塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

文字の大きさ
54 / 80
第四部

6

しおりを挟む
 アレクたちと行き違いにバルバラが手紙を持って来た。
「ジョエルからです。字はあれの書いたものですが、文章はロラン殿下のものだと思われます」
 どうしてそれが孫息子ではないとわかるのか……と思いながらカミーユがその手紙を開くと、武骨な文字なのに装飾過多な古めかしい美辞麗句が並べ立てられていた。
 一応書いてあることは祖母への感謝と憧れみたいな内容だった。
 バルバラを知る人ならこういう文章を書いたりはしない。それにジョエルはこうした気障な文章とは印象がそぐわない。なるほど。そういうことか。
 ……言葉の選び方や前後が少し不自然な気がする。もしかして……。
「全ての単語の頭文字を繋げると文章になります。ダルトワ侯爵家では良く使われる暗号文です」
「ああ、やっぱり?」
 繋げると『お会いしたい。鼠も一緒に。手筈は後ほど。双頭の獅子より』……だろうか。
 バルバラは同じ暗号を使って、王子の従者と知り合いだという鼠の亜人を保護したことを伝えたらしい。その返事がこれならば、ノアのことは無事にロラン王子に伝えられたのだろう。
 双頭の獅子というのは何なのかわからないけれど。
 ジョエルの出す手紙にさえこんな手の込んだ方法を取るなら、やはりロラン王子の周囲にはドミニク三世に命じられた監視者がいるのだろうか。それとも本人が疑心暗鬼になっているのか。
 ノアの家族のことがわかればと思ってロラン王子に接触したものの、ノアはすっかりこの国で働いて知識をつけたいと決意したようだった。
 だけど、同じ国の中に旧知の相手がいるのだから、せっかくだから会わせてあげたい。
 それに、ディマンシュの虐殺によって生活を壊された人々がいることを知って、何か手助けできないかと思っている。
 ロラン王子とわたしの思惑は違うかもしれない。けれど、それならそれで確かめればいい。わたしに政治を変えられるほどの力があるとは思えないけれど、助けられるのなら自分の地位を利用してでも助けたい。
「バルバラ。ほんとうにわたしは祖国には関わらないつもりだったんだ。でも、ノアの話やロラン王子の境遇を聞いて、このままでいいのかと思ってしまった。叔父上は本当に正しい本物の王なのか、それとも簒奪者なのか」
 ドミニク三世が民の苦難を憂えて挙兵した、という美談通りの人物ならいい。
 けれど、カミーユにはその裏にある気持ち悪さがどうしても拭いきれない。
「わたしは自分こそ正しいなんて言い張ることはできない。それでも、このまま叔父上が王であっても、民は幸せになれるんだろうか。少なくてもノアのような非力な亜人はそうではなかった」
 ドミニク三世の治世の元で民が幸せなら、父が悪者にされても自分が幽囚のまま一生を終えても構わないと思っていた。だから、自分はこの先ダイモスのために生きるつもりだった。
 なのに、ディマンシュの虐殺の裏で起きていた亜人への仕打ちがカミーユの心を揺さぶっていた。もしかしたら、鉱山だけではなく、亜人を搾取するようなことが起きているかもしれない。
 シーニュの貴族たちの中には亜人たちを虐げるのが当然のような者がいる。ディマンシュの街の領主は穏健派だったから、亜人たちが集まって暮らしていたというのに。
「父が犠牲になっても、民が幸せでないのなら……わたしはどうすればいいのだろう」
「カミーユ様がなさりたいようにすればいいのです。おそらく王太子殿下もそうおっしゃるでしょう。今のあなた様に何の枷がありましょうか」
「枷……?」
「あなた様はマルク王陛下のただ一人の遺児で、正統な王位継承者の資格を持つ王子です。それと同時にこの国の王太子の伴侶としていずれは王配として立つお立場でもあるのです。すでにドミニク三世が安易に手出しできないだけの力を与えられているのです」
 今のカミーユは幽囚ではない。ヴェールで顔を隠して、性別を偽っているのはカミーユが祖国と揉めることを避けたかったからだ。実際性別を明かしたところでほとんど問題はない。
 この国では同性婚も認められているし、アレクの後継にはグラントリーがいる。なにより亜人は伴侶に対する考え方が人族とは違う。鳥の亜人の伴侶を引き離すことは認められないのだ。
 ……けれど、わたしが王女でないことで怒るのは叔父上だろう。
 ドミニク三世がカミーユに固執しているのは【祝福】の力と王家の瞳色を持つ王女だと思っているからだ。しかも先代国王の王子が存命であれば、彼の立場も揺らぐ可能性がある。シーニュ国内の貴族たちも一枚岩ではないはずだから。
 ……これが私の唯一の手札だ。これを切る機を見誤ることがなければ、誰かを救えるかもしれない。
「……わたしはディマンシュの虐殺の真実を明らかにしたい」
 そうしなければ、今もシーニュで虐待されている亜人たちを自由にできない。彼らは勝手に鉱山で奴隷として酷使されている。それを止めなければ。
 ロラン王子たちがそれを狙っているのは知っている。
 彼は父親への反発からか、お気に入りの従者の出自を知ってからか、ディマンシュの虐殺の事実を告発しようとしていた。それがドミニク三世に知られそうになってこの国に留学してきた。
 ダルトワ侯爵もカミーユの母を騙して、さらにはカミーユを自分たちから奪ったとドミニク三世に反発していて、彼の功績を再調査している。
 けれど。
「あれが作られた悲劇だったと告発すれば、ドミニク三世の正当性が揺らぐ。それによって何が起きるかが不安なんだ。王は正しくなければ国が揺らぐだろう」
 側室の子ではあっても王家の瞳を持ち、民のために暴動に加わった正義の国王。
 それが間違いだったとしたら、どうなるのか。また国が荒れるのか。
「カミーユ様はドミニク三世が今後も王であり続けるのは構わないのですか」
「……わたしはそんなことを言える立場ではないだろう。わたしはすでにこの国に嫁いだ身だ」
 将来ロラン王子かその弟が王位に就けば、素直に協力は惜しまないだろう。
 けれど、ドミニク三世が苦境に陥ったとしても、カミーユは手を差し伸べることができるだろうか。
 ディマンシュの虐殺の真実を明かして、祖国をかきまわすつもりなのに、後のことは彼らに任せるなど、無責任だろうか。
 それでも、亜人たちを労役から救い出したい。それが今のカミーユの望みだった。
 おそらく立太子式で見せられた光景は、カミーユが漠然と感じていたのに封をしてきた不安を突きつけてきただけだ。この憂いをどうするのかと。
 確かにあの光景を見せられた後で、自分には無関係だと逃げることはカミーユには考えられなかった。
「できることはその都度考えよう。わたしはできることをするだけだ」
 カミーユがそう心を決めると、バルバラは黙って一礼した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

【BLーR18】箱入り王子(プリンス)は俺サマ情報屋(実は上級貴族)に心奪われる

奏音 美都
BL
<あらすじ>  エレンザードの正統な王位継承者である王子、ジュリアンは、城の情報屋であるリアムと秘密の恋人関係にあった。城内でしか逢瀬できないジュリアンは、最近顔を見せないリアムを寂しく思っていた。  そんなある日、幼馴染であり、執事のエリックからリアムが治安の悪いザード地区の居酒屋で働いているらしいと聞き、いても立ってもいられず、夜中城を抜け出してリアムに会いに行くが……  俺様意地悪ちょいS情報屋攻め×可愛い健気流され王子受け

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

​転生したら最強辺境伯に拾われました

マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。 ​死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。

処理中です...