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第四部
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新婚旅行休暇という名目ではあっても、必要な公式行事には出なくてはならない。週末に国王夫妻の成婚二十年を祝う夜会があるので、アレクとカミーユも出席することになっていた。
アレクは転送魔法でちゃちゃっと行って戻ればいいとは言っていたけれど、ノアのこともあるし、念のため数日王都に滞在する予定でカミーユはその準備をしていた。
もし、ロラン王子の従者がノアのことを知っていたら、家族のことや身元の情報も得られるかもしれない。最悪身寄りがないならアレクが保護してもいいと言ってくれていた。
別れた家族がどこかで彼のことを気にかけているのなら、家族に引き合わせる方法を探りたいと思った。
……ただ、シーニュ国内のことはわたしは書物でしか知らない。土地鑑もない。だからロラン王子やエルネスト叔父上に頼るしかない。
そこへアレクが現れて、ギルドからカミーユが倒した魔獣の報酬が届けられたと教えてくれた。それでカミーユはふと気づいた。
「あれから魔獣の暴走はどうなったの? やっぱり増えてるの?」
カミーユが問いかけると、アレクはああ、と思い出した様子で頷いた。
「そうだった。報酬と一緒にギルドから報告が来てたんだけど、逆に魔獣が一気に減ったんだって。それで隣の領に出没するようになったらしいよ。だから隣の領のギルドと合同で魔獣の調査と討伐をすることになったんだって。近いうちに依頼が出るだろうって。まあ、夜会から戻ってからだね。あと、ノア。持って来てくれるかい?」
アレクが呼びかけると箱を抱えたノアが入ってきた。パサパサだった灰色の髪を整えて、お仕着せを着ているとだいぶ見違えた印象になっている。
「ウォーレンが頑張ってくれたらしくて、あれから書庫を大捜索して聖魔法に関する書物の追加を届けてくれた」
「ありがとう。ノア。重くなかった?」
カミーユは箱を受け取ると、思ったより重量があったのでそう問いかけた。ノアは黙ったまま顔をまっ赤にして首を横に振る。
「そう。それならよかった」
まだ少し人見知りがあるのかとカミーユが頷くと、ノアは不意に顔を上げて真剣な目を向けてきた。
「あの、妃殿下。ごめんなさい。僕謝ってなかったと思って」
「謝る?」
謝られるようなことがあっただろうかとカミーユは首を傾げた。
「僕、酷い事を言った……いえ、言いました。妃殿下のお父さんが悪い王様だったって。それが本当か嘘か僕は知らないのに、誰かの家族を悪い人って決めつけるのは良くないから……」
もしかして、アレクがノアに何か言ったのだろうか。それとも彼が自分で気づいたのだろうか。
シーニュの人々にとってはカミーユの父は「悪い王」だった。若く力不足の面があったとはいえ、有力貴族たちが政治を我が物にしていて、その権力を取り戻そうと足掻いているうちに、民の暴動が起きてしまったのだろう。
民からすれば王の人柄や立場など関係ない。民を救えるかどうかが王に期待される役割だ。それを成せなかったから、「悪い王」だったのかもしれない。
だからこそ放蕩者だという噂を皆信じてしまったのだ。
「ありがとう。ノア。わたしは父上のことを覚えていないけれど、そう言ってくれると嬉しい」
……父の本当の顔を知っている人はどのくらいいたのだろう。詩歌を好んだごく普通の背年だったとバルバラは言っていた。けれど世間の人たちは女遊びや浪費を繰り返す放蕩者で、政治は臣下任せの怠惰な王だと噂していた。
「覚えてないの?」
ノアはそれを聞いて悲しそうな顔をした。
「父上を亡くしたとき、わたしはまだ五歳だったから」
「……そうなんだ。僕も家族と別れちゃったとき赤ん坊だったから、顔もしらないんだ」
「あれ? だったらノアは家族のことを誰に聞いたの? お祖父さんが鼠の集落から出されたとか……」
もし彼がディマンシュの元住民だったとしたら、十三年以上前だ。しばらくは家族と暮らしていたのだろうか。
「あれ? 誰から聞いたんだろう。……多分、クリフ兄ちゃんだと思う。元々僕と近所に住んでいたみたいな事言ってたから。あの孤児院にいる子供は元々別の街にいたけど、リボーに連れてこられた……みたいな? でも皆子供だったから、詳しいことはわからないって」
ノアは少し考え込んでからそう答えた。孤児院の子供たちが同じ境遇だったのなら、彼らの記憶を重ね合わせれば状況が見えてきたということだろうか。
幼い子供を親と引き離したのは記憶を曖昧にさせるのが目的だろうか。それを繰り返せばいずれディマンシュの虐殺のことを知らず、亜人の孤児たちは鉱山奴隷にされてしまう。
……リボーという町はもしかしたらそのためにあるのかもしれない。
「そうなんだ。だったらわたしとノアは似ているのかもしれないね」
親のことを知らないという点では。
「じゃあ、妃殿下はもう怒ってない? ……ですか?」
「最初から怒ってないよ」
そう答えたらノアはぱっと表情が明るくなった。アレクがその様子を見て微笑んでいた。
「何かすごく気にしてたみたいだから、ちゃんと言えてよかったね、ノア」
ノアは頷いてそれからカミーユに向き直る。
「僕、たくさん勉強して、妃殿下のお役に立ちたいです」
「……え? だけど、シーニュには戻らないの?」
「だって。何にも知らなかったら鉱山奴隷にされるしかなかった。僕は学がないから、知らないことがいっぱいあるから……だから、賢くなってから帰る……帰ります」
ノアは数日この領館で執事の手伝いをしながら仕事を教わっていたらしい。それでいろんな大人たちと話して考えることができたのだろうか。
彼の世界は孤児院とその周りだけで、狭い世界で生きてきたことはカミーユと同じだ。
知らないことがある、足りないことがある、と思いながら自分の生き方を探ってきた気持ちはよくわかる。
「そう。それはいいことだと思う」
カミーユは頷いた。きっとここにはバルバラやアレクの執事、いろんな人たちがいる。ノアを導いてくれる人が見つかれば良い。
もちろんわたしの知っていることなら教えてあげたいけれど、さすがに淑女教育以外のことだけど……何かできるだろうか。
カミーユには弟はいなかった。ノアを見ていると、もし弟がいたらこんな風に面倒を見てあげたいと思うのだろうかと想像してしまった。
アレクは転送魔法でちゃちゃっと行って戻ればいいとは言っていたけれど、ノアのこともあるし、念のため数日王都に滞在する予定でカミーユはその準備をしていた。
もし、ロラン王子の従者がノアのことを知っていたら、家族のことや身元の情報も得られるかもしれない。最悪身寄りがないならアレクが保護してもいいと言ってくれていた。
別れた家族がどこかで彼のことを気にかけているのなら、家族に引き合わせる方法を探りたいと思った。
……ただ、シーニュ国内のことはわたしは書物でしか知らない。土地鑑もない。だからロラン王子やエルネスト叔父上に頼るしかない。
そこへアレクが現れて、ギルドからカミーユが倒した魔獣の報酬が届けられたと教えてくれた。それでカミーユはふと気づいた。
「あれから魔獣の暴走はどうなったの? やっぱり増えてるの?」
カミーユが問いかけると、アレクはああ、と思い出した様子で頷いた。
「そうだった。報酬と一緒にギルドから報告が来てたんだけど、逆に魔獣が一気に減ったんだって。それで隣の領に出没するようになったらしいよ。だから隣の領のギルドと合同で魔獣の調査と討伐をすることになったんだって。近いうちに依頼が出るだろうって。まあ、夜会から戻ってからだね。あと、ノア。持って来てくれるかい?」
アレクが呼びかけると箱を抱えたノアが入ってきた。パサパサだった灰色の髪を整えて、お仕着せを着ているとだいぶ見違えた印象になっている。
「ウォーレンが頑張ってくれたらしくて、あれから書庫を大捜索して聖魔法に関する書物の追加を届けてくれた」
「ありがとう。ノア。重くなかった?」
カミーユは箱を受け取ると、思ったより重量があったのでそう問いかけた。ノアは黙ったまま顔をまっ赤にして首を横に振る。
「そう。それならよかった」
まだ少し人見知りがあるのかとカミーユが頷くと、ノアは不意に顔を上げて真剣な目を向けてきた。
「あの、妃殿下。ごめんなさい。僕謝ってなかったと思って」
「謝る?」
謝られるようなことがあっただろうかとカミーユは首を傾げた。
「僕、酷い事を言った……いえ、言いました。妃殿下のお父さんが悪い王様だったって。それが本当か嘘か僕は知らないのに、誰かの家族を悪い人って決めつけるのは良くないから……」
もしかして、アレクがノアに何か言ったのだろうか。それとも彼が自分で気づいたのだろうか。
シーニュの人々にとってはカミーユの父は「悪い王」だった。若く力不足の面があったとはいえ、有力貴族たちが政治を我が物にしていて、その権力を取り戻そうと足掻いているうちに、民の暴動が起きてしまったのだろう。
民からすれば王の人柄や立場など関係ない。民を救えるかどうかが王に期待される役割だ。それを成せなかったから、「悪い王」だったのかもしれない。
だからこそ放蕩者だという噂を皆信じてしまったのだ。
「ありがとう。ノア。わたしは父上のことを覚えていないけれど、そう言ってくれると嬉しい」
……父の本当の顔を知っている人はどのくらいいたのだろう。詩歌を好んだごく普通の背年だったとバルバラは言っていた。けれど世間の人たちは女遊びや浪費を繰り返す放蕩者で、政治は臣下任せの怠惰な王だと噂していた。
「覚えてないの?」
ノアはそれを聞いて悲しそうな顔をした。
「父上を亡くしたとき、わたしはまだ五歳だったから」
「……そうなんだ。僕も家族と別れちゃったとき赤ん坊だったから、顔もしらないんだ」
「あれ? だったらノアは家族のことを誰に聞いたの? お祖父さんが鼠の集落から出されたとか……」
もし彼がディマンシュの元住民だったとしたら、十三年以上前だ。しばらくは家族と暮らしていたのだろうか。
「あれ? 誰から聞いたんだろう。……多分、クリフ兄ちゃんだと思う。元々僕と近所に住んでいたみたいな事言ってたから。あの孤児院にいる子供は元々別の街にいたけど、リボーに連れてこられた……みたいな? でも皆子供だったから、詳しいことはわからないって」
ノアは少し考え込んでからそう答えた。孤児院の子供たちが同じ境遇だったのなら、彼らの記憶を重ね合わせれば状況が見えてきたということだろうか。
幼い子供を親と引き離したのは記憶を曖昧にさせるのが目的だろうか。それを繰り返せばいずれディマンシュの虐殺のことを知らず、亜人の孤児たちは鉱山奴隷にされてしまう。
……リボーという町はもしかしたらそのためにあるのかもしれない。
「そうなんだ。だったらわたしとノアは似ているのかもしれないね」
親のことを知らないという点では。
「じゃあ、妃殿下はもう怒ってない? ……ですか?」
「最初から怒ってないよ」
そう答えたらノアはぱっと表情が明るくなった。アレクがその様子を見て微笑んでいた。
「何かすごく気にしてたみたいだから、ちゃんと言えてよかったね、ノア」
ノアは頷いてそれからカミーユに向き直る。
「僕、たくさん勉強して、妃殿下のお役に立ちたいです」
「……え? だけど、シーニュには戻らないの?」
「だって。何にも知らなかったら鉱山奴隷にされるしかなかった。僕は学がないから、知らないことがいっぱいあるから……だから、賢くなってから帰る……帰ります」
ノアは数日この領館で執事の手伝いをしながら仕事を教わっていたらしい。それでいろんな大人たちと話して考えることができたのだろうか。
彼の世界は孤児院とその周りだけで、狭い世界で生きてきたことはカミーユと同じだ。
知らないことがある、足りないことがある、と思いながら自分の生き方を探ってきた気持ちはよくわかる。
「そう。それはいいことだと思う」
カミーユは頷いた。きっとここにはバルバラやアレクの執事、いろんな人たちがいる。ノアを導いてくれる人が見つかれば良い。
もちろんわたしの知っていることなら教えてあげたいけれど、さすがに淑女教育以外のことだけど……何かできるだろうか。
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