【完結済】ラーレの初恋

こゆき

文字の大きさ
17 / 18

17

しおりを挟む
 目が、覚める。
 見慣れた天井。見慣れた景色。

 ──ほんの少し、懐かしい、春の香り。

 半年以上二人部屋だった自室には、今は一つしかベッドがない。

「…………」

 のろのろと起き上がって、膝を抱える。
 分かってしまった。すべて、分かってしまった。

「──ああ」

 世界は、なんて残酷なんだろう。

 この日、初めて私は鏡の前に立たず、部屋を出た。



 まだ早い早朝の朝。
 起きている人は、誰もいない。

 お気に入りのワンピースを着て、朝日に照らされる廊下を歩く。
 古い教会は、歩く度び床が音を立てて、静かな廊下に嫌に響いているような気がした。
 誰かに見つかったら、やだなぁ。
 なんて思ってしまったのが良くなかったのか。

「ラーレ?」

 一番あいたくない人に、見つかってしまった。
 ……嘘。ほんとは、会えて、ほっとしてる。

「……イキシア」
「早いな。おはよう」

 その目は、もう、あんな柔らかさは、宿っていなくて。

「うん、早く起きちゃって」
「そうか」

 へらりと笑って、「じゃあ、行くね」と背を向ける。
 こんな状況でも、あえて嬉しいと思うのだから、本当にどうかしてると思う。

 歩き出そうとした、その時。

「ああ。ラーレ」
「ん?」

 くるりと、肩越しに振り返る。
 イキシアは、普段と変わらない顔をしていた。

 けれど、紡がれた、その一言は。

「誕生日、おめでとう」

 それは、ずっと、ずっと聞けていなかったもので。
 ……ずっと、言って欲しかった言葉で。

 思わず目を見開いて、口を開いて、また、閉じた。
 伸ばそうとした手を、引っ込めて、笑う。

「……うん、ありがとう、イキシア」

 ──だいすき。

 大きな声で伝えられなくて、ごめんね。
 だって、嫌われたくなかったの。
 こんなことなら、さっさと言っておけばよかったね。

 小さな小さな呟きは、当然彼の耳には届かない。
 
 歩き出す私の後ろで、イキシアも背中を向ける気配がした。


 ※  ※ ※


 森をかき分けて、歩く。
 さんざん歩きなれた道だけど、今は誰も歩いていない、獣道もない状態だ。
 ついこの間まで、何度も何度も歩いてたせいで、歩きやすかったはずなのに。
 手つかずの森は、ちょっとだけ歩くのに時間がかかってしまった。

 ほんの少し息を切らしながら歩き、ぼんやりと考えた。
 
 ──きっと、私はこの世界に、拒絶されているんだろう。

 ……だから、私に『好意』を抱いてしまったら、全てを忘れてしまうんだろう。

 カラン王子の件で、確かになった事実だ。
 じゃなきゃ死んでもないのに、彼が忘れた説明がつかない。

 柔らかい春の青空を見上げて、少しだけ目を閉じる。
 思い起こすのは、黒い髪を持つ最愛の人と、こんな私に気持ちを砕いてくれた、オレンジの瞳の彼。

 思い上がりだったかもしれない。
 けど、少なくとも、二人とも多少は私へ特別な感情を抱いてくれていたたはずだ。

 ──だから、その気持ちを『なかった』ことにされてしまった。

「……ついたぁ」

 はあ、と小さなため息が零れ落ちる。
 今まで絶対に近づかなかった崖の淵へ、迷いなく足を進めた。

 ああ、いい天気だなぁ。
 そういえば、昔、みんなとピクニックに行ったことがあったっけ。
 楽しかったなぁ。

 きっと、そんな日常はこれから先も手に入れられる。
 教会を離れれば、『彼ら』と生きることを望まなければ、何度も死を経験しなくても済むだろう。

 けれど、ダメなんだ。
 私はわがままで、無駄に人生経験が豊富なアラサーなもんだから、自分の心に嘘をついたらどうなるか知っている。

 ごまかして賢い生き方をして、全て忘れたふりをして新しい土地で生きて、暮らして。
 きっと、いつまでも後悔と未練が残って、苦しくてたまらなくなる。

 せっかくの二度目の人生を、そんな生き方で費やすのは、御免だ。

 くるりと後ろを振り向く。
 眼前に広がるのは、歩いてきた森と青い空だけ。

 もちろん、誰もいるわけがない。

「……もし、次があるなら……」

 異世界転生やループなんてものがあったんだ。
 次の人生だってあるかもしれない。

 夢を見る権利くらい、私にだってあるでしょう?

「あの言葉の続きが聞けるといいなぁ」

 ──一緒に暮らしたい子がいるんだ。その子が頷いてくれたら、教会を出るよ。

 ああ、やっぱり今日、ここにきてよかった。
 私の諦めの悪さと未練がましさは、本物だ。

 ──……その子の誕生日が来たら、言うつもりなんだ。
 ……待っててほしい。

「……ばいばい」

 とん、と。
 小さく小さく、足を蹴る。
 ふわりと感じた浮遊感と、すぐ後に襲い掛かってくる重力。

 抜けるような青空を最後に、私はゆっくり瞳を閉じた。


 ばしゃん。
 なんて可愛い音じゃなかっただろうけど。

 私が世界から消えた確かな音は、波の音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。

 もう、鐘の音は、聞こえない。
 
 
--END--
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

ずっとお慕いしております。

竹本 芳生
恋愛
婚約破棄される令嬢のお話。 アンハッピーエンド。 勢いと気分で書きました。

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

君から逃げる事を赦して下さい

鳴宮鶉子
恋愛
君から逃げる事を赦して下さい。

2回目の逃亡

158
恋愛
エラは王子の婚約者になりたくなくて1度目の人生で思い切りよく逃亡し、その後幸福な生活を送った。だが目覚めるとまた同じ人生が始まっていて・・・

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

その結婚、承服致しかねます

チャイムン
恋愛
結婚が五か月後に迫ったアイラは、婚約者のグレイグ・ウォーラー伯爵令息から一方的に婚約解消を求められた。 理由はグレイグが「真実の愛をみつけた」から。 グレイグは彼の妹の侍女フィルとの結婚を望んでいた。 誰もがゲレイグとフィルの結婚に難色を示す。 アイラの未来は、フィルの気持ちは…

王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】

mako
恋愛
以前の投稿をブラッシュアップしました。 ランズ王国フリードリヒ王太子に嫁ぐはリントン王国王女クラリス。 クラリスはかつてランズ王国に留学中に品行不良の王太子を毛嫌いしていた節は 否めないが己の定めを受け、王女として変貌を遂げたクラリスにグリードリヒは 困惑しながらも再会を果たしその後王国として栄光を辿る物語です。

恋をし恋ひば~今更な新婚生活の顛末記~

川上桃園
恋愛
【本編完結】結婚した途端に半年放置の夫(何考えているのかわからない)×放置の末に開き直った妻(いじっぱり)=今更な新婚生活に愛は芽生える? 西洋風ファンタジーです。  社交界三年目を迎え、目新しい出会いも無いし、婚約者もできなかったから親のすすめで結婚した。相手は顔見知りだけれども、互いに結婚相手として考えたことはなかった。  その彼は結婚早々に外国へ。半年放っておかれたころに帰ってきたけれど、接し方がわからない。しかも本人は私の知らないうちに二週間の休暇をもらってきた。いろいろ言いたいことはあるけれど、せっかくだからと新婚旅行(ハネムーン)の計画を立てることにした。行き先は保養地で有名なハウニーコート。数多くのロマンス小説の舞台にもなった恋の生まれる地で、私たちは一人の女性と関わることになる(【ハウニーコートの恋】)。  結婚してはじめての社交界。昼間のパーティーで昔好きだった人と再会した(【昔、好きだった人】)。  夫の提案で我が家でパーティーを開くことになったが、いろいろやらなくてはいけないことも多い上に、信頼していた執事の様子もおかしくなって……(【サルマン家のパーティー】)。  あの夜で夫との絆がいっそう深まったかと言えばそうでもなかった。不満を溜めこんでいたところに夫が友人を家に招くと言い出した。突然すぎる! しかもその友人はかなり恐れ多い身分の人で……(【釣った魚には餌をやれ】)。  ある夜会で「春の女神」に出会ったが、彼女はなかなか風変わりの女性だった。彼女の名前はマティルダという(【春の女神】)。  夫が忘れ物をした。届けにいかなくては。(最終章【橋の上のふたり】)

処理中です...