裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都

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54 エルランド王国からの使者

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【ヘンリックside】

 周辺諸国へ支援を依頼する親書を送ってからひと月ほどが過ぎた。

 送った親書の返事はほとんどの国から届いていたが、これまで外交面を疎かにしていた事が仇となり、好意的な返事はどの国からも貰えなかった。

「殿下、先ほどエルランド王国からのご使者様が親書をお持ちになられました」

「すぐに行く。謁見の間に通しておいてくれ」

 ヘンリックはすぐに立ち上がろうとしたのだが、使者の到着を伝えにきた侍従の歯切れが悪い。

「……そ、それが」

「どうした?何かあったのか?」

 侍従は言いにくそうにヘンリックの表情を見ながら言葉を続ける。

「ご使者様として参られたのは元フォレスターのご令息様なのです」

「何っ!?エーヴェルト・フォレスターが来たというのか?」

 ヘンリックは立ち上がると、真偽を確かめるように侍従を見つめた。

「今はエーヴェルト・ピオシュ様と名乗られていらっしゃいます」

 ヘンリックにとってエーヴェルトはかつての婚約者の兄だが、ヘンリックがローゼリアを嫌っていた為に、エーヴェルトとは個人的な交流はこれまでした事がなかった。

 成人してすぐにエーヴェルトは王宮の文官をしていたが、裏方の仕事が多く表に出る事が少なかったため、ヘンリックはエーヴェルトを爵位で文官職を得た者だと認識していた為にヘンリックから声を掛ける事もなく、挨拶程度の会話くらいしかした事がなかった。

 しかし、エーヴェルトが王宮を去ってから王宮の文官たちの仕事が滞るようになって初めてエーヴェルトが各部署の調整役として動いていた事と、若い文官たちの中では群を抜いて優秀だという事を知ったのだった。



 ◆◆◆



 久し振りに訪れた王宮の謁見の間でエーヴェルトは片膝をついてヘンリックを待っていた。ここに来るまでに何人もの文官や侍女とすれ違ったが、エーヴェルトの顔を知る者は皆驚いた表情や何か言いたそうな表情を浮かべていた。

 今回ランゲルの使者にエーヴェルトが選ばれたのには理由がある。しかしこの事を事前に知られるわけにはいかなかったので、エーヴェルトが使者としてランゲル王国に来る事はローゼリアにも伝えていなかった。

 フォレスターが没落させられてヘンリックとの婚約が破棄された時、エーヴェルトはローゼリアに今後は政治に関わらせないと決めていた。

 王家へ嫁いだのなら時として後ろ暗い事にも手を染める必要もあっただろう。そしてその事はローゼリアも覚悟をしていた。その必要がなくなった今は、ローゼリアをこちらの事情に巻き込みたくはなかった。

 王家はローゼリアをいらない者と決めたのだ、ならばもう渡さないし関わらせない。

 だからランゲル王家との決着は自分がつければいい。エーヴェルトはそんな事を思いながら再びランゲル王国へとやって来たのだった。

「王太子殿下がいらっしゃいました」

 ヘンリックの入室を伝える声と共に奥のドアが開いてヘンリックが謁見の間へ現れた。

「楽にしてくれ、久しいな。今はピオシュの名を名乗っているそうだな」

「お久し振りでございます殿下。エルランドにて母が子爵位を賜りましたが、今回使者として立つために伯父のピオシュ公爵家の養子となりました。エーヴェルト・ピオシュと申します。貴国ではフォレスターの名で知られていましたが、以後はピオシュとお呼び下さい」

 エーヴェルトがピオシュの名を出すと謁見の間に来ていた貴族たちの声に小さなざわめきが起こる。

 エーヴェルトが使者として来たと知った貴族たちは期待してしまったのだ。元筆頭公爵家令息だった彼が祖国の問題を何とかしてくれるのではないかと。

 しかし、エーヴェルトが最初に告げたのは、自分がエルランド王国側の人間なのだという絶縁にも似た言葉だった。

 謁見の間なのでこの場で直接異議を申すような者はいなかったが、食糧が足りなくては生きていけない。彼を何とか説得して少しでもエルランドから食糧をもぎ取りたい、謁見の間にいる何人もの人間がそう考えていた。

「早速ではあるが、エルランド王国からの返事をお聞きしたい」

 ヘンリックから声を掛けられたエーヴェルトは懐から筒状の入れ物を取り出すと、蓋を開ける。カポッと間の抜けた音が謁見の間に響くが笑う者はいなかった。

 筒の中にあった封筒をエーヴェルトは大切そうに持つと、片膝をついた姿勢のまま恭しく掲げる。

 ヘンリックはエーヴェルトに近づいて親書を受け取ると、早速中身を検めるためにすぐに蜜蝋で封をされた封筒を開けて親書を読み始めた。

 手紙を読み進めていくうちにヘンリックの表情が険しいものになり、親書を持つ手がワナワナと震え出した。

 ヘンリックの様子に気が付いていてもエーヴェルトは表情どころか身動きひとつしなかった。
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