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第8話 ハイハイ、第一歩
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その日、ユーリはついに――動いた。
いや、正確には「動けるようになった」と言うべきだろう。目的地に向かって、自力で進むことができるようになったのだ。そう、それは――
(ついに……ハイハイ、成功!)
布団の上を、ぐい、ずりっ、ぐい、ずりっ――と、ぎこちないながらも着実に前進する。腕と脚の力を使って、腹を持ち上げずに這うその姿は、まさに赤ちゃん独特の“前進スタイル”。
(おいおい、ちょっと感動するじゃないか……! 世界が、広がった感じがする……!)
それまで視界の範囲は、誰かに抱き上げてもらった時か、転がったときに見える範囲だけだった。しかし今、気になるもののほうへ自分から向かっていける。なんという進化だろう。
(よし、次は歩行だ……いや、その前に“つかまり立ち”だな。段階を踏もう)
そんな決意を胸に、ユーリはふと、周囲の音に耳を澄ませる。
マーシャとルドルフの声が、居間のほうから聞こえてきた。
「ユーリ、今日ね、ついに自分で動いたのよ。ハイハイ、できたの!」
「ほんとか!? おお~、そりゃ成長したなぁ!」
「最初はぎこちない動きだったけど、ちゃんと目的のほうに進んでたの。あちこち触ろうとして大変だったけど……」
「はは、こりゃ目が離せなくなるな」
「でもね、“ユーリ、ダメよ”って言ったら、ぴたっと止まるのよ。まるで言葉が通じてるみたいに」
「うちの子、天才かもな……いや、マジで」
(あー、それ。実はちょっと前から気になってた)
ユーリは自分がこの世界の言葉を“理解している”ことに、疑問を抱いていた。目覚めた直後は何もわからなかったはずなのに、気がつけば言葉が自然と頭に入ってくるようになっていたのだ。
(特典か……? 俺、なんかスキルでも持ってんのか?)
しかしその理由は、いまだによくわからない。異世界転生特有の“仕様”なのか。とにかく今は、「わかってるふりをしてる」のではなく、実際に“理解できてしまっている”ということだけは確かだった。
それはとても便利なことだったが、同時にちょっとした謎でもあった。
数日後のこと。マーシャに抱かれて、ユーリはまた村の通りを進んでいた。今日は再び、“隣の家”へ向かっている。
「リノアちゃんのおうち、覚えてるかしら? また遊びに行きましょうね」
(行くとも! こっちの社交界、今んとこリノアちゃんしかいないからな)
木の門の前で声をかけると、すぐにミーナさんが笑顔で出迎えてくれた。
「あら、マーシャさん、こんにちは! まぁまぁ、ユーリちゃん、また大きくなったわねえ」
「ふふふ、今日ね、初めてハイハイしたのよ。もう嬉しくって、ずっと動きたがってたの」
中に通されると、懐かしい匂いと、明るい声が出迎えてくれた。
「ユーリーっ!」
リノアが奥の部屋からぴょこぴょこと走ってくる。栗色のふわふわした髪を揺らして、勢いよくやってきたその表情は、まるで再会を心から喜んでいるかのようだった。
彼女はユーリの顔をのぞき込み、ぱっと笑う。
「きょうも、かわいいねー!」
(うわ……破壊力……)
そんな愛らしい言葉に照れてる場合じゃない、とばかりに、ユーリはふらふらと腕を伸ばす。そして、マーシャの膝の上から、ちょん、とリノアの服をつかんだ。
「わっ、動いた! ユーリ、うごいたー!」
リノアは興奮気味に跳ねながら、近くに転がっていた布のおもちゃを持ってきた。
「これ、あげるねっ!」
それは色とりどりの布を縫い合わせた、花の形のおもちゃだった。リノアのお手製らしい。ユーリはそれを受け取ると、興味津々で指を動かした。
(おお……なんかカラフルでやたら手触りがいい……! 素材選びにセンスを感じる)
ふにふにと触ってみると、中には綿のほかに、シャリっと音がする薄い紙のようなものも仕込まれていた。
(しかも音付きか。これ……ハンドメイドとは思えんクオリティ)
「ユーリ、気に入った?」
リノアがぺたんと隣に座り込んで、じっとこちらの様子を見ている。ユーリが布のおもちゃを両手でつかんだまま「あうー」と声を出すと、リノアはぱっと顔を輝かせた。
「やったぁーっ! えへへ、ユーリってば、やっぱりかわいい~!」
(ちょ、ちょっとまて……顔が近い……!)
リノアが勢いよく顔を寄せてきたので、思わず身体がのけぞりそうになる。
(くそっ、今の俺には“距離感の概念”がないんだ……回避行動ができないっ!)
案の定、彼女はまたしてもユーリの頬にちゅっとキスをしてきた。
「おともだちには、これくらいするのよ!」
(ちょっと待て、それは国によってはプロポーズに相当するぞ!?)
まだ口もきけない年齢の“社会的弱者”ユーリ。今日もリノアの全力スキンシップに圧倒されつつ――なぜか心がぽかぽかしていた。
しばらくして、ミーナとマーシャは台所のほうで談笑を始めた。自然と子どもたちは、居間の一角で自由に過ごすことになる。
リノアは木でできたミニスプーンを持ってきて、「ごはんですよー」と言いながら、ユーリの口元に差し出してくる。
(この流れは……おままごとですね? またか……でも楽しいんだよな)
ユーリは素直に“あーん”のふりをし、口を開ける。リノアが「たべたー! おいしいー!」と喜ぶ。
(こっちは空気すくってるだけだけどな)
そのあとも、クッションの上をハイハイして移動するユーリを見て、リノアはさらに喜ぶ。
「はやいねー! あるいてないのに、ぴゅーっていった!」
まるで新しいおもちゃを手に入れたかのように、リノアは楽しそうだった。
(まぁ、喜んでもらえるならよし)
帰り道、マーシャは笑いながら言った。
「ふふ、ユーリ、いっぱい動いたわね。疲れちゃったんじゃない?」
ユーリは腕の中でふにゃっと笑った。
(いやぁ、動けるってほんと最高)
そして、その日の夜。
ルドルフが帰宅し、揺りかごでうとうとしていたユーリに声をかけた。
「お、今日も元気だったか?」
ユーリは目を開けると、軽く手を動かした。
「お、ちゃんと返事してるな!」
ルドルフはそう言って頭をくしゃっと撫でた。
「将来は何になるんだろうなあ、ユーリは。魔法使いかな、剣士かな?」
(ふふ、まずは探索スキルを磨くところからだな)
いや、正確には「動けるようになった」と言うべきだろう。目的地に向かって、自力で進むことができるようになったのだ。そう、それは――
(ついに……ハイハイ、成功!)
布団の上を、ぐい、ずりっ、ぐい、ずりっ――と、ぎこちないながらも着実に前進する。腕と脚の力を使って、腹を持ち上げずに這うその姿は、まさに赤ちゃん独特の“前進スタイル”。
(おいおい、ちょっと感動するじゃないか……! 世界が、広がった感じがする……!)
それまで視界の範囲は、誰かに抱き上げてもらった時か、転がったときに見える範囲だけだった。しかし今、気になるもののほうへ自分から向かっていける。なんという進化だろう。
(よし、次は歩行だ……いや、その前に“つかまり立ち”だな。段階を踏もう)
そんな決意を胸に、ユーリはふと、周囲の音に耳を澄ませる。
マーシャとルドルフの声が、居間のほうから聞こえてきた。
「ユーリ、今日ね、ついに自分で動いたのよ。ハイハイ、できたの!」
「ほんとか!? おお~、そりゃ成長したなぁ!」
「最初はぎこちない動きだったけど、ちゃんと目的のほうに進んでたの。あちこち触ろうとして大変だったけど……」
「はは、こりゃ目が離せなくなるな」
「でもね、“ユーリ、ダメよ”って言ったら、ぴたっと止まるのよ。まるで言葉が通じてるみたいに」
「うちの子、天才かもな……いや、マジで」
(あー、それ。実はちょっと前から気になってた)
ユーリは自分がこの世界の言葉を“理解している”ことに、疑問を抱いていた。目覚めた直後は何もわからなかったはずなのに、気がつけば言葉が自然と頭に入ってくるようになっていたのだ。
(特典か……? 俺、なんかスキルでも持ってんのか?)
しかしその理由は、いまだによくわからない。異世界転生特有の“仕様”なのか。とにかく今は、「わかってるふりをしてる」のではなく、実際に“理解できてしまっている”ということだけは確かだった。
それはとても便利なことだったが、同時にちょっとした謎でもあった。
数日後のこと。マーシャに抱かれて、ユーリはまた村の通りを進んでいた。今日は再び、“隣の家”へ向かっている。
「リノアちゃんのおうち、覚えてるかしら? また遊びに行きましょうね」
(行くとも! こっちの社交界、今んとこリノアちゃんしかいないからな)
木の門の前で声をかけると、すぐにミーナさんが笑顔で出迎えてくれた。
「あら、マーシャさん、こんにちは! まぁまぁ、ユーリちゃん、また大きくなったわねえ」
「ふふふ、今日ね、初めてハイハイしたのよ。もう嬉しくって、ずっと動きたがってたの」
中に通されると、懐かしい匂いと、明るい声が出迎えてくれた。
「ユーリーっ!」
リノアが奥の部屋からぴょこぴょこと走ってくる。栗色のふわふわした髪を揺らして、勢いよくやってきたその表情は、まるで再会を心から喜んでいるかのようだった。
彼女はユーリの顔をのぞき込み、ぱっと笑う。
「きょうも、かわいいねー!」
(うわ……破壊力……)
そんな愛らしい言葉に照れてる場合じゃない、とばかりに、ユーリはふらふらと腕を伸ばす。そして、マーシャの膝の上から、ちょん、とリノアの服をつかんだ。
「わっ、動いた! ユーリ、うごいたー!」
リノアは興奮気味に跳ねながら、近くに転がっていた布のおもちゃを持ってきた。
「これ、あげるねっ!」
それは色とりどりの布を縫い合わせた、花の形のおもちゃだった。リノアのお手製らしい。ユーリはそれを受け取ると、興味津々で指を動かした。
(おお……なんかカラフルでやたら手触りがいい……! 素材選びにセンスを感じる)
ふにふにと触ってみると、中には綿のほかに、シャリっと音がする薄い紙のようなものも仕込まれていた。
(しかも音付きか。これ……ハンドメイドとは思えんクオリティ)
「ユーリ、気に入った?」
リノアがぺたんと隣に座り込んで、じっとこちらの様子を見ている。ユーリが布のおもちゃを両手でつかんだまま「あうー」と声を出すと、リノアはぱっと顔を輝かせた。
「やったぁーっ! えへへ、ユーリってば、やっぱりかわいい~!」
(ちょ、ちょっとまて……顔が近い……!)
リノアが勢いよく顔を寄せてきたので、思わず身体がのけぞりそうになる。
(くそっ、今の俺には“距離感の概念”がないんだ……回避行動ができないっ!)
案の定、彼女はまたしてもユーリの頬にちゅっとキスをしてきた。
「おともだちには、これくらいするのよ!」
(ちょっと待て、それは国によってはプロポーズに相当するぞ!?)
まだ口もきけない年齢の“社会的弱者”ユーリ。今日もリノアの全力スキンシップに圧倒されつつ――なぜか心がぽかぽかしていた。
しばらくして、ミーナとマーシャは台所のほうで談笑を始めた。自然と子どもたちは、居間の一角で自由に過ごすことになる。
リノアは木でできたミニスプーンを持ってきて、「ごはんですよー」と言いながら、ユーリの口元に差し出してくる。
(この流れは……おままごとですね? またか……でも楽しいんだよな)
ユーリは素直に“あーん”のふりをし、口を開ける。リノアが「たべたー! おいしいー!」と喜ぶ。
(こっちは空気すくってるだけだけどな)
そのあとも、クッションの上をハイハイして移動するユーリを見て、リノアはさらに喜ぶ。
「はやいねー! あるいてないのに、ぴゅーっていった!」
まるで新しいおもちゃを手に入れたかのように、リノアは楽しそうだった。
(まぁ、喜んでもらえるならよし)
帰り道、マーシャは笑いながら言った。
「ふふ、ユーリ、いっぱい動いたわね。疲れちゃったんじゃない?」
ユーリは腕の中でふにゃっと笑った。
(いやぁ、動けるってほんと最高)
そして、その日の夜。
ルドルフが帰宅し、揺りかごでうとうとしていたユーリに声をかけた。
「お、今日も元気だったか?」
ユーリは目を開けると、軽く手を動かした。
「お、ちゃんと返事してるな!」
ルドルフはそう言って頭をくしゃっと撫でた。
「将来は何になるんだろうなあ、ユーリは。魔法使いかな、剣士かな?」
(ふふ、まずは探索スキルを磨くところからだな)
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