塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

文字の大きさ
4 / 80
第一部

しおりを挟む
 正体を明かしてからは、アレクは度々訪れてはあれこれ外の話を聞かせてくれた。時には手土産のつもりか、珍しい花を嘴に咥えて。
 その日も目の前でふわりと人の姿に変わると、カミーユの腕に巻かれた包帯を目にして少し辛そうに眉を寄せた。
「最近傷が増えてない? っていうか、侍女ってそんな強いの?」
「強いよ? わたしは生まれてから一度も勝ったことがない」
 今日も連敗記録を伸ばしてしまって裁縫の稽古をさせられている。
「えー? けど生まれた時からいるってことは年齢的にかなり上だよね」
 カミーユは頷いた。
「六十歳過ぎてるよ」
「うわー……ヤバすぎる。鉢合わせしたら大事な姫に近づく下賎の男だとか言われて即座にぶっ殺される可能性が高そう……」
 アレクは大げさに肩を竦める。彼は敏感に気配を感じるとすぐに窓から出ていったので今までバルバラとは鉢合わせしたことはない。
「食事の時以外は呼ばない限り来ないよ。最上階だから上り下りだけで大変だし」
 バルバラは厨房や倉庫がある一階の部屋を使っている。この塔は元々戦争捕虜を収容していたらしく、カミーユの部屋は貴人用の最上階だ。使用人を呼ぶための呼び鈴が付いている。カミーユは壁に下がった紐を指差した。
「あれを引っぱったらすごい勢いで来るんだよね」
「すごい体力。人族とは思えないな……もしかして、亜人?」
「何か亜人の血が入っているって聞いたことがあるよ。わたしでもこの塔の階段を駆け上がったらさすがに結構辛いくらいなのに。しかも手すき時間にはこの塔の模様替えをコツコツやってるんだよね」
「模様替え?」
 この塔は壁も分厚いし少々の攻撃にはびくともしない造りになっていたはずだったけれど、バルバラはいつの間にか最上階以外の部屋を改造して武術稽古用の部屋にしたりとやりたい放題だ。
 壁をぶち抜いて広い部屋が出来上がっていた時には、何ということでしょう、あの石の壁をどうやって……と思ったけれど、まあバルバラだから、でカミーユは無理矢理納得したくらいだ。
「わたしとしてはあまり無理はして欲しくないんだ。一応年齢が年齢だし。それにわたしにとっては唯一の家族みたいなものだから」
 針を動かす手を止めることなくカミーユは素直に内心を打ち明けていた。
 バルバラは厳しいけれど、ずっとカミーユの側で見守っていてくれた大切な人だ。
「カミーユ」
 ふと顔を上げるとアレクは手のひらをこちらに向けて躊躇いがちに問いかけてきた。
「ほんの少し触っていい? 悪いことはしないから」
「どうぞ?」
 アレクが触れたのは腕の包帯だった。バルバラが手当をしてくれたから、傷口の出血は止まっている。
「やっぱり縫ってる。結構深かったんだね」
 そう言いながら彼は傷口に手を触れる。ほのかな白い光が彼の指先から浮かんですぐに消えた。手が離れるとそこにあった傷が綺麗に消えて、傷口を縫っていた糸がはらりと落ちた。
「治癒魔法? すごい、初めて見た」
「治癒には自信があるんだ。よく怪我してたから、使う機会が多くて。今までも使いたかったけど、さすがに痣が一瞬で消えてたら怪しまれるからね」
 だから傷口は隠しておこうね、と元通りに包帯を巻き直した。
 治癒魔法を使う機会が多かったって、つまり彼はそうやって暴行を受けてきたということだろうか。腕力を重んじる亜人の国で彼がどう過ごしていたのかとカミーユは心配になった。
「……使う機会が多いとか……あんまり自慢になってない。でも、ありがとう。腕を動かすと痛かったから助かった」
「どういたしまして」
 アレクは整った顔に満面の笑みを浮かべる。
 カミーユはそれ以上踏み込むことを躊躇った。アレクはカミーユのそんな気持ちに気づいているように少し距離を置いて座り直した。
 奇妙な間があってから、不意に口を開いたのはアレクだった。
「あのね、カミーユは塔の外に出てみたい? 興味はある?」
 ある、と答えかけてカミーユは唇を強く引き締めた。
 わたしにはそんなことを言う資格はない。そもそも生きていられるのも王女だと思われているからだ。
 どうしてアレクはそんなことを問うのだろう。そもそもこの塔から出られるわけがないのに。
「ごめんね。傷つけるつもりじゃなかったんだ。ただ君の気持ちが知りたかったんだ」
 アレクはカミーユが悩んでいることに気づいたのだろう。少し目を細めて困ったように微笑む。
「……叶うなら下町を普通に歩いてみたいとは思う」
「なら、行っちゃう?」
「え?」
 アレクは立ち上がりふっと宙を掴む仕草をする。何もない場所から杖が現れた。
 柄に繊細な彫刻があしらわれた白木の杖はアレクの白い指に馴染んで見えた。
「この砦には魔法障壁があってねー。つまり転送魔法とかで密入国をさせないためなんだけど、この塔もそれに含まれているんだ。だから大がかりな魔法を使うとバレちゃうんだよね。けど、やっとそれを解除できたから」
 そう言いながら杖で床の数カ所を指す。その場所から複雑な文様が浮かび上がる。
 魔法……? 確かに魔法は得意だと言っていた。
 ……魔法障壁……国境警備のために作られたものを解除? そんな簡単に解除できるようなものなんだろうか? きっとこの国の魔法の専門家が作ったはずだろう。
 もしかして、アレクはかなり強い魔法使いなのか?
 驚いて固まっていたカミーユにアレクが優雅な一礼をして、手を差し伸べた。
「では姫君。お手を拝借」
 思わず手を伸ばすと、次の瞬間周囲が一変した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

【BLーR18】箱入り王子(プリンス)は俺サマ情報屋(実は上級貴族)に心奪われる

奏音 美都
BL
<あらすじ>  エレンザードの正統な王位継承者である王子、ジュリアンは、城の情報屋であるリアムと秘密の恋人関係にあった。城内でしか逢瀬できないジュリアンは、最近顔を見せないリアムを寂しく思っていた。  そんなある日、幼馴染であり、執事のエリックからリアムが治安の悪いザード地区の居酒屋で働いているらしいと聞き、いても立ってもいられず、夜中城を抜け出してリアムに会いに行くが……  俺様意地悪ちょいS情報屋攻め×可愛い健気流され王子受け

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

​転生したら最強辺境伯に拾われました

マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。 ​死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。

侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。 仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。 成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。 何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。 汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。

処理中です...