妖怪奇譚【一話完結短編集】

だんぞう

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クマちゃん

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 夜警仕事ってのは昼間より給料はいいのだが孤独だ。
 まず友達と時間が合わない。
 仕事帰りにやっている店もほとんどない。
 職場自体も含め、異性と知り合うチャンスが基本的にない。
 そんなことをボヤいていたら、先輩から熱帯魚を勧められた。
 散歩の必要もないし、トイレの世話も不要、餌やりだって簡単だよって。
 せっかくですがそもそも熱帯魚を買いに行くなんてのも難しいじゃないですかこの仕事、と答えたら「うちのを分けてやるよ」と。
 次に先輩と一緒の仕事帰り、先輩が車で送ってくれて、あの映画で有名なカクレクマノミを四匹、水槽からポンプから水草や餌やらまるっと一式揃えて譲ってくれた。
 俺の部屋けっこう狭めなんだけど、先輩も手伝ってくれたおかげでなんとか部屋の片隅にセッティングできた。
 水と魚がこぼれないように上部を何重にもラップと布ガムテで塞いでたのを綺麗に外して完了。

「先輩、水槽の水って取り替えた方がいいんですか?」

「いや、これ海水だから。用意するの面倒だしそのままでいいよ」

 先輩はそう言い残して帰った。
 早速、コタツに窮屈に収まって熱帯魚を眺める。
 ああ確かにいいな。
 見ているだけで癒される。
 何を考えているかわからないクマノミちゃんたちをぼーっと眺めていると、自分自身も何も考えないで済むというか、日常の疲弊をうながすモノから脳みそを切り離していられるというか。
 あとは「もう独り身じゃない」という謎の万能感も湧いてきた。
 独りじゃないんだなって考えるだけで生活が潤っている気がするから不思議。

 そんな喜びの声をお伝えしようと思った先輩だが、それから全く会わなくて。
 他の仕事仲間にそれとなく聞いてみたら、あの後すぐ辞めちゃってたっぽいとわかった。
 休みの日に先輩の家を直接訪ねもしたのだが、管理人さんには「どこに引っ越したのかも知らないんだよ」とか言われてしまい――ちょっと相談したいことがあったんだけどな。
 まあ仕方ないかとその足でアクリル板を買って帰った。
 水槽よりやや大きめのアクリル板には、ポンプやコードを通せるよう、ノコギリで切れ込みを入れた。
 うん、これでもう大丈夫かな。
 クマノミちゃんが水槽から飛び出しちゃうこともないだろう。
 実はクマノミちゃんが一匹、俺が仕事行っている間に床へと脱走して死んでいたのだ。
 カクレクマノミって飛び出す習性あるのかな?
 あの映画もこういう脱走に着想を得て作られたのかな?
 まあとにかく自力で問題を解決できたのでよしとしよう。
 すっかり安心して夜勤に出かけた翌朝のこと、俺は再び脱走事件の痕跡を発見する。
 二匹目のクマノミちゃん……なんで?

 クマノミちゃんの亡骸を持ち上げ、ポンプ穴の幅に合わせてみる――いやここから出てくるのは無理だよな。
 そういうサイズに切り込み入れたわけだし。
 まさか泥棒とかが入ってきて――いやでも水槽から熱帯魚一匹すくって帰る愉快犯とかいないだろ。
 他には特に荒らされた形跡も盗られたものも見つけられず、念のため通帳とかの隠し場所だけ変えた。
 ちなみに熱帯魚は外来種だから埋めちゃダメらしい。
 貰い物のタオルで丁寧に包んで、燃えるゴミに出した。

 失意に暮れることなく次に俺が取った対策はペットカメラ。
 ライブ中継をスマホに飛ばせるやつ。
 半分くらいは防犯対策の気持ちでセットしたのだが、これが案外良くて、すぐに水槽だけを画面いっぱいに映す用の二台目も購入した。
 仕事の合間、休憩時間に可愛いクマノミちゃんたちを眺められるのは思ってた以上に癒やされる。
 だが平穏な日々は長くは続かない。
 その日も休憩中、ぼーっとスマホ画面を眺めていた俺の目に、信じられないものが映ったのだ。

 水槽の水の表面に黒いものが見えた。
 水の中じゃなく水面付近。
 そしてその黒いのはまるで山みたいに盛り上がった。
 水は透明なのに、その盛り上がりだけやけに真っ黒い。
 しかも目が二つあった。
 何を考えているのかわからない魚みたいな目が二つ。
 CGなのコレと疑いたくなるくらい不自然な映像。
 もう一度確認したがやはりライブ中継のまま。
 うわっ!
 その真っ黒なやつが頭でアクリル板を持ち上げた!
 さらに水面近くの裾っぽい部分でクマノミちゃんを弾いて水槽の外へ……犯人、こいつだったのか!
 え?
 でもこいつ、ナニモノ?
 俺は熱帯魚を眺めているときとは別の意味で思考停止した。
 もう一度スマホをじっと見つめる。
 黒いやつはいなくなっていて、水面ももとの高さに、水の色も透明に戻っている。
 でも水槽内のクマノミちゃんはもはや一匹だけ。

 とりあえず気のせいということにして残りの仕事をこなし、帰宅した俺を出迎えたのは、床で死んでいるクマノミちゃん。
 水槽のアクリル板はちゃんと乗ったまま。
 水の中をじっと見つめてみたが、特に怪しいところもない。
 仕方なくクマノミちゃんの亡骸を丁重にお片付けして、その日はそれでおしまいにした。
 遮光カーテンの隙間から漏れる光を眺めながら眠りにつく。
 ひょっとして先輩、この怪しい水槽を俺に押し付けたかったのかな、なんて思いながら。

 夕方、目を覚ます。
 あんまり疲れが取れてないな、と首をコキコキやってたら目が合った。
 クマノミちゃんじゃなく、あいつだ。
 水槽の中の黒い盛り上がったやつ。
 俺たちはしばらく見つめ合っていたのだが、なんというか気の迷いで声をかけてしまった。

「よう」

 するとそいつは一瞬、平らな水面へと戻り、また盛り上がって俺を見つめた。
 生で見ると案外可愛いかもとか思ってしまった。

「よう」

 もう一度声をかけると再び消え、また盛り上がって俺を見る。
 これってもしやコミュニケーション取れてる?

「お前、俺の言葉わかるのか?」

 今度はちょっと左右に揺れる。
 おい待て可愛いぞこいつ。

「なんで魚を外に出すんだ?」

 今度はぶるぶるっと震える。
 何を伝えたいのかはわからないが、レスポンスがある相手ってだけで妙に嬉しい。
 俺も相当、独り暮らしをこじらせてんな。

「魚は嫌いなのか?」

 ぶるぶるぶる。

「何ならいいんだ?」

 ゆらゆらゆら。

「餌は何を食べるんだ?」

 ぶるぶる。
 うーん。わけわからねぇ。
 でもまあ、慣れると憎めない顔してる。
 ああでももう仕事行かないと。
 俺はダッシュで支度して夜勤へと向かった。

 夜勤中、ペットカメラで確認すると、最後のクマノミちゃんも追い出されていた。
 どうしたものか――いや、発想の転換だな。
 俺はあいつを飼っていると思えばいいんだ!
 なんだか急に気持ちが楽になった。
 そういえば目つきも最初は何考えているのかわからなかったけど、見慣れるとなんか人恋しそうなつぶらな瞳に見えてくるんだよな。
 見覚えがある瞳。
 あー、学生時代にクマ牧場で見たクマだ。
 時として人間を襲うクマだけど、あそこで俺をじっと見つめてたクマはああいう目をしていたなぁ。
 よし。あいつは今からクマちゃんだ。

 水槽に何もないと俺が寂しいので、百均で買ったアヒルちゃんを入れてみた。
 するとクマちゃんはアヒルちゃんを追い出さず、ひっくり返し始めた。
 これもしかして遊んでる?
 俺とクマちゃんの距離がまた一歩縮まった気がした。

 それからは試行錯誤の日々。
 いろんなものを水槽に浮かべてはクマちゃんが遊ぶのを眺める。
 コミュニケーションもかなり取れるようになってきた。
 嬉しいとか肯定とかはゆらゆら。
 ぶるぶるは恐らく「どーでもいい」。
 嫌なものは水槽の外へポイ。
 クマノミちゃんでは得られなかった関係性に俺のテンションもちょっと上がっている。
 水槽に入れるものも事前に確認するようになった。
 これはどうだってモノをスマホ画面に映してクマちゃんの反応を見る。
 ゆらゆらのを水槽に入れると、はしゃぎっぷりがいい。
 それでもずっと同じのでは遊んでくれず、飽きたら水槽の外へ出してしまう。
 統計を取ると船の形したやつが特に好きなようなので、最近は小さな船を手作りして浮かべてやっている。
 重りを取りつけてひっくり返してもすぐに上下が元に戻るやつを作ったら、これがまた食いつきがいい。
 夜勤中のライブ中継なんかは、カメラ目線で船をひっくり返したりもする。
 こいつわかってやがる。
 晩酌というか朝酌の日本酒を一滴たらしてやったら、赤くなって可愛いんだ。
 ただ、船をひっくり返すたび、少しづつ大きくなってきている気がしている。
 じきにこの水槽じゃ飼えなくなりそうで。
 そうしたら俺はどうしようか。
 当面はユニットバスという手段がしのげそうだけど、その後は?
 クマちゃんを海に放すのは……危険だよなぁ?



<終>

海坊主
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