4 / 17
第4話 侍女の噂話
しおりを挟む
ティアナさんが王宮に入ってひと月半となったが、アルバート様の手厚いご配慮があったせいなのか、あれから私の手を借りにやって来るということはなかった。
ただ王宮で出会えば言葉を交わし、まれにお茶をご一緒するぐらいだ。彼女の一日と言えば、目覚めたばかりの聖女の力を制御するための訓練にほとんど当てられているらしい。しかしそこにはアルバート様も一緒だ。だから彼ともほとんど会えていない。
今どんな状況なのかを知るために、私はティアナさん付きの侍女らが集う場所へと足を伸ばしてみることにした。きっとこの国を救ってくれるであろう聖女様のご様子には皆、興味津々だろうから。……私がその場所に向かったのは、無意識に彼女の粗探しをしようとしていたからかもしれない。
案の定、洗濯場では侍女らが集まっていた。
私はアルバート様の婚約者だと知られているので、直接話を聞いても答えてはいただけないだろう。無作法だとは思ったが立ち聞きすることにした。
当たり障りのない会話が続いていたが、誰か好奇心を抑えきれなかった人がいたようだ。口火を切った。
「……ね。あなたたち、聖女様のお付きの侍女なんでしょう。どんな方?」
「とても純粋で可愛い方よ。お優しい方で。――ね」
誰かに同意を得るように付け加えた侍女に、ええと返事する侍女の声が聞こえる。
「もうっ! そんな話を聞きたいのではないって、分かっているでしょう。もっと詳しく聞きたいわけよ」
しばしの沈黙の後、ため息を落とす音が少し離れた私の元まで伝わってきた。
「私もあくまでも聞いたお話よ?」
「ええ、ええ!」
「聖女様は食事が口に合わないと、料理を残しては作り直させていると聞いているわ」
「え? 作り直させているって、我が儘なお方なの?」
聖女様というお立場上、全てにおいて厚遇されているはず。食材はきっと最高級な物が用意され、一流宮廷料理人によって調理されているに違いない。それなのにそのお料理が口に合わないだなんて。
「そうではないでしょう。私は食べ慣れないお料理でお腹を壊したと聞いたから。だからもっとあっさりした物をご所望なさったのよ」
「あらそう? 私は調度品にも文句をつけて、当てつけのようにソファーで眠ったこともあると聞いたわ。だから調度品も慌てて総入れ替えだとか」
擁護する侍女がいる一方で、日頃から聖女様に何かしら思う所があったのか、別の侍女が反論するようにそう言った。
「いいお部屋なのでしょう?」
「もちろんよ。要人用の最高級の品質だもの。だけど平民の私にはもったいなさ過ぎると固辞なさったのよ」
もはや又聞きしたと誤魔化すことはなく、自分の耳で直接聞いたという言葉に変わっていることに彼女は気付いているのだろうか。気付いていたとしてもこの場だけだからいいと思っているのかもしれない。
「じゃあ、謙虚じゃない」
「言葉だけ聞くとそうでしょうね。でも声には、王族は平民の税金を使ってこんな良い暮らしをしているのですねって感じで、すごく嫌味っぽかったわよ」
言い方ってものがあるでしょうにとその女性は付け加えた。
「わたくしは、聖女様が鍛錬に嫌気が差して、体調が悪いとか疲れたと言っては何度も部屋に籠もって休んでいると聞きましたわ」
鍛錬は魔王討伐に必要なものだ。アルバート様はその行為を許しているのだろうか。あるいは許されるほど、もう能力の向上が見られているのだろうか。
「そうそう! 果てには故郷に帰りたいと何度も訴えているそうですわよ。その度にアルバート様がおなだめなさっているとか」
「え? どういうこと?」
「聖女様が癇癪を起こされた時、アルバート殿下御自らわざわざ聖女様のお部屋をお訪ねになってなだめられているようなのですよ」
アルバート様がティアナさんの部屋に訪ずれている? 婚約者とは言え、私の部屋にもあまり訪れにならなかったのに。
「お部屋に? だっていくら聖女様と言っても女性の部屋よ? アルバート殿下には婚約者のヴィオレーヌ様がいらっしゃるのに」
突如、私の名が出てきて、どきりと大きく鼓動を打つ。
「殿下は誠実な方ですもの。我が儘な聖女様をなだめられるのはご自分だけとお考えなのでしょう。夜に寝室へお訪ねになったわけではないでしょうに、話を飛躍しすぎてはさすがに不敬よ」
殿下のお人柄を考慮して誰かが取りなすように言った。
しかし。
「あのね……本当にここだけの話にしてほしいんだけど」
重い口調でまた別の誰かが話し始める。
「確かに殿下がお越しになったのはお昼だったんだけど、しばらくお二人で過ごされて殿下が退室なさった後、聖女様に命じられたのよね。……ベッドメイキングを」
「きゃあっ!?」
「やだっ!」
「うそーっ!?」
疑心暗鬼を含みつつも楽しそうな黄色い声が飛び交う。
同じく声を上げそうになって私は慌てて自分の口を手で塞ぐ。
「ちょっと! あなたたち声が大きいってば!」
「ご、ごめんなさい」
「ごめんごめん」
「だけどそれだったら、お心のおなだめではなくて、お体のお慰めでしょ!」
きゃっきゃと華やぐ侍女にもっと声を抑えてよと誰かがたしなめる。
「ちょっと、皆! 殿下にはヴィオレーヌ様がいらっしゃるのよ」
「でも、さ」
言葉を切って一瞬沈黙すると。
「もしかすると殿下の婚約者が聖女様に変わる可能性は」
「あるあるーっ!」
わっと盛り上がるその場を私は静かに離れた。
ただ王宮で出会えば言葉を交わし、まれにお茶をご一緒するぐらいだ。彼女の一日と言えば、目覚めたばかりの聖女の力を制御するための訓練にほとんど当てられているらしい。しかしそこにはアルバート様も一緒だ。だから彼ともほとんど会えていない。
今どんな状況なのかを知るために、私はティアナさん付きの侍女らが集う場所へと足を伸ばしてみることにした。きっとこの国を救ってくれるであろう聖女様のご様子には皆、興味津々だろうから。……私がその場所に向かったのは、無意識に彼女の粗探しをしようとしていたからかもしれない。
案の定、洗濯場では侍女らが集まっていた。
私はアルバート様の婚約者だと知られているので、直接話を聞いても答えてはいただけないだろう。無作法だとは思ったが立ち聞きすることにした。
当たり障りのない会話が続いていたが、誰か好奇心を抑えきれなかった人がいたようだ。口火を切った。
「……ね。あなたたち、聖女様のお付きの侍女なんでしょう。どんな方?」
「とても純粋で可愛い方よ。お優しい方で。――ね」
誰かに同意を得るように付け加えた侍女に、ええと返事する侍女の声が聞こえる。
「もうっ! そんな話を聞きたいのではないって、分かっているでしょう。もっと詳しく聞きたいわけよ」
しばしの沈黙の後、ため息を落とす音が少し離れた私の元まで伝わってきた。
「私もあくまでも聞いたお話よ?」
「ええ、ええ!」
「聖女様は食事が口に合わないと、料理を残しては作り直させていると聞いているわ」
「え? 作り直させているって、我が儘なお方なの?」
聖女様というお立場上、全てにおいて厚遇されているはず。食材はきっと最高級な物が用意され、一流宮廷料理人によって調理されているに違いない。それなのにそのお料理が口に合わないだなんて。
「そうではないでしょう。私は食べ慣れないお料理でお腹を壊したと聞いたから。だからもっとあっさりした物をご所望なさったのよ」
「あらそう? 私は調度品にも文句をつけて、当てつけのようにソファーで眠ったこともあると聞いたわ。だから調度品も慌てて総入れ替えだとか」
擁護する侍女がいる一方で、日頃から聖女様に何かしら思う所があったのか、別の侍女が反論するようにそう言った。
「いいお部屋なのでしょう?」
「もちろんよ。要人用の最高級の品質だもの。だけど平民の私にはもったいなさ過ぎると固辞なさったのよ」
もはや又聞きしたと誤魔化すことはなく、自分の耳で直接聞いたという言葉に変わっていることに彼女は気付いているのだろうか。気付いていたとしてもこの場だけだからいいと思っているのかもしれない。
「じゃあ、謙虚じゃない」
「言葉だけ聞くとそうでしょうね。でも声には、王族は平民の税金を使ってこんな良い暮らしをしているのですねって感じで、すごく嫌味っぽかったわよ」
言い方ってものがあるでしょうにとその女性は付け加えた。
「わたくしは、聖女様が鍛錬に嫌気が差して、体調が悪いとか疲れたと言っては何度も部屋に籠もって休んでいると聞きましたわ」
鍛錬は魔王討伐に必要なものだ。アルバート様はその行為を許しているのだろうか。あるいは許されるほど、もう能力の向上が見られているのだろうか。
「そうそう! 果てには故郷に帰りたいと何度も訴えているそうですわよ。その度にアルバート様がおなだめなさっているとか」
「え? どういうこと?」
「聖女様が癇癪を起こされた時、アルバート殿下御自らわざわざ聖女様のお部屋をお訪ねになってなだめられているようなのですよ」
アルバート様がティアナさんの部屋に訪ずれている? 婚約者とは言え、私の部屋にもあまり訪れにならなかったのに。
「お部屋に? だっていくら聖女様と言っても女性の部屋よ? アルバート殿下には婚約者のヴィオレーヌ様がいらっしゃるのに」
突如、私の名が出てきて、どきりと大きく鼓動を打つ。
「殿下は誠実な方ですもの。我が儘な聖女様をなだめられるのはご自分だけとお考えなのでしょう。夜に寝室へお訪ねになったわけではないでしょうに、話を飛躍しすぎてはさすがに不敬よ」
殿下のお人柄を考慮して誰かが取りなすように言った。
しかし。
「あのね……本当にここだけの話にしてほしいんだけど」
重い口調でまた別の誰かが話し始める。
「確かに殿下がお越しになったのはお昼だったんだけど、しばらくお二人で過ごされて殿下が退室なさった後、聖女様に命じられたのよね。……ベッドメイキングを」
「きゃあっ!?」
「やだっ!」
「うそーっ!?」
疑心暗鬼を含みつつも楽しそうな黄色い声が飛び交う。
同じく声を上げそうになって私は慌てて自分の口を手で塞ぐ。
「ちょっと! あなたたち声が大きいってば!」
「ご、ごめんなさい」
「ごめんごめん」
「だけどそれだったら、お心のおなだめではなくて、お体のお慰めでしょ!」
きゃっきゃと華やぐ侍女にもっと声を抑えてよと誰かがたしなめる。
「ちょっと、皆! 殿下にはヴィオレーヌ様がいらっしゃるのよ」
「でも、さ」
言葉を切って一瞬沈黙すると。
「もしかすると殿下の婚約者が聖女様に変わる可能性は」
「あるあるーっ!」
わっと盛り上がるその場を私は静かに離れた。
101
あなたにおすすめの小説
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法
本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。
ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。
……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?
やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。
しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。
そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。
自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。
聖女の御技を使いましょう
turarin
恋愛
公爵令嬢スカーレットは、幼い頃から皇太子スチュアートの婚約者である。
穏やかな温かい日々を過ごしていたかが、元平民の聖女候補、メイリンの登場で、事態は一変する。
スカーレットはメイリンを妬み様々な嫌がらせをしたと噂される。
スチュアートもスカーレットを庇おうとはしない。
公爵令嬢スカーレットが、黙ってやられるわけが無い。幼い頃から皇太子妃教育もこなし、その座を奪おうとする貴族達を蹴散らしてきた百戦錬磨の『氷姫』なのだから。
読んでくださった方ありがとうございます。
♥嬉しいです。
完結後、加筆、修正等たくさんしてしまう性分なので、お許しください。
この誓いを違えぬと
豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」
──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。
なろう様でも公開中です。
『仕方がない』が口癖の婚約者
本見りん
恋愛
───『だって仕方がないだろう。僕は真実の愛を知ってしまったのだから』
突然両親を亡くしたユリアナを、そう言って8年間婚約者だったルードヴィヒは無慈悲に切り捨てた。
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
嘘だったなんてそんな嘘は信じません
ミカン♬
恋愛
婚約者のキリアン様が大好きなディアナ。ある日偶然キリアン様の本音を聞いてしまう。流れは一気に婚約解消に向かっていくのだけど・・・迷うディアナはどうする?
ありふれた婚約解消の数日間を切り取った可愛い恋のお話です。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる