塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

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第四部

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 カミーユがそこに戻るのは十三年ぶりだった。
 石造りの城砦に囲まれた王都が眼前に近づいてきたのを馬車の窓から見ながらも、まるで見知らぬ街のような感覚しかない。
 五歳まではシーニュ王国の王都ルネで生まれ育ったはずだ。けれど、王宮の隅にある古い離宮からほとんど出ない生活だった。だからこの王都のことは何一つ知らない。
「懐かしい?」
 アレクに問われてカミーユは首を横に振った。
「……懐かしさはないかな」
 故郷とは思えない。欠片もそんな情が湧いてこないことにカミーユは少し安心した。
 それに父や兄たちが処刑された時のことを思い出してしまうのではないかと思っていたけれど、明るい日差しに照らされた街はあの時とはまったく違う顔をしているように見えた。
 あの日の天気は覚えていないけれど、人々の怒号と憎悪が満ちていた。何もかも重苦しく暗かったような気がする。
「むしろあの塔の方がよほど親しみがあるかもしれない」
 カミーユが冗談めかしてそう答えると、アレクが眉を下げてちょっと困った顔になった。
「あー……ごめんね。きっと僕が大穴開けちゃったから……カミーユの故郷がなくなってしまって」
「いや、べつにあの塔は故郷じゃないから……」
 シーニュ王国の建国一五〇年記念式典への参加のためアレクとカミーユは王都に向かっていた。護衛を連れての馬車旅だったが、その途中かつてカミーユが幽閉されていた国境警備の砦を通過した。十三年間暮らしていた石の塔は取り壊されてしまっていた。
 アレクが魔法で壁に穴を開けてしまったし、元々古い塔だから修繕するよりは壊してしまったほうが早かったのかもしれない。
「きっとわたしには故郷なんてものはないんだと思う。いろんな人とまともに会話するようになったのもカーネル領に行ってからだし」
 それまでの生活はバルバラから淡々と剣術や作法を叩き込まれるだけで、それ以外のことは何も知らない。だから、自分が普通の人生を始めたのはあの塔からアレクが連れ出してくれたからだ。
「じゃあとりあえずカーネルが故郷でいいじゃない? 僕が王太子でいる間はあそこは僕の領地だし」
「そうだね。塔が故郷よりはいいと思う」
 生まれた場所が故郷とは限らないだろう。これからカミーユが向かう先はむしろ敵地なのだから。

 カミーユが性別を明かしたことで、シーニュ側からの接触がぴたりと止まっていた。
「……すんなり王都に入れてくれるかなあ」
 アレクがそう言いながら近づいてきた大きな門に目を向けた。すでに国境を越えた時点で先触れは行っているはずだ。
 屈強な亜人の護衛をつけた馬車は目立つだろうから動向は知られているはずだ。
「遡って処刑されたりはさすがにしないと思うんだけど……」
「たとえカミーユが王子だとしても、僕との婚姻で幽閉の処罰は免じられているから、今さら捕らえる名目はない。しかも父上が狡猾にも当時の書類に『王女』という記載じゃなく『先代国王の子』としか書いていなかったから、文句の言いようがないんだよ。やっぱりうっすら可能性に気づいてたのかもしれない」
「……もしあるとしたら、この国では同性婚が認められていない。だから結婚は無効だとか言ってくるとか?」
「それ言われたら僕は怒るからね? 王宮に穴開けるくらいには怒るからね?」
「……」
 カミーユが目で問いかけるように隣に座っていたバルバラを見ると、彼女は諦めろと言わんばかりに黙って首を横に振った。
 鳥の民は伴侶に執着する。だからと言って他国の王宮に穴を開けるのはどうなのかと思ったのだけれど、バルバラも何も言えないのか。
 アレクの隣に座っていたノアがニコニコしながら無邪気に言う。
「王宮に穴を開けるなんてすごいですね、殿下」
「ノア……それは……」
「いいんだよ。僕は褒められたら伸びるんだから」
 ノアは孤児院で苦労して育ったはずなのだけれど、性根は歪んでいないらしく、教わったことは素直に吸収している。アレクのことも彼と同じ非力な亜人なのに魔法で熊の亜人を黙らせたと聞いてとても尊敬しているらしい。
 ……いや、あんまり褒めちゃだめなんじゃ……。建物に穴を開けるほどの魔法が元々使えるのに、わたしの【祝福】のせいで倍増しになってるんだから、下手すると王宮を粉みじんにしてしまう。
 カミーユは心配になったけれど、とりあえずシーニュ側の出方次第だからとそれ以上は言わなかった。

 門は素直に通過できたけれど、そこで問題が発生した。王宮からの迎えとダルトワ侯爵家の迎えが揉めていた。
 どうやら王宮側は事前にダルトワ侯爵家に滞在すると連絡していたにもかかわらずカミーユたち一行を王宮に連れて行こうとしているらしい。
 がっしりした体格の騎士が馬から下りるとカミーユたちの馬車に歩み寄ってきた。近衛騎士団の者だと名乗ると、
「国王陛下はぜひともご一行には王宮でお過ごしいただきたいとのことでございます。我々がご案内いたしますので」
 と有無を言わせない目でこちらに問いかけてきた。
 そこへのんびりとした声が割って入る。
「おやおや。近衛騎士ごときが殿下のご意向を曲げようとはなかなかだねえ。国王陛下からのご命令なのかな?」
 ダルトワ侯爵エルネストが杖をぴしりとその男に向けて問いかけていた。男は顔を強ばらせた。
「い……いや……」
「違うよねえ? 誰のご命令かな? すでに国王陛下には当家で王太子殿下と王太子配殿下をおもてなしするって連絡済みだよ。ダイモスの国王陛下からも同じ書状が届いているはずだ。わかったら飼い主のところに戻りなさい」
 カミーユは騎士たちが揃ってエルネストに怪物を見るような目を向けているのに気づいて、一体何があったのだろうと不安になった。
 やがて騎士たちは黙って馬車に道を空けた。それを見たエルネストはにこりと笑う。
「ようこそ。両殿下をダルトワ侯爵家は歓迎いたします」
「出迎えに感謝します。あれは大丈夫なのですか」
 アレクが問いかけると、エルネストは頷いた。
「まあ、うちの家門に魔法で勝てる相手はいませんからね。ご案内しますよ」
 そう言って待たせていた護衛たちに声をかけて自分も馬に跨がった。

 ダルトワ侯爵家とその一門は魔法に秀でた家系が多い上に研究者も多く、おそらくシーニュでも最先端の研究成果を上げてきた。その秘密を守るために抱えている領兵や騎士の能力も高い。
 それゆえに武術大会などで無双しているという。先ほどの騎士たちもボコボコにされたことがあるのだろう……とバルバラがこっそり説明してくれた。
 先々代のダルトワ領の騎士団長はバルバラが一目ぼれしたという夫だったらしいし、バルバラもいたのならとんでもない強さだったのだろう。
 ドミニク三世に逆らっていても手出しされなかったのはそういう軍事力を持っていたからなのかもしれない。
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