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第四部
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領館に帰るとバルバラがカミーユに告げてきた。
「あの鼠が目を覚ましたのですが……」
「何か問題でも?」
「警戒しているのか人の姿に戻らず逃げ回るので手を焼きました」
最終的にバルバラの威圧で目を回して大人しくなったのだという。今は大人しく食事を摂って、部屋で休んでいるという。
「獣の姿の時は喋れないの? アレクが鳥の時もそうだったね」
アレクがカミーユの問いに頷いた。
「そう。こちらの言ってることは伝わると思うけど、いきなり知らない場所で目を覚ましたら混乱するよね。鼠の亜人は警戒心が強いから。バルバラたちだと怯えてしまうかもしれないし、僕が話してみるよ」
確かに森の中で倒れてから目を覚ますと目の前に最強種の亜人がいる知らない場所というのは、非力な者なら混乱するだろう。
カミーユたちがその鼠の亜人を見つけたのは応接室の椅子の下だった。人が近づく足音に気づいて逃げ込んでいたのだろう。
アレクが歩み寄って穏やかに声をかけた。
「僕の言っていることがわかるかな? 僕たちは森の中で倒れてる君を保護して連れ帰ったんだ。体調はどう? どこも痛くない?」
アレクがさほど膂力のない鳥の民だとわかったのか、椅子の下から出てきた鼠はカミーユとバルバラに目を向けてきた。
「……ああ、そういうことか。カミーユたちはちょっと席を外してくれるかな」
アレクがそう言うのでカミーユは部屋の外に一旦出た。
「どういうこと?」
カミーユとともに部屋を出たバルバラが納得したように頷いた。
「……あの鼠は男の子なんですよ。姿を変えるところを女性に見られたくなかったんでしょう。考えてみたらあれの世話をしていたのは侍女でしたから、それで姿を変えなかったのですね。先祖返りはあまり姿を変えるのを見られたがらないと聞きます」
「アレクはそうでもなかったけど」
カミーユの目の前で鳥の姿になったりしていた。本来はあまり見せないものなのだろうか。
「個人差はあるでしょう。それにカミーユ様は伴侶なのですから見られても構わないとお考えだったのではないかと」
「そういえば、彼の着るものを用意してなかったね」
先祖返りは人の姿から獣の姿に変化できる。けれど、鼠の姿では人間に戻った時の荷物や衣服を持ち歩くことは不可能だろう。
……そうか、彼は侍女たちの前で裸の状態になるのは憚られたから人の姿に戻れなかったんだ。
アレクは人の姿に戻る時は収納魔法に入れた服を出すと同時に変化するのだと言っていた。けれど、そんな器用な魔法が使える人ばかりではないだろう。
「まあ、身体の大きさがわからなければ用意のしようがありませんから」
そんな話をしていると、中からアレクが呼びかけてきた。
「とりあえず僕の服を着せてみた」
アレクがそう言いながら指し示した場所に十五、六歳くらいの痩せた少年が立っていた。
灰色の髪と赤い瞳をして、怯えたような顔でこちらを見ている。細身のアレクの服でさせぶかぶかで袖や裾を折り曲げている。
怖がっている彼にアレクは鳥の姿になってみせたりして、何とか宥めることに成功したらしい。
「彼の名前はノア。どうやらシーニュから来たんだって」
「シーニュから?」
カミーユは驚いて問い返した。背後に隠れようとしている少年に、アレクが穏やかに説明した。
「カミーユもシーニュの人だよ。人族だけど僕の伴侶だ。君のことを話してくれるかな?」
「シーニュの人? もしかして塔の姫?」
「塔の姫って何だい?」
「前の王様の子で、王様が悪い人だったからその罪で塔に閉じこめられてたお姫さまがいるって噂があって。最近そのお姫さまがこの国の王子に嫁いだから……あれ?」
そこまで言ってからノアはアレクをじっと見上げる。
「あれ?」
「ごめん。言ってなかったね。僕はこの国の王太子だよ」
ノアはアレクのことを地方の郷士くらいに思っていたらしい。真っ青になって飛び退くと頭を深々と下げた。
「ごめんなさい。どうか死刑にしないで」
「いや、しないし。っていうか、話してなかったの僕だから、君は悪くないんだよ? いきなりあれこれ話したらそうやってびっくりするだろうからね。だから落ち着いて?」
「だって亜人が王族に逆らったら死刑だって院長先生が……」
カミーユは首を傾げた。
逆らうという程度にもよるけれど、亜人だからといって弁明もさせずに処罰するほどシーニュの法律は乱暴ではないはずだ。けれど、役人が王族の意を借りて傲慢なことをしているのかもしれない。
「院長先生? どちらの方ですか? そんな酷い事を言うなんて」
「孤児院の院長先生。孤児院には亜人の子が多かったんだ。ある程度の年齢になったら外で働かされるんだけど、人族の子は稼ぎを自分の独立資金にできるのに、亜人の子のは孤児院に取り上げられてた。……亜人は一生人族の奴隷になるしかないんだから必要ないと。僕ももうじき十五になるから鉱山に送られるって聞いて、鼠の姿で逃げ出してきたんだ」
アレクが眉を寄せた。ノアの両肩に手を置いて問いかける。
「……どうして望んだわけでもないのに鉱山送りになるの?」
「わかんない。でも、年上の子たちから聞いてたんだ。孤児院にいる亜人は鉱山で働く以外許されないんだって」
カミーユはそれを聞いて怒りを覚えた。
シーニュではダイモスや周辺国からの移民を受け入れていた。亜人も多い。宗教や習慣の違いで揉め事や差別が起きることがあったとしても、孤児院の子供をそんな風に縛るようなことが許されるはずがない。
……それに、鉱山?
その言葉が気になってカミーユはノアを見た。
「……どこの領地の話ですか」
「ルフェーブル領のリボーっていう町。何とか逃げ回りながら偶然見かけた王子殿下の馬車に紛れ込んで……そしたら知らないうちに国境を越えてたんだ」
王弟時代にドミニク三世が賜った領地だ。現在は王の直轄領扱いだろうか。リボーという地名には聞き覚えがないが、大きな鉱山がある豊かな地だと書物で読んだ。
ロラン王子は領地で育ったと言っていた。彼がこの国への留学のために使った馬車でノアはこの国まで連れてこられてしまったらしい。
アレクが困った様子で口元に手をやった。
「あー……そういう事なら鼠の民に問い合わせても該当者いないって言われそうだな……。この国には身内はいないの?」
「よく覚えてないんだけど、なんか祖父ちゃんが元住んでた集落から揉めて追い出されて、シーニュに移り住んだ……みたいな?」
「その祖父ちゃんってどこにいるの?」
「わかんないんだ。気がついたら僕以外の家族がいなくなってて。でも孤児院にはそういう子がいっぱいいたから……」
ああ、まただ。
立太子式のときに見せられた光景が頭をよぎる。
多くの亜人たちが街から連れ出されてどこかへ運ばれていく。そして鉱山で労役をさせられていた。
つまりディマンシュの虐殺で殺されたとされた亜人たちは別の場所で奴隷として働かされていたのだろうとカミーユは察していた。
けれど、連れ去られた中には鉱山で働けない子供や老人、女性もいたはずだ。
アレクの話ではシーニュに移民として渡った亜人は大半が非力な狐や鼠などの種族だったというし。人族とさほど力は変わらないだろう。
子供は親から引き離して孤児院に入れて、人に従順になるように教育してから成長したら鉱山に送っていた。そうやって鉱山の人員を確保していたとしたら。
鉱山では安い賃金で使える奴隷を多く使っている。けれど奴隷が不足すればまた買い受けてこなくてはならない。鉱山に送られた子供も奴隷扱いされている可能性が高い。
民を理由なく奴隷にするのは禁じられている。
すでにロラン王子やダルトワ侯爵もディマンシュの事件に疑念を抱いているからいずれこのこともつきとめられるだろう。カミーユも冒険者という立場を手に入れれば、いくらか自分でも調べられるだろうと思っていた。
……鉱山に送られた人々はわたしが塔にいたよりも長い時間、苦しめられている。
だからこそ、彼らを安全に保護して、事件を明らかにしなくてはならない。
ディマンシュの虐殺の裏にいたのは叔父上だ。わたしの父上がそのような工作をする必要なんてない。あの事件で得をしたのは叔父上しかいないではないか。
叔父上の正義とは……自分に都合の良い張りぼてだったのだろうか。
……叔父上は父上が亜人に差別的だと批判していたはずだ。なのにその所領でそんな亜人への虐待が行われているとは。
「ノア。狐の亜人でクリフという人に聞き覚えはない?」
カミーユが問いかけるとノアがぱっと顔を明るくした。
「クリフ兄ちゃんを知ってるの? 同じ孤児院にいたんだけど、鉱山に行っちゃってからは会ってないよ」
ダルトワ侯爵エルネストから聞かされたロラン王子の従者の名前だ。彼はノアよりも年上だったから、ディマンシュに住んでいたことを覚えていた。
孤児院から鉱山送りになったというのなら、そのクリフもまたその途中で逃亡したのかもしれない。
もしかしたらノアの家族のことを知っているかもしれない。そうでなくても、この国に頼る人がいないノアの味方になってくれるのではないだろうか。
「わたしは面識がないんだけど、居場所は知っているよ」
ロラン王子はこの国の王立大学に留学している。学生寮に入るとは聞いていたから、従者や護衛も一緒だろう。ただ、どうやって接触するか。王子の随員の中にはドミニク三世の息がかかった者もいるかもしれない。
背後に控えていたバルバラがそっと囁いてきた。
「ジョエルに手紙を書きましょう」
ああ、なるほど。バルバラの孫息子はダルトワ侯爵の関係者だ。接触しても疑問には思われないだろう。
「それではノア。クリフに会えるように連絡をするから、それまでに礼儀作法をバルバラから教わってくれる?」
「え? どうして?」
「クリフがいるのは王都の貴族区画だから。お行儀が悪いとつまみ出されるかもしれないんだよ」
アレクがそう口添えしてくれる。ノアはそれを聞いてぶるりと身を震わせた。
「とりあえず、君はうちの執事の身内ってことにしておこうか。彼最近ぎっくり腰が悪化してるから、お手伝いしながらいろいろ勉強すればいいよ」
「いいの……? だって僕会ったばかりの他人なのに」
「でも、僕の奥さんと同じ国の人だから。話相手になってくれると嬉しいな」
アレクがそう言ってカミーユに目を向ける。
「わたしは長いこと外に出られなかったから、祖国のことを知らない。だから、ノアが教えてくれる?」
カミーユの言葉に、ノアは頷いた。
「やっぱり塔のお姫さまなんだ? 鳥の民って伴侶を鎖で繋いででも外に出さないって聞いたけど……だからそんなヴェールを被らされてるの?」
純粋な疑問だと言わんばかりの無垢な瞳を向けられてカミーユは言葉に詰まった。
「鎖……?」
カミーユが戸惑って思わずアレクに目を向けると、彼は慌てた様子で首を横に大きく振る。
「いやいやいやいや。それはさすがに鳥の民に対する偏見だから。僕の母上だって父上を鎖に繋いだりしてないでしょ? それにね、ノア。このヴェールはカミーユを守るためなんだ。カミーユはずっと塔の中にいて人と会うことにまだ不慣れだからね」
「そうなんだ。じゃあ、いつか大丈夫になったらお顔見せてくれる?」
「もちろん」
カミーユは頷いた。
何もかも偽らずに済む日が来たら、このヴェールは必要なくなるだろう。
けれど、その時自分は何者になっているのだろう。
そう思うとカミーユの心の隅に小さく隙間風が吹いているような気がする。
……何者にでもなれると言われたけれど、何者になるかはまだ決まっていない。
「あの鼠が目を覚ましたのですが……」
「何か問題でも?」
「警戒しているのか人の姿に戻らず逃げ回るので手を焼きました」
最終的にバルバラの威圧で目を回して大人しくなったのだという。今は大人しく食事を摂って、部屋で休んでいるという。
「獣の姿の時は喋れないの? アレクが鳥の時もそうだったね」
アレクがカミーユの問いに頷いた。
「そう。こちらの言ってることは伝わると思うけど、いきなり知らない場所で目を覚ましたら混乱するよね。鼠の亜人は警戒心が強いから。バルバラたちだと怯えてしまうかもしれないし、僕が話してみるよ」
確かに森の中で倒れてから目を覚ますと目の前に最強種の亜人がいる知らない場所というのは、非力な者なら混乱するだろう。
カミーユたちがその鼠の亜人を見つけたのは応接室の椅子の下だった。人が近づく足音に気づいて逃げ込んでいたのだろう。
アレクが歩み寄って穏やかに声をかけた。
「僕の言っていることがわかるかな? 僕たちは森の中で倒れてる君を保護して連れ帰ったんだ。体調はどう? どこも痛くない?」
アレクがさほど膂力のない鳥の民だとわかったのか、椅子の下から出てきた鼠はカミーユとバルバラに目を向けてきた。
「……ああ、そういうことか。カミーユたちはちょっと席を外してくれるかな」
アレクがそう言うのでカミーユは部屋の外に一旦出た。
「どういうこと?」
カミーユとともに部屋を出たバルバラが納得したように頷いた。
「……あの鼠は男の子なんですよ。姿を変えるところを女性に見られたくなかったんでしょう。考えてみたらあれの世話をしていたのは侍女でしたから、それで姿を変えなかったのですね。先祖返りはあまり姿を変えるのを見られたがらないと聞きます」
「アレクはそうでもなかったけど」
カミーユの目の前で鳥の姿になったりしていた。本来はあまり見せないものなのだろうか。
「個人差はあるでしょう。それにカミーユ様は伴侶なのですから見られても構わないとお考えだったのではないかと」
「そういえば、彼の着るものを用意してなかったね」
先祖返りは人の姿から獣の姿に変化できる。けれど、鼠の姿では人間に戻った時の荷物や衣服を持ち歩くことは不可能だろう。
……そうか、彼は侍女たちの前で裸の状態になるのは憚られたから人の姿に戻れなかったんだ。
アレクは人の姿に戻る時は収納魔法に入れた服を出すと同時に変化するのだと言っていた。けれど、そんな器用な魔法が使える人ばかりではないだろう。
「まあ、身体の大きさがわからなければ用意のしようがありませんから」
そんな話をしていると、中からアレクが呼びかけてきた。
「とりあえず僕の服を着せてみた」
アレクがそう言いながら指し示した場所に十五、六歳くらいの痩せた少年が立っていた。
灰色の髪と赤い瞳をして、怯えたような顔でこちらを見ている。細身のアレクの服でさせぶかぶかで袖や裾を折り曲げている。
怖がっている彼にアレクは鳥の姿になってみせたりして、何とか宥めることに成功したらしい。
「彼の名前はノア。どうやらシーニュから来たんだって」
「シーニュから?」
カミーユは驚いて問い返した。背後に隠れようとしている少年に、アレクが穏やかに説明した。
「カミーユもシーニュの人だよ。人族だけど僕の伴侶だ。君のことを話してくれるかな?」
「シーニュの人? もしかして塔の姫?」
「塔の姫って何だい?」
「前の王様の子で、王様が悪い人だったからその罪で塔に閉じこめられてたお姫さまがいるって噂があって。最近そのお姫さまがこの国の王子に嫁いだから……あれ?」
そこまで言ってからノアはアレクをじっと見上げる。
「あれ?」
「ごめん。言ってなかったね。僕はこの国の王太子だよ」
ノアはアレクのことを地方の郷士くらいに思っていたらしい。真っ青になって飛び退くと頭を深々と下げた。
「ごめんなさい。どうか死刑にしないで」
「いや、しないし。っていうか、話してなかったの僕だから、君は悪くないんだよ? いきなりあれこれ話したらそうやってびっくりするだろうからね。だから落ち着いて?」
「だって亜人が王族に逆らったら死刑だって院長先生が……」
カミーユは首を傾げた。
逆らうという程度にもよるけれど、亜人だからといって弁明もさせずに処罰するほどシーニュの法律は乱暴ではないはずだ。けれど、役人が王族の意を借りて傲慢なことをしているのかもしれない。
「院長先生? どちらの方ですか? そんな酷い事を言うなんて」
「孤児院の院長先生。孤児院には亜人の子が多かったんだ。ある程度の年齢になったら外で働かされるんだけど、人族の子は稼ぎを自分の独立資金にできるのに、亜人の子のは孤児院に取り上げられてた。……亜人は一生人族の奴隷になるしかないんだから必要ないと。僕ももうじき十五になるから鉱山に送られるって聞いて、鼠の姿で逃げ出してきたんだ」
アレクが眉を寄せた。ノアの両肩に手を置いて問いかける。
「……どうして望んだわけでもないのに鉱山送りになるの?」
「わかんない。でも、年上の子たちから聞いてたんだ。孤児院にいる亜人は鉱山で働く以外許されないんだって」
カミーユはそれを聞いて怒りを覚えた。
シーニュではダイモスや周辺国からの移民を受け入れていた。亜人も多い。宗教や習慣の違いで揉め事や差別が起きることがあったとしても、孤児院の子供をそんな風に縛るようなことが許されるはずがない。
……それに、鉱山?
その言葉が気になってカミーユはノアを見た。
「……どこの領地の話ですか」
「ルフェーブル領のリボーっていう町。何とか逃げ回りながら偶然見かけた王子殿下の馬車に紛れ込んで……そしたら知らないうちに国境を越えてたんだ」
王弟時代にドミニク三世が賜った領地だ。現在は王の直轄領扱いだろうか。リボーという地名には聞き覚えがないが、大きな鉱山がある豊かな地だと書物で読んだ。
ロラン王子は領地で育ったと言っていた。彼がこの国への留学のために使った馬車でノアはこの国まで連れてこられてしまったらしい。
アレクが困った様子で口元に手をやった。
「あー……そういう事なら鼠の民に問い合わせても該当者いないって言われそうだな……。この国には身内はいないの?」
「よく覚えてないんだけど、なんか祖父ちゃんが元住んでた集落から揉めて追い出されて、シーニュに移り住んだ……みたいな?」
「その祖父ちゃんってどこにいるの?」
「わかんないんだ。気がついたら僕以外の家族がいなくなってて。でも孤児院にはそういう子がいっぱいいたから……」
ああ、まただ。
立太子式のときに見せられた光景が頭をよぎる。
多くの亜人たちが街から連れ出されてどこかへ運ばれていく。そして鉱山で労役をさせられていた。
つまりディマンシュの虐殺で殺されたとされた亜人たちは別の場所で奴隷として働かされていたのだろうとカミーユは察していた。
けれど、連れ去られた中には鉱山で働けない子供や老人、女性もいたはずだ。
アレクの話ではシーニュに移民として渡った亜人は大半が非力な狐や鼠などの種族だったというし。人族とさほど力は変わらないだろう。
子供は親から引き離して孤児院に入れて、人に従順になるように教育してから成長したら鉱山に送っていた。そうやって鉱山の人員を確保していたとしたら。
鉱山では安い賃金で使える奴隷を多く使っている。けれど奴隷が不足すればまた買い受けてこなくてはならない。鉱山に送られた子供も奴隷扱いされている可能性が高い。
民を理由なく奴隷にするのは禁じられている。
すでにロラン王子やダルトワ侯爵もディマンシュの事件に疑念を抱いているからいずれこのこともつきとめられるだろう。カミーユも冒険者という立場を手に入れれば、いくらか自分でも調べられるだろうと思っていた。
……鉱山に送られた人々はわたしが塔にいたよりも長い時間、苦しめられている。
だからこそ、彼らを安全に保護して、事件を明らかにしなくてはならない。
ディマンシュの虐殺の裏にいたのは叔父上だ。わたしの父上がそのような工作をする必要なんてない。あの事件で得をしたのは叔父上しかいないではないか。
叔父上の正義とは……自分に都合の良い張りぼてだったのだろうか。
……叔父上は父上が亜人に差別的だと批判していたはずだ。なのにその所領でそんな亜人への虐待が行われているとは。
「ノア。狐の亜人でクリフという人に聞き覚えはない?」
カミーユが問いかけるとノアがぱっと顔を明るくした。
「クリフ兄ちゃんを知ってるの? 同じ孤児院にいたんだけど、鉱山に行っちゃってからは会ってないよ」
ダルトワ侯爵エルネストから聞かされたロラン王子の従者の名前だ。彼はノアよりも年上だったから、ディマンシュに住んでいたことを覚えていた。
孤児院から鉱山送りになったというのなら、そのクリフもまたその途中で逃亡したのかもしれない。
もしかしたらノアの家族のことを知っているかもしれない。そうでなくても、この国に頼る人がいないノアの味方になってくれるのではないだろうか。
「わたしは面識がないんだけど、居場所は知っているよ」
ロラン王子はこの国の王立大学に留学している。学生寮に入るとは聞いていたから、従者や護衛も一緒だろう。ただ、どうやって接触するか。王子の随員の中にはドミニク三世の息がかかった者もいるかもしれない。
背後に控えていたバルバラがそっと囁いてきた。
「ジョエルに手紙を書きましょう」
ああ、なるほど。バルバラの孫息子はダルトワ侯爵の関係者だ。接触しても疑問には思われないだろう。
「それではノア。クリフに会えるように連絡をするから、それまでに礼儀作法をバルバラから教わってくれる?」
「え? どうして?」
「クリフがいるのは王都の貴族区画だから。お行儀が悪いとつまみ出されるかもしれないんだよ」
アレクがそう口添えしてくれる。ノアはそれを聞いてぶるりと身を震わせた。
「とりあえず、君はうちの執事の身内ってことにしておこうか。彼最近ぎっくり腰が悪化してるから、お手伝いしながらいろいろ勉強すればいいよ」
「いいの……? だって僕会ったばかりの他人なのに」
「でも、僕の奥さんと同じ国の人だから。話相手になってくれると嬉しいな」
アレクがそう言ってカミーユに目を向ける。
「わたしは長いこと外に出られなかったから、祖国のことを知らない。だから、ノアが教えてくれる?」
カミーユの言葉に、ノアは頷いた。
「やっぱり塔のお姫さまなんだ? 鳥の民って伴侶を鎖で繋いででも外に出さないって聞いたけど……だからそんなヴェールを被らされてるの?」
純粋な疑問だと言わんばかりの無垢な瞳を向けられてカミーユは言葉に詰まった。
「鎖……?」
カミーユが戸惑って思わずアレクに目を向けると、彼は慌てた様子で首を横に大きく振る。
「いやいやいやいや。それはさすがに鳥の民に対する偏見だから。僕の母上だって父上を鎖に繋いだりしてないでしょ? それにね、ノア。このヴェールはカミーユを守るためなんだ。カミーユはずっと塔の中にいて人と会うことにまだ不慣れだからね」
「そうなんだ。じゃあ、いつか大丈夫になったらお顔見せてくれる?」
「もちろん」
カミーユは頷いた。
何もかも偽らずに済む日が来たら、このヴェールは必要なくなるだろう。
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