裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都

文字の大きさ
25 / 70

25 初めて歩く平民街

しおりを挟む
 商会を出てから、王都の巡回騎士をしていたイアンに街歩きをしないかと誘われたので、ローゼリアはイアンに連れられて王都を歩く事にした。

 物珍しそうにきょろきょろと見回すローゼリアは、王都に初めて来た子供のように瞳をキラキラと輝かせていた。

「義母上は王都生まれの王都育ちでしたよね?」

「ええ、ですが安全のために街を歩く事は禁止されていましたし、馬車のカーテンも明けてはいけないと言われていましたので、街を歩くのもじっくり見るのも初めてですの」

 そう言ってローゼリアは書店で行き会ってしまったヘンリックの事を思い出す。あの時店の前に馬車は停まっていなかった事と、慣れた様子で平民の姿をしていた事から、ヘンリックはこれまでも街歩きを何度もしていたのではないだろうか、という可能性に気付いてしまった。

(もしかして自由が無かったのは私だけだったの!?)

 ローゼリアの眉間にはシワが寄る。

 行動を規制されていたローゼリアの世界は狭かった。買い物をしたい時はいつも家に商人を呼んでいたし、外に出る時はお茶会や夜会に行く時や王太子の婚約者として公務で孤児院等に慰問した時だけで、王太子妃教育も教師を呼んでフォレスター家で受けていた。

だからローゼリアの王太子妃教育は外国語やマナー等の一般的な淑女教育をより高度な内容にしただけで終わってしまった。

王宮内の抜け道や王家の隠された歴史等、王家が秘匿したい内容については婚姻後に教わる事になっていたので、それらの事をローゼリアは知らない。

王宮の建物内部の事だってヘンリックとのお茶会でしか王宮へは行かなかったので、応接室までの行き方しか分からない。だから婚約破棄後もこうして無事に過ごせていけるのだった。

 ローゼリアは足早にどんどん歩いて行く。

「義母上、どうかされましたか?」

「どうもしなくてよ」

 そう言いながらローゼリアはさらにスタスタと歩き、すぐそばの十字路を曲がる。

「あっ、そちらに行かれると平民街ですよ」

「せっかく自由になったのですから、あなたまで私に命令をしないでくださる?」

 突然不機嫌になってしまったローゼリアを、イアンはよく分からないまま慌てて追い掛けるのだった。

 貴族街は通りに石畳が敷かれていたが、平民街をどんどん歩いていくと石畳の道はすぐに終わってしまい、地面がむき出している道に変わっていく。建物も貴族街と同じ石造りではあるが小ぶりで彩色されていない、灰色の壁の建物が並ぶようになり、窓の多さからそれぞれの部屋が小さいことが外からでも分かる。

 通りに面している建物のほとんどが商店で、外に置かれたテーブルに商品を並べている店が多く、歩いているだけで様々なものを見れるので、目を楽しませてくれる。そうやって歩いているうちにローゼリアの苛立った気持ちも柔らかくなっていった。

「イアン様、あの濃くて黄色い飲み物は何ですの?」

「あれは果実水ですね。果物屋が売れ残った果物を混ぜて絞って売っています。葡萄や苺の果実水とは違って色はイマイチですが、美味いですよ」

「ではあれは?人が並んでいるようですが、何かを焼いていらっしゃるようね」

「あれは肉屋が串に刺した肉を焼いています。買う時にタレを選ぶことで甘めと辛めの好きな方の味のものを食べられます」

「そうなのですね、私はあれとあれを食べてみたいですわ」

 ローゼリアは果物屋と肉屋を指で指し示す。イアンはギョッとした表情を浮かべる。

「果実水はともかく令嬢が串焼きですか!?もう少し先にパン屋と焼き菓子屋がありますよ。せめて焼き栗にしませんか?」

「焼き栗って何ですの?」

「ああ、栗を焼いて売ってます。この季節にしか出回っていない食べ物です」

「でしたらあれらを買い終わったら次は焼き栗にしましょう」

 イアンの忠告は無視してローゼリアは何を買うのかを決めてしまう。

「いや、でも串焼きは慣れないと服を汚しますし……」

「私はあれを食べる事に決めましたの。私に命令はしないで下さる?」

「別に命令をしたつもりはありませんが、……令嬢とは思えない跳ねっ返りぶりだな」

 イアンは最後の方は小さな声で呟いたのだが、ローゼリアには聞こえていたようだった。

「え、何ですの?」

「いえ、今買ってきます、並ぶので少しお待ち下さい。串焼きは甘口にしますね」

 イアンを待っている間、ローゼリアの前を何台かの馬車が通る。いかにも平民用の幌馬車には薪がたくさん乗せられていた。他には家門の無い馬車や辻馬車が通っていく。幌馬車も辻馬車もローゼリアにとっては珍しかったので、立っているだけでも飽きなかった。

「義母上、お待たせしました。少し先に行った広場にベンチがあるので、そこで座って食べましょう」

そう言いながらイアンは串焼きを2本と果実水を持ってローゼリアを広場まで案内してくれた。



 ◆◆◆



 【ヘンリックside】

 久し振りに城下に降りてきたヘンリックは家門の入っていない馬車に乗り、平民街から貴族街へと向かっていた。

 もう少しで貴族街というところで、いつか本屋の2階で出会った金色の髪の少女を窓の外に見つけた。

 少女は道の端に一人で立ち、ぼんやりと街道をながめている。

「停めてくれ!」

 ヘンリックは御者席側にある小窓を開けて声を上げる。

「えっ、ちょっとお待ち下さい殿下。すぐ後ろを辻馬車が走ってるので、次の角を曲がったら止まります」

 急に声を掛けられた御者は慌てて返事をする。すぐに少女のところに行きたかったヘンリックはすぐに停まれないと言われて拳を握る。

「早くしてくれ」

 馬車はすぐには停まれないので少女との距離がどんどん開いてしまうのがヘンリックにはもどかしかった。

 やっと十字路にさしかかり、左折してすぐのところでようやく馬車が停まった。

 御者がドアを開けるのも待ち遠しくて、ヘンリックは自らドアを開けて外に飛び出す。

 理由は分からないが、彼女はヘンリックにとって不思議と心魅かれる女性だった。初めて会った後もしばらくは彼女の事が忘れられなかった。マリーナとの浮気を真実の愛だとして世間的には美談にしようとしているが、こうも偶然出会えてしまう彼女にはマリーナ以上に運命的なものをヘンリックは勝手に感じていた。

 ヘンリックは向かう先の遠くに再び彼女の姿を見つける。

「………あ」

 走っていたヘンリックの足が止まった。

 白金の髪をした彼女に近づく男がいたからだった。

 黒い髪で体格の良さそうな男は串焼きと果実水の入ったコップを持ちながら彼女に話しかけている。

 ヘンリックからは彼女の顔は見えなかったが、男の言葉に頷いているところを見ると知り合いのようだった。

 やがて彼女と男が連れ立つように並んで歩き出す。ちらりと見えた彼女の横顔は笑っているようだった。

 二人共、裕福そうな平民が着るような服を着ているので、恋人か婚約者同士なのかもしれない。

 冷水をかけられた気分になったヘンリックはそこで我に返った。

(私は何をしていたのだろう…)

 少しだけ気になった女性がいたがその女性には相手がいた、それだけだ。

 ヘンリックは踵を返すと来た道を戻り、一人寂しく馬車へ向かうのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...