社畜の異世界再出発

U65

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第41話 一太刀の証明

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アーベルが木剣を握りしめ、軽く振って感触を確かめている。その目は真剣だけど、どこか楽しそうでもあった。やっぱりこの人、戦うのが好きなんだな。

「じゃあ――はじめ!」

ガルドの号令が響いた瞬間、広場の空気がピリッと引き締まった。

アーベルは構えを低くして、間合いを測りながら一歩、また一歩と詰めてくる。相手の出方を見る、慎重な動きだ。

(うん、ちゃんと基本を抑えてる。……ボリスの剣と比べても、動きの筋が通ってる感じがする)

俺も軽く構えを取って、視線だけで追いかける。足の裏で地面の感触を確かめながら、重心をずらす。……昨夜の食べすぎ、少しは不安だったけど……今のところ、体はよく動く。よし、集中しよう。

アーベルが踏み込んできた。腰を落とし、右脚を強く蹴り出すようにして前進――これは、紅蓮流の焔斬。勢いに乗せた斬撃が、中段から一直線に走る。

だけど――

ヒュッ、と風を裂く音を残して、俺の体はすでにその軌道から外れていた。

「っなっ……!」

アーベルの目が見開かれる。

返す刀でこちらも一閃。――けど、あえて空を切った。あくまで見せるだけの一撃。

「……冗談、だろ?」

思わず漏れたアーベルのつぶやきが、妙にリアルだった。

「……なんだこりゃ……まるで動きが、見えねぇじゃねぇか……」

その声は驚きというより、戸惑いに近い。自分でも驚いているのが分かる――そんな口調だった。剣を構えながらも、ほんのわずかに腕が硬直しているのが伝わってくる。


「は、速すぎる……!」

観戦していたベルス村の子どもたちが一斉に叫ぶ。

「今の、かわした!? え、ほんとに!?」

「だって、斬る前に終わってた感じなんだよ!?」

ロイが腕を組んで笑っている。

「……ま、あれが雷速の剣――蒼雷流の本領ってやつだな。あいつはまるで、それを体現するために生まれてきたみたいだ」

(あいつ……このまま真っ直ぐ育ったら、奥伝――いや、皆伝にだって届くかもしれねぇ)

そんな思いが、不意に胸をよぎる。
剣に人生を捧げた者なら誰もが夢見る頂。そのはるか遠くの到達点が、あの小さな背中の先に、確かに見えた気がした。

それを聞いたベルス村の自警団の大人たちが顔を見合わせていた。

「……あの歳で、あれって……」

「……嘘だろ。あの動き、うちの団員が束になっても届かねぇ……」


その後もアーベルは何度も仕掛けてきたけど、俺はそれを全て受け流す。

時には正面から受け、軽く押し返し。

時には横に回って背後をとり、チョンと肩を突く。

「……まだ終わっちゃいねぇ! ここからが本番だっ!」

そう叫びながら再び突っ込んできたアーベルに、俺は苦笑しつつ応じた。

「……じゃあ、そろそろ、僕も動きますね」

「ふ、ふふっ、かかってこい!」

アーベルが構え直した、その瞬間だった。

雷光のような踏み込み。
一瞬のうちに距離を詰め――

雷光のような踏み込み。

一瞬のうちに距離を詰め――

「雷閃」

風が鳴った。

アーベルの木剣が宙に浮いて、ゆっくりと地面に落ちる。

そして――

「……っは、や、やられた……!」

アーベルが膝をついた。

観客、静まり返る。

次の瞬間。

「「「うおおおおおおおおっ!!!」」」

歓声が、爆発した。


「うちのアーベルが、まるで歯が立たなかったな……」

誰かがぽつりとつぶやくと、周囲にいたベルス村の自警団員たちが、どよめき混じりに頷いた。

「まさか、ここまでとは……見てたか? 最初の一合で流れ持ってかれてたぞ」

「動きが速いとかいうレベルじゃないって……普通、剣を振り終える前に後ろに回られてるとか、何が起こったか理解できねぇよ」

「アーベルも必死だったけどな。……それでも一歩も踏み込ませてもらえなかった」

「ま、でもあの人、悔しがるより先にニヤニヤしてたぞ。強ぇな、こりゃたまんねぇ!って顔だった」

「帰ったら絶対訓練強化週間とか言い出すやつだ……!」

小声での感想があちこちで交わされ、笑い声とため息が入り混じる。

けれどその表情は、どれも驚きと感心、そしてどこか親しみを感じさせるもので――彼らがすでにユーリを一目置くようになったことは、誰の目にも明らかだった。


「やったああ! ユーリくんすごい!」

「雷の王子ってあれのことだったのかー!」

「昨日の宴で聞いた話、本当だったんだ!」

子どもたちが我先にと駆け寄ってきて、わあわあと騒ぐ。

俺は頭をかいて、困ったように笑うしかなかった。

(……また噂が広がるな、これ)

アーベルがふらふらと立ち上がって、俺の方に近づいてきた。

その顔には、驚きと……なんか、すごく清々しい笑顔があった。

「まいった……完敗だ。まさかここまでとはな」

苦笑まじりにそう言ってから、アーベルはふっと表情を引き締める。

「……ありがとうな、ユーリ。久しぶりに、心の底からすげーって思える相手と手合わせできたよ」

「え、あ、はい……?」

あ、なんか褒められてる。

そのとき――

「お疲れーっ!」

エマが、いつの間にかスープ鍋を運んできてくれていた。寝起きとは思えない笑顔で、湯気を立てる朝食を振る舞ってくれる。

「さあ、戦い終わったあとはしっかり食べなきゃ。今日も一日、動くよ~!」

「うおっ、めっちゃいい匂いする!」

ロイとボリスが、すぐに鍋に群がっていた。

「こら、お前らはその前にちゃんと水飲んどけ」

ミレイナが渋い顔で止めに入る。

いつもの風景。ほんと、安心する。


スープを飲んでいたアーベルに、ふと気になっていたことを聞いてみた。

「そういえば、アーベルさんって……紅蓮流、初伝じゃないんですか?」

「ん? ああ、それな」

アーベルは木椀を手にしたまま、ちょっと困ったように笑った。

「前にも言ったが流浪の剣士に紅蓮流の剣術を習ってな。でもな……そいつ、しばらく村に滞在してただけで、俺が学べたのはほんの数か月。型の入口と、勢いの大事さと、焔斬くらいだったかな」

「じゃあ、基礎は全部ってわけじゃ――」

「まったく足りなかった。紅蓮流ってのは、火のように荒々しくても、ちゃんと型が芯にある。そこをちゃんと叩き込まれてない俺は、結局我流で落ち着いたってわけさ」

アーベルは肩をすくめ、空になった椀をスープ鍋の方へ向ける。

「まあでも、あの数か月で剣ってのは命のぶつかり合いなんだってのは、嫌ってほどわかったよ。今でも感謝してる」

「……アーベルさんが、ちゃんと紅蓮流を習ってたら、たぶん今よりもっと化けてましたよ」

俺が素直にそう言うと、アーベルは一瞬だけ目を見開いて、それから照れたように笑った。

「おいおい、勘弁してくれよ。お前にそう言われると、褒められてんのか煽られてんのかわかんねぇな」

「褒めてますってば」

軽口を叩き合いながらも、なんだかちょっとだけ距離が縮まった気がする。
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