塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

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第四部

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 アレクたちと行き違いにバルバラが手紙を持って来た。
「ジョエルからです。字はあれの書いたものですが、文章はロラン殿下のものだと思われます」
 どうしてそれが孫息子ではないとわかるのか……と思いながらカミーユがその手紙を開くと、武骨な文字なのに装飾過多な古めかしい美辞麗句が並べ立てられていた。
 一応書いてあることは祖母への感謝と憧れみたいな内容だった。
 バルバラを知る人ならこういう文章を書いたりはしない。それにジョエルはこうした気障な文章とは印象がそぐわない。なるほど。そういうことか。
 ……言葉の選び方や前後が少し不自然な気がする。もしかして……。
「全ての単語の頭文字を繋げると文章になります。ダルトワ侯爵家では良く使われる暗号文です」
「ああ、やっぱり?」
 繋げると『お会いしたい。鼠も一緒に。手筈は後ほど。双頭の獅子より』……だろうか。
 バルバラは同じ暗号を使って、王子の従者と知り合いだという鼠の亜人を保護したことを伝えたらしい。その返事がこれならば、ノアのことは無事にロラン王子に伝えられたのだろう。
 双頭の獅子というのは何なのかわからないけれど。
 ジョエルの出す手紙にさえこんな手の込んだ方法を取るなら、やはりロラン王子の周囲にはドミニク三世に命じられた監視者がいるのだろうか。それとも本人が疑心暗鬼になっているのか。
 ノアの家族のことがわかればと思ってロラン王子に接触したものの、ノアはすっかりこの国で働いて知識をつけたいと決意したようだった。
 だけど、同じ国の中に旧知の相手がいるのだから、せっかくだから会わせてあげたい。
 それに、ディマンシュの虐殺によって生活を壊された人々がいることを知って、何か手助けできないかと思っている。
 ロラン王子とわたしの思惑は違うかもしれない。けれど、それならそれで確かめればいい。わたしに政治を変えられるほどの力があるとは思えないけれど、助けられるのなら自分の地位を利用してでも助けたい。
「バルバラ。ほんとうにわたしは祖国には関わらないつもりだったんだ。でも、ノアの話やロラン王子の境遇を聞いて、このままでいいのかと思ってしまった。叔父上は本当に正しい本物の王なのか、それとも簒奪者なのか」
 ドミニク三世が民の苦難を憂えて挙兵した、という美談通りの人物ならいい。
 けれど、カミーユにはその裏にある気持ち悪さがどうしても拭いきれない。
「わたしは自分こそ正しいなんて言い張ることはできない。それでも、このまま叔父上が王であっても、民は幸せになれるんだろうか。少なくてもノアのような非力な亜人はそうではなかった」
 ドミニク三世の治世の元で民が幸せなら、父が悪者にされても自分が幽囚のまま一生を終えても構わないと思っていた。だから、自分はこの先ダイモスのために生きるつもりだった。
 なのに、ディマンシュの虐殺の裏で起きていた亜人への仕打ちがカミーユの心を揺さぶっていた。もしかしたら、鉱山だけではなく、亜人を搾取するようなことが起きているかもしれない。
 シーニュの貴族たちの中には亜人たちを虐げるのが当然のような者がいる。ディマンシュの街の領主は穏健派だったから、亜人たちが集まって暮らしていたというのに。
「父が犠牲になっても、民が幸せでないのなら……わたしはどうすればいいのだろう」
「カミーユ様がなさりたいようにすればいいのです。おそらく王太子殿下もそうおっしゃるでしょう。今のあなた様に何の枷がありましょうか」
「枷……?」
「あなた様はマルク王陛下のただ一人の遺児で、正統な王位継承者の資格を持つ王子です。それと同時にこの国の王太子の伴侶としていずれは王配として立つお立場でもあるのです。すでにドミニク三世が安易に手出しできないだけの力を与えられているのです」
 今のカミーユは幽囚ではない。ヴェールで顔を隠して、性別を偽っているのはカミーユが祖国と揉めることを避けたかったからだ。実際性別を明かしたところでほとんど問題はない。
 この国では同性婚も認められているし、アレクの後継にはグラントリーがいる。なにより亜人は伴侶に対する考え方が人族とは違う。鳥の亜人の伴侶を引き離すことは認められないのだ。
 ……けれど、わたしが王女でないことで怒るのは叔父上だろう。
 ドミニク三世がカミーユに固執しているのは【祝福】の力と王家の瞳色を持つ王女だと思っているからだ。しかも先代国王の王子が存命であれば、彼の立場も揺らぐ可能性がある。シーニュ国内の貴族たちも一枚岩ではないはずだから。
 ……これが私の唯一の手札だ。これを切る機を見誤ることがなければ、誰かを救えるかもしれない。
「……わたしはディマンシュの虐殺の真実を明らかにしたい」
 そうしなければ、今もシーニュで虐待されている亜人たちを自由にできない。彼らは勝手に鉱山で奴隷として酷使されている。それを止めなければ。
 ロラン王子たちがそれを狙っているのは知っている。
 彼は父親への反発からか、お気に入りの従者の出自を知ってからか、ディマンシュの虐殺の事実を告発しようとしていた。それがドミニク三世に知られそうになってこの国に留学してきた。
 ダルトワ侯爵もカミーユの母を騙して、さらにはカミーユを自分たちから奪ったとドミニク三世に反発していて、彼の功績を再調査している。
 けれど。
「あれが作られた悲劇だったと告発すれば、ドミニク三世の正当性が揺らぐ。それによって何が起きるかが不安なんだ。王は正しくなければ国が揺らぐだろう」
 側室の子ではあっても王家の瞳を持ち、民のために暴動に加わった正義の国王。
 それが間違いだったとしたら、どうなるのか。また国が荒れるのか。
「カミーユ様はドミニク三世が今後も王であり続けるのは構わないのですか」
「……わたしはそんなことを言える立場ではないだろう。わたしはすでにこの国に嫁いだ身だ」
 将来ロラン王子かその弟が王位に就けば、素直に協力は惜しまないだろう。
 けれど、ドミニク三世が苦境に陥ったとしても、カミーユは手を差し伸べることができるだろうか。
 ディマンシュの虐殺の真実を明かして、祖国をかきまわすつもりなのに、後のことは彼らに任せるなど、無責任だろうか。
 それでも、亜人たちを労役から救い出したい。それが今のカミーユの望みだった。
 おそらく立太子式で見せられた光景は、カミーユが漠然と感じていたのに封をしてきた不安を突きつけてきただけだ。この憂いをどうするのかと。
 確かにあの光景を見せられた後で、自分には無関係だと逃げることはカミーユには考えられなかった。
「できることはその都度考えよう。わたしはできることをするだけだ」
 カミーユがそう心を決めると、バルバラは黙って一礼した。
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