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第3話 信じる
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魔王討伐への鍛錬が始まってひと月ほど過ぎた頃だろうか。
「ヴィオレーヌ様!」
廊下で私を見付けたティアナさんは駆け足でやって来た。
「ごきげんよう。ティアナさん」
「ご、ごきげんよう、ヴィオレーヌ様」
ティアナさんは相変わらずのぎこちなさで貴族礼義を取ってみせる。
鍛錬は魔王討伐に向けてばかりで、やはり礼儀作法などは二の次、三の次で教育されていないらしい。
「同じ王宮内にいますのに、なかなかお目にかかりませんね。鍛錬でお忙しくされているのでしょうか」
「はい。そうなのです」
頷いたティアナさんは注意深く周囲を見回すと、内緒話でもするようにさらに私へと近付く。
「あの、ヴィオレーヌ様。私はなかなか一人になれる時間が持てないのです。ヴィオレーヌ様からアルバート様……殿下へ、私に休みを与えてやってほしいと言ってくださいませんか」
「なぜ? わたくしよりもあなたからおっしゃった方が、何でもお願いを聞いてくださるのではないですか?」
休み、休みと。
厚遇を受けていて今より何を望むと言うのと、思わず喉から出そうになるのをぐっと押さえる。
「ええ。殿下は確かに私が快適でいられるようにと何でもご用意してくださいます。ですが時間だけは頂けないのです」
「そんなに鍛錬は厳しいのですか」
「鍛錬はそうですね。確かに魔王討伐の旅のために体力作りはしていますが、さほどつらいというわけではありません」
「ではなぜ」
快適に過ごせるように望みのものを揃えてもらい、鍛錬もさほどつらいものではない。アルバート様は彼女につきっきりになっている。一体何が不満だと言うのか。
「あ、そ、その。……殿下が私を一人にしてくれないのです」
彼女は私の反応を窺うように片時も視線を外さなかったのに、そう言うと困ったような笑みを浮かべて視線を少し横に流した。
「そう。大変ね」
「あ! へ、変な意味ではないですよ!」
負の感情を押し込もうとして、言葉が冷たく短くなったことに気付いたのだろう。彼女は慌てた様子で視線を戻して言った。それがますます私の気持ちを乱すとも知らずに。
……知らずに? まさか。知らないわけがない。知っているのでしょう。知っていてそうしているのでしょう。
感情を抑えるために拳を作りそうになったところ。
「ティアナ!」
彼女を呼ぶアルバート様の声が上がった。
はっと我に返る。一方で彼も私に気付いた。
「あ。ヴィオレーヌ。君と一緒だったのか」
「ごきげんよう、アルバート殿下」
わざと殿下とつけて呼んでみる。
「ああ」
アルバート様はそのことに気付いたのか気付かないのか、私に笑みを向けた後、ティアナさんへと視線を移す。
「ほら、ティアナっ……嬢。今日は服を微調整する日だろう。もう仕立て職人が到着しているから部屋に戻ってくれ」
「服ですか?」
「ええ。ドレスを作っていただくのです」
華やぐティアナさんを前に私の心はますます凍り付いていく。
「魔王討伐の凱旋の折りにはお披露目が必要だからな」
「あまりにも気が早すぎると思うのですが。それに私のために豪華なドレスまで作っていただけるだなんて、本当に申し訳ない気持ちで一杯です」
謙虚な言葉に反して甘い声。
嬉しさを懸命に押し殺しているかのようだ。
「ドレスは今から準備しておかないと間に合わない。それに民へ我が国の勝利と共に未来永劫の安寧と繁栄を示さないといけないんだ。金をかけるべき所には惜しみなく使わなくてはいけない。そうだと思わないか、ヴィオレーヌ」
アルバート様は急に私の名を出した。
どうやら私もこの場にいたことを思い出してくださったようだ。
「……ええ。そうですね」
下手に反論して醜態を見せるわけにはいかない。
私は素直に頷くことにした。
「ほら。ヴィオレーヌもこう言っている」
「はい。ありがとうございます」
「では採寸調整しに行ってくれ。私はこれから執務室に戻る」
「はい。それでは殿下、ヴィオレーヌ様、失礼いたします」
彼女は可愛い笑顔で礼を取るとこの場を去った。
アルバート様は彼女の姿が消えるまで見送った後、私へと振り返る。
「ヴィオレーヌ、こうして二人で話すのは久々だな」
「ええ。アルバート様はとてもお忙しい身ですもの。仕方ありませんわ。ティアナさんも。……ティアナさんもアルバート様のことをとてもご信頼なさっているのがよく分かります」
言わないでおこうと思った。けれど口から飛び出してしまう。アルバート様の瞳には、私は嫌な女に映ったかもしれない。
するとアルバート様は私を引き寄せて強く抱きしめた。
「ヴィオレーヌ、聖女にかかりっきりで君のことを放置してすまなかった。色々な不安があるかもしれない。だけど私を信じてほしい」
「信じる?」
アルバート様は腕を解いて私から少し離れると笑みをこぼした。
昔から見せる嘘偽りのない青い瞳だ。
「私を信じて待ってほしい」
「信じて……いいのですね?」
不敬な物言いではある。けれど私が抱える不安の大きさを察してくれたのだろう。咎めることなくあっさりと頷いた。
「ああ。言っただろう。全てが終わったら皆の前で結婚を発表しようと」
「はい。わたくしはアルバート様を信じて待ちます」
「ありがとう。ヴィオレーヌ」
アルバート様は冷たささえ感じられる青い瞳で私を見下ろすと口づけを落とした。
これまでと違って触れるだけの軽い口づけ。けれど、ほんの瞬きでも受けた唇の熱さは以前と変わらぬままだ。だから私は信じる。信じたい……と思う。
「ヴィオレーヌ様!」
廊下で私を見付けたティアナさんは駆け足でやって来た。
「ごきげんよう。ティアナさん」
「ご、ごきげんよう、ヴィオレーヌ様」
ティアナさんは相変わらずのぎこちなさで貴族礼義を取ってみせる。
鍛錬は魔王討伐に向けてばかりで、やはり礼儀作法などは二の次、三の次で教育されていないらしい。
「同じ王宮内にいますのに、なかなかお目にかかりませんね。鍛錬でお忙しくされているのでしょうか」
「はい。そうなのです」
頷いたティアナさんは注意深く周囲を見回すと、内緒話でもするようにさらに私へと近付く。
「あの、ヴィオレーヌ様。私はなかなか一人になれる時間が持てないのです。ヴィオレーヌ様からアルバート様……殿下へ、私に休みを与えてやってほしいと言ってくださいませんか」
「なぜ? わたくしよりもあなたからおっしゃった方が、何でもお願いを聞いてくださるのではないですか?」
休み、休みと。
厚遇を受けていて今より何を望むと言うのと、思わず喉から出そうになるのをぐっと押さえる。
「ええ。殿下は確かに私が快適でいられるようにと何でもご用意してくださいます。ですが時間だけは頂けないのです」
「そんなに鍛錬は厳しいのですか」
「鍛錬はそうですね。確かに魔王討伐の旅のために体力作りはしていますが、さほどつらいというわけではありません」
「ではなぜ」
快適に過ごせるように望みのものを揃えてもらい、鍛錬もさほどつらいものではない。アルバート様は彼女につきっきりになっている。一体何が不満だと言うのか。
「あ、そ、その。……殿下が私を一人にしてくれないのです」
彼女は私の反応を窺うように片時も視線を外さなかったのに、そう言うと困ったような笑みを浮かべて視線を少し横に流した。
「そう。大変ね」
「あ! へ、変な意味ではないですよ!」
負の感情を押し込もうとして、言葉が冷たく短くなったことに気付いたのだろう。彼女は慌てた様子で視線を戻して言った。それがますます私の気持ちを乱すとも知らずに。
……知らずに? まさか。知らないわけがない。知っているのでしょう。知っていてそうしているのでしょう。
感情を抑えるために拳を作りそうになったところ。
「ティアナ!」
彼女を呼ぶアルバート様の声が上がった。
はっと我に返る。一方で彼も私に気付いた。
「あ。ヴィオレーヌ。君と一緒だったのか」
「ごきげんよう、アルバート殿下」
わざと殿下とつけて呼んでみる。
「ああ」
アルバート様はそのことに気付いたのか気付かないのか、私に笑みを向けた後、ティアナさんへと視線を移す。
「ほら、ティアナっ……嬢。今日は服を微調整する日だろう。もう仕立て職人が到着しているから部屋に戻ってくれ」
「服ですか?」
「ええ。ドレスを作っていただくのです」
華やぐティアナさんを前に私の心はますます凍り付いていく。
「魔王討伐の凱旋の折りにはお披露目が必要だからな」
「あまりにも気が早すぎると思うのですが。それに私のために豪華なドレスまで作っていただけるだなんて、本当に申し訳ない気持ちで一杯です」
謙虚な言葉に反して甘い声。
嬉しさを懸命に押し殺しているかのようだ。
「ドレスは今から準備しておかないと間に合わない。それに民へ我が国の勝利と共に未来永劫の安寧と繁栄を示さないといけないんだ。金をかけるべき所には惜しみなく使わなくてはいけない。そうだと思わないか、ヴィオレーヌ」
アルバート様は急に私の名を出した。
どうやら私もこの場にいたことを思い出してくださったようだ。
「……ええ。そうですね」
下手に反論して醜態を見せるわけにはいかない。
私は素直に頷くことにした。
「ほら。ヴィオレーヌもこう言っている」
「はい。ありがとうございます」
「では採寸調整しに行ってくれ。私はこれから執務室に戻る」
「はい。それでは殿下、ヴィオレーヌ様、失礼いたします」
彼女は可愛い笑顔で礼を取るとこの場を去った。
アルバート様は彼女の姿が消えるまで見送った後、私へと振り返る。
「ヴィオレーヌ、こうして二人で話すのは久々だな」
「ええ。アルバート様はとてもお忙しい身ですもの。仕方ありませんわ。ティアナさんも。……ティアナさんもアルバート様のことをとてもご信頼なさっているのがよく分かります」
言わないでおこうと思った。けれど口から飛び出してしまう。アルバート様の瞳には、私は嫌な女に映ったかもしれない。
するとアルバート様は私を引き寄せて強く抱きしめた。
「ヴィオレーヌ、聖女にかかりっきりで君のことを放置してすまなかった。色々な不安があるかもしれない。だけど私を信じてほしい」
「信じる?」
アルバート様は腕を解いて私から少し離れると笑みをこぼした。
昔から見せる嘘偽りのない青い瞳だ。
「私を信じて待ってほしい」
「信じて……いいのですね?」
不敬な物言いではある。けれど私が抱える不安の大きさを察してくれたのだろう。咎めることなくあっさりと頷いた。
「ああ。言っただろう。全てが終わったら皆の前で結婚を発表しようと」
「はい。わたくしはアルバート様を信じて待ちます」
「ありがとう。ヴィオレーヌ」
アルバート様は冷たささえ感じられる青い瞳で私を見下ろすと口づけを落とした。
これまでと違って触れるだけの軽い口づけ。けれど、ほんの瞬きでも受けた唇の熱さは以前と変わらぬままだ。だから私は信じる。信じたい……と思う。
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