塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

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第四部

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 勝負は一瞬で終わった。突っこんで来た魔獣はカミーユの背後にあった大きな岩に衝突して動きが止まった。そこを狙って剣で斬りつけた。
 あらかじめカミーユは岩を背にして魔獣を挑発していた。猪型の大型魔獣の急所もバルバラから教わっていた。だから狙う場所もわかっていた。
 ……バルバラがどうして淑女教育と一緒に魔獣の倒し方まで教えてくれたのかは深く追求しない方がいいんだろうな。魔獣討伐することになるなんて自分でも思わなかったし。
 首を落とされて魔獣が完全に動かなくなったのを確かめると、カミーユは剣の汚れを拭った。
「あの……依頼完了でいいですか?」
 カミーユが問いかけると、引率の冒険者は額を押さえて苦悩しながら、完了だ、と答えた。
 集合時間になって他の新人たちと合流すると、彼らは一様に魔獣と会わなかったという。大型魔獣が迷い込んできていたので小型の魔獣は逃げ出してしまっていたらしいという結論になった。他の新人たちは後日の再試験が認められた。
 カミーユが倒した大型を見て、彼らは揃ってぽかんと口を開けていた。
 あれ? わたし何かまずいことしてしまっただろうか。
 そう思いながら周囲を見回していたカミーユは視界の隅に見つけたものを見て慌てて駆け寄った。

「……やっちゃったか……」
 新人冒険者の試験依頼の経緯を聞いたアレクがぽつりと呟いた。
 カミーユが倒した大型は本来住んでいる地域が全く違うのだという。それがもし街に来ていたら大変なことになっていた。なので冒険者ギルドはその原因調査のために大騒ぎになった。
 おかげでその大型魔獣を倒したのが新人冒険者だったということはさほど大事にはならなかった……のだけれど。
 ギルドの係員とカミーユの引率担当だった冒険者は深々とアレクとカミーユに頭を下げてきたし、正式な冒険者登録証も発行してもらえた。
 彼らはカミーユを連れてきたのがアレクだと知っていたので、侮ってはいたけれど危険な目に遭わせるつもりもなかったらしい。
「それで、森の中で保護したそれなんだが……」
 ギルドの担当者がカミーユが手にしたバスケットの中を見て戸惑った顔になる。
「ひとまず行方不明などの依頼を見ても該当者はいなかった。他の町から流れてきたのかもしれない。この騒動で人手が割けないから、しばらく面倒を頼めるだろうか」
 そして残った問題はカミーユが森の中で見つけた弱り切った鼠だった。
 もしかして魔獣に踏まれでもしたのかと保護して連れてきたけれど、外傷はなく、ただ飢えて弱っていただけらしい。
 アレクは頷いて領館で預かることを了承した。
「まあ、うちの領民じゃなくても見捨てる訳にはいかないよね」
 どうやらこの鼠、亜人が変化したものらしい。アレクと同じ先祖返りなのだと。
「でも、この子本当に亜人? 」
 カミーユはバスケットを抱えたまま領館への道を歩きながらアレクに問いかけた。
「うん。モルモットの亜人だね。東部には多いけどこのへんじゃ見ないなあ」
 灰色でフサフサした毛の手のひらの中にすっぽり収まるような鼠。どう見てもカミーユにはちょっと大きめの鼠にしか見えない。
 アレクも最初に見たときは普通の小鳥と見分けがつかなかったのを思い出す。
「森の中で身を隠す必要があったのと、お腹空いてこの姿になったほうが生き延びられるって本能で感じたんじゃないかな。しかもまだ若いね」
 ギルドの近くの店で買ってきた果物の汁などを飲ませてみたけれどまだ目を開けない。
「……一体どうして森の中に……」
「あまりいい話じゃないんだけど、鼠とかの弱い亜人を捕まえて周辺の国に奴隷として売り払う輩もいるらしいんだよね。だから鼠族の方にも問い合わせてみよう。それまでは領館で面倒見ればいいし」
「何か余計な仕事を増やしてしまってごめん……」
「いいよ、別に。どうせギルドのあの様子だと大型魔獣の調査が終わるまでは初級ランクの依頼はしばらく凍結だろうね。新人の適性試験の森にまたあんなの出てきたらヤバいし」
 そのヤバいのをこれも一匹ならと倒してしまったカミーユは口をつぐむしかない。
 ……ギルドの人たちに危ない人みたいに思われてないだろうか。
「カミーユは別に間違ってはいないよ。あの場で誰かが駆除しなかったら他の新人たちが大怪我してたかもしれない」
「そうならいいのだけれど。ということは当分依頼も受けられないということ?」
「いや、合同での依頼とかなら大丈夫だと思うよ。僕はずっと一人でやってたから、そういう依頼は結構やってたから」
 カミーユとしては剣を振るえる機会ができると楽しみだったのだけれど、あの大型魔獣のせいでせっかく冒険者登録をしたのにどこにも行けないと、少し落胆していたところだった。
「どっちみち、また明日ギルドに顔出してみよう。この子の身元もわかるかもしれないし」
 アレクはそう言ってカミーユの背中を軽く叩いた。

 カミーユたちが王都で立太子式とそれに関連する行事を終えて、カーネル領に戻るまでも結構一悶着あった。
 まずグラントリーが一緒に行くと言い出した。それはひとまず新婚の邪魔になるからと国王夫妻がなんとか宥めてくれた。
 それから決闘の後でお友達(?)になった貴婦人たちからもいつ戻るのかという問い合わせがあったり、ロラン王子とダルトワ侯爵からもいつか招待してほしいと手紙が届いた。
 王太子の執務については王宮から毎日書類が転送魔法で届けられることになっている。
 重要な行事の時は戻ることもあるけれど、当面は領地で過ごすことが認められた。
 カミーユはこれを機に領地経営や王太子の執務について勉強することにした。なので午前中は二人で執務とカミーユの妃教育、午後からは冒険者ギルドに行くというのが当初の計画だった。
 カミーユが無事冒険者登録をした日の夜、ギルドから初級の依頼は当面停止するという連絡が届いた。大型魔獣の足取りを確認したら、他の個体の気配もあったのだとか。
「……何か大事になってるね。僕が領主になってから今までこういうことは珍しかったんだけど、最近魔獣の行動が変化しているらしいんだ」
「理由があるものなの?」
 カミーユは私室で鼠を寝かせたバスケットをかたわらに置いてレースを編んでいた。
 アレクは五年前にカーネルの領主を命じられたという。王都にいても異母弟たちに喧嘩を売られるだけだったので、喜んで引き受けたのだとか。
 最初はほっそりしたアレクを見て小馬鹿にしていた領民たちも、魔法を使って大規模な開拓や土木工事を手伝っているうちに敬意を向けてくれるようになった。
 そして、ギルドと連携して魔獣被害についても今まで調査してきたのだという。
「魔獣の行動に変化が出るのは嵐などの天候的な要因とかで住処を失ったとかが多いんだけど……」
 アレクはそこまで言ってから、カミーユの顔をじっと見つめてきた。
「聖女などの強い力を持つ聖職者の気配を感じとって、恐怖や混乱で暴走することもあるんだって……。考えたらカーネルには大きな神殿も今までなかったし……」
「待って。それってわたしのせいなのか?」
 カミーユは思わず編み物の手を止めた。
「まあ調査中ではあるんだけど、魔物の暴走が始まったの、カミーユが前にここに来たときかららしいから……。とりあえずカミーユ、ギルドが忙しい間に一度魔力測定を受けに行こうか?」
「……」
 王都で測定したらまずいから、とは言われたけれど、その理由も聞いていなかった。カーネル領は王都から離れているので小さな神殿と司祭が一人という状況なのだとか。
 しかも、老司祭はアレクのことを生まれた時から知っている人だから信用できると言っていた。そこまで慎重になる必要があるのか。
 わたしはいままで魔法なんて使えるとは思わなかったし、そんな力はないと思うのに、【祝福】の一件からアレクがとても慎重になっている。
 無意識でやってるから自分では何がどうなってるのかわからないし、それが凄いことかどうかもよくわからないのに。
「……【祝福】というのは魔法なのか?」
「おそらくシーニュでもそうだろうけど、神殿は奇跡の技だとか呼んでいる。けど、光魔法の上位で神聖魔法の一つだよ。使い手は少ないし、権力者が一番欲しがる力だ。君の母方のダルトワ侯爵家は元々魔法が得意な家柄で、度々【祝福】の力をもつ人が現れていたり、聖女を輩出していることを考えても、光魔法の血筋なんだろうと推察できる。だから適性と魔力量を調べる必要があるんだ。ただ、この国は魔法が使える人間は少ないから、神殿に目をつけられてしまう。僕も何度か王族を抜けて聖職者になる気はないかって誘われたことがあるくらいだし。だからこっちで測定しようと思ったんだ」
「その司祭様は信用できるの?」
「うん。亜人は魔力持ちは少ないから、中央への報告しなくてもバレないから。その辺は根回し済み」
 王都で立王太子の儀式のとき、頭の中に聞こえてきた神託を思い出した。
 ……一国の王にも聖者にもなれる、と言っていた。そんなわけがないと思っていたけれど、わたしは自分の魔力も知らない。恐れるにも隠すにも、知らなければどうにもできない。
 どちらにしても確かめる必要はあるだろう。
 そして、もし自分が魔獣達に影響を与える類の魔力持ちだったら、今日の大型魔獣を自分で仕留めたのはやはり正しかったということになる。だってわたしのせいで誰かが怪我するのはいやだし、それなら自分の手で始末をつけないと。
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