【完結済】ラーレの初恋

こゆき

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 寒い、朝だった。
 ベッドから出るのがつらいのは誰しも同じらしい。隣のベッドで眠るレリアの膨らんだ毛布から、美少女がだしちゃいけない類のうめき声が聞こえる。
 私自身身震いしながら準備を整えて、いつものように鏡の前で口角をきゅっと上げた。

「……おはよ。ラーレ、いつもそれやるよね。おまじない?」
「おはよう、寝ぼすけレリア。やっと毛布から出てきたの?」

 後ろから覗き込んでるのは知っていたから、特に驚きもしないで笑って返す。
 毛布が私を離してくれなかったんですぅ~、なんて口を尖らせるレリアは本当に可愛い。

 部屋に鏡が一つしかないから、レリアに譲って彼女の身支度を待つ。
 レリアの青色の髪が、冬の朝日にキラキラと反射している。

「そう、おまじない。女の子は笑顔が一番可愛いからって」
「素敵! 私、ラーレの笑顔好きだもん。春のおひさまみたい」
「え、なにそれ照れる」
「照れちゃえ照れちゃえ」

 くすくす、きゃあきゃあとした軽やかな会話。
 彼女がここに来た当初は、こんな会話ができるようになるなんて思ってもみなかった。

 やっと、時間が進んでいる気がして、ほんの少し、肩の力が抜けた気がした。


 ※  ※ ※


「おはよう、ラーレ」
「おはよう、イキシア!」
「ちょっと、私もいるんですけど~」
「諦めろ、イキシアはこんなんだ」
「あっ、ザンカおはよう!」
「おはよう、ザンカ」
「おう、はよ」

 私に挨拶するイキシア。
 無視されたことにことにむくすれるレリア。
 それをたしなめるザンカに、彼に挨拶する私たち。

「おや、みんな早いね。おはよう」
「おはようございます、神父さ……」
「ぶっは! フリージア神父、んだよその恰好!」
「いやあ、寒くて寒くて……。みんなは若いですねぇ」

 少し遅れてやってきた神父様はセーターやマフラーをもっこもこに着てて、見事に着膨れていた。
 それを見て指をさして大笑いしたザンカは、レリアに「指は刺さない!」なんて怒られていたけど、そんなレリアも私たちも、みんな等しく笑っていた。

 そうこうしているうちに、子供たちも起きてきて。
 あの子が起きない、布団をかぶったまま起きてきた、わたしのマフラー取ったの! なんて告げ口がわらわら集まってくる。

「うるさいよ、あんたたち! 早く席に着きな!」

 本来ならもういないはずのシスターは、そんな賑やかな朝に怒って。
 皆で悲鳴を上げて、席に着く。

 平凡で、ありふれて、暖かい朝のやり取り。
 ここに、金の髪をもつあの人もいたら、どれだけ楽しいだろう。

 ありえないIFを夢想して、小さく笑った。

 今日、上着を返しにいこう。
 そして、話が出来たらいい。



「ちょっと早かったかな……」

 いつもの崖の上。
 本格的な冬が始まるから、日が暮れるのがもっと早くなると、イキシアから早めの帰宅をせっつかれてしまった。
 優しくて過保護なイキシアに、思わず頬が緩む。

 吐く息は真っ白で、見上げる空は灰色だ。
 きっともうすぐ、雪が降る。

 雪が積もったら、雪合戦をしたいな。
 レリアはここにきて初めての冬だから、たくさん楽しいことをさせてあげたい。

 なんせ、雪が融けるころには、彼女の『ストーリー』はさらに加速していく。
 ルートによるが、この教会を離れることになる場合がほとんどだ。

 そして、それは思いもよらぬ友人──カラン王子との別れが近い事も、意味していた。

 ──それは、寂しいなぁ。
 甘っちょろいなんて百も承知だけど仕方ない。
 だって、関わってしまったら、親しくなってしまったら。
 そんなの、切り捨てられるワケないじゃないか。

 幸せでいてほしい。
 笑っててほしい。
 その最たるがイキシアというだけで、そんなの皆そうであってほしいに決まってる。

 ここは、優しい人たちばかりだから。

「……いや、シスターは例外だな」

 ぱきり。
 なんて独り言をつぶやいていたら、背後で小枝が折れる音が聞こえた。
 聞きなれたそれは、あの人の足音だ。

「あっ、カラン王子──」

 振り向いて、固まった。
 そこにいたのは、確かにカラン王子その人だ。

 金の髪に、オレンジの瞳を持つ、美しい人。

 最近は、鋭利だったその眼光が柔らかな光を帯びていて、その瞳があまりにも綺麗で、彼と話しているのが心地よかった。

 だと、いうのに。

「不敬だぞ、娘。お前に名を呼ぶ許可を出した覚えはない」

 目の前に佇むその人は、まるでその腰に帯刀している剣のように鋭くて。

 嫌な思い出が、頭の中を一瞬で支配する。
 これは、まるで。まるで……。

「ああ、上着がないと思ったら──貧乏人が盗んでいたか。……痴れ者が」

 まるで、あの時の、イキシアみたい、な──

 何も動けずに、言えずにいた私は、目の前に白刃が迫るのを、ただ見ているしかできなくて。

 随分と久しぶりに感じる痛みと熱さが、体を走る。
 そして、冷たい地面の感覚。
 ああ、また、斬られたのか。また、倒れたのか。

 ──また、死ぬのか。

 ひらひらと雪が舞ってくる空をぼんやりと見上げながら、体の感覚がどんどん遠くなっていくのを、他人事みたいに感じていた。

 何度か「死」というものを繰り返して、確証を得たことがある。
 それは、「死の直前まで残る感覚は、聴覚だ」ということ。

 久しぶりにやってくる、その真っ黒な気配は相も変わらず、問答無用で色んなものを奪っていく。

 痛みも消えて、感覚も消えて、視界もぼやけて何も見えない、ろうそくの炎みたいな頼りない世界で。

「なんで、カラン! なんでこの子を殺した!?」

 そんな、プラムの叫び声が聞こえる。
 そして、相変わらずの鐘の音の鳴り響く中。

「お前、あの子が好きだったんじゃなかったのかよ……!!」

 そんな、悲痛な声が聞こえた気がした。
 
 
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