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第42話 招待
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エルデン村の広場には、朝のスープと笑い声が満ちていた。
アーベルとの模擬戦が終わり、余韻の残る空気のなか、ベルス村の大人たちも子どもたちもそれぞれ食事を手にしながら、感想を語り合っている。誰かが「もう一回見たかったな!」と子どもらしく叫び、誰かが「いや、見えなかったってば」と返しているのが聞こえた。
俺はというと、空になった木椀を手に、すこし遠くからその様子を眺めていた。
(……あの人たち、すごく楽しそうだったな)
アーベルも、負けたのにやたらとスッキリした顔してた。勝った負けたじゃなくて、全力を出し合ったことを楽しんでる感じ――ああいうの、なんかいいなって思う。
「おーい、ユーリ!」
振り返ると、ロイが空になったスープ鍋を肩にかついで歩いてきた。口元にはいつもの笑み。
「お前、ほんとにすげぇな。あんなに差が出るとは思わなかったぞ」
「別に本気でやろうと思ったわけじゃないんだけど、動いてたらこうなっちゃった、っていうか……」
「はっはっは、今のは手を抜いてたってことか? あー、アーベルが聞いたら泣くな」
「違うって! そうじゃなくて……うーん、あれくらいなら、まだ余裕あるっていうか」
そう言ってから、少しだけ肩をすくめる。
「……たぶん、ロイさんの教えがいいから、だと思うよ」
すると、少し離れたところにいたロイが、ニヤッと笑って声を投げてきた。
「おいおい、そんなこと言われたら調子に乗るぞ、俺?」
「もう乗ってるでしょ?」
「まあな!」
軽口を交わして笑い合うそのやりとりに、周囲からもまたくすくすと笑い声が漏れた。
そのとき、ぽん、と俺の肩に小さな手が置かれた。
「ユーリ!」
リノアだ。はじけるような笑顔と一緒に、目をキラキラさせて近づいてきた。
「すごかったよー! かっこよすぎて、途中で声出すの忘れちゃったもん!」
「え、ほんと? 見えてた? 最後の雷閃とか」
「……なんか、光った、って感じ? でも、あ、いま倒した!ってのはわかった!」
うんうん、と頷きながら、リノアは俺の手をつかんでぶんぶん振ってくる。ちょっと照れくさいけど、悪い気はしない。
「それにしても、昨日の宴のときも思ったけど……」
「ん?」
「こんなにかっこいいと、みんなに見せたくなくなっちゃうな……あ、べつに変な意味じゃないけどっ!」
「えっ……そ、それは……リノアのほうが、かわいいし……明るくて、なんか……ずっと一緒にいたいって思う、し……」
「……ゆ、ユーリ、ばか……そういうの、急に言わないでよ……」
一瞬の沈黙のあと、ふたりとも目を合わせられずに赤くなっていた。
俺は、なんとか平静を保とうと笑って頭をかく。けれど、視線を戻せない。
リノアの横顔が、ふいに風に揺れて見えた瞬間――胸の奥が、ズキンと音を立てた。
(……俺、前の人生じゃ大人だったはずなんだけどな)
本当なら、もっと落ち着いて接せられるはずなのに。
前の人生は前の人生、今は今って、もうとっくに割り切ってるつもりだ。
普段は、リノアと話してても平気だし、むしろ元気をもらえるくらいで――
でも、こういう雰囲気になると、急に胸がざわつく。
(……ほんと、そういうとこ、反則なんだよ)
軽く言われたはずなのに、
その言葉だけで、なんでこんなに心が跳ね上がるんだろ。
リノアのこと。俺、やっぱり――
とはいえ、俺の手はリノアの手を自然と握り返していて――ああもう、照れる!
昼過ぎ、ベルス村の一行が帰る時間が近づいてきた。
子どもたちは「もっと遊びたい!」と名残惜しそうにしていたし、大人たちも「またこういう交流会やろうな!」とあちこちで声をかけ合っていた。
アーベルも、最後にもう一度俺の肩をポンと叩いてきた。
「ほんと、ありがとな、ユーリ。また模擬戦、付き合ってくれよな」
「もちろんです。またアーベルさんと剣を交えられるの、楽しみにしてます!」
「ははっ、次はもうちょいマシな動き見せられるように、しっかり鍛え直してくるよ」
そんな会話に、周囲からは再び笑い声が起こる。
馬車が準備され、皆が乗り込む直前。
「じゃあ、また来るからねー!」
「うん、リノアも手紙書いてー!」
「メアリちゃん、今度うちの村にも来てよー!」
子どもたち同士も、名残惜しげに手を振っていた。
……俺も、自然と手を振っていた。
そのとき、少し離れたところにいたシノが、俺のところへ駆け寄ってきた。
「ユーリくん!」
「ん? どうした、シノ?」
「俺も、ちゃんと鍛えるからさ! 今度は、俺とも模擬戦してほしい!」
ぱっと顔を輝かせて、シノがまっすぐに言った。その瞳は、子どもらしい好奇心と――憧れに満ちている。
「今日の戦い、すっごかった! あれ見て、剣ってかっけー!って、ほんとに思ったんだ!」
「そっか。じゃあ、楽しみにしてる。シノがどんな剣を見せてくれるか、今からワクワクしてるよ」
俺が笑いかけると、シノはぐっと拳を握って、ふんす! と鼻息を鳴らした。
「よーし、帰ったら即鍛錬だーっ!」
その勢いのまま、走っていくシノの背中を見送って――もう一度、俺も手を振った。
(また会えるよな。きっと)
一日が落ち着いたころ、俺は家に戻っていた。玄関で靴を脱いでリビングに入ると、母さんがにこにこしながら迎えてくれた。
「おかえり、ユーリ。今日もがんばったわね~!」
「ただいまー。スープ、おかわりしすぎてお腹まだ膨れてるよ……」
「あら、それはちょっと食べすぎね。晩ご飯は少なめにしよっか?」
「……いや、がんばって食べる!」
母さんがくすっと笑うのと同時に、奥から父さんの声が飛んできた。
「おう、ユーリ。模擬戦、見てたぞ」
振り返ると、父さんは収穫した野菜を選り分けながら、ちらりと俺に目を向けていた。
「ほんとに立派だったな。動きも速いし、剣の振りも力強くて……もう、すっかり男の子じゃなくて、戦う男って感じだった」
「ありがとう!父さん!」
「強くなったなあ……って、思ったよ。でもな」
父さんは手を止めて、まっすぐに俺の目を見る。
「父さんと母さんは、ユーリが強くなくたって、笑って元気に過ごしてくれればそれでいいんだ」
「えっ……」
「もちろん、がんばることはすごい。でもな、無理だけはするな。強くなってくれるのはうれしいけど、ケガして帰ってくるのはやっぱり……心配なんだ」
母さんもそっと隣に寄ってきて、俺の頭をやさしく撫でてくれる。
「ほんとにね。どんなに強くなっても、うちではずっと私たちの子どもなんだから。ちゃんとごはん食べて、笑って、おふとん入って、ぐっすり眠る。――それが一番大事なのよ?」
その言葉を聞いて、胸の奥がじんわりあったかくなる。
「……うん。僕、ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、もっと強くなる」
「ふふっ、なんだかちょっと違うけど……よしよし、それでこそ、うちのユーリよね」
母さんの笑顔と、父さんの優しいまなざし。
この家で育てられてよかったって、心から思えた。
しばらくの間、俺たちはテーブルを囲んで、のんびり過ごした。
母さんが少し早めに用意してくれていた甘いハーブティーを飲みながら、父さんと今日の畑の話を聞いたり、
母さんと「あのときのスープはちょっとしょっぱかった」なんて冗談を言い合ったり。
何気ない会話なのに、すごく安心する。
こういう時間が、俺は何より好きだった。
そして――
「おーい、ユーリ! 来客だー!」
外からガルドの声がした。
玄関を開けると、ガルドと一緒に見慣れない男性が立っていた。上質な服に、腰には装飾の施された短剣。どこか貴族って感じの雰囲気がある。
「あ、こんにちは……?」
「これはこれは。お会いできて光栄です、ユーリ様」
――えっ、いま「様」って言った?
「私は、ティリス町を治めるヴァーミリオン家より遣わされた使者でございます。
領主様が、あなたにぜひ一度お会いしたいと仰せでして」
「領主様が、僕に?」
「ええ。町の関係者から、あなたの活躍を耳にされたようでございます。
近日中に改めて迎えを差し向けますので、その際にはどうか領主様の館までお越しくださいませ」
ぴしっとした態度でそう言われて、俺はぽかんとしてしまった。
「え、えっと……その……僕、貴族様の前に立つようなマナーとか、身についてないんですけど……」
「ご安心ください。領主様は、そういったことは一切お気になさらぬよう仰せでした。どうぞ、いつものままのあなたでお越しくださいませ」
(……よかった。無礼を働いたらその場で首チョンパとかあるのかと思ってた)
貴族ってだけで緊張してたけど、少なくとも――怖い人じゃなさそうだ。
「それでは失礼いたします。お身体にお気をつけて」
一礼して去っていく使者。
扉を閉めてからも、なんとなく気持ちが落ち着かない。
(領主が俺に会いたいって……え、何これ、スカウト? それとも説教?)
いや、どっちにしてもただごとじゃない気がするんだけど!?
使者が礼を述べて去っていったあと、その場にいた父さんと母さん、そしてガルドが静かにこちらを見ていた。
「すごいな、ユーリ……まさか領主様直々に呼ばれるなんてな」
ガルドが目を細めながら呟く。
「ほんとに……びっくりした。けど、きっと大丈夫よね? うちの子だもん」
母さんが少し心配そうに言ったあと、父さんがうんと頷いた。
「俺たちも普段お世話になってる町の領主様だ。お前も一緒に行ったことがあるし、ちゃんと迎えがついてくれるんだろうが――」
父さんはそこで少しだけ言葉を切り、真剣な目で俺を見た。
「何があっても、無事に帰ってこいよ。それが一番大事なんだからな」
「……うん。わかってる。ちゃんと、帰ってくる」
そう答えたとき、自分の声が少しだけ高ぶっているのに気づいた。
胸の奥が、ざわざわする。
どこかで待っている知らない誰かに会いに行く――それが不安でもあり、ちょっと楽しみでもある。
(ティリス町、か……)
訪れたことのある町。市場のにぎわいや鐘の音、薬草の香り、石畳の道の感触――
知っている場所のはずなのに、今日のそれは、いつもより少しだけ遠くに感じた。
(今度は、ただの見物じゃない。俺自身が、呼ばれてるんだ)
領主の館。
貴族が住む、あの格式高い場所に、自分が足を踏み入れる日が来るなんて。
胸の中に、少しだけ緊張と、それでもやっぱり、ほんの少しのワクワクが広がっていく。
そして俺はまた一歩、世界の広さに触れることになるんだ。
アーベルとの模擬戦が終わり、余韻の残る空気のなか、ベルス村の大人たちも子どもたちもそれぞれ食事を手にしながら、感想を語り合っている。誰かが「もう一回見たかったな!」と子どもらしく叫び、誰かが「いや、見えなかったってば」と返しているのが聞こえた。
俺はというと、空になった木椀を手に、すこし遠くからその様子を眺めていた。
(……あの人たち、すごく楽しそうだったな)
アーベルも、負けたのにやたらとスッキリした顔してた。勝った負けたじゃなくて、全力を出し合ったことを楽しんでる感じ――ああいうの、なんかいいなって思う。
「おーい、ユーリ!」
振り返ると、ロイが空になったスープ鍋を肩にかついで歩いてきた。口元にはいつもの笑み。
「お前、ほんとにすげぇな。あんなに差が出るとは思わなかったぞ」
「別に本気でやろうと思ったわけじゃないんだけど、動いてたらこうなっちゃった、っていうか……」
「はっはっは、今のは手を抜いてたってことか? あー、アーベルが聞いたら泣くな」
「違うって! そうじゃなくて……うーん、あれくらいなら、まだ余裕あるっていうか」
そう言ってから、少しだけ肩をすくめる。
「……たぶん、ロイさんの教えがいいから、だと思うよ」
すると、少し離れたところにいたロイが、ニヤッと笑って声を投げてきた。
「おいおい、そんなこと言われたら調子に乗るぞ、俺?」
「もう乗ってるでしょ?」
「まあな!」
軽口を交わして笑い合うそのやりとりに、周囲からもまたくすくすと笑い声が漏れた。
そのとき、ぽん、と俺の肩に小さな手が置かれた。
「ユーリ!」
リノアだ。はじけるような笑顔と一緒に、目をキラキラさせて近づいてきた。
「すごかったよー! かっこよすぎて、途中で声出すの忘れちゃったもん!」
「え、ほんと? 見えてた? 最後の雷閃とか」
「……なんか、光った、って感じ? でも、あ、いま倒した!ってのはわかった!」
うんうん、と頷きながら、リノアは俺の手をつかんでぶんぶん振ってくる。ちょっと照れくさいけど、悪い気はしない。
「それにしても、昨日の宴のときも思ったけど……」
「ん?」
「こんなにかっこいいと、みんなに見せたくなくなっちゃうな……あ、べつに変な意味じゃないけどっ!」
「えっ……そ、それは……リノアのほうが、かわいいし……明るくて、なんか……ずっと一緒にいたいって思う、し……」
「……ゆ、ユーリ、ばか……そういうの、急に言わないでよ……」
一瞬の沈黙のあと、ふたりとも目を合わせられずに赤くなっていた。
俺は、なんとか平静を保とうと笑って頭をかく。けれど、視線を戻せない。
リノアの横顔が、ふいに風に揺れて見えた瞬間――胸の奥が、ズキンと音を立てた。
(……俺、前の人生じゃ大人だったはずなんだけどな)
本当なら、もっと落ち着いて接せられるはずなのに。
前の人生は前の人生、今は今って、もうとっくに割り切ってるつもりだ。
普段は、リノアと話してても平気だし、むしろ元気をもらえるくらいで――
でも、こういう雰囲気になると、急に胸がざわつく。
(……ほんと、そういうとこ、反則なんだよ)
軽く言われたはずなのに、
その言葉だけで、なんでこんなに心が跳ね上がるんだろ。
リノアのこと。俺、やっぱり――
とはいえ、俺の手はリノアの手を自然と握り返していて――ああもう、照れる!
昼過ぎ、ベルス村の一行が帰る時間が近づいてきた。
子どもたちは「もっと遊びたい!」と名残惜しそうにしていたし、大人たちも「またこういう交流会やろうな!」とあちこちで声をかけ合っていた。
アーベルも、最後にもう一度俺の肩をポンと叩いてきた。
「ほんと、ありがとな、ユーリ。また模擬戦、付き合ってくれよな」
「もちろんです。またアーベルさんと剣を交えられるの、楽しみにしてます!」
「ははっ、次はもうちょいマシな動き見せられるように、しっかり鍛え直してくるよ」
そんな会話に、周囲からは再び笑い声が起こる。
馬車が準備され、皆が乗り込む直前。
「じゃあ、また来るからねー!」
「うん、リノアも手紙書いてー!」
「メアリちゃん、今度うちの村にも来てよー!」
子どもたち同士も、名残惜しげに手を振っていた。
……俺も、自然と手を振っていた。
そのとき、少し離れたところにいたシノが、俺のところへ駆け寄ってきた。
「ユーリくん!」
「ん? どうした、シノ?」
「俺も、ちゃんと鍛えるからさ! 今度は、俺とも模擬戦してほしい!」
ぱっと顔を輝かせて、シノがまっすぐに言った。その瞳は、子どもらしい好奇心と――憧れに満ちている。
「今日の戦い、すっごかった! あれ見て、剣ってかっけー!って、ほんとに思ったんだ!」
「そっか。じゃあ、楽しみにしてる。シノがどんな剣を見せてくれるか、今からワクワクしてるよ」
俺が笑いかけると、シノはぐっと拳を握って、ふんす! と鼻息を鳴らした。
「よーし、帰ったら即鍛錬だーっ!」
その勢いのまま、走っていくシノの背中を見送って――もう一度、俺も手を振った。
(また会えるよな。きっと)
一日が落ち着いたころ、俺は家に戻っていた。玄関で靴を脱いでリビングに入ると、母さんがにこにこしながら迎えてくれた。
「おかえり、ユーリ。今日もがんばったわね~!」
「ただいまー。スープ、おかわりしすぎてお腹まだ膨れてるよ……」
「あら、それはちょっと食べすぎね。晩ご飯は少なめにしよっか?」
「……いや、がんばって食べる!」
母さんがくすっと笑うのと同時に、奥から父さんの声が飛んできた。
「おう、ユーリ。模擬戦、見てたぞ」
振り返ると、父さんは収穫した野菜を選り分けながら、ちらりと俺に目を向けていた。
「ほんとに立派だったな。動きも速いし、剣の振りも力強くて……もう、すっかり男の子じゃなくて、戦う男って感じだった」
「ありがとう!父さん!」
「強くなったなあ……って、思ったよ。でもな」
父さんは手を止めて、まっすぐに俺の目を見る。
「父さんと母さんは、ユーリが強くなくたって、笑って元気に過ごしてくれればそれでいいんだ」
「えっ……」
「もちろん、がんばることはすごい。でもな、無理だけはするな。強くなってくれるのはうれしいけど、ケガして帰ってくるのはやっぱり……心配なんだ」
母さんもそっと隣に寄ってきて、俺の頭をやさしく撫でてくれる。
「ほんとにね。どんなに強くなっても、うちではずっと私たちの子どもなんだから。ちゃんとごはん食べて、笑って、おふとん入って、ぐっすり眠る。――それが一番大事なのよ?」
その言葉を聞いて、胸の奥がじんわりあったかくなる。
「……うん。僕、ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、もっと強くなる」
「ふふっ、なんだかちょっと違うけど……よしよし、それでこそ、うちのユーリよね」
母さんの笑顔と、父さんの優しいまなざし。
この家で育てられてよかったって、心から思えた。
しばらくの間、俺たちはテーブルを囲んで、のんびり過ごした。
母さんが少し早めに用意してくれていた甘いハーブティーを飲みながら、父さんと今日の畑の話を聞いたり、
母さんと「あのときのスープはちょっとしょっぱかった」なんて冗談を言い合ったり。
何気ない会話なのに、すごく安心する。
こういう時間が、俺は何より好きだった。
そして――
「おーい、ユーリ! 来客だー!」
外からガルドの声がした。
玄関を開けると、ガルドと一緒に見慣れない男性が立っていた。上質な服に、腰には装飾の施された短剣。どこか貴族って感じの雰囲気がある。
「あ、こんにちは……?」
「これはこれは。お会いできて光栄です、ユーリ様」
――えっ、いま「様」って言った?
「私は、ティリス町を治めるヴァーミリオン家より遣わされた使者でございます。
領主様が、あなたにぜひ一度お会いしたいと仰せでして」
「領主様が、僕に?」
「ええ。町の関係者から、あなたの活躍を耳にされたようでございます。
近日中に改めて迎えを差し向けますので、その際にはどうか領主様の館までお越しくださいませ」
ぴしっとした態度でそう言われて、俺はぽかんとしてしまった。
「え、えっと……その……僕、貴族様の前に立つようなマナーとか、身についてないんですけど……」
「ご安心ください。領主様は、そういったことは一切お気になさらぬよう仰せでした。どうぞ、いつものままのあなたでお越しくださいませ」
(……よかった。無礼を働いたらその場で首チョンパとかあるのかと思ってた)
貴族ってだけで緊張してたけど、少なくとも――怖い人じゃなさそうだ。
「それでは失礼いたします。お身体にお気をつけて」
一礼して去っていく使者。
扉を閉めてからも、なんとなく気持ちが落ち着かない。
(領主が俺に会いたいって……え、何これ、スカウト? それとも説教?)
いや、どっちにしてもただごとじゃない気がするんだけど!?
使者が礼を述べて去っていったあと、その場にいた父さんと母さん、そしてガルドが静かにこちらを見ていた。
「すごいな、ユーリ……まさか領主様直々に呼ばれるなんてな」
ガルドが目を細めながら呟く。
「ほんとに……びっくりした。けど、きっと大丈夫よね? うちの子だもん」
母さんが少し心配そうに言ったあと、父さんがうんと頷いた。
「俺たちも普段お世話になってる町の領主様だ。お前も一緒に行ったことがあるし、ちゃんと迎えがついてくれるんだろうが――」
父さんはそこで少しだけ言葉を切り、真剣な目で俺を見た。
「何があっても、無事に帰ってこいよ。それが一番大事なんだからな」
「……うん。わかってる。ちゃんと、帰ってくる」
そう答えたとき、自分の声が少しだけ高ぶっているのに気づいた。
胸の奥が、ざわざわする。
どこかで待っている知らない誰かに会いに行く――それが不安でもあり、ちょっと楽しみでもある。
(ティリス町、か……)
訪れたことのある町。市場のにぎわいや鐘の音、薬草の香り、石畳の道の感触――
知っている場所のはずなのに、今日のそれは、いつもより少しだけ遠くに感じた。
(今度は、ただの見物じゃない。俺自身が、呼ばれてるんだ)
領主の館。
貴族が住む、あの格式高い場所に、自分が足を踏み入れる日が来るなんて。
胸の中に、少しだけ緊張と、それでもやっぱり、ほんの少しのワクワクが広がっていく。
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