性格が変わっていないか?」
「それに関しては、旦――シメオン様に負けますが?」
敢えてシメオン様と言い直す。
この話に主従とかは関係ないのだ。
「これまでの君は猫を被っていたんだな」
「それをおっしゃるなら、お店でお会いしていた時のシメオン様は、入浴後の猫でしたね」
「入浴後の猫?」
なぜか入浴後にすり寄って来る猫のように!
シメオン様は眉をひそめたけれど、さすがにこの言葉は心の中だけに留めておいた。
「私が猫に例えられるなんて、生まれてこの方、初めてだぞ?」
「そうですか。今日、初めての機会を得ることができて、おめでとうございます」
先ほどシメオン様に言われた言葉をもじって返す。そもそも先に猫に例えてきたのはそちらではないか。
二人で静かな睨み合いを続けていると。
「恐れ入ります、旦那様。馬車のご用意ができました」
気付けば部屋に入って来たブルーノさんがまるで仲裁に入るかのように、そう言った。
私がブルーノさんを見ると、旦那様を勘弁してさしあげてくださいと言わんばかりに一度意識的に瞬きした。
仕方がない。ブルーノさんに免じてここは私が折れることにしよう。
「そういうことだ。行くぞ」
「そういうことだそうです。参りましょう」
もしかしたら私と同じく、こちらが折れてやろうとでも考えていたのだろうか。シメオン様も同時に言葉を発し、また私たちは静かに睨み合いする。
「……旦那様」
呆れたようなブルーノさんがシメオン様をたしなめる口調で呼ぶと、シメオン様は咳払いした。
「ああ。では行こう」
シメオン様は一時休戦の申し入れとして手を差し伸べたので、私はその手を取った。
現在はシメオン様と二人、サロンで馬車の準備を待っている最中だ。
「本当に早く手配してくださったのですね。ありがとうございます。ロキ君が喜びます」
「ああ。それとこれを」
そう言ってシメオン様が私に差し出したのは一枚のハンカチだった。
私は戸惑いながら流れのままシメオン様からハンカチを受け取る。
「これは?」
「先日、少年の傷の応急処置に君のハンカチを使っただろう。ないと不便だと思って用意した」
「あり、がとうございます?」
シメオン様は、私がロキ君の手当てに使ったハンカチ一枚しか持っていないだろうと思ったのだろうか。それならそれで一枚と言わず、もっと下さったって……。
「あら?」
ハンカチに視線を落として気付いた。
「このハンカチ」
「……何だ」
「昔、私が人から頂いて持っていたハンカチと似ているなと思いまして」
ハンカチの角に美しい模様が描かれた二つの円が刺繍されている。これは手鞠と呼ばれる東洋のおもちゃだったと記憶している。
「父の知人が東の国に訪れた時に、美しい手鞠に感銘を受けた夫人が持ち帰り、それを元に刺繍したとおっしゃっていた気がします。今、世間では東洋風が流行っていると聞きますから、このような図柄のハンカチも販売されるようになったのですね」
これまでぎりぎりの生活だったので、私は本当に必要最低限の物しか買わなかったけれど、そういった話だけはよく耳にしていた。
「今、そのハンカチは?」
「え? ああ。それが大事にしていたのですが、いつの間にか無くしてしまいまして」
「無くした?」
シメオン様はぴくりと眉を上げた。
せっかくくれてやったのに、自分が渡したものまで不注意で無くす気じゃないだろうなと思われたのだろうか。
「い、いえ。無くしたと言うより、いつの間にか姿が見なくなったなあと」
それを無くしたと人は言う、と指摘が入らないことを祈る。
「あ! もしかしたら実家の棚の奥に仕舞い込んであるかもしれません。きっとそうです!」
何だか静かに見据えられているので、慌ててそう付け加えた。
「……先日のように応急処置に使われたんじゃないのか。誰かが転んだか何かで怪我を負って」
「え?」
やたらとハンカチの行方を追いたがるのはなぜなのか。――はっ。そうか。なるほど。
せっかく私がくれてやったんだから、無くないようにすることは当然ながら、くれぐれも粗末に扱うんじゃないぞと警告しているのか。やけに回りくどい言い方をするものだ。
「かしこまりました。棚の奥底で大事に保管しておきます」
ないと不便だからと言いながら、使ってはいけない物を下さるなんて、なんて不親切な方だろう。
「なぜそんな話になる? 君は存外鈍感なのだな」
「はい?」
シメオン様は白けた目を向けてきたので、今度は私が片眉を上げてみせた。
「鈍感などと言われたのは生まれてこの方、初めてですが?」
「そうか。今日、己を知る機会を得ることができて良かったな」
「いいえ? 己のことなど世界で一番私が存じております」
自信もって胸に手を当てて主張する。
「世界で一番とは大きく出たな。君は一体自分の何を知っていると言うんだ」
「すべてですよ、すべて」
「すべてが聞いて呆れるな」
何やら喧嘩を売っているようですね。いいでしょう。高く買ってさしあげましょう。
私はふてぶてしく腕を組んでみせた。
「そこまで言うからには、旦那様は私が知らない私をご存知ということですよね。私の何をご存知なのかおっしゃってください?」
「それは――」
饒舌だったシメオン様が急に言葉に詰まる。
反論できないということだ。なぜ私に勝てると思ったのか。
私が勝ち誇った顔でもしていたのだろう。シメオン様は少しご機嫌を損ねた目で私を見た。
「……君。何だか急に性格が変わっていないか?」
「それに関しては、旦――シメオン様に負けますが?」
敢えてシメオン様と言い直す。
この話に主従とかは関係ないのだ。
「これまでの君は猫を被っていたんだな」
「それをおっしゃるなら、お店でお会いしていた時のシメオン様は、入浴後の猫でしたね」
「入浴後の猫?」
なぜか入浴後にすり寄って来る猫のように!
シメオン様は眉をひそめたけれど、さすがにこの言葉は心の中だけに留めておいた。
「私が猫に例えられるなんて、生まれてこの方、初めてだぞ?」
「そうですか。今日、初めての機会を得ることができて、おめでとうございます」
先ほどシメオン様に言われた言葉をもじって返す。そもそも先に猫に例えてきたのはそちらではないか。
二人で静かな睨み合いを続けていると。
「恐れ入ります、旦那様。馬車のご用意ができました」
気付けば部屋に入って来たブルーノさんがまるで仲裁に入るかのように、そう言った。
私がブルーノさんを見ると、旦那様を勘弁してさしあげてくださいと言わんばかりに一度意識的に瞬きした。
仕方がない。ブルーノさんに免じてここは私が折れることにしよう。
「そういうことだ。行くぞ」
「そういうことだそうです。参りましょう」
もしかしたら私と同じく、こちらが折れてやろうとでも考えていたのだろうか。シメオン様も同時に言葉を発し、また私たちは静かに睨み合いする。
「……旦那様」
呆れたようなブルーノさんがシメオン様をたしなめる口調で呼ぶと、シメオン様は咳払いした。
「ああ。では行こう」
シメオン様は一時休戦の申し入れとして手を差し伸べたので、私はその手を取った。
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