61 / 80
第四部
13
しおりを挟む
侯爵家の王都邸は貴族街の外れにある。王宮なみの敷地面積を有しているという。
手入れのされた庭と豪奢な建物。それを見てアレクが首を傾げる。
「ダルトワ侯爵家って元々が王家の分家だったって聞いたけど、それにしたって凄い家だね」
「初代当主は第五王子であまりに欲がないためにさっさと臣下に下ったのだそうで。ただ、人望だけはあったので一門の者たちが盛り立ててきたのでしょう」
バルバラがそう説明した。基本的に代々の当主は学問や魔法研究に熱心で、その研究成果で資金を得ていた。権力争いには関わらず、堅実に領地と領民を守ってきた。
なので目立たないけれど資金力や軍事力は国内貴族の中でも一二を争う実力があった。
「外から見たらそうは見えないので侮られることも多いのですが」
「つまり甘く見て喧嘩売ってから痛い目を見るって感じ?」
ドミニク三世ももしかしたらそうだったのかもしれない。侯爵家の中でも存在感の薄い光魔法が得意なだけの一門だと思って、甘く見ていたのだろう。
エルネストに案内されたのはかつてカミーユの母シモーヌが使っていた部屋だという。ただ、調度品は落ち着いた色合いで女性の部屋にしては飾りが少なかった。カミーユのために改装したのだと得意げに説明してくれた。
「家具は入れ替えて二人で不自由なく使えるようにしておいたから。君が使うのならシモーヌ姉上も喜ぶだろうからね」
エルネストは上機嫌で窓の外の景色を示した。
確かに庭が一望できる。そしてそのさらに向こうには王都の街並みが見える。
……わたしの母はこんな景色を見て育ったのだろうか。
「……素敵な景色ですね」
思わずそう呟くと、エルネストは満足げに頷いた。
カミーユは今回の旅ではヴェールも何もつけていない。服装も男性のもので、髪はひとくくりにしているだけ。それなのにエルネストはカミーユの顔を見ても何の変化もなかった。
「叔父上はわたしの素顔をご存じだったのですか?」
「いや、マルク王陛下経由で聞いただけだよ。ただ、亜人が匂いで人を判別するように、魔法使いは魔力で人を判別するんだ。だから、顔を隠されてもカミーユが何者なのかはわかるんだよ。性別がどちらでもシモーヌ姉上の子だということには変わりないし」
エルネストはあっさりとそう答えた。
「ただ、そう考える人ばかりじゃない。カミーユが王子だと知らされてから王宮は大騒ぎだよ。何しろマルク王を死に追いやった連中が王宮には揃っている。ダイモスの威を借りて父親の仇討ちに来るんじゃないかとか、王位を主張してくるのでは、と疑っている。だからちょっと火に油を注いでおいた。カミーユ王子は王家の瞳を持つ正統な王位継承者だと。そもそもドミニクが挙兵するときにやった手段だからね」
「……叔父上……」
シーニュ王宮が突然現れた先代国王の遺児に混乱するのは予想していた。けれど、それをさらにエルネストは煽り立てていた。
……式典の前に謁見を申し込んでいるけど、何か大変なことになりそうだ。
「とりあえず、謁見の日程が決まるまではゆっくりしていくといい。頼まれたものは用意しておいたし、この家に手出しできるような魔法使いも軍人もいないからね。あ。そうだった。姉上の肖像画や遺品を集めたコレクション室があるんだけど、案内しようか」
楽しそうなエルネストに断り切ることができず、カミーユたちはまるで博物館のように遺品を飾った部屋で延々と一品ずつ解説を受ける羽目になったのだった。
式典が三日後に迫っていることから、王都には国内外から多くの人々がつめかけているという。すでにあちこちに露店ができていたり、旅芸人がやってきていたりと賑やかなのだそうだ。
そんな中、カミーユとアレクは冒険者の服装に着替えてダルトワ侯爵邸を後にした。
王都を出て王領となっているルフェーブルに向かうためだ。
ダイモスから王都に向かって通った道を逆走することになるのだが、来る途中でルフェーブル領に一番近い森の中にアレクが転送魔法の術式を施していたので、ほぼ一瞬でルフェーブル近郊にたどり着いた。
王宮での謁見が式典前日と決まったのでそれまでには戻る予定だ。
ルフェーブル冒険者ギルドの近くに取った宿に腰を据えると二人は今後の予定について話し合った。
「リボーという地名は地図ではわからなかったけど、鉱山との距離を考えたらルフェーブル領の東部にあると考えていい。近くまで行ったら僕が鳥になって空から偵察してくる」
アレクはそう言ってから地図の半分近くの空白を指差した。
ルフェーブル領内で流通している地図を立ち寄ったギルドで手に入れたのだが、空白が多く、冒険者も鉱山地区には自由に出入りできないのだそうだ。領主だったドミニク三世が国王になってからは、腹心の代官が管理していて、周辺には監視の兵もいるらしい。
「多分魔法障壁もあるだろうけど、空には何もないはずだからね。カミーユはギルドで依頼を受けながら情報収集をしてほしいんだけど、揉め事には巻き込まれないでね」
「わかった」
カミーユの髪色も瞳の色も目立たないように変えてある。軽い認識阻害がかかる魔法具の耳飾りもつけているので、ごく平凡な外見にしか思われないはずだ。
「……心配だなあ……。イキった冒険者が喧嘩売ってくるかもしれないけど、買っちゃだめだよ?」
「わかっている。わたしはまだ新米冒険者だからね、控えめにしているよ」
カミーユがそう答えると、アレクは大げさに溜め息をついた。
塔から出てから人と接することにも慣れてきたし、もう幼子ではないのだから言われたことくらいちゃんと守れるのに。
カミーユはちょっと不満だった。
窓から飛び立ったアレクを見送ってから、カミーユは「控えめに」とつぶやきながら依頼をこなすために出発した。
けれどそのアレクの危惧は現実になってしまうのだった。
手入れのされた庭と豪奢な建物。それを見てアレクが首を傾げる。
「ダルトワ侯爵家って元々が王家の分家だったって聞いたけど、それにしたって凄い家だね」
「初代当主は第五王子であまりに欲がないためにさっさと臣下に下ったのだそうで。ただ、人望だけはあったので一門の者たちが盛り立ててきたのでしょう」
バルバラがそう説明した。基本的に代々の当主は学問や魔法研究に熱心で、その研究成果で資金を得ていた。権力争いには関わらず、堅実に領地と領民を守ってきた。
なので目立たないけれど資金力や軍事力は国内貴族の中でも一二を争う実力があった。
「外から見たらそうは見えないので侮られることも多いのですが」
「つまり甘く見て喧嘩売ってから痛い目を見るって感じ?」
ドミニク三世ももしかしたらそうだったのかもしれない。侯爵家の中でも存在感の薄い光魔法が得意なだけの一門だと思って、甘く見ていたのだろう。
エルネストに案内されたのはかつてカミーユの母シモーヌが使っていた部屋だという。ただ、調度品は落ち着いた色合いで女性の部屋にしては飾りが少なかった。カミーユのために改装したのだと得意げに説明してくれた。
「家具は入れ替えて二人で不自由なく使えるようにしておいたから。君が使うのならシモーヌ姉上も喜ぶだろうからね」
エルネストは上機嫌で窓の外の景色を示した。
確かに庭が一望できる。そしてそのさらに向こうには王都の街並みが見える。
……わたしの母はこんな景色を見て育ったのだろうか。
「……素敵な景色ですね」
思わずそう呟くと、エルネストは満足げに頷いた。
カミーユは今回の旅ではヴェールも何もつけていない。服装も男性のもので、髪はひとくくりにしているだけ。それなのにエルネストはカミーユの顔を見ても何の変化もなかった。
「叔父上はわたしの素顔をご存じだったのですか?」
「いや、マルク王陛下経由で聞いただけだよ。ただ、亜人が匂いで人を判別するように、魔法使いは魔力で人を判別するんだ。だから、顔を隠されてもカミーユが何者なのかはわかるんだよ。性別がどちらでもシモーヌ姉上の子だということには変わりないし」
エルネストはあっさりとそう答えた。
「ただ、そう考える人ばかりじゃない。カミーユが王子だと知らされてから王宮は大騒ぎだよ。何しろマルク王を死に追いやった連中が王宮には揃っている。ダイモスの威を借りて父親の仇討ちに来るんじゃないかとか、王位を主張してくるのでは、と疑っている。だからちょっと火に油を注いでおいた。カミーユ王子は王家の瞳を持つ正統な王位継承者だと。そもそもドミニクが挙兵するときにやった手段だからね」
「……叔父上……」
シーニュ王宮が突然現れた先代国王の遺児に混乱するのは予想していた。けれど、それをさらにエルネストは煽り立てていた。
……式典の前に謁見を申し込んでいるけど、何か大変なことになりそうだ。
「とりあえず、謁見の日程が決まるまではゆっくりしていくといい。頼まれたものは用意しておいたし、この家に手出しできるような魔法使いも軍人もいないからね。あ。そうだった。姉上の肖像画や遺品を集めたコレクション室があるんだけど、案内しようか」
楽しそうなエルネストに断り切ることができず、カミーユたちはまるで博物館のように遺品を飾った部屋で延々と一品ずつ解説を受ける羽目になったのだった。
式典が三日後に迫っていることから、王都には国内外から多くの人々がつめかけているという。すでにあちこちに露店ができていたり、旅芸人がやってきていたりと賑やかなのだそうだ。
そんな中、カミーユとアレクは冒険者の服装に着替えてダルトワ侯爵邸を後にした。
王都を出て王領となっているルフェーブルに向かうためだ。
ダイモスから王都に向かって通った道を逆走することになるのだが、来る途中でルフェーブル領に一番近い森の中にアレクが転送魔法の術式を施していたので、ほぼ一瞬でルフェーブル近郊にたどり着いた。
王宮での謁見が式典前日と決まったのでそれまでには戻る予定だ。
ルフェーブル冒険者ギルドの近くに取った宿に腰を据えると二人は今後の予定について話し合った。
「リボーという地名は地図ではわからなかったけど、鉱山との距離を考えたらルフェーブル領の東部にあると考えていい。近くまで行ったら僕が鳥になって空から偵察してくる」
アレクはそう言ってから地図の半分近くの空白を指差した。
ルフェーブル領内で流通している地図を立ち寄ったギルドで手に入れたのだが、空白が多く、冒険者も鉱山地区には自由に出入りできないのだそうだ。領主だったドミニク三世が国王になってからは、腹心の代官が管理していて、周辺には監視の兵もいるらしい。
「多分魔法障壁もあるだろうけど、空には何もないはずだからね。カミーユはギルドで依頼を受けながら情報収集をしてほしいんだけど、揉め事には巻き込まれないでね」
「わかった」
カミーユの髪色も瞳の色も目立たないように変えてある。軽い認識阻害がかかる魔法具の耳飾りもつけているので、ごく平凡な外見にしか思われないはずだ。
「……心配だなあ……。イキった冒険者が喧嘩売ってくるかもしれないけど、買っちゃだめだよ?」
「わかっている。わたしはまだ新米冒険者だからね、控えめにしているよ」
カミーユがそう答えると、アレクは大げさに溜め息をついた。
塔から出てから人と接することにも慣れてきたし、もう幼子ではないのだから言われたことくらいちゃんと守れるのに。
カミーユはちょっと不満だった。
窓から飛び立ったアレクを見送ってから、カミーユは「控えめに」とつぶやきながら依頼をこなすために出発した。
けれどそのアレクの危惧は現実になってしまうのだった。
40
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人
「後1年、か……」
レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【BLーR18】箱入り王子(プリンス)は俺サマ情報屋(実は上級貴族)に心奪われる
奏音 美都
BL
<あらすじ>
エレンザードの正統な王位継承者である王子、ジュリアンは、城の情報屋であるリアムと秘密の恋人関係にあった。城内でしか逢瀬できないジュリアンは、最近顔を見せないリアムを寂しく思っていた。
そんなある日、幼馴染であり、執事のエリックからリアムが治安の悪いザード地区の居酒屋で働いているらしいと聞き、いても立ってもいられず、夜中城を抜け出してリアムに会いに行くが……
俺様意地悪ちょいS情報屋攻め×可愛い健気流され王子受け
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
転生したら最強辺境伯に拾われました
マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。
死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる