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第4話 侍女の噂話
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ティアナさんが王宮に入ってひと月半となったが、アルバート様の手厚いご配慮があったせいなのか、あれから私の手を借りにやって来るということはなかった。
ただ王宮で出会えば言葉を交わし、まれにお茶をご一緒するぐらいだ。彼女の一日と言えば、目覚めたばかりの聖女の力を制御するための訓練にほとんど当てられているらしい。しかしそこにはアルバート様も一緒だ。だから彼ともほとんど会えていない。
今どんな状況なのかを知るために、私はティアナさん付きの侍女らが集う場所へと足を伸ばしてみることにした。きっとこの国を救ってくれるであろう聖女様のご様子には皆、興味津々だろうから。……私がその場所に向かったのは、無意識に彼女の粗探しをしようとしていたからかもしれない。
案の定、洗濯場では侍女らが集まっていた。
私はアルバート様の婚約者だと知られているので、直接話を聞いても答えてはいただけないだろう。無作法だとは思ったが立ち聞きすることにした。
当たり障りのない会話が続いていたが、誰か好奇心を抑えきれなかった人がいたようだ。口火を切った。
「……ね。あなたたち、聖女様のお付きの侍女なんでしょう。どんな方?」
「とても純粋で可愛い方よ。お優しい方で。――ね」
誰かに同意を得るように付け加えた侍女に、ええと返事する侍女の声が聞こえる。
「もうっ! そんな話を聞きたいのではないって、分かっているでしょう。もっと詳しく聞きたいわけよ」
しばしの沈黙の後、ため息を落とす音が少し離れた私の元まで伝わってきた。
「私もあくまでも聞いたお話よ?」
「ええ、ええ!」
「聖女様は食事が口に合わないと、料理を残しては作り直させていると聞いているわ」
「え? 作り直させているって、我が儘なお方なの?」
聖女様というお立場上、全てにおいて厚遇されているはず。食材はきっと最高級な物が用意され、一流宮廷料理人によって調理されているに違いない。それなのにそのお料理が口に合わないだなんて。
「そうではないでしょう。私は食べ慣れないお料理でお腹を壊したと聞いたから。だからもっとあっさりした物をご所望なさったのよ」
「あらそう? 私は調度品にも文句をつけて、当てつけのようにソファーで眠ったこともあると聞いたわ。だから調度品も慌てて総入れ替えだとか」
擁護する侍女がいる一方で、日頃から聖女様に何かしら思う所があったのか、別の侍女が反論するようにそう言った。
「いいお部屋なのでしょう?」
「もちろんよ。要人用の最高級の品質だもの。だけど平民の私にはもったいなさ過ぎると固辞なさったのよ」
もはや又聞きしたと誤魔化すことはなく、自分の耳で直接聞いたという言葉に変わっていることに彼女は気付いているのだろうか。気付いていたとしてもこの場だけだからいいと思っているのかもしれない。
「じゃあ、謙虚じゃない」
「言葉だけ聞くとそうでしょうね。でも声には、王族は平民の税金を使ってこんな良い暮らしをしているのですねって感じで、すごく嫌味っぽかったわよ」
言い方ってものがあるでしょうにとその女性は付け加えた。
「わたくしは、聖女様が鍛錬に嫌気が差して、体調が悪いとか疲れたと言っては何度も部屋に籠もって休んでいると聞きましたわ」
鍛錬は魔王討伐に必要なものだ。アルバート様はその行為を許しているのだろうか。あるいは許されるほど、もう能力の向上が見られているのだろうか。
「そうそう! 果てには故郷に帰りたいと何度も訴えているそうですわよ。その度にアルバート様がおなだめなさっているとか」
「え? どういうこと?」
「聖女様が癇癪を起こされた時、アルバート殿下御自らわざわざ聖女様のお部屋をお訪ねになってなだめられているようなのですよ」
アルバート様がティアナさんの部屋に訪ずれている? 婚約者とは言え、私の部屋にもあまり訪れにならなかったのに。
「お部屋に? だっていくら聖女様と言っても女性の部屋よ? アルバート殿下には婚約者のヴィオレーヌ様がいらっしゃるのに」
突如、私の名が出てきて、どきりと大きく鼓動を打つ。
「殿下は誠実な方ですもの。我が儘な聖女様をなだめられるのはご自分だけとお考えなのでしょう。夜に寝室へお訪ねになったわけではないでしょうに、話を飛躍しすぎてはさすがに不敬よ」
殿下のお人柄を考慮して誰かが取りなすように言った。
しかし。
「あのね……本当にここだけの話にしてほしいんだけど」
重い口調でまた別の誰かが話し始める。
「確かに殿下がお越しになったのはお昼だったんだけど、しばらくお二人で過ごされて殿下が退室なさった後、聖女様に命じられたのよね。……ベッドメイキングを」
「きゃあっ!?」
「やだっ!」
「うそーっ!?」
疑心暗鬼を含みつつも楽しそうな黄色い声が飛び交う。
同じく声を上げそうになって私は慌てて自分の口を手で塞ぐ。
「ちょっと! あなたたち声が大きいってば!」
「ご、ごめんなさい」
「ごめんごめん」
「だけどそれだったら、お心のおなだめではなくて、お体のお慰めでしょ!」
きゃっきゃと華やぐ侍女にもっと声を抑えてよと誰かがたしなめる。
「ちょっと、皆! 殿下にはヴィオレーヌ様がいらっしゃるのよ」
「でも、さ」
言葉を切って一瞬沈黙すると。
「もしかすると殿下の婚約者が聖女様に変わる可能性は」
「あるあるーっ!」
わっと盛り上がるその場を私は静かに離れた。
ただ王宮で出会えば言葉を交わし、まれにお茶をご一緒するぐらいだ。彼女の一日と言えば、目覚めたばかりの聖女の力を制御するための訓練にほとんど当てられているらしい。しかしそこにはアルバート様も一緒だ。だから彼ともほとんど会えていない。
今どんな状況なのかを知るために、私はティアナさん付きの侍女らが集う場所へと足を伸ばしてみることにした。きっとこの国を救ってくれるであろう聖女様のご様子には皆、興味津々だろうから。……私がその場所に向かったのは、無意識に彼女の粗探しをしようとしていたからかもしれない。
案の定、洗濯場では侍女らが集まっていた。
私はアルバート様の婚約者だと知られているので、直接話を聞いても答えてはいただけないだろう。無作法だとは思ったが立ち聞きすることにした。
当たり障りのない会話が続いていたが、誰か好奇心を抑えきれなかった人がいたようだ。口火を切った。
「……ね。あなたたち、聖女様のお付きの侍女なんでしょう。どんな方?」
「とても純粋で可愛い方よ。お優しい方で。――ね」
誰かに同意を得るように付け加えた侍女に、ええと返事する侍女の声が聞こえる。
「もうっ! そんな話を聞きたいのではないって、分かっているでしょう。もっと詳しく聞きたいわけよ」
しばしの沈黙の後、ため息を落とす音が少し離れた私の元まで伝わってきた。
「私もあくまでも聞いたお話よ?」
「ええ、ええ!」
「聖女様は食事が口に合わないと、料理を残しては作り直させていると聞いているわ」
「え? 作り直させているって、我が儘なお方なの?」
聖女様というお立場上、全てにおいて厚遇されているはず。食材はきっと最高級な物が用意され、一流宮廷料理人によって調理されているに違いない。それなのにそのお料理が口に合わないだなんて。
「そうではないでしょう。私は食べ慣れないお料理でお腹を壊したと聞いたから。だからもっとあっさりした物をご所望なさったのよ」
「あらそう? 私は調度品にも文句をつけて、当てつけのようにソファーで眠ったこともあると聞いたわ。だから調度品も慌てて総入れ替えだとか」
擁護する侍女がいる一方で、日頃から聖女様に何かしら思う所があったのか、別の侍女が反論するようにそう言った。
「いいお部屋なのでしょう?」
「もちろんよ。要人用の最高級の品質だもの。だけど平民の私にはもったいなさ過ぎると固辞なさったのよ」
もはや又聞きしたと誤魔化すことはなく、自分の耳で直接聞いたという言葉に変わっていることに彼女は気付いているのだろうか。気付いていたとしてもこの場だけだからいいと思っているのかもしれない。
「じゃあ、謙虚じゃない」
「言葉だけ聞くとそうでしょうね。でも声には、王族は平民の税金を使ってこんな良い暮らしをしているのですねって感じで、すごく嫌味っぽかったわよ」
言い方ってものがあるでしょうにとその女性は付け加えた。
「わたくしは、聖女様が鍛錬に嫌気が差して、体調が悪いとか疲れたと言っては何度も部屋に籠もって休んでいると聞きましたわ」
鍛錬は魔王討伐に必要なものだ。アルバート様はその行為を許しているのだろうか。あるいは許されるほど、もう能力の向上が見られているのだろうか。
「そうそう! 果てには故郷に帰りたいと何度も訴えているそうですわよ。その度にアルバート様がおなだめなさっているとか」
「え? どういうこと?」
「聖女様が癇癪を起こされた時、アルバート殿下御自らわざわざ聖女様のお部屋をお訪ねになってなだめられているようなのですよ」
アルバート様がティアナさんの部屋に訪ずれている? 婚約者とは言え、私の部屋にもあまり訪れにならなかったのに。
「お部屋に? だっていくら聖女様と言っても女性の部屋よ? アルバート殿下には婚約者のヴィオレーヌ様がいらっしゃるのに」
突如、私の名が出てきて、どきりと大きく鼓動を打つ。
「殿下は誠実な方ですもの。我が儘な聖女様をなだめられるのはご自分だけとお考えなのでしょう。夜に寝室へお訪ねになったわけではないでしょうに、話を飛躍しすぎてはさすがに不敬よ」
殿下のお人柄を考慮して誰かが取りなすように言った。
しかし。
「あのね……本当にここだけの話にしてほしいんだけど」
重い口調でまた別の誰かが話し始める。
「確かに殿下がお越しになったのはお昼だったんだけど、しばらくお二人で過ごされて殿下が退室なさった後、聖女様に命じられたのよね。……ベッドメイキングを」
「きゃあっ!?」
「やだっ!」
「うそーっ!?」
疑心暗鬼を含みつつも楽しそうな黄色い声が飛び交う。
同じく声を上げそうになって私は慌てて自分の口を手で塞ぐ。
「ちょっと! あなたたち声が大きいってば!」
「ご、ごめんなさい」
「ごめんごめん」
「だけどそれだったら、お心のおなだめではなくて、お体のお慰めでしょ!」
きゃっきゃと華やぐ侍女にもっと声を抑えてよと誰かがたしなめる。
「ちょっと、皆! 殿下にはヴィオレーヌ様がいらっしゃるのよ」
「でも、さ」
言葉を切って一瞬沈黙すると。
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