塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

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第一部

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 その日から小鳥が時折窓から訪れるようになった。
 あいかわらず毎日のように侍女に武術の稽古で挑んではコテンパンにされていたカミーユだったけれど、それを楽しみにしているうちに以前ほど淑女教育に反発しなくなった。
 その日もカミーユは書写の練習をさせられていた。表面を滑らかに削った木の板に文字を書き込んでいると、小鳥の羽ばたきが聞こえてきた。
 机の上に来て手元をじっと見つめている小鳥の姿にカミーユは目を細めた。
「これはね、紙の代わり。紙は高価だから字の練習になんて使えないから。真っ黒になっても表面を削ったらまた使えるし、最終的には暖炉に焼べればいいから。名案だと思わない?」
 現国王の温情なのかカミーユに対して一定の金額が予算に組み込まれているらしい。食事が滞ったことはないし、要求すれば大概のものは用意してもらえる。それでもドレスや下着は傷みを繕いながら着ているし、宝飾品などを頼んだことはない。。
「後々散々民の税で贅沢していたとか言われないようにね。偽善っぽいけど」
 緑の瞳をした小鳥は否定するかのようにピッと鋭く啼いた。
「……わたしが嫌われているのは本当だよ? もう十三年も経つからわたしのことなんて皆忘れているかもしれないけどね」
 小鳥はちょこちょこと小さな脚をうごかしてカミーユの手の甲にある傷に近づいてきた。
「ああ、これ? かすり傷だから心配はいらない。今日は剣術の稽古だったんだ。今日もバルバラに勝てなかった。何であんなに強いのかな……」
 ……一体何者なんだろう。あの侍女は。生まれた時からずっと側にいるけれど素性を教えてもらっていない。
 剣術も体術も強くて礼儀作法から様々な教養まで身についている。むしろわたしなどに仕えなくても他所でいくらでも出世できそうなのに。どうしてわたしと一緒にこの塔に幽閉されることを選んだのか。
「わたしは……何ができるんだろうね」
 カミーユはそう呟いて小鳥の頭に指先で触れた。
「わたしは……ただ一人の侍女の期待にすら答えることができない」
 そう呟いてから、カミーユは理解した。
 もしかしたらバルバラがあれこれと自分に課題を突きつけるのは、カミーユ自身が生きる気力を失って諦めさせないためかもしれない。
「そんなことはないよ」
「え?」
 いきなり目の前で聞き覚えのない男性の声がして、カミーユは驚いて顔を上げた。
 いつの間にかそこに一人の男が立っていた。
 質素な服の上にフードつきのローブを羽織った、自分とさほど背丈の変わらない細身の青年。芸術家が手を尽くしたような華やかな整った美貌がまず目を引いた。ブルネットの長い髪には房状に白い髪が混じっている。
 おそらく歳格好も同じくらいだろう。
「何者だ? どこから入ってきた?」
 カミーユが傍らに置いていたレイピアを手に取ろうとしたら、相手は首を横に振りながらひらひらと顔の前で手をふった。
「待って。降参降参。僕のような細腕で君に勝てるわけないだろ? 鴉から逃げるので精一杯なひ弱な男だよ? 驚かせて申し訳ない。話を聞いてたら鳥の姿だと何も言えないから、じれったくなってしまったんだ」
「……鴉……鳥の姿……?」
 そういえばさっきまで机の周りにいた小鳥がいない。そして、男の顔を見れば、あの鳥と同じ緑色の瞳がそこにある。
 ……つまり、この人って……
「鳥の亜人? 先祖返り?」
「よく知ってるね、その通り」
 それでも目の前に見知らぬ男がいることに変わりがないのでカミーユは掴んだレイピアを手元に引き寄せていつでも抜けるように身構える。
 亜人、とよばれる人たちがいる。彼らは動物の力を神から分け与えられた存在なのだと言われている。
 熊のような剛力、獅子のような統率力、狼のような俊足など、特殊な力を持っている。種族によっては角や獣の耳が目立つくらいで外見は人族とほとんど見分けはつかない。
 その中に極めて少数な鳥の亜人がいる。かつて「鳥」の民は鳥に姿を変えて空を自由に飛んだと言われている。そして総じて華奢で美しい外見を持つ。今では飛行能力があるほど血が強く出ることはほとんどないと聞いていた。
 そして更に亜人の中でも獣の相が強く出たり、獣や鳥に姿を変えられる者がいる。先祖返りと呼ばれて亜人の中では尊ばれる存在だが、滅多にいないと聞いている。
「……改めて。僕はアレク。鳥の民出身の冒険者だよ。いきなり驚かせて申し訳ない。まずは鴉から匿ってくれたことに感謝を。あの時はありがとう。カミーユ姫。危うく鴉につつき殺されるところだった」
 アレクは茶目っ気たっぷりに貴族っぽいお辞儀をしてからカミーユに目を向ける。
「それは……どういたしまして?」
 カミーユはそう答えながらも、マズいことになった、と気づいた。
 彼には鳥の姿で訪れていた間にあれこれ愚痴を聞かせてしまったので、彼はカミーユの事情をほぼ知っていることになる。立場も、そして性別も。
 この人が外で言い触らしたりしたら。そのことが王都にまで伝わってしまったらわたしは身の破滅だ。
 それよりも、この人の素性によってはさらに事態は悪くなる。
「……ああ。心配しなくても君の秘密は誰にも言わないよ。君は命の恩人だからね」
 カミーユは警戒を解かずに問いかけた。
「そう言われても……わたしは亜人に好意を向けてもらえる立場じゃない」
 自分は亜人に憎まれているはずだ。
 だってわたしの父は亜人を大勢虐殺させたのだ。伝え聞きでしかないけれど、それは酷いことをしたのだとわかっている。
 アレクと名乗った男は軽く眉を吊り上げる。予想もしなかった、というように。
「なんで? 君がマルク王の子だから? 僕はこの国の生まれじゃないから、『ディマンシュの虐殺』のことは聞いたことがあるって程度なんだ。あの当時君はまだほんの子供だったんじゃない? だったらあの事件をどうにかできるはずがない。だから僕個人は君になんの恨みもないよ」
 穏やかにそう指摘されると、カミーユの身体から少し力が抜けた。完全に信用したわけじゃないけれど、アレクがあの事件に直接関わりが無いらしいことに安堵した。
「アレクはもしかして、獣人国の人?」
 近隣国の中でももっとも亜人の割合が高く、多彩な民が住んでいる国だ。正式国名はダイモス連合王国。そこなら少数民族の鳥の亜人もいるのかもしれない。カミーユはそう予想して問いかけた。
「そう。たまたま用事があってこの近くに来て、面倒だから鳥の姿で国境越えようとしたら鴉に見つかって追いかけられたんだよね……」
「え?」
 鳥の姿で国境越えるって……? いやそれ、ただの密入国では? それで鴉に追いかけられた? 
 カミーユは思わず吹きだしてしまった。あまりに間が抜けた言い分に何から突っ込めばいいのかわからなくなった。
「……おかしな人……」
 アレクは照れ隠しのように頭を掻いた。綺麗な顔にふわふわとした笑みを浮かべている。
「いやー、この国じゃ鴉まで国境警備してるとは思わなかったなあ……」
 この塔は国境警備軍の砦の一角にあって、砦の南を流れる川を越えると隣国ダイモスの版図になる。現王になってから隣国との関係は改善されているから、ちゃんとした証明書があれば入国審査はそんなに厳しいものではないはずだ。
「冒険者ならギルドの身分証があるはずだよね?」
 基本的に冒険者ギルド所属の証明書があれば普通に国境は越えられるはずだ。ギルドは国に縛られない活動を認められていると本で読んだ。
「わざわざ鳥になって国境越えをしようとしなくてもいいのでは……?」
 アレクはカミーユの指摘に緑色の瞳を輝かせて答える。
「いや、一度やってみたかったんだよね。それに国境越えの人が多くて行列できてたから面倒くさくって。入国審査の人も仕事が減ったら喜ぶんじゃないかと思ったんだけど」
 軽い口調でへらへらと笑っているのを見て、カミーユはこの男を警戒するのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
 鳥の亜人、鳥の民と言えば吟遊詩人の歌にもでてくる精霊のような美しい現し身を持つ儚げな人々、夢の世界の住人のようだと美辞麗句とともに謳われる存在だというのに。中身はちょっと残念だ。
 鳥の姿で密入国してみたかったからって、実行して鴉に追いかけ回された……って。子供か。多分歳はわたしより二つくらいは上に見えるのに。
 明るく好奇心に満ちた緑の瞳のせいだろうか。野生の鳥のように自分の思うままに生きているような印象を受けた。
「君は何もできないって言ってたけど、鴉に追われたか弱い小鳥に優しく声をかけてくれた。それだけで僕は嬉しかったよ。全身打ち身で痛かったけど、痛みが吹き飛んだ」
「大げさだよ」
 アレクは首を横に振る。
「僕の祖国は強さこそ全て、って感じでね。力のある熊の亜人や獅子の亜人が尊ばれている。裁判の代わりに決闘が認められていたりする。だからひ弱な鳥の亜人なんて見向きもされない。君に優しくされただけで僕は天にも召される気持ちだったよ」
「いや、天に召されたら死んじゃうのでは……」
 怪我してるところを優しくされるのがそんなに嬉しいとか、よほど隣国では力がないと生きづらいのかな。だから冒険者みたいな一カ所に落ち着かない仕事をしているんだろうか。
「でも、鳥の民は魔法が得意な者が多いと本で読んだけど、アレクもそう?」
 先祖返りということは魔法も使えるのでは? 
 カミーユの質問にアレクは微笑んだ。
「魔法は得意だよ。ただ、決闘となると近接戦だからね。かなり不利。だからカミーユじゃないけど戦うたびにボコボコにされてたよ」
 確かに魔法のほとんどは構築する時間が必要だ。そこを一瞬で詰め寄られたら勝ち目がない。決闘なら最初から間合いが近いから不利なのは間違いない。
「でも、わたしの場合相手と同じ得物を使っているからただの力不足だけど、魔法と剣なら工夫で何とかなりそうな気がする……」
「そうだね。僕も色々工夫しているんだよ。何かいい方法を絶賛募集中。名案だったら豪華賞品出すよ」
 明るい緑色の瞳が煌めく。カミーユはさっきまで塞いでいた心が少し軽くなった気がした。
 考えたら歳の近い男性とこんなに話したことはなかった気がする。
「それは楽しみ。何か思いついたら言うよ」
 思わず笑みがこぼれた。
 ああ。ただ誰かと普通に言葉を交わす。こんな些細な事だったのかもしれない。わたしが望んだのは。
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