時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

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一通りつまみを食べ終わると、

「…あたしだって、飲みに行きたいよ」

だんだん茉由子さんの呂律が怪しくなってきた。

どうやら旦那さんと喧嘩して家を飛び出してきたらしい。

「でもさ、お迎えがあるじゃん? 残業も無理なのに、飲み会なんてもってのほかじゃん? 間に合うように必死でお迎えに行って、ご飯作って、お風呂入れて歯磨きして、るう寝かしつけたら、洗濯して、片付けして、…」

茉由子さんのお家は共働き世帯らしい。

「るうは世界一可愛い宝物だけど、それとこれとは別じゃん? なんで旦那には『飲みに行くから遅くなる』っていう選択肢があるわけ⁉」

家事育児と仕事を抱えて、めちゃめちゃ忙しく生活している模様。
たまにブチ切れて、チーフのマンションにプチ家出してくる模様。

「あたし実家がないんだ。雅がたった一人の肉親で。だからあたしに逃げ場をくれるの。雅、優しいから」

茉由子さんの目がトロンとして視線が定まらなくなっている。

疲れてるんだろうな、と思う。

「雅には絶対幸せになってもらいたいんだ」

重そうに揺れていた頭が机に突っ伏して、ゆっくりと瞼が閉じられる。

「早く、あの子のことは、…忘れて」

茉由子さんが静かになったと思ったら、柔らかい寝息が聞こえてきた。

もうすっかり開き直って、いろいろ勝手に探させてもらい、
茉由子さんに布団をかけると、片付けを始めた。

急に覚醒した頭の片隅には、気づかないふりをして。

あの子。
忘れられない。人、…

ふりはふりでしかなく、お皿を洗うスポンジがたてる泡のように、
容赦なく膨らんであっという間に心を占める。

一人暮らしには広いマンション。
見たことのないもう一つの部屋。
取り揃えられた調理器具。
用意してあった新しいスウェット。
躊躇なく渡してくれた合い鍵。

膨らみ過ぎた泡でいっぱいになって何も見えなくなる前に、
とにかく急いで水道をひねって一気に洗い流す。

なんで胸の奥がチクチクするんだろう。

チーフが大人で女の子の扱いに慣れてて、
なんだかいろいろ余裕そうで、忘れられない人がいるからって。

私には、全然。
関係ない。はず。

チーフのベッドに入るのははばかられて、布団を引っ張ってきて、茉由子さんと一緒にリビングで眠った。

翌朝早く。

茉由子さんより身長が低くて全体的に丸っこい、どこか和まされる旦那さんが迎えに来て平謝りすると、茉由子さんは帰っていった。

「ここたん、ばいばい」

世界一可愛いるうちゃんと一緒に。

るうちゃん、可愛すぎる。
あれと同じ扱いだっていうんなら、苦しゅうないぞ、パンダ。

るうちゃんに免じて、どこかほろ苦さが残る胸に蓋をして出社したのに、
フロアの空気は予想外に暗く沈んでいた。

「何かあったんですか?」

「アドバイザーの常盤さん、海外に戻っちゃうんだって」

まりな先輩の言葉に、文字通り頭が真っ白になった。
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