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第2話 不安が心を侵食していく
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「初めまして、私はティアナ・ルージュと申します」
彼女はぎこちなさそうに貴族礼義を取って私に挨拶をしてくれた。
光をまとう金色の髪に新緑を思わせるような碧色の瞳。清純で可憐な顔立ちで清楚な衣服を身にまとっているのに、どこか魔性を伴った女の色香が漂う不思議な女性だ。
「ご挨拶いただきましてありがとうございます。わたくしはヴィオレーヌ・ランバルトと申します」
「彼女は私の婚約者なんだ」
アルバート様が進んで私との関係を補足してくださったことに少し嬉しくなる。
「そうなのですね。ヴィオレーヌ様は――ヴィオレーヌ様とお呼びしても?」
「ええ」
「ありがとうございます。ヴィオレーヌ様は大変お美しいですから、アルバート様とお並びになるととても絵になりますね」
アルバート様。
彼女の言葉に引っかかり、私の眉は上がっただろうと思う。
「ティアナ様、恐れながら申し上げます。ティアナ様は聖女様ではいらっしゃいますが、アルバート様は我が国の第二王子であらせられます。お呼びなさる時は殿下と敬称をおつけになるべきかと。この王宮では頭が固い古い人間もおりますものですから」
「ヴィオレーヌ、それは」
「も、申し訳ありません!」
アルバート様が何かおっしゃろうとしたところ、彼女が慌てた様子で頭を下げて謝罪した。
「た、大変申し訳ありませんでした。そう呼んでいいのは、二人の時だけだと言われていたのに」
二人の時だけ? 二人の時は敬称を付けずに親しげに呼んで良いとアルバート様が許可したということ?
胸にざらりとした嫌なものが這っていく。
「ヴィオレーヌ」
私の顔色を察したアルバート様が呼びかけてこられたが、顔を上げた彼女が先に口を開いた。
「あ。で、ですが、ヴィオレーヌ様、私からも一つ申したいことがあります」
「何でしょう」
「私は聖女として選ばれましたが、出身はしがない庶民にすぎません。様づけされたり、恐れられたりする身分では決してありません。できればその丁寧な対応を遠慮いただけると嬉しいのですが」
上目遣いに懇願してくるその姿は、女の私ですら庇護欲を抱かせる。
「……承知いたしました。ティアナさん、でよろしいでしょうか」
「はい。ぜひ」
「では、ティアナさんもわたくしのことをヴィオレーヌと」
「い、いえ! さすがにそれはヴィオレーヌ様とお呼びさせてください」
そこは立場を弁えているらしい。
ティアナさんは焦った様子で固辞すると、場が緩んだことを感じたアルバート様がほっと息をつくのが見えた。
「ティアナ嬢は魔王討伐出立まで王宮で過ごしてもらうことになる。慣れぬ環境で不安もいっぱいだろうから、ヴィオレーヌ、君も彼女の力になってやってほしい」
私はアルバート様の婚約者で、今、妃教育の一環として王宮に入っている身だ。公爵令嬢として幼少期より教育は受けてきたが、やはり王宮での妃教育とは勝手が違う。正直、自分のことだけで手一杯ではある。……けれど、これも来賓をもてなす妃教育の一つだと考えるべきだろう。
「ええ。承知いたしました。王宮にはやんごとなきお方が大勢いらっしゃいます。厳格な規則や礼儀作法などもございますし、わたくしも毎日が勉強です。ぜひ一緒に学んでいきましょう」
「そ、そうなんですか?」
ティアナさんは、何だか色々大変なのですねとアルバート様を見上げて困ったように笑う。すると彼はそうだなと小さく笑みを返した後、私に視線を向けた。
「ヴィオレーヌ、彼女は礼義作法を学びに王宮に入ったわけではないんだ。だからそういった些細な事は必要ない」
些細な事?
王宮に身を置く者の最低限の規則や礼儀作法が些細な事?
「むしろこの先、彼女の方が皆に敬われる立場になるだろうからな」
「そ、そんな。私がそんな立場になどなれるはずもありません」
ティアナさんは謙遜してみせるが、アルバート様は悪戯っぽい表情を見せた。
「いや。それだけの働きをしてもらうんだよ。そしてその立場になってもらう」
「そ、そうでしたね。頑張ります」
「ああ。よろしく頼むよ」
優しい笑みを浮かべていた彼は再び私を見る。
「ヴィオレーヌ、だから君は彼女の生活を支えてあげてほしいんだ。とは言っても、彼女が十二分に快適に過ごしてもらえるよう最高の人材をつけるし、実際は君の手を借りることはほとんどないと思う。ただ同年代の話し相手となってあげてほしい」
「……分かりました」
私はティアナさんに視線を向けた。
「ティアナさん、分からないことやご不便がありましたら、わたくしに何でもおっしゃってください」
「ありがとうございます、ヴィオレーヌ様。どうぞよろしくお願いいたします」
ティアナさんは私に礼を述べた後、異性の心を射抜く可愛い笑みでアルバート様を見つめる。
「アルバート、で、でんか。ご配慮を誠にありがとうございます」
「ああ」
甘さを含んだ笑顔を彼女に返すアルバート様を見て、じわりじわりと私の心に不安が侵食していくのを感じた。
彼女はぎこちなさそうに貴族礼義を取って私に挨拶をしてくれた。
光をまとう金色の髪に新緑を思わせるような碧色の瞳。清純で可憐な顔立ちで清楚な衣服を身にまとっているのに、どこか魔性を伴った女の色香が漂う不思議な女性だ。
「ご挨拶いただきましてありがとうございます。わたくしはヴィオレーヌ・ランバルトと申します」
「彼女は私の婚約者なんだ」
アルバート様が進んで私との関係を補足してくださったことに少し嬉しくなる。
「そうなのですね。ヴィオレーヌ様は――ヴィオレーヌ様とお呼びしても?」
「ええ」
「ありがとうございます。ヴィオレーヌ様は大変お美しいですから、アルバート様とお並びになるととても絵になりますね」
アルバート様。
彼女の言葉に引っかかり、私の眉は上がっただろうと思う。
「ティアナ様、恐れながら申し上げます。ティアナ様は聖女様ではいらっしゃいますが、アルバート様は我が国の第二王子であらせられます。お呼びなさる時は殿下と敬称をおつけになるべきかと。この王宮では頭が固い古い人間もおりますものですから」
「ヴィオレーヌ、それは」
「も、申し訳ありません!」
アルバート様が何かおっしゃろうとしたところ、彼女が慌てた様子で頭を下げて謝罪した。
「た、大変申し訳ありませんでした。そう呼んでいいのは、二人の時だけだと言われていたのに」
二人の時だけ? 二人の時は敬称を付けずに親しげに呼んで良いとアルバート様が許可したということ?
胸にざらりとした嫌なものが這っていく。
「ヴィオレーヌ」
私の顔色を察したアルバート様が呼びかけてこられたが、顔を上げた彼女が先に口を開いた。
「あ。で、ですが、ヴィオレーヌ様、私からも一つ申したいことがあります」
「何でしょう」
「私は聖女として選ばれましたが、出身はしがない庶民にすぎません。様づけされたり、恐れられたりする身分では決してありません。できればその丁寧な対応を遠慮いただけると嬉しいのですが」
上目遣いに懇願してくるその姿は、女の私ですら庇護欲を抱かせる。
「……承知いたしました。ティアナさん、でよろしいでしょうか」
「はい。ぜひ」
「では、ティアナさんもわたくしのことをヴィオレーヌと」
「い、いえ! さすがにそれはヴィオレーヌ様とお呼びさせてください」
そこは立場を弁えているらしい。
ティアナさんは焦った様子で固辞すると、場が緩んだことを感じたアルバート様がほっと息をつくのが見えた。
「ティアナ嬢は魔王討伐出立まで王宮で過ごしてもらうことになる。慣れぬ環境で不安もいっぱいだろうから、ヴィオレーヌ、君も彼女の力になってやってほしい」
私はアルバート様の婚約者で、今、妃教育の一環として王宮に入っている身だ。公爵令嬢として幼少期より教育は受けてきたが、やはり王宮での妃教育とは勝手が違う。正直、自分のことだけで手一杯ではある。……けれど、これも来賓をもてなす妃教育の一つだと考えるべきだろう。
「ええ。承知いたしました。王宮にはやんごとなきお方が大勢いらっしゃいます。厳格な規則や礼儀作法などもございますし、わたくしも毎日が勉強です。ぜひ一緒に学んでいきましょう」
「そ、そうなんですか?」
ティアナさんは、何だか色々大変なのですねとアルバート様を見上げて困ったように笑う。すると彼はそうだなと小さく笑みを返した後、私に視線を向けた。
「ヴィオレーヌ、彼女は礼義作法を学びに王宮に入ったわけではないんだ。だからそういった些細な事は必要ない」
些細な事?
王宮に身を置く者の最低限の規則や礼儀作法が些細な事?
「むしろこの先、彼女の方が皆に敬われる立場になるだろうからな」
「そ、そんな。私がそんな立場になどなれるはずもありません」
ティアナさんは謙遜してみせるが、アルバート様は悪戯っぽい表情を見せた。
「いや。それだけの働きをしてもらうんだよ。そしてその立場になってもらう」
「そ、そうでしたね。頑張ります」
「ああ。よろしく頼むよ」
優しい笑みを浮かべていた彼は再び私を見る。
「ヴィオレーヌ、だから君は彼女の生活を支えてあげてほしいんだ。とは言っても、彼女が十二分に快適に過ごしてもらえるよう最高の人材をつけるし、実際は君の手を借りることはほとんどないと思う。ただ同年代の話し相手となってあげてほしい」
「……分かりました」
私はティアナさんに視線を向けた。
「ティアナさん、分からないことやご不便がありましたら、わたくしに何でもおっしゃってください」
「ありがとうございます、ヴィオレーヌ様。どうぞよろしくお願いいたします」
ティアナさんは私に礼を述べた後、異性の心を射抜く可愛い笑みでアルバート様を見つめる。
「アルバート、で、でんか。ご配慮を誠にありがとうございます」
「ああ」
甘さを含んだ笑顔を彼女に返すアルバート様を見て、じわりじわりと私の心に不安が侵食していくのを感じた。
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