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26 昔の話より焼き栗
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イアンが案内してくれた広場は円形にスペースを空けるように建物が建てられていて、いくつもベンチが置かれているので、屋台で買ったものを食べるのに丁度良かった。そしてそのうちのひとつに腰掛けながらローゼリアは串焼きを受け取る。
「これはどのように食べますの?」
「これは串を持ちながらかぶりつくのです」
そう言ってイアンは口を大きく開けて自分の持っている串焼きを食べ始める。
「まあ!大胆で面白そうですわ!」
ローゼリアも真似して串焼きをかじるが、豪快に頬張るイアンと違い、ほんの少し齧っただけだった。
「美味しいですわね」
そう言いながらローゼリアはホホホと笑う。
その時、ベンチに座るイアンとローゼリアに近づいてくる女がいた。女はイアンと同じか少し年上くらいに見える。茶色い髪と瞳を持つ、いかにも平民といった女だが、着ている服を多少着崩していて、冬だというのに衿を大きく開けて、胸元が少し見える格好をしていた。全体的に女は自身の豊満な体つきを強調するような着こなし方をしている。
「あら、イアンじゃない。久し振りね!前は短かったのに髪の毛を伸ばしたんだ~。うん、似合ってる。突然いなくなっちゃったから驚いたわ。ずっと会いたかったのに!お店にも来てくれなくなっちゃったから寂しかったあ」
イアンと顔見知りらしい女性は躊躇なく距離を詰めると、ベンチに座るイアンの肩を手で触れる。
「……………」
話し掛けてきた女に返事をしないイアンが気になってローゼリアは隣に座るイアンを見上げたら、イアンからは表情が消えていた。
イアンの様子なんて気にしていない女はぐいぐいと自分の身体をイアンに押し付けてくる。
そういえばマリーナもよくヘンリックに自分の身体を押し付けていたなとローゼリアは思った。
「そっちは新しい彼女?もしかして外国人?さすが未来の伯爵さまは連れている女も違うわね~」
「馴染みだった飲み屋で給仕をしている女です。食べ終わりましたし、そろそろ行きましょう」
そう言って腰を上げたイアンの腕に女の腕がからまる。
「私とイアンの仲なのよ、少しくらいいいじゃない」
「お前との仲なんてとっくに終わっているだろう。ロイドはどうした?」
言いながらイアンは自分に絡まる女の腕を乱暴に外す。
「ロイド?ああ、あいつは騎士爵になるって言ってたから付き合ってやってたのに全然出世しなくてさぁ。やっぱり男は地位が高くないとね。イアン、アタシは愛人でもいいからさ、また付き合わない?貴族令嬢なんて気位が高くて相手にするのがめんどうでしょう?」
そう言いながら女はちらりとローゼリアを見る。
ローゼリアは女に向かってにっこりと笑顔を見せた。
「お前が俺からロイドに乗り換えたんだろう。それにもう随分前の話だ。俺はもうお前に関わる気はない」
「もう、そんなつれない事言わないでよお」
「俺には二度と話し掛けるな!俺は今は貴族だ、不敬罪で訴えるぞ!」
イアンが低い声を荒げた事に驚いた女が一瞬だが怯んだ表情を浮かべる。
「ふんっ!偉くなったからって、お高く止まっちゃってサイテーねっ!ウチの店に来てるみんなにアンタの事、言ってやるんだからっ!」
そう言い捨てると女は足音をさせながら去って行ってしまった。
「…………」
「…………」
イアンが何も話さなくなってしまったので、イアンとは違いローゼリアはまだ串焼きも果実水も途中までしか食べていなかったので、食べる事を再開する事にした。
イアンは痴話喧嘩のような事を他人同然のローゼリアに見せてしまった事を気まずく感じているようだとローゼリアは思い、今さらだが見なかったフリをしようと考えて串焼きを食べ続ける事に集中することにした。
「………(モグモグモグ)」
「………何も、聞かないのですね」
ベンチに座り直したイアンは両手で頭を抱える。
「イアン様がお話しされたいのでしたらお聞きしますわ」
「もうずっと前に終わった事ですし、別に話したいわけじゃないんです」
「まあ、そうなのですね」
ローゼリアは果実水を飲む。何のフルーツが入っているのかイアンに聞きそびれてしまったが、濃厚な甘味と酸味のバランスがよくてとても美味しかった。
「………少し、話してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
話を聞き終わるまでは焼き栗屋まで案内してもらえないと思ったローゼリアは、イアンを促しながら聞く姿勢を取る。
「昔の話なんです。付き合ったのだってほんのひと月だけだった。まだ巡回騎士になったばかりの頃に先輩に連れられて行った飲み屋で彼女が働いていたんです。彼女は店の看板娘ですごく人気だったから……いや、そんな事はいいんだ。……俺だってもうすぐ26なのだから過去に少しくらい付き合った相手だっています。それに貴族になってからは身綺麗にしているんです」
イアンの話す内容が支離滅裂になりかけている上に、何故か言い訳じみたものになってきたと感じたローゼリアは少し考えてから、自分も書店でヘンリックに会った時に何とも言えない不快な気持ちになった事を思い出し、イアンも今はあの時のローゼリアと同じ気持ちになっている上に、過去に関係のあった女性と会った事で少し混乱しているのだと予測した。
「こういう時は気分を変えるのが一番ですわ。あの方も去られましたし、昔の事は忘れて焼き栗を買いに行きましょう、イアン様」
ローゼリアの言葉に顔を上げたイアンはぽかんとした表情を浮かべている。今まで見てきたイアンの顔の中で一番間の抜けた表情だった。
「あなたは、気にならないのですか?」
「私が何を気にするとおっしゃるの?」
ローゼリアがきょとんとした表情で答える。
ローゼリアが今一番気にしているのは、焼き栗が食べられるかどうかという一点だけだった。
「……いえ、もういいです。あの女とはもう関わりが無いと理解していただければそれでいいです。貴族になって義父上からこれまでの人間関係は全て切れと言われた事が今日の事でよくわかりました。……そろそろ焼き栗を買いに行きましょう」
「ええ、楽しみですわ。焼き栗」
串焼きを食べ終えたばかりのローゼリアはにっこりと笑い、ベンチから立ち上がった。
「これはどのように食べますの?」
「これは串を持ちながらかぶりつくのです」
そう言ってイアンは口を大きく開けて自分の持っている串焼きを食べ始める。
「まあ!大胆で面白そうですわ!」
ローゼリアも真似して串焼きをかじるが、豪快に頬張るイアンと違い、ほんの少し齧っただけだった。
「美味しいですわね」
そう言いながらローゼリアはホホホと笑う。
その時、ベンチに座るイアンとローゼリアに近づいてくる女がいた。女はイアンと同じか少し年上くらいに見える。茶色い髪と瞳を持つ、いかにも平民といった女だが、着ている服を多少着崩していて、冬だというのに衿を大きく開けて、胸元が少し見える格好をしていた。全体的に女は自身の豊満な体つきを強調するような着こなし方をしている。
「あら、イアンじゃない。久し振りね!前は短かったのに髪の毛を伸ばしたんだ~。うん、似合ってる。突然いなくなっちゃったから驚いたわ。ずっと会いたかったのに!お店にも来てくれなくなっちゃったから寂しかったあ」
イアンと顔見知りらしい女性は躊躇なく距離を詰めると、ベンチに座るイアンの肩を手で触れる。
「……………」
話し掛けてきた女に返事をしないイアンが気になってローゼリアは隣に座るイアンを見上げたら、イアンからは表情が消えていた。
イアンの様子なんて気にしていない女はぐいぐいと自分の身体をイアンに押し付けてくる。
そういえばマリーナもよくヘンリックに自分の身体を押し付けていたなとローゼリアは思った。
「そっちは新しい彼女?もしかして外国人?さすが未来の伯爵さまは連れている女も違うわね~」
「馴染みだった飲み屋で給仕をしている女です。食べ終わりましたし、そろそろ行きましょう」
そう言って腰を上げたイアンの腕に女の腕がからまる。
「私とイアンの仲なのよ、少しくらいいいじゃない」
「お前との仲なんてとっくに終わっているだろう。ロイドはどうした?」
言いながらイアンは自分に絡まる女の腕を乱暴に外す。
「ロイド?ああ、あいつは騎士爵になるって言ってたから付き合ってやってたのに全然出世しなくてさぁ。やっぱり男は地位が高くないとね。イアン、アタシは愛人でもいいからさ、また付き合わない?貴族令嬢なんて気位が高くて相手にするのがめんどうでしょう?」
そう言いながら女はちらりとローゼリアを見る。
ローゼリアは女に向かってにっこりと笑顔を見せた。
「お前が俺からロイドに乗り換えたんだろう。それにもう随分前の話だ。俺はもうお前に関わる気はない」
「もう、そんなつれない事言わないでよお」
「俺には二度と話し掛けるな!俺は今は貴族だ、不敬罪で訴えるぞ!」
イアンが低い声を荒げた事に驚いた女が一瞬だが怯んだ表情を浮かべる。
「ふんっ!偉くなったからって、お高く止まっちゃってサイテーねっ!ウチの店に来てるみんなにアンタの事、言ってやるんだからっ!」
そう言い捨てると女は足音をさせながら去って行ってしまった。
「…………」
「…………」
イアンが何も話さなくなってしまったので、イアンとは違いローゼリアはまだ串焼きも果実水も途中までしか食べていなかったので、食べる事を再開する事にした。
イアンは痴話喧嘩のような事を他人同然のローゼリアに見せてしまった事を気まずく感じているようだとローゼリアは思い、今さらだが見なかったフリをしようと考えて串焼きを食べ続ける事に集中することにした。
「………(モグモグモグ)」
「………何も、聞かないのですね」
ベンチに座り直したイアンは両手で頭を抱える。
「イアン様がお話しされたいのでしたらお聞きしますわ」
「もうずっと前に終わった事ですし、別に話したいわけじゃないんです」
「まあ、そうなのですね」
ローゼリアは果実水を飲む。何のフルーツが入っているのかイアンに聞きそびれてしまったが、濃厚な甘味と酸味のバランスがよくてとても美味しかった。
「………少し、話してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
話を聞き終わるまでは焼き栗屋まで案内してもらえないと思ったローゼリアは、イアンを促しながら聞く姿勢を取る。
「昔の話なんです。付き合ったのだってほんのひと月だけだった。まだ巡回騎士になったばかりの頃に先輩に連れられて行った飲み屋で彼女が働いていたんです。彼女は店の看板娘ですごく人気だったから……いや、そんな事はいいんだ。……俺だってもうすぐ26なのだから過去に少しくらい付き合った相手だっています。それに貴族になってからは身綺麗にしているんです」
イアンの話す内容が支離滅裂になりかけている上に、何故か言い訳じみたものになってきたと感じたローゼリアは少し考えてから、自分も書店でヘンリックに会った時に何とも言えない不快な気持ちになった事を思い出し、イアンも今はあの時のローゼリアと同じ気持ちになっている上に、過去に関係のあった女性と会った事で少し混乱しているのだと予測した。
「こういう時は気分を変えるのが一番ですわ。あの方も去られましたし、昔の事は忘れて焼き栗を買いに行きましょう、イアン様」
ローゼリアの言葉に顔を上げたイアンはぽかんとした表情を浮かべている。今まで見てきたイアンの顔の中で一番間の抜けた表情だった。
「あなたは、気にならないのですか?」
「私が何を気にするとおっしゃるの?」
ローゼリアがきょとんとした表情で答える。
ローゼリアが今一番気にしているのは、焼き栗が食べられるかどうかという一点だけだった。
「……いえ、もういいです。あの女とはもう関わりが無いと理解していただければそれでいいです。貴族になって義父上からこれまでの人間関係は全て切れと言われた事が今日の事でよくわかりました。……そろそろ焼き栗を買いに行きましょう」
「ええ、楽しみですわ。焼き栗」
串焼きを食べ終えたばかりのローゼリアはにっこりと笑い、ベンチから立ち上がった。
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