裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都

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62 危機

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「昔女を取られたからって、俺を疑ってんのかよッ!」

 イアンはロイドと会話をしながら、少しずつ後ずさって距離を取る。

 イアンの背に庇われたままのローゼリアは二人の様子を見守る事しか出来なかった。

「ああ、疑うね。巡回任務は本来なら複数で行うものだ。今誰と一緒に回ってる?急な呼び出しと言ったが、詰め所に行ったのならどうしてバッジを付けていない?バッジを付けていないのは今日が非番だからだろう?俺が仕事を辞めて数年経ったが、昔の事を全部忘れて貴族になった訳じゃねえんだよっ!」

 そう言ってイアンはローゼリアに突き返されて手に持っていた上着をロイドの顔へと目掛けて投げつけた。

「ロゼは離れていろッ!」

 鋭くそう言ったイアンは、すぐそばの商店の入り口に置かれていた植木鉢をロイドに向かって投げる。植木鉢は鈍い音を立てて見事にロイドの右肩に命中した。

「痛っ!くそっ、イアンっ、テメエよくもやりやがったな!」

 そう言いながらロイドは腰に差していた剣を抜く。その間にイアンは手ごろな石を拾う。帯剣していないイアンにとっては分が悪い状況だった。

「ロイド、お前はまだ騎士爵も貰ってないんだろう?平民のお前が貴族である俺たちに手を出したらどうなるか分かってるのか?」

「その女を渡せばなっ、俺は騎士爵がもらえるんだっ!」

「ちょっと、ロイド何やってんのよっ!」

 ロイドの背後から怒鳴り声が聞こえた。

 ローゼリアが声のした方を見たら、少し離れた場所からアイーダが叫んでいた。

「俺はお前の為に騎士になるんだっ!」

「はあ?!昔の仲間を売ってまでもらう騎士爵なんてアタシはいらないわよっ!ここでイアンを助けてやればいい稼ぎの仕事だって貰えたかもしれないから教えてやったのに!大嘘つきのチェーリオの話なんて信じやがって、何馬鹿な事をしてんのよっ!」

「俺はっ、お前の昔の男の世話になんかなりたかねぇんだよっ!チェーリオの後ろには高位貴族がいるんだっ!嘘なんかじゃねえ!」

 背後から声を掛けるアイーダの言葉に反発しつつも、ロイドの表情には動揺と迷いが浮かんでいた。その隙をイアンは見逃さなかった。すかさずロイドの右手を目掛けて拳大ほどの多きさの石を投げ、ロイドとの距離を詰める為に一気に走った。

「ぐはぁっ!」

 イアンの投げた石はロイドの胸の辺りに当たった。そしてロイドが胸の痛みに苦しんでいる隙にイアンはロイドの右手を足で蹴り上げる。

腕を蹴られた拍子にロイドの手から剣が落ちたので、イアンは更に剣を蹴ってロイドから剣を離し、ロイドに飛びかかると取っ組み合いの喧嘩が始まった。

「イアン様っ」

 最初は互角にようにも見えたが、体術はロイドの方が上手らしく、イアンが押されているのがローゼリアの目にも分かった。

「くそっ!お前だけ貴族になりやがって!」

「クッ!俺だってラクして貴族してんじゃねーんだよっ!」

 イアンはロイドの足を何度も払って転ばそうとするが上手くいかない。昔は違ったのかもしれないが、現役の騎士として毎日のように鍛錬をしているロイドの方がイアンよりも強かった。

 つかみあいの時間が長くなるほど、二人が立てる大きな音に人が集まって来るのだが、戦う事に必死になっている二人は気付いていなかった。

 お互いに消耗してきたところで、ロイドがイアンの隙をついて襟首を掴むと、イアンを固い地面に投げ飛ばしてしまった。

「きゃあぁ!やめて下さいっ!」

仰向けにひっくり返ったイアンの身体の上にロイドは間髪を入れず馬乗りになる。そして両手で襟首を掴みイアンの頭を何度も地面に叩きつけた。頭を打ち付けられた為にイアンの意識が混濁しかけて動きが鈍くなったところで、ロイドはトドメと言わんばかりにイアンの顔を殴ろうと拳を振り上げた時に鋭い声がかかった。

「手を止めろっ!そこまでだっ!」

 同時にいくつもの足音がして、イアンとロイドはあっという間に近衛騎士団の制服を纏った騎士たちに囲まれてしまった。

 ロイドの両脇を二人の近衛騎士が拘束するのを見たイアンは朦朧とした意識の中で自分たちが助かった事を悟り、ほっと息を吐いた。

「イアン様っ!」

 小柄なローゼリアが騎士たちの隙間をかき分けてイアンの元までやってくる。ローゼリアの顔は涙に濡れていて、せっかく助かったのだから笑ってくれたらいいのにと、よく回らない頭でぼんやり考えていた。

 次に現れたのはエルランドにいるはずのエーヴェルトで、エーヴェルトが通る為に騎士たちが間隔を開けようと動くのを見て、イアンは彼が騎士たちを連れて来たのだと分かった。

 エーヴェルトがランゲルの貴族たちの前に現れてから時間が経っていなかったので、ローゼリアもイアンもエーヴェルトがランゲルにいる事をまだ知らなかった。

 イアンは自分の目の前にいるエーヴェルトは自分が見ている幻かもしれないとも思ったのだが、これだけは言っておきたかったので、幻でもいいやと思って地面に横になっている自分を上から見ている相手に言ってみた。

「……約束、ちゃんと……守って下さい、ね」

「ああ、妹を守ってくれてありがとう」

 涙を流し続けるローゼリアと渋い表情のエーヴェルト、そして近衛騎士たちに囲まれたイアンは、これはまるで自分は死んでいくみたいだなあと思いながら意識を手放した。
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