裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都

文字の大きさ
63 / 70

63 目覚めたら

しおりを挟む
【イアンside】

 イアンが次に目覚めた時は夜だった。オルコット伯爵家のタウンハウスの自分のベッドに寝かされていた。

 額に手をやると包帯が巻かれていて、軽く押してみたら後頭部に痛みを感じる。あの時は夢中で気付かなかったが、地面に何度も頭を打ち付けられたから血でも流れたのだろう。

平民街で起きた事は夢ではなかったのだと改めて思った。

 起き上がろうと身体を動かそうとするのだが腹の辺りが重く、何か重い物を乗せられているようなので、どかそうと思って自分の腹の上に乗せられた物に触れたら、ふわりとした人の髪の毛だったので、イアンは驚いてすぐに手を引っ込めた。

「……う~ん」

 小さなうなり声と共に腹の上の何かがごそごそと動いたので、よく目を凝らして見てみたら、そこにはイアンの腹を枕にしてうつ伏せに眠っているローゼリアの姿があった。

(ひっ……)

 ありえない光景に驚いたイアンは声を上げそうになったが、何とか口に手を当てて押し止める事が出来た。

 よく見たらベッドのすぐ横にいつもは置いていないはずの椅子が一脚置いてある。これは看病をしていて眠ってしまい途中に目が覚めたが、寝ぼけてベッドまで上がってきたといったところだろうか?

 何の掛け布もないローゼリアをこのままにしておいて風邪を引かせる訳にはいかないが、使用人を呼ぶにも時間が遅すぎる。自分がどれくらい眠っていたのか分からないがおそらく今は深夜の時間帯だろう。

 ローゼリアの私室に勝手に入るわけにはいかないので、ここは自分のベッドに寝かせるのが一番いいのだろうが、義理の母親と同衾するわけにもいかない。

 仕方なくイアンはローゼリアをベッドに寝かせて掛け布を掛けた後に、いつの間にか着せられていた寝間着から部屋着へと着替える。そしてクロゼットから大きめのブランケットを取り出してからソファーに横になり寝直す事にした。イアンの大きな身体ではソファーは小さいが、床で眠るよりはマシだと思ってイアンはソファーへと移った。



 ◆◆◆



「きゃあぁぁぁ!!」

 甲高い悲鳴と共にイアンの目覚めはやってきた。チラリとベッドの方を見たら、ローゼリアが青い表情を浮かべてベッドから半身を起こしていた。

 ソファーで眠ったから身体が少し固まってしまい、イアンは目をこすりながら伸びをする。後ろ暗い事は何ひとつしていないので、ローゼリアをどう落ち着かせようかとイアンはソファーに座り直しながらぼんやりと考えていた。

「奥様っ、どうされましたかっ」

 オルコット家のメイドがドアの向こうから大きな声を掛けてきた。だが声は掛けるが決してドアは開けてこなかった。そう、これはきっと昨夜自分がローゼリアに無体を働いたのだと疑われている構図だ。

「だ、大丈夫よ。入ってきて」

 何故かローゼリアの声がか細い。今のひと声でメイドたちの疑いは確信に変わっただろう。

 ゆっくりとドアが開いて、三人のメイドたちが姿を見せる。ベッドの上にいるローゼリアと、寝ぐせもそのままにソファーの上に座るイアン。ソファーの背に掛けられたブランケットとイアンが枕にしていたクッションを見て、ようやく誤解が解けたのか、取り繕うように侍女たちは慌ててイアンの世話を焼き始めた。

「あらあらぁ、イアン様もお目ざめになられたのですね。お加減はいかかですかぁ?」

 メイドの声の調子もおかしく、その場にいた全員が気まずい思いをしていた。

「申し訳ありませんっ、いますぐどきますのでイアン様はゆっくりお休みになって下さいましっ」

「いや、このまま起きる。……俺はどれくらい眠っていましたか?」

 ロイドとやり合った時にぶつけたのだろうか、体中のあちらこちらに痛みを感じていた。

「どれくらいも何も、イアン様がお怪我をされたのは昨日の事ですわ」

「ああ、やっぱり俺って頑丈なんですね」

 そう言ってイアンが苦笑すると何故かローゼリアは頬を赤く染めて下を向いてしまった。

「きっ、昨日は助けて下さってありがとうございました。あっ、あの時はっ怖かったですが、その……、とても、ええ、ですから……」

 いつもとは違う歯切れの悪い言い方にイアンはローゼリアの言葉を聞き返した。

「えっ、何ですか?」

 よくよく考えると昨日路地裏にいたあたりからローゼリアの様子がおかしく、会話がうまくかみ合ってくれない。

 ローゼリアの様子に、またまた何かを察したメイドたちが部屋からそっと出て行った。

「すみません、俺、まだ貴族特有の言い回しがまだよく理解できなくて…」

「違うのですっ!イアン様は全っく悪くありませんっ」

 こんなに慌てたように取り乱すローゼリアは、蛇を見た時以来だとイアンは思っていた。

「私はっ、私はっ、人妻ですのよっ」

 それだけ言うと、イアンのベッドを占有したままのローゼリアは、顔を真っ赤にして掛け布で顔を隠してしまった。

 ローゼリアが何を言おうとしているのかは分からなかったが、ここでようやくイアンにもおおよその事態がつかめてきたのだった。

 巡回騎士をしていた頃、先輩の騎士が若い娘を助けた時は気を付けろと言われたのをイアンは思い出していた。

 若い騎士が若い娘を助けた場合、娘が騎士に恋愛感情を抱く確率は高いのだと。

 しかし、それは身の危機を感じた時に感じた動悸と恋愛で抱く動悸とを混同しているからで、決して自分に魅力があると思うなよと釘を刺されたのだった。

 その先輩の言葉は正しく、イアンは仕事で女性を助けた後にその女性から告白をされた事が何度かあった。

 ローゼリアはこれまでイアンを恋愛対象として全く思っていなかったはずだ。ここで騎士の先輩に言われた事をローゼリアに説明すればローゼリアのイアンへの思いはもしかしたら一瞬で冷めてしまうかもしれない。

 しかしイアンはこれまでローゼリアに自分を意識してもらおうとあの手この手で頑張ってきたつもりだった。これまでのローゼリアには全く通用しなかったが。

 そして書類上の夫である義父からも、ローゼリアの兄であるエーヴェルトからもイアンがローゼリアをもらっていいと言われている。

 イアンはローゼリアが森で迷子になって以来、ローゼリアが気になって仕方がなかった。つまりイアンは一年以上もローゼリアに片思いをしていたのだ。

(これは俺にもチャンスが与えられたと思っていいよな)

 そしてイアンは自分がどう動くべきかを決めたのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

処理中です...