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第24話 信頼関係を築きたい
「水増し請求している?」
「ああ。国からも施設に補助金が出るが、その額は職員の人数と子供の人数や年齢、その地域の物価などで決まることになる。ロザレス福祉施設はそれらを水増しして国に請求しているんだ」
私の正面に座るシメオン様は馬車の進行方向を背にしている。気遣ってくれているらしい。
「ですが、サリナス福祉施設はたくさんの子供を受け入れているがために、資金繰りに困っていると、ロキ君が言っていましたよ。人数が増えればそれだけ補助金が増えるのでしょう?」
「そうだ。ただし不正がなされないように確かな調査が行われた後での給付だから時間がかかる。それに実際は国からの補助金だけでは足りず、寄付金を募っているところが多い」
「そうですか。ところで水増し請求する施設もあると言うのに、国は調査されないのですか?」
怠慢ですねと付け加えるとシメオン様は苦笑いした。
「もちろん一年毎に健全な施設かどうかを審査して、証明書を発行している。それのある無しによっては補助金の額も左右されるし、補助を受けたい施設は必ず毎年受けているはずだ」
「ではなぜ見落としが?」
「その施設を健全な施設だと保証してくれる人間がいれば、毎年、厳しい審査を受けて合格しなくてもいいことになっている」
「保証してくれる人間というのは、もしかして貴族でしょうか? その貴族が不正に加担しているとか」
シメオン様はそうだと頷いた。
「ああ! だから嫌なのです。貴族というのは身勝手で、高圧的で、傲慢で、嘘吐きで――大嘘吐きで!」
「……君の目の前の人間に言っているつもりかもしれないが、君もその貴族だぞ」
「存じております。ですからうんざりしているのです」
むっとするとシメオン様はまた苦笑する。
「話を戻すが、保証になる人間は発言力の高い貴族だ。貴族との繋がりがある施設は審査を受ける必要はない。もちろん貴族側も施設からそれなりの謝礼金を受け取っているだろう。ただ、国もそれをみすみす見逃すほど愚かではない。時折、抜き打ち調査を行っている。だからロザレス福祉施設は児童の引き取りを幼い子に限定しているのだろう。さっきの少年のような物事が分かるくらいの年齢の子がいると、審査の者が訪れた時に何を話されるか分からないからな。とは言え、通常より審査はかなり甘めに見られるが」
なるほど。それに加えて、成長すればするほど教育費や食費にもお金がよりかかってくるというのもあるかもしれない。
「それが分かっていて旦那様はなぜそんな所に寄付を?」
「金を納めることで、相手側はこちらに気を許すだろうし、その金の流れを追うことができる。また、今回の寄付金を帳簿に載せない、あるいは減額して記載する可能性が高い。そうなれば中抜きの証拠にすることができる。君に薬の話をさせなかったのは不要な薬まで要求し、売りさばかれては困ると思ったからだ」
つまり裏にいる貴族まで追える、ということなのだろうけれど。
私はむっと腕を組んでみせる。
「旦那様の意図は理解できました。ですが、こういうことは事前に教えていただけませんか。協力はいたしますが、利用されるのは我慢なりません」
「……そうだな。悪かった」
シメオン様が思いの外、素直に謝罪するので振り上げた拳の行き場に困る。
「ま、まあ? 旦那様がサリナス福祉施設に多額の寄付をして、私に膝をつき、頭を垂れて謝罪なさるなら、許すこともやぶさかではありませんけれど?」
「謝罪の要求が予想以上に大きいな……。まあ、ともかくサリナス福祉施設への寄付は約束通り行う」
「多額の寄付ですよ、多額」
ただの寄付では済まさないのだから。
私が身を乗り出して強調してみせると、シメオン様は身を引いて背を正した。
「た、多額の寄付だ」
「それは良かったです。どうやって旦那様を引きずっていこうかと考えておりましたので」
まるっきり信用されていないなと苦笑いしているけれど、当然のことだと思う。
「とりあえず数日の内には寄付金を用意するから、揃い次第、サリナス福祉施設に行くことにしよう」
「数日の内に? ロザレス福祉施設に多額の寄付をしたところですし、そんなに早くご用意するのはいくら旦那様でも大変なのではありませんか?」
「遅ければ約束を破ったと思われるからな」
ロキ君にやはり約束を破る汚い大人だと思われるのが怖いだなんて意外だな、と思っていると。
「……あなたに」
あれ? 今、あなたにと言った? そう言えば時々、あなたと呼ばれている時がある気がする。君とあなたとをなぜ使い分けているのだろう。それとも無意識?
と、そこまえで考えて言葉の意味に気付く。
「え? あ。わ、私にですか!? 私に約束を破る汚い人間だと思われるのが怖いのですか?」
「……誰が怖がっているんだ。目を細めて大嘘吐きだと言われるのはごめんだからだ」
私は首を傾げた。
「何を今さらおっしゃっているのですか? 信頼関係を崩したのはあなたですよ」
「そうだ。私が――私の手で壊した。だが、今からもう一度信頼関係を築き上げたいと思っている。君も言っていただろう。脅して奪うより、信頼関係を築いて得られる情報のほうが何倍も有益になると」
「はい。確かにそう言いましたね」
闇の仕事を請け負う一族は何よりも信頼関係が重要視されるのかもしれない。それこそ、私をなだめすかし愛を囁いておけば今も信頼関係は保てていたかもしれないのに、なぜ最後までそうしなかったのだろうか。
「しかし、もちろん君が私に歩み寄ることまでは強制しない」
信頼関係は一方からだけではなく、互いの信頼で築くものだ。それを私側からは歩み寄らなくてもいいと言うのはなぜだろう。もしかして私からシメオン様への信頼は崩れたけれど、その逆、つまりシメオン様から私への信頼は崩れていない、ということ?
これはシメオン様なりの謝罪なのだろうか。それとも仕事上、信頼関係を築いておきたいだけなのだろうか。
「どう、だろうか」
少し気弱にも聞こえたシメオン様の言葉になぜか心が揺さぶられて、分かりましたと私は頷いた。
「ああ。国からも施設に補助金が出るが、その額は職員の人数と子供の人数や年齢、その地域の物価などで決まることになる。ロザレス福祉施設はそれらを水増しして国に請求しているんだ」
私の正面に座るシメオン様は馬車の進行方向を背にしている。気遣ってくれているらしい。
「ですが、サリナス福祉施設はたくさんの子供を受け入れているがために、資金繰りに困っていると、ロキ君が言っていましたよ。人数が増えればそれだけ補助金が増えるのでしょう?」
「そうだ。ただし不正がなされないように確かな調査が行われた後での給付だから時間がかかる。それに実際は国からの補助金だけでは足りず、寄付金を募っているところが多い」
「そうですか。ところで水増し請求する施設もあると言うのに、国は調査されないのですか?」
怠慢ですねと付け加えるとシメオン様は苦笑いした。
「もちろん一年毎に健全な施設かどうかを審査して、証明書を発行している。それのある無しによっては補助金の額も左右されるし、補助を受けたい施設は必ず毎年受けているはずだ」
「ではなぜ見落としが?」
「その施設を健全な施設だと保証してくれる人間がいれば、毎年、厳しい審査を受けて合格しなくてもいいことになっている」
「保証してくれる人間というのは、もしかして貴族でしょうか? その貴族が不正に加担しているとか」
シメオン様はそうだと頷いた。
「ああ! だから嫌なのです。貴族というのは身勝手で、高圧的で、傲慢で、嘘吐きで――大嘘吐きで!」
「……君の目の前の人間に言っているつもりかもしれないが、君もその貴族だぞ」
「存じております。ですからうんざりしているのです」
むっとするとシメオン様はまた苦笑する。
「話を戻すが、保証になる人間は発言力の高い貴族だ。貴族との繋がりがある施設は審査を受ける必要はない。もちろん貴族側も施設からそれなりの謝礼金を受け取っているだろう。ただ、国もそれをみすみす見逃すほど愚かではない。時折、抜き打ち調査を行っている。だからロザレス福祉施設は児童の引き取りを幼い子に限定しているのだろう。さっきの少年のような物事が分かるくらいの年齢の子がいると、審査の者が訪れた時に何を話されるか分からないからな。とは言え、通常より審査はかなり甘めに見られるが」
なるほど。それに加えて、成長すればするほど教育費や食費にもお金がよりかかってくるというのもあるかもしれない。
「それが分かっていて旦那様はなぜそんな所に寄付を?」
「金を納めることで、相手側はこちらに気を許すだろうし、その金の流れを追うことができる。また、今回の寄付金を帳簿に載せない、あるいは減額して記載する可能性が高い。そうなれば中抜きの証拠にすることができる。君に薬の話をさせなかったのは不要な薬まで要求し、売りさばかれては困ると思ったからだ」
つまり裏にいる貴族まで追える、ということなのだろうけれど。
私はむっと腕を組んでみせる。
「旦那様の意図は理解できました。ですが、こういうことは事前に教えていただけませんか。協力はいたしますが、利用されるのは我慢なりません」
「……そうだな。悪かった」
シメオン様が思いの外、素直に謝罪するので振り上げた拳の行き場に困る。
「ま、まあ? 旦那様がサリナス福祉施設に多額の寄付をして、私に膝をつき、頭を垂れて謝罪なさるなら、許すこともやぶさかではありませんけれど?」
「謝罪の要求が予想以上に大きいな……。まあ、ともかくサリナス福祉施設への寄付は約束通り行う」
「多額の寄付ですよ、多額」
ただの寄付では済まさないのだから。
私が身を乗り出して強調してみせると、シメオン様は身を引いて背を正した。
「た、多額の寄付だ」
「それは良かったです。どうやって旦那様を引きずっていこうかと考えておりましたので」
まるっきり信用されていないなと苦笑いしているけれど、当然のことだと思う。
「とりあえず数日の内には寄付金を用意するから、揃い次第、サリナス福祉施設に行くことにしよう」
「数日の内に? ロザレス福祉施設に多額の寄付をしたところですし、そんなに早くご用意するのはいくら旦那様でも大変なのではありませんか?」
「遅ければ約束を破ったと思われるからな」
ロキ君にやはり約束を破る汚い大人だと思われるのが怖いだなんて意外だな、と思っていると。
「……あなたに」
あれ? 今、あなたにと言った? そう言えば時々、あなたと呼ばれている時がある気がする。君とあなたとをなぜ使い分けているのだろう。それとも無意識?
と、そこまえで考えて言葉の意味に気付く。
「え? あ。わ、私にですか!? 私に約束を破る汚い人間だと思われるのが怖いのですか?」
「……誰が怖がっているんだ。目を細めて大嘘吐きだと言われるのはごめんだからだ」
私は首を傾げた。
「何を今さらおっしゃっているのですか? 信頼関係を崩したのはあなたですよ」
「そうだ。私が――私の手で壊した。だが、今からもう一度信頼関係を築き上げたいと思っている。君も言っていただろう。脅して奪うより、信頼関係を築いて得られる情報のほうが何倍も有益になると」
「はい。確かにそう言いましたね」
闇の仕事を請け負う一族は何よりも信頼関係が重要視されるのかもしれない。それこそ、私をなだめすかし愛を囁いておけば今も信頼関係は保てていたかもしれないのに、なぜ最後までそうしなかったのだろうか。
「しかし、もちろん君が私に歩み寄ることまでは強制しない」
信頼関係は一方からだけではなく、互いの信頼で築くものだ。それを私側からは歩み寄らなくてもいいと言うのはなぜだろう。もしかして私からシメオン様への信頼は崩れたけれど、その逆、つまりシメオン様から私への信頼は崩れていない、ということ?
これはシメオン様なりの謝罪なのだろうか。それとも仕事上、信頼関係を築いておきたいだけなのだろうか。
「どう、だろうか」
少し気弱にも聞こえたシメオン様の言葉になぜか心が揺さぶられて、分かりましたと私は頷いた。
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