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第一部
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正体を明かしてからは、アレクは度々訪れてはあれこれ外の話を聞かせてくれた。時には手土産のつもりか、珍しい花を嘴に咥えて。
その日も目の前でふわりと人の姿に変わると、カミーユの腕に巻かれた包帯を目にして少し辛そうに眉を寄せた。
「最近傷が増えてない? っていうか、侍女ってそんな強いの?」
「強いよ? わたしは生まれてから一度も勝ったことがない」
今日も連敗記録を伸ばしてしまって裁縫の稽古をさせられている。
「えー? けど生まれた時からいるってことは年齢的にかなり上だよね」
カミーユは頷いた。
「六十歳過ぎてるよ」
「うわー……ヤバすぎる。鉢合わせしたら大事な姫に近づく下賎の男だとか言われて即座にぶっ殺される可能性が高そう……」
アレクは大げさに肩を竦める。彼は敏感に気配を感じるとすぐに窓から出ていったので今までバルバラとは鉢合わせしたことはない。
「食事の時以外は呼ばない限り来ないよ。最上階だから上り下りだけで大変だし」
バルバラは厨房や倉庫がある一階の部屋を使っている。この塔は元々戦争捕虜を収容していたらしく、カミーユの部屋は貴人用の最上階だ。使用人を呼ぶための呼び鈴が付いている。カミーユは壁に下がった紐を指差した。
「あれを引っぱったらすごい勢いで来るんだよね」
「すごい体力。人族とは思えないな……もしかして、亜人?」
「何か亜人の血が入っているって聞いたことがあるよ。わたしでもこの塔の階段を駆け上がったらさすがに結構辛いくらいなのに。しかも手すき時間にはこの塔の模様替えをコツコツやってるんだよね」
「模様替え?」
この塔は壁も分厚いし少々の攻撃にはびくともしない造りになっていたはずだったけれど、バルバラはいつの間にか最上階以外の部屋を改造して武術稽古用の部屋にしたりとやりたい放題だ。
壁をぶち抜いて広い部屋が出来上がっていた時には、何ということでしょう、あの石の壁をどうやって……と思ったけれど、まあバルバラだから、でカミーユは無理矢理納得したくらいだ。
「わたしとしてはあまり無理はして欲しくないんだ。一応年齢が年齢だし。それにわたしにとっては唯一の家族みたいなものだから」
針を動かす手を止めることなくカミーユは素直に内心を打ち明けていた。
バルバラは厳しいけれど、ずっとカミーユの側で見守っていてくれた大切な人だ。
「カミーユ」
ふと顔を上げるとアレクは手のひらをこちらに向けて躊躇いがちに問いかけてきた。
「ほんの少し触っていい? 悪いことはしないから」
「どうぞ?」
アレクが触れたのは腕の包帯だった。バルバラが手当をしてくれたから、傷口の出血は止まっている。
「やっぱり縫ってる。結構深かったんだね」
そう言いながら彼は傷口に手を触れる。ほのかな白い光が彼の指先から浮かんですぐに消えた。手が離れるとそこにあった傷が綺麗に消えて、傷口を縫っていた糸がはらりと落ちた。
「治癒魔法? すごい、初めて見た」
「治癒には自信があるんだ。よく怪我してたから、使う機会が多くて。今までも使いたかったけど、さすがに痣が一瞬で消えてたら怪しまれるからね」
だから傷口は隠しておこうね、と元通りに包帯を巻き直した。
治癒魔法を使う機会が多かったって、つまり彼はそうやって暴行を受けてきたということだろうか。腕力を重んじる亜人の国で彼がどう過ごしていたのかとカミーユは心配になった。
「……使う機会が多いとか……あんまり自慢になってない。でも、ありがとう。腕を動かすと痛かったから助かった」
「どういたしまして」
アレクは整った顔に満面の笑みを浮かべる。
カミーユはそれ以上踏み込むことを躊躇った。アレクはカミーユのそんな気持ちに気づいているように少し距離を置いて座り直した。
奇妙な間があってから、不意に口を開いたのはアレクだった。
「あのね、カミーユは塔の外に出てみたい? 興味はある?」
ある、と答えかけてカミーユは唇を強く引き締めた。
わたしにはそんなことを言う資格はない。そもそも生きていられるのも王女だと思われているからだ。
どうしてアレクはそんなことを問うのだろう。そもそもこの塔から出られるわけがないのに。
「ごめんね。傷つけるつもりじゃなかったんだ。ただ君の気持ちが知りたかったんだ」
アレクはカミーユが悩んでいることに気づいたのだろう。少し目を細めて困ったように微笑む。
「……叶うなら下町を普通に歩いてみたいとは思う」
「なら、行っちゃう?」
「え?」
アレクは立ち上がりふっと宙を掴む仕草をする。何もない場所から杖が現れた。
柄に繊細な彫刻があしらわれた白木の杖はアレクの白い指に馴染んで見えた。
「この砦には魔法障壁があってねー。つまり転送魔法とかで密入国をさせないためなんだけど、この塔もそれに含まれているんだ。だから大がかりな魔法を使うとバレちゃうんだよね。けど、やっとそれを解除できたから」
そう言いながら杖で床の数カ所を指す。その場所から複雑な文様が浮かび上がる。
魔法……? 確かに魔法は得意だと言っていた。
……魔法障壁……国境警備のために作られたものを解除? そんな簡単に解除できるようなものなんだろうか? きっとこの国の魔法の専門家が作ったはずだろう。
もしかして、アレクはかなり強い魔法使いなのか?
驚いて固まっていたカミーユにアレクが優雅な一礼をして、手を差し伸べた。
「では姫君。お手を拝借」
思わず手を伸ばすと、次の瞬間周囲が一変した。
その日も目の前でふわりと人の姿に変わると、カミーユの腕に巻かれた包帯を目にして少し辛そうに眉を寄せた。
「最近傷が増えてない? っていうか、侍女ってそんな強いの?」
「強いよ? わたしは生まれてから一度も勝ったことがない」
今日も連敗記録を伸ばしてしまって裁縫の稽古をさせられている。
「えー? けど生まれた時からいるってことは年齢的にかなり上だよね」
カミーユは頷いた。
「六十歳過ぎてるよ」
「うわー……ヤバすぎる。鉢合わせしたら大事な姫に近づく下賎の男だとか言われて即座にぶっ殺される可能性が高そう……」
アレクは大げさに肩を竦める。彼は敏感に気配を感じるとすぐに窓から出ていったので今までバルバラとは鉢合わせしたことはない。
「食事の時以外は呼ばない限り来ないよ。最上階だから上り下りだけで大変だし」
バルバラは厨房や倉庫がある一階の部屋を使っている。この塔は元々戦争捕虜を収容していたらしく、カミーユの部屋は貴人用の最上階だ。使用人を呼ぶための呼び鈴が付いている。カミーユは壁に下がった紐を指差した。
「あれを引っぱったらすごい勢いで来るんだよね」
「すごい体力。人族とは思えないな……もしかして、亜人?」
「何か亜人の血が入っているって聞いたことがあるよ。わたしでもこの塔の階段を駆け上がったらさすがに結構辛いくらいなのに。しかも手すき時間にはこの塔の模様替えをコツコツやってるんだよね」
「模様替え?」
この塔は壁も分厚いし少々の攻撃にはびくともしない造りになっていたはずだったけれど、バルバラはいつの間にか最上階以外の部屋を改造して武術稽古用の部屋にしたりとやりたい放題だ。
壁をぶち抜いて広い部屋が出来上がっていた時には、何ということでしょう、あの石の壁をどうやって……と思ったけれど、まあバルバラだから、でカミーユは無理矢理納得したくらいだ。
「わたしとしてはあまり無理はして欲しくないんだ。一応年齢が年齢だし。それにわたしにとっては唯一の家族みたいなものだから」
針を動かす手を止めることなくカミーユは素直に内心を打ち明けていた。
バルバラは厳しいけれど、ずっとカミーユの側で見守っていてくれた大切な人だ。
「カミーユ」
ふと顔を上げるとアレクは手のひらをこちらに向けて躊躇いがちに問いかけてきた。
「ほんの少し触っていい? 悪いことはしないから」
「どうぞ?」
アレクが触れたのは腕の包帯だった。バルバラが手当をしてくれたから、傷口の出血は止まっている。
「やっぱり縫ってる。結構深かったんだね」
そう言いながら彼は傷口に手を触れる。ほのかな白い光が彼の指先から浮かんですぐに消えた。手が離れるとそこにあった傷が綺麗に消えて、傷口を縫っていた糸がはらりと落ちた。
「治癒魔法? すごい、初めて見た」
「治癒には自信があるんだ。よく怪我してたから、使う機会が多くて。今までも使いたかったけど、さすがに痣が一瞬で消えてたら怪しまれるからね」
だから傷口は隠しておこうね、と元通りに包帯を巻き直した。
治癒魔法を使う機会が多かったって、つまり彼はそうやって暴行を受けてきたということだろうか。腕力を重んじる亜人の国で彼がどう過ごしていたのかとカミーユは心配になった。
「……使う機会が多いとか……あんまり自慢になってない。でも、ありがとう。腕を動かすと痛かったから助かった」
「どういたしまして」
アレクは整った顔に満面の笑みを浮かべる。
カミーユはそれ以上踏み込むことを躊躇った。アレクはカミーユのそんな気持ちに気づいているように少し距離を置いて座り直した。
奇妙な間があってから、不意に口を開いたのはアレクだった。
「あのね、カミーユは塔の外に出てみたい? 興味はある?」
ある、と答えかけてカミーユは唇を強く引き締めた。
わたしにはそんなことを言う資格はない。そもそも生きていられるのも王女だと思われているからだ。
どうしてアレクはそんなことを問うのだろう。そもそもこの塔から出られるわけがないのに。
「ごめんね。傷つけるつもりじゃなかったんだ。ただ君の気持ちが知りたかったんだ」
アレクはカミーユが悩んでいることに気づいたのだろう。少し目を細めて困ったように微笑む。
「……叶うなら下町を普通に歩いてみたいとは思う」
「なら、行っちゃう?」
「え?」
アレクは立ち上がりふっと宙を掴む仕草をする。何もない場所から杖が現れた。
柄に繊細な彫刻があしらわれた白木の杖はアレクの白い指に馴染んで見えた。
「この砦には魔法障壁があってねー。つまり転送魔法とかで密入国をさせないためなんだけど、この塔もそれに含まれているんだ。だから大がかりな魔法を使うとバレちゃうんだよね。けど、やっとそれを解除できたから」
そう言いながら杖で床の数カ所を指す。その場所から複雑な文様が浮かび上がる。
魔法……? 確かに魔法は得意だと言っていた。
……魔法障壁……国境警備のために作られたものを解除? そんな簡単に解除できるようなものなんだろうか? きっとこの国の魔法の専門家が作ったはずだろう。
もしかして、アレクはかなり強い魔法使いなのか?
驚いて固まっていたカミーユにアレクが優雅な一礼をして、手を差し伸べた。
「では姫君。お手を拝借」
思わず手を伸ばすと、次の瞬間周囲が一変した。
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