塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

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第四部

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 その翌日アレクに連れてこられたカーネル領唯一の神殿関連施設は、一見普通の民家だった。
 中は礼拝施設と司祭の居住空間だけという簡素な造りで、出迎えに現れたのはバルバラよりも高齢な老司祭。カミーユより頭二つくらいは背が高いけれど華奢な印象を受けた。
 元は中央にいたのだけれど、何かと権力争いが起きるのが面倒臭くなって、司祭のなり手がいない地方の神殿を転転としているのだとか。アレクが生まれた頃はまだ王都にいたので顔見知りではあるらしい。
「わたしは司祭のウォーレンです。初めておめにかかります。王太子妃殿下」
 ドレス姿の上にヴェールという出で立ちのカミーユをニコニコ笑いながら見つめてきて、アレクに問いかける。
「……今さら測る必要があるのですかな?」
「僕もそう思うけど、本人に自覚がないからお願いするよ」
 アレクがそう答えると、ウォーレンは穏やかに頷いた。
 礼拝施設の隅にホコリを被った水晶球と銀色の水盤が置かれていた。それをハタキがけしてから表面を拭ってテーブルまで持ってくる。
「まあ、滅多に魔力測定などしないのですよ。亜人は元々身体能力が高かったり持って生まれた能力があったりするので、魔法が使えるほどの魔力持ちはとても少ないし、あってもなくてもいいくらいに思っているのです。それでも神殿としては魔力持ち、とくに治癒や加護などの光属性魔法を使えるものを欲していますから、地道に測定は行っています」 カミーユは興味津々で測定道具を見つめていた。塔にいたころに魔法書を読んで試したことはあっても、一向に成功したことはないので、魔法に関わることはないと思っていた。
「この国では魔力持ちは聖職者になることが多いのですか?」
「そうですね。鼠などの非力な種族はそれが多いです。わたしもなりが大きいだけの鹿の亜人ですし、神殿で食いっぱぐれしなくてすむのならとわずかな魔力持ちを口実に聖職者になったものです」
 ウォーレンはからっとした口調で話しながら水盤に水を張る。
「この測定装置はそちらの殿下に水晶球を破壊されたので、直接水晶球に触れずに測定できるように改良したものです。水盤の水に手を浸して力を抜いてください」
 何かさらっととんでもない事を言われた気がしたカミーユだったが、言われたとおりに力を抜いて水盤の中に手を入れる。
 水盤がふわりと柔らかな光を帯びて、それから水晶球が光を放つ。
「……ああ、なるほど。魔力は多いですが、聖属性魔法にしか適性がないとは……大変珍しい。他の魔法は使えないから今まで自覚がなかったのでしょう」
 老司祭が軽く目を細めてそう呟く。
「大抵の魔力持ちは多かれ少なかれいくつかの適性を持つのです。その中の最大値が得意な魔法になりますが、他の魔法も簡単なものなら使えることが多いのです」
「では、わたしはどう頑張っても殿下みたいに石壁を吹き飛ばしたりはできないのですね」
 カミーユが問いかけると、ウォーレンは軽く目を瞠っていた。
「そうですね。……殿下、またそのようなやんちゃをなさったのですか」
「また?」
 アレクはまだ他にも破壊行為をしていたのだろうか、とカミーユは驚いた。
「魔法を覚えたてのころに勝手に王宮を抜け出して治水工事を手伝っていたことがあるのです。邪魔な岩を破砕したりしていたようで。王宮に問い合わせが来てからバレたんですが、そりゃあもう王妃様から大目玉だったようで。頼まれたわけでもないのに、王族が民の仕事を奪ってどうするのかと」
 アレクとしては早く工事が終わったら楽じゃないかと思ったらしいけれど、工期が早まったら人足たちの日当は減ってしまうのだ。それで一部の人足から不満が上がって、アレクが介入したことが判明した。
 幼いアレクが魔法を使いたくてやったこととはいえ、余計なお世話ととられてしまったらしい。微笑ましいけれど、ちょっと可哀想かもしれない。
「まって、なんで僕の黒歴史がここで出てくるの?」
 アレクが慌てて口を挟んできた。
「そういうのはいいから、カミーユの魔力量はどのくらいなの?」
 これ以上カミーユとウォーレンに話をさせたら自分の過去を暴露されかねないと、話題を変えようとした。
 幼い頃のアレクの話、もう少し聞きたかったのだけど。
 カミーユは残念に思ったけれど、今日は魔力測定が本題なのだからと諦めた。
「殿下には劣りますが、魔法適性を考えれば最上位クラスの魔法使いに該当するでしょう。神殿からすると欲しくて仕方ない人材でしょうが、さすがに未来の王妃に手出しはできません」
「聖属性の魔法は僕にも専門外だから、教本が手に入るかな?」
「こちらの書庫にいくつかありますから、お持ちになりますか。使い手が滅多にいないのでただの置物になっていますから」
 そう言いながらウォーレンが何冊かの分厚い革張りの本を持って来た。
「……聖属性魔法というのは、何ができるのですか?」
「そうですな……主に人を助け、魔や悪しきものを退けるとされています。魔物の浄化や治癒術など。ただし自分の身体にはそれを使えないのが唯一の弱点で。自分を守る力がないので、戦場などに出されて命を落としたという話も聞いたことがあります」
 それを聞いたアレクが小さく吹きだした。
 え? 何? 剣を振るのが好きなわたしに聖属性魔法は似合わないとか? 確かに自分に聖者とか聖女とかは向かない気がする。
 でも人を助けることができるというのなら、それはアレクの役に立つことに繋がるのではないだろうか。
「そして、聖属性魔法の中でも最上位とされるのが【祝福】です。ただ、これの使い手はシーニュ王国の特定の家系にしか確認されていないほど希有なものです」
 カミーユは思わずむせ込んだ。
 ……わたしは子供の頃玩具や離宮の窓に【祝福】をかけていたとバルバラに言われたんだけど……。わざとじゃないし……。
 それからウォーレンから書物の説明を聞いて、カミーユたちは領館に戻ることにした。

 帰り道、馬車の中でアレクが笑っていた理由を問いただすと、
「いやだって、聖魔法使いが自分の身を守れないって……だったらカミーユみたいに剣術使いなら最強じゃないかって思っただけだよ。周りも守って自分も戦えるって凄いじゃないか」
 と答えてくれた。
「……でも笑った……」
 どうして笑われたのか理解できないカミーユはちょっとだけ不満だった。
「ごめん。笑ったのは、バルバラがこれを意図してたんなら凄いなって思ったんだ。バルバラはダルトワ侯爵家のことを知っていたんだよね?」
「バルバラは一体わたしに何を求めていたんだろう……」
 淑女教育に武術一通り、そして学問全般。塔の中で他にすることがなかったとはいえ、暇を感じさせないくらいにあれこれ叩き込まれた。
 それは全てカミーユ自身を助けるための力だった……としたら。
 わたしの母は自分を助ける力を持たなかった。だから、ドミニクに狙われてマルク王の庇護を受けるしかなかった。そんな目に遭わないためだったのだろうか。
 カミーユはそう思いながら膝の上に置いた魔法書に手を触れた。
 ……ああ、わたしがもっと早く魔法を使える自覚があれば、父を守れただろうか。
 この力を得れば、わたしはもう大事な人を失わずに済むだろうか。
 そう思うとカミーユは胸の奥がほのかに熱を帯びているような気がした。
「……カミーユ、一つ聞いていい? 君、冒険者としてシーニュに戻るつもりじゃないよね?」
 外の景色に目を向けたままアレクが不意に問いかけてきた。
 カミーユは思わずその横顔を見つめ返した。
 立太子式の日、神殿で聞いた声の内容は詳しく話していない。けれど、アレクにはカミーユが何かを抱え込んでいるのが伝わったのかもしれない。
「わからないけれど……わたしが戻らなくて済むのが一番良いとは思ってる」
「そう。それなら動くときは僕にちゃんと言ってくれる? 黙って出ていったら泣くからね? 地面に寝転がって大泣きするからね?」
 アレクはカミーユに向き直ってきた。この美貌の青年が駄々っ子のように泣く姿など想像したくないカミーユは頷いた。
「……それは見たくないから、ちゃんと言うよ」
 アレクの鮮やかな緑色の瞳がじっとこちらを見据えてきた。
「それに、カミーユ。ディマンシュの虐殺は亜人の問題でもある。だからダイモスとしては黙っておくわけにはいかないんだ。だから僕を巻き込んではいけないとかいっさい無しだからね? 巻き込んでぶん回してくれて構わないんだからね?」
「……あれ? ディマンシュのことだってわたし、言ってないよね?」
 カミーユがそう問い返すと、アレクが少し目を細めて微笑む。
「カミーユは素直で可愛いなあ」
「あ」
 カマをかけられたのだと気づいて、カミーユは顔が熱くなった。

 あの時の光景をダルトワ侯爵に伝えることはしていない。ただ鉱山の名前とそれをほのめかす言葉をいくつかちりばめた手紙を別れ際に渡しておいた。
 冒険者活動に積極的だったのも、冒険者ならギルド発行の身分証で国境を越えられる。何かあればカミーユ自身が動くことができる。
 ただ、それをアレクに話していいのかは迷いがあった。自分が一番に守りたいのはアレクで、もしアレクが反対するのならそれを押し切ってでも動いていいのかという気持ちがある。

「カミーユはしたいと思ってることをすればいい。それがいけないことだったり、間違っているのなら僕が言うし、手伝えることなら手伝う。そりゃあ立場上好き放題なことはできないよ。僕みたいによかれと思ってやったことが民の日当を減らしちゃったりとかあるし。でも、やらないことで後悔するよりいいんじゃない?」
 アレクはそう言ってから楽しげに微笑む。
「それに、僕は君の夫だし、パーティの仲間だからね」
 ああ、そうだった。一人であれこれ悩まなくていいんだった。わたしは一人ではないのだから。
 カミーユはそう思って、ゆっくりとあの日見せられた光景を打ち明けた。

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