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10.奇跡(アドリアン)
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私は物心ついた時から一日の殆どをベッドの上で過ごした。それも起き上がっていられる時間は短い。発熱や咳で臥せっている時の方が多かった。
私はこの国の王のたった一人の子で一応今は世継ぎの立場でいる。もちろん努力もしているし見た目も王子として賞賛を浴びるくらいには整っている。だが体が弱いのは致命的だった。王太子となっているが王になる前に死ぬと思われている。王位についたとしても中継ぎで直ぐに従弟が王になるはずだと、誰も私に慮ることすらしない。それは王子としての矜持を酷く傷つけた。
だが現実を見れば満足に公務も出来ない王太子など見捨てられて当然だ。そんな私の婚約者はなかなか決まらなかった。長く生きられない私と婚約した所でメリットはないのだから仕方がないことだった。
そこで手を上げてくれたのがランドロー公爵だった。一人娘のシエナを婚約者にすることを受け入れてくれた。公爵家の後継ぎは養子でいいし、私の体調いかんで国王の座が負担ならば公爵家に婿に入ればいいと何の旨味もない私の後ろ盾になってくれた。
公爵の娘シエラと顔合わせをしたとき、彼女は私を見るなりきょとんとして頬を染めはにかんだ。その姿が可愛らしく私は彼女が婚約者になった幸運に感謝した。
彼女は共に過ごす日々の中で私の体を心配しても同情はせず、投げやりな態度を取れば苦言を呈してくれた。これほど私の心に寄り添ってくれる人はいなかった。死と隣り合わせの緊張を強いられる生活の中で彼女の存在は私の心を鎮めてくれる。彼女を信頼し愛しく思うようになるまで時間はかからなかった。
こんな体でも王太子としてやるべき仕事がある。それでも少しの疲労で発熱し、公務を止めてしまう私のフォローをシエナはしてくれた。己の体が歯がゆく情けなかった。努力や意欲ではどうすることも出来ない。
彼女に負担をかけ頼りない自分を情けなく思うも彼女の笑顔に救われていた。
私は彼女と過ごすうちに少しでも長く生きたい、健康になりたいと思うようになった。そしていつか夜会で彼女と何曲もダンスを踊りたい。だが現実はダンスの練習すらできない。一緒に踊るなど夢のまた夢だ。私が彼女に出来ることは言葉を尽くすことだけだった。
「シエナ。いつもありがとう。愛している」
「君に何も返せない私を許してほしい」
「君は私の女神だ」
シエナは耳まで赤く染めて恥ずかしそうにでも嬉しそうに笑ってくれる。たとえ思い通りにならない体でも彼女さえいれば幸せだった。
ある日、彼女が熱を出して倒れた。私は心配でどうしようもなかった。初めて愛する者が寝込むのを目の当たりにし、普段私は両親やシエナにこんな気持ちを味合わせているのかと苦しくなった。せめて少しくらいいい格好をしたいと視察に出かけた。
だが到着して2日目には熱を出し臥せることになる。あまりの自分の不甲斐なさに苛立ちを隠せない。
滞在することになったオジェ男爵の屋敷は酷い惨状だった。領地内もギリギリの状態を保っている。これは支援が必要だと考えた。とにかく体力を回復して王都に戻りたい。シエナも心配しているだろう。せめてと思い手紙はこまめに送った。
男爵の娘ウラリー嬢は甲斐甲斐しく世話をしてくれた。彼女の差し出す薬湯はとにかく苦くて飲みたくなかったがどうしてもと懇願され世話になっている身だと飲み干した。いつもなら一週間は熱が下がらないのに三日で回復した。驚きつつも王都へ戻ろうとしたら引き留められた。
「殿下はまだ病み上がりです。王都へ向かう途中で倒れては大変です。どうか完全に回復されるまでもう少し休んでください」
ウラリー嬢は心から心配しているようで無下には出来なかった。私の顔色を窺い何かを強請ろうと考える人間には見えなかった。純粋な優しさに感謝し回復に努めた。
数週間もすると今までに感じたことがないほど体が軽い。今なら走り出せそうなほどだ。王都から来て付き添ってくれていた医者に診察をさせれば彼も目を丸くして驚いていた。
「殿下……。信じられませんが殿下の病は完治しております。奇跡です! おめでとうございます」
「本当か? 私は治ったのか?」
信じられない。だが健康とはこういうことを言うのだろう。私は感動し瞳が潤む。このことを両親に伝えたい。シエナにも。彼女も喜んでくれるに違いない。ああ、一刻も早く会いたい。
出発の予定を立てている時にオジェ男爵は思いがけないことを言い出した。
ウラリーが奇跡の力で私を治した? 普通であれば笑い飛ばすが、私はそれを信じた。私は長くは生れないと言われ続けてきた。治ることのない病だと諦めていたはずの、その病がたった一カ月で完治するなど奇跡としか思えなかったからだ。男爵に謝礼とウラリー嬢にいい婿を探すと約束して彼女を城へ連れ帰った。
シエナは私の身を案じ再会を心から喜んでくれた。
私は健康になったことで王太子として次期国王としての立場が盤石になったと思っていた。そしてシエナとの明るい未来を信じていた。
私はこの国の王のたった一人の子で一応今は世継ぎの立場でいる。もちろん努力もしているし見た目も王子として賞賛を浴びるくらいには整っている。だが体が弱いのは致命的だった。王太子となっているが王になる前に死ぬと思われている。王位についたとしても中継ぎで直ぐに従弟が王になるはずだと、誰も私に慮ることすらしない。それは王子としての矜持を酷く傷つけた。
だが現実を見れば満足に公務も出来ない王太子など見捨てられて当然だ。そんな私の婚約者はなかなか決まらなかった。長く生きられない私と婚約した所でメリットはないのだから仕方がないことだった。
そこで手を上げてくれたのがランドロー公爵だった。一人娘のシエナを婚約者にすることを受け入れてくれた。公爵家の後継ぎは養子でいいし、私の体調いかんで国王の座が負担ならば公爵家に婿に入ればいいと何の旨味もない私の後ろ盾になってくれた。
公爵の娘シエラと顔合わせをしたとき、彼女は私を見るなりきょとんとして頬を染めはにかんだ。その姿が可愛らしく私は彼女が婚約者になった幸運に感謝した。
彼女は共に過ごす日々の中で私の体を心配しても同情はせず、投げやりな態度を取れば苦言を呈してくれた。これほど私の心に寄り添ってくれる人はいなかった。死と隣り合わせの緊張を強いられる生活の中で彼女の存在は私の心を鎮めてくれる。彼女を信頼し愛しく思うようになるまで時間はかからなかった。
こんな体でも王太子としてやるべき仕事がある。それでも少しの疲労で発熱し、公務を止めてしまう私のフォローをシエナはしてくれた。己の体が歯がゆく情けなかった。努力や意欲ではどうすることも出来ない。
彼女に負担をかけ頼りない自分を情けなく思うも彼女の笑顔に救われていた。
私は彼女と過ごすうちに少しでも長く生きたい、健康になりたいと思うようになった。そしていつか夜会で彼女と何曲もダンスを踊りたい。だが現実はダンスの練習すらできない。一緒に踊るなど夢のまた夢だ。私が彼女に出来ることは言葉を尽くすことだけだった。
「シエナ。いつもありがとう。愛している」
「君に何も返せない私を許してほしい」
「君は私の女神だ」
シエナは耳まで赤く染めて恥ずかしそうにでも嬉しそうに笑ってくれる。たとえ思い通りにならない体でも彼女さえいれば幸せだった。
ある日、彼女が熱を出して倒れた。私は心配でどうしようもなかった。初めて愛する者が寝込むのを目の当たりにし、普段私は両親やシエナにこんな気持ちを味合わせているのかと苦しくなった。せめて少しくらいいい格好をしたいと視察に出かけた。
だが到着して2日目には熱を出し臥せることになる。あまりの自分の不甲斐なさに苛立ちを隠せない。
滞在することになったオジェ男爵の屋敷は酷い惨状だった。領地内もギリギリの状態を保っている。これは支援が必要だと考えた。とにかく体力を回復して王都に戻りたい。シエナも心配しているだろう。せめてと思い手紙はこまめに送った。
男爵の娘ウラリー嬢は甲斐甲斐しく世話をしてくれた。彼女の差し出す薬湯はとにかく苦くて飲みたくなかったがどうしてもと懇願され世話になっている身だと飲み干した。いつもなら一週間は熱が下がらないのに三日で回復した。驚きつつも王都へ戻ろうとしたら引き留められた。
「殿下はまだ病み上がりです。王都へ向かう途中で倒れては大変です。どうか完全に回復されるまでもう少し休んでください」
ウラリー嬢は心から心配しているようで無下には出来なかった。私の顔色を窺い何かを強請ろうと考える人間には見えなかった。純粋な優しさに感謝し回復に努めた。
数週間もすると今までに感じたことがないほど体が軽い。今なら走り出せそうなほどだ。王都から来て付き添ってくれていた医者に診察をさせれば彼も目を丸くして驚いていた。
「殿下……。信じられませんが殿下の病は完治しております。奇跡です! おめでとうございます」
「本当か? 私は治ったのか?」
信じられない。だが健康とはこういうことを言うのだろう。私は感動し瞳が潤む。このことを両親に伝えたい。シエナにも。彼女も喜んでくれるに違いない。ああ、一刻も早く会いたい。
出発の予定を立てている時にオジェ男爵は思いがけないことを言い出した。
ウラリーが奇跡の力で私を治した? 普通であれば笑い飛ばすが、私はそれを信じた。私は長くは生れないと言われ続けてきた。治ることのない病だと諦めていたはずの、その病がたった一カ月で完治するなど奇跡としか思えなかったからだ。男爵に謝礼とウラリー嬢にいい婿を探すと約束して彼女を城へ連れ帰った。
シエナは私の身を案じ再会を心から喜んでくれた。
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