社畜の異世界再出発

U65

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第52話 見送り

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談話室での話を終え、屋敷の案内はこれで一通り終了となった。その後、俺たちはエリナの部屋にお邪魔して、午後のひとときを過ごした。エリナの部屋は、壁一面が本棚で埋め尽くされていて、その真ん中に大きな机と椅子が置かれていた。さすが、魔術師を目指す公爵令嬢って感じだ。ミルラは持ってきた絵本を俺に読んでもらいたくて、膝の上にちょこんと座ってくる。

「ゆーりくん、これよんでー!」

「はいはい、ミルラお嬢様」

俺はミルラの頭をくしゃっと撫でて、絵本を読み始めた。ミルラは俺の声に耳を傾けながら、時折楽しそうに笑ったり、「うわー!」と驚きの声をあげたりする。

……こうしてのんびり過ごせる時間って、やっぱりいいな。ほっこりする。

エリナは俺とミルラの様子を眺めながら、時折紅茶を淹れ直してくれたり、お菓子を勧めてくれたりする。

「ユーリくん、疲れてない?ミルラは元気いっぱいでしょ?」

「平気だよ。むしろ楽しいくらいだから」

俺がそう言うと、ミルラが俺の顔を見上げて「ゆーりくん、ありがとー!」と抱きついてきた。エリナも嬉しそうに微笑んでいる。

「エリナは、いつから魔法の勉強を始めたの?」

聞いてみたかったことだ。初めて見たときから、魔法の扱いがすごく自然で気になっていた。

俺が尋ねると、エリナは少し遠い目をした。

「四歳からよ。貴族の子どもはみんな、四歳から魔法の訓練を始めるの。その家付きの魔法の家庭教師か、外部から名のある魔法使いを招いて教えてもらうのが普通なのよ」

「へぇー、四歳から……」

俺が驚いていると、ミルラが俺の膝の上でぴょんぴょん跳ね始めた。

「みるらも!よんさいになったら、まほうするの!」

「そうね、ミルラも頑張ってね」

エリナがミルラの頭を撫でると、ミルラは得意げに胸を張っていた。

「魔法の訓練だけど……また馬車を手配するわね。ちゃんと送り迎えできるようにしておくから」

エリナが少しだけ得意げに微笑みながら、ユーリにそう告げた。

「うん、ありがとう。助かるよ」

ユーリもにこりと笑って応じる。そんな何気ないやり取りのあと、エリナはふと視線を逸らし、ほんの少しだけ頬を染めて小さく言った。

「……ユーリくんと一緒の訓練、楽しみだわ」

その声は照れ隠し混じりだったけど、どこか嬉しそうだった。

だが――

「ただ……セルジュは、すごく厳しいから……その、心の準備だけはしておいてね……?」

最後の一言は、エリナ自身がわずかに震えながら口にしていた。

その様子を見て、ユーリは内心で思う。

(……そこまで!?いや、でも俺はあのデスマーチを生き抜いた男……あ、でも死んだから今ここにいるんだったわ)


そうして楽しい時間はあっという間に過ぎ、窓の外がオレンジ色に染まり始めた頃、コンコンと扉がノックされた。

「エリナお嬢様、ユーリ様、お見送りのご準備が整いました」

メイド長のマチルダだった。

「ええ、今行くわ」

エリナが返事をすると、ミルラが俺の服をぎゅっと掴んだ。

「やーだー!ゆーりくん、かえっちゃだめー!」

「あはは、ミルラちゃん、またすぐ来るから大丈夫だよ」

俺がそう言って頭を撫でるんだけど、ミルラは首をぶんぶん振って離れない。

「やだ!ずっとここにいてー!」

その様子を、エリナが少し寂しそうな顔で見つめている。言葉にはしないけど、「もう少しいてほしい」という気持ちが顔に出てるのが、俺には分かった。

俺はミルラの目線に合わせてしゃがみ込むと、ミルラの頬に指でちょんと触れた。

「ミルラちゃん、僕も本当はもっと一緒に遊びたいんだけど、村には帰りを待ってる人たちがいるんだ。だから、また今度、絶対に遊びに来るからさ。その時は、今日よりもっといっぱい遊ぼうね」

「ほんと?やくそく?」

「うん、約束」

俺が小指を差し出すと、ミルラは少し躊躇いながらも、その小さな指で俺の指に絡めてきた。

「やくそくね……!」

少しだけ納得したミルラだけど、それでも名残惜しそうに俺の服の裾を握りしめていた。

玄関ホールに戻ると、レオンとミレティアが俺たちを待っていた。彼らの顔にも、別れを惜しむような表情が浮かんでいる。

「ユーリくん、今日は楽しかったか?」

レオンが豪快に笑いながら俺の肩を叩いた。

「はい!本当に楽しかったです!皆さん、とても親切で……ありがとうございました!」

俺が深々と頭を下げると、ミレティアが優雅に微笑んだ。

「いえいえ、こちらこそ。ユーリくんがいらしてくださり、屋敷が一段と賑やかになりましたわ。ミルラも大変喜んでおりましたし、エリナもとても楽しそうでしたわね」

ミレティアはちらりとエリナに視線を送った。エリナは少し顔を赤くして目を伏せている。

「これからも、ヴァーミリオン家はいつでもユーリくんを歓迎いたしますわ。それに、セルジュからも話は聞いております。本格的な魔法の訓練も始まりますので、また近いうちに馬車を手配いたします。どうか、遠慮なくいらしてくださいね」

「はい!ありがとうございます!」

ふと、少しだけ気になっていたことを、思い切って口にする。

「あの……僕みたいな平民が、魔法を教えてもらっても……本当に大丈夫なんですか?」

ミレティアは、にこやかに微笑んだまま、やわらかな声で答えてくれた。

「もちろんですわ。立場など関係ありません。ユーリくんの人柄や、内に秘めた才覚を見て、私たちは判断しております」

そして、少しだけ真剣な眼差しを向けながら続ける。

「村の子どもたちを危険から守ってくれたこと、そういった行動力や責任感は、なかなか得られるものではありません。将来的に、我が領地を助けてくれる存在になってくだされば……それ以上のことは、望みませんわ」

「……ありがとうございます」

思わず背筋が伸びる。まだまだ子どもで、できることなんて限られている。でも――少しでも、その期待に応えられるようになりたい。そんな気持ちが、胸の奥からじんわりと湧いてきた。

レオンも力強く頷いた。

「そうだぞ、ユーリくん!遠慮はいらない!我がヴァーミリオン家がお前の成長を全力で支える!」

レオンは俺の背中をポンポンと叩いた。

玄関の外には、ヴァーミリオン家の紋章が入った立派な馬車が止まっていた。御者が恭しく扉を開けてくれる。

「ユーリくん、次に会うのはすぐだけど……それでも、一応言っておくわね」

エリナが小さく息を吸い、ほんの少しだけ視線をそらしながら言う。

「今日は楽しかったわ。……友達と一緒に過ごす時間って、やっぱり特別ね」

その言葉に、こっちまでなんだか照れてきてしまう。

「うん。僕もすごく楽しかったよ。また一緒に……いっぱい遊ぼうね」

「ふふっ、ええ。たくさん付き合ってもらうから、覚悟しておいてね?」

いたずらっぽく微笑むエリナに、俺は思わず「はいはい」と笑って返す。別れの寂しさはない。だって、すぐにまた会えるから。

エリナがにこやかに手を振る。ミルラは、今にも泣き出しそうな顔で俺を見上げていた。

「ゆーりくん……いかないでー!」

ミルラは再び俺の足に抱きついてくる。

「ミルラ、ユーリくんはまたすぐに来るんだから、いい子にしなさい」

レオンがミルラを抱き上げようとするが、ミルラは全力で抵抗する。

「やだー!ゆーりくんがいいー!」

その様子に、レオンは苦笑いを浮かべていた。ミレティアも優しくミルラの頭を撫でている。

「ミルラ、ユーリくんが困ってしまいますわ。それに、ユーリくんには村で待っているご家族もいらっしゃいますものね」

「……うん、でも!さっきのやくそく、ぜーったいだからねっ!つぎも、ぜったい、あそぶの!」

「うん、もちろんだよ」

俺はミルラの小さな頭をもう一度撫でて、馬車に乗り込んだ。

「では、皆さん、本当にありがとうございました。またお会いできるのを楽しみにしております!」

窓から手を振ると、エリナもミルラも、レオンとミレティアも、皆が笑顔で手を振り返してくれた。

馬車がゆっくりと動き出す。俺は窓からヴァーミリオン家の屋敷が遠ざかっていくのを見つめていた。

(本当にすごい一日だったな。魔法の資質があるって分かった時は、本気で嬉しかったし、みんなにも温かく迎えてもらえて……)

(それに、昨日から泊まらせてもらって、ずっと美味しいご飯が続いてる……いやほんと、胃袋まで幸せだ)

俺の心は、期待と少しの寂しさ、そして何よりも温かい感情で満たされていた。
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