社畜の異世界再出発

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第51話 おもてなしの午後

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セルジュの魔法講義と、それに続く豪華な昼食。ユーリの心は、新たな刺激と満腹感で満たされていた。ロクホーン牛のローストの余韻に浸りながら、食後の休憩を終えると、セルジュが穏やかな声でユーリに語りかけた。

「ユーリ様、午後の時間は、引き続きエリナ様とミルラ様がお屋敷をご案内いたします。何か不明な点があれば、遠慮なくお尋ねください」

「はい!」

ユーリも勢いよく立ち上がった。午前中の案内で、この屋敷の広大さは十分に理解している。果たして、あとどれくらい見て回る場所があるのだろうか。

エリナはにこやかにユーリに視線を向けた。

「じゃあ、ユーリくん。次は裏庭の方に行きましょうか。あそこにはちょっとした広場があるのよ」

ミルラはすでにユーリの袖を引っ張っていた。

「ひろばー!みるらね、ひろばでかけっこするのすき!」

「って、ミルラちゃん、午前中も広場で遊んでたよね」

そんなやりとりをにこにこと見守っていたレオンが、大きな手でユーリの頭を軽くぽんと撫でた。

「裏庭の広場は、うちでも静かで気持ちのいい場所だ。初めて行くなら、じっくり見てくるといいぞ」

「はい、行ってきます!」

ミレティアも紅茶のカップをテーブルに戻しながら、エリナに優しく声をかける。

「エリナ、あまり遅くならないようにね。夕方にはお見送りの準備がありますから」

ミレティアの言葉に、エリナは軽く頷いた。

「はい、お母様。ちゃんと時間は見ておきますわ」

元気いっぱいのミルラに引きずられるように、俺はエリナの後を追った。食堂を出て、いくつかの廊下を曲がると、やがて視界が開けた。


目に飛び込んできたのは、手入れの行き届いた広大な芝生だった。中央には古びた石像がぽつんと立っており、その周囲には色とりどりの花々が咲き乱れている。

午前中に訪れた中庭の広場とはまた違った趣で、屋敷の裏手に広がるこの場所は、まさに裏広場と呼ぶにふさわしい開放感があった。

「わぁ……広いね」

思わずユーリは声を上げた。やはり村の広場とは比べ物にならないほど、手入れが行き届き、そして広々としている。

ミルラはユーリの手を放すと、芝生の上を駆け出した。

「わーい!かけっこだー!」

小さな体が風のように芝生の上を横切っていく。

「ミルラ、あんまり遠くまで行っちゃだめよ!」

エリナが注意するが、ミルラはもうユーリの方を振り返って手を招いている。

「ゆーりくんも!はやくー!」

「え、僕も?」

戸惑うユーリに、エリナは優しく微笑んだ。

「午前中もいっぱい遊んでもらったけど……よかったら、もう少しミルラの相手をしてあげてくれる?ミルラ、ユーリくんと遊ぶのが本当に大好きなのよ」

エリナの言葉に、ユーリは少し照れた。

「そっか……じゃあ、ちょっとだけね」

ユーリも芝生に足を踏み入れると、ミルラのもとへ駆け寄った。ミルラは満面の笑みでユーリを迎え、そのまま「おっかけっこー!」と叫んで逃げ出した。

ユーリはミルラの小さな足に合わせて、わざとゆっくりと追いかける。ミルラの黄色い髪が風になびき、楽しそうな笑い声が広場に響く。

「まてー、ミルラちゃん!」

「きゃー!つかまえられなーい!」

くるくると方向を変え、ユーリの追跡をかわすミルラ。その動きは意外と素早い。しばらくそうして遊んでいると、ユーリはふと、広場の片隅に小さな花壇があることに気づいた。そこには、村では見たことのないような珍しい花が咲いている。

「エリナ、あの花は何ていう花なんだ?」

ユーリが指差すと、エリナは花壇に近づき、しゃがんでその花に触れた。

「これはね、月光花(げっこうか)っていうの。夜になると、淡く光るのよ」

「へぇー……」

夜に光る花。そんなものがあるのかと、ユーリは感心した。村では、夜になれば明かりがなければ何も見えない。この館には、まだ知らない不思議がたくさんある。

ミルラは、ユーリとエリナが立ち止まって話しているのを見て、すぐに駆け寄ってきた。

「つきこうか?きれい?」

「うん、きれいだよ。でも、夜にならないと光らないんだって」

ユーリがそう説明すると、ミルラは少し残念そうな顔をした。

「そっかー……」

「でもね、ミルラ。ここには他にも色々な花が咲いているわ。見てごらんなさい」

エリナはそう言って、ミルラの手を取り、花壇の周りをゆっくりと歩き始めた。ユーリも二人の後についていく。様々な色の花が咲き誇り、甘い香りが風に乗って漂ってくる。

「この花はね、夕焼け草(ゆうやけぐさ)って言うの。夕方になると、もっと色が濃くなるのよ」

「わー!ほんとだー!」

エリナの丁寧な説明に、ミルラは目を輝かせている。ユーリもまた、一つ一つの花に興味を惹かれた。村では、花といえば野花か、せいぜい庭先に植えられた観賞用のものくらいだ。これほど多様な花々を一度に目にするのは初めてだった。

「エリナって、花にも詳しいんだな」

「ええ、少しだけ。お母様が花を育てるのが好きだから、私も幼い頃から一緒に手伝っていたの」

エリナはそう言って、優しく微笑んだ。その笑顔は、花々のように可憐で、ユーリの心に温かい光を灯した。


裏広場でのんびりとした時間を過ごした後、エリナは次の目的地を告げた。

「じゃあ、次は厨房に行ってみましょうか」

「厨房!」

ユーリは思わず声を上げた。厨房といえば、あの豪華な料理が作られている場所だ。興味津々で二人の後を追う。

屋敷の裏手にある通用口から建物に入ると、すぐに香ばしい匂いが漂ってきた。通路をいくつか進むと、その匂いは一層強くなり、やがて賑やかな物音も聞こえてきた。

「ここが厨房よ」

エリナが大きな扉を開けると、そこはまさに戦場だった。

熱気と蒸気が充満し、大小様々な鍋やフライパンが所狭しと並べられている。料理人たちが目にも止まらぬ速さで野菜を刻み、肉を焼き、ソースを混ぜている。フライパンの油がはねる音、包丁がまな板を叩く音、湯気の立つ音、そして料理人たちの活気ある声が入り混じり、耳をつんざくほどの喧騒だ。

「うわぁ……すごいね」

ユーリは圧倒された。村の台所とはまるで規模が違う。いや、村のどの場所とも比べ物にならない。

「いらっしゃいませ、エリナお嬢様、ミルラお嬢様、そしてユーリ様!」

厨房を取り仕切る、恰幅の良い男性が顔を真っ赤にしてユーリたちに深々と頭を下げた。その男性は、真っ白なコック帽を被り、白いコックコートを着ていた。彼の周りには、汗だくになりながらも手際よく働く料理人たちがいる。

「いつもご苦労様です、ジョルジュ。ユーリくんを案内しているのよ」

エリナがにこやかに返すと、ジョルジュと呼ばれた料理長は再び頭を下げた。

「これはこれは!本日はロクホーン牛のロースト、お口に合いましたでしょうか?」

「ええ、最高に美味しかったです!ありがとうございました!」

ユーリが感謝を伝えると、ジョルジュは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「それは何より!ユーリ様には、ぜひ当ヴァーミリオン家の誇る料理の数々をご堪能いただきたい!」

ジョルジュは興奮気味にそう言って、近くにいた若い料理人に手招きをした。

「おい、新米!ユーリ様に厨房の中を案内して差し上げろ!」

「はい、料理長!」

そう言って、一人の若い料理人が駆け寄ってきた。彼はまだ年端も行かない少年で、顔には小麦粉がついていた。

「ユーリ様、私、ペタルと申します!どうぞこちらへ!」

ペタルは少し緊張した面持ちで、ユーリを厨房の奥へと案内した。エリナとミルラも、ユーリの後についていく。

厨房の奥には、様々な食材が積み上げられた倉庫や、巨大な冷蔵庫、そしてパンを焼くための大きな窯があった。ペタルは一つ一つ丁寧に説明してくれる。

「こちらが、パンを焼く窯でございます。一度に百個以上のパンを焼くことができます」

ユーリは大きな窯を見上げて驚いた。

「百個!?」

「はい。ヴァーミリオン家では、毎日大量のパンを消費いたしますので」

「へぇー……」

普段、村で見るのはせいぜい家族用の小さなパンだ。この屋敷の規模を改めて実感する。

そういえば、昼食のときも昨晩もテーブルにいろんな種類のパンがずらりと並んでいたっけ。

「そしてこちらが、肉をさばく場所でございます。毎日新鮮な肉が届けられます」

ペタルの説明を聞きながら、ユーリは厨房の活気に圧倒されていた。それぞれの持ち場で、皆が真剣な表情で自分の仕事に打ち込んでいる。彼らの手によって、あの美味しい料理が作られているのだ。

厨房の見学を終え、屋敷の奥へと続く廊下を進むと、今度は使用人たちの働くエリアへとたどり着いた。ここもまた、厨房とは異なる種類の活気に満ちていた。洗濯物を畳む音、掃除機の音、そして使用人たちの忙しない足音が響く。

「こちらが使用人たちの控室と、洗濯場、そして清掃用具を収納している場所よ」

エリナが説明してくれた。多くの使用人たちが忙しそうに働いている中で、皆がユーリたちに気づくと、一斉に動きを止め、深々と頭を下げた。

「エリナお嬢様、ミルラお嬢様、そしてユーリ様、ようこそお越しくださいました」

皆、清潔な制服を身につけ、顔には疲労の色が浮かんでいるものの、その眼差しは温かかった。

「皆、いつもありがとう」

エリナが労いの言葉をかけると、使用人たちは嬉しそうに微笑んだ。

その中の一人、年配の女性がユーリに近づいてきた。彼女は顔に優しい皺を刻み、目元が特に温かい。

「ユーリ様、初めまして。わたくし、メイド長のマチルダと申します。お名前は以前より伺っておりましたが、こうしてお会いするのは初めてでございます。お目にかかれて光栄ですわ」

マチルダは深々と頭を下げ、その言葉遣いは丁寧だったが、どこか親しみがこもっていた。

「初めまして!ユーリです」

ユーリも慌てて頭を下げた。メイド長というだけあって、彼女からは威厳のようなものが感じられた。

「ユーリ様は、まるで絵本から抜け出してきたような、可愛らしく品のある方ですね。ご挨拶も丁寧で、きっと日頃から立派に育てられているのでしょう」

(お、おう……そんなに言われると、さすがに照れるな。っていうか、この人――なんか目がキラキラしてる……もしかして、可愛いもの好きなタイプ?)

マチルダの言葉に、ユーリは少し照れた。
こうして丁寧に褒められるのは慣れていないわけじゃないけど、正面から言われると、やっぱりくすぐったい。

それに――マチルダの目が、なんというか、すごく優しいというか……ちょっと嬉しそうにすら見える。

(……やっぱりこの人、たぶん可愛いの好きなタイプだ)

「恐れ入ります……」

「ユーリ様のようなお客様をお迎えできて、大変光栄でございます。どうぞご滞在中は、何なりとお申し付けくださいませ。私どもも、できる限り快適にお過ごしいただけるよう努めさせていただきます」

マチルダの言葉に、ユーリの気持ちがふっと軽くなった。
初めての場所でちょっとだけ緊張していたけど――こうして歓迎されると、なんだか安心できる。

(よし、なんとかなりそうだ)

「ありがとうございます!」

ユーリは心からの感謝を伝えた。その様子を見ていたエリナが、くすりと笑った。

「マチルダ、ユーリくんは照れているみたいよ」

「あらあら、失礼いたしました。ですが、ユーリ様のお顔が赤くなっているのを見ると、可愛らしいことこの上ありませんわ」

マチルダはそう言って、ユーリの頭を優しく撫でた。その手は、まるで母親のようだった。

ミルラもマチルダに抱きついて甘えている。

「マチルダおばーちゃん、みるらね、おなかへったのー!」

「あらあら、ミルラお嬢様。先ほどお食事を召し上がられたばかりではございませんか」

マチルダは困ったように笑いながらも、ミルラの頭を優しく撫でている。この館の人間関係が、どれだけ温かいものであるかが、ユーリにはよく分かった。


マチルダとのやり取りの後、ユーリはエリナに連れられて、使用人たちが休憩を取るための談話室へと案内された。そこには、数人のメイドたちが談笑していたり、お茶を飲んだりしている。皆、様々な年代の女性たちだった。

ユーリたちが部屋に入ると、メイドたちは一斉に立ち上がり、恭しく頭を下げた。

「エリナお嬢様、ミルラお嬢様」

「どうぞ、楽になさって。ユーリくんを連れてきたのよ」

エリナがそう言うと、メイドたちはユーリに温かい視線を向けた。

「この方がユーリ様でございますか!」

「お噂はかねがね!本当に美しい方でいらっしゃる!」

口々に称賛の声が上がる。ユーリは再び照れてしまい、思わず顔を赤くした。

「あ、あの……ユーリです。よろしくお願いします」

ユーリがどもりながら挨拶すると、メイドたちはくすくす笑った。その中の一人、可愛らしい顔立ちの若いメイドがユーリに近づいてきた。

「ユーリ様、私、リゼットと申します。紅茶をお淹れしましょうか?」

「え、あ、はい。ありがとうございます」

リゼットはにこやかに微笑むと、手際よく紅茶を淹れ始めた。他のメイドたちも、ユーリに話しかけてくる。

「ユーリ様は、剣術も魔法もできると伺っております!すごいですね!」

「あの、先ほどはロクホーン牛のロースト、美味しかったですか?」

メイドたちの質問攻めに、ユーリはたじたじになった。しかし、彼女らの目は皆、純粋な好奇心と好意に満ちていた。

「えっと、はい、ロクホーン牛、すごく美味しかったです!あの……魔法は、これから勉強するんです」

ユーリがそう答えると、メイドたちはさらに興奮した。

「まあ!魔法を学ばれるのですか!?」

「私たちも、いつかユーリ様の魔法を見てみたいです!」

そんな賑やかなやり取りが続く中、紅茶を淹れ終えたリゼットが、ユーリの前にカップを置いた。

「どうぞ、ユーリ様。お口に合うと嬉しいのですが」

カップからは、甘く香ばしい紅茶の匂いが立ち上っている。ユーリは一口飲んでみた。

「あ……美味しい!」

村で飲むお茶とは全く違う、上品で豊かな香りが口いっぱいに広がる。

「ありがとうございます!とっても美味しいです!」

ユーリが満面の笑みで礼を言うと、リゼットは嬉しそうに頬を染めた。

「よ、よかったです……!」

ミルラは、すでに自分の分の紅茶を飲み干し、ユーリのカップをじっと見つめている。

「ゆーりくん、みるらもおかわりー!」

「ミルラは、もうだめよ。紅茶はたくさん飲んだら眠れなくなっちゃうから」

エリナが優しくミルラを諭した。

ミルラは「むぅ~……」と小さく唸って、カップを名残惜しそうに見つめた。
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