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「……あ、あの、殿下? 今、なんと仰いましたの?」
ミリア様が、引きつった笑みを浮かべたまま震える声で尋ねた。
アルフォンス殿下は、私の手を握ったまま、一度も彼女を振り返ることなく冷淡に言い放つ。
「聞こえなかったのか? 君の役割は終わったと言ったのだ。……ああ、カタリーナ。君の手は少し冷えているね。私の情熱で温めてあげよう」
「いえ、結構ですわ! それより殿下、説明を……説明をしてくださいませ!」
私は必死に手を引こうとしたが、殿下の握力は意外なほど強く、びくともしない。
殿下は満足げに目を細めると、ようやくミリア様の方へ、氷のような視線を向けた。
「説明、か。いいだろう。……セバス、例のものを」
「はっ。こちらに」
いつの間にか背後に控えていた我が家の執事セバスが、うやうやしく一冊の分厚いファイルを差し出した。
「な、なんですの、その不気味な本は……」
ミリア様が後ずさりする。
殿下はそのファイルを受け取ると、無造作にページをめくり始めた。
「これは、君がこの学園に入学してから今日に至るまでの『全記録』だ。ミリア・ラングレー男爵令嬢」
「全記録……?」
「ああ。君が誰と会い、何を話し、どの店でいくら使ったか。そして、どのような『工作』を画策していたか……そのすべてだ」
殿下の声から、先ほどまでの甘い響きが完全に消え失せる。
会場の空気が一変し、真冬のような冷気が室内に満ちた。
「第一条。ミリア嬢は入学直後より、王室への接近を目論み、複数の令息に対して不適切な接触を繰り返した。目的は、王室の財政状況の把握、および婚姻による身分向上……いわゆる『逆玉』ならぬ『逆玉の輿』狙いだな」
「そ、そんなの、ただのお友達付き合いですわ!」
「お友達、か。では、この『隣国のスパイとの密談記録』も、お友達付き合いに含まれるのかな?」
殿下が冷酷に突きつけた一枚の紙。
そこには、ミリア様が怪しげな男と金銭の授受を行っている現場の写真……によく似た、非常に精巧な写生画が添えられていた。
この世界にはカメラはないが、宮廷画家を動員して証拠を残すあたり、殿下の執念がうかがえる。
「第二条。カタリーナ嬢に対する『いじめ』の自作自演。……これが一番許せない」
殿下の瞳に、暗い炎が灯った。
「君は自分の花壇を自分で荒らし、自分の教科書を自分で隠し、さらには階段で自ら転んで見せた。すべては、カタリーナを『悪役』に仕立て上げ、私に婚約破棄をさせるための芝居だった」
「そ、れは……! だって、殿下はカタリーナ様を嫌っていたじゃありませんか!」
ミリア様が半狂乱になって叫ぶ。
「いつも怖い顔で睨まれて、迷惑そうにしていたのは殿下の方ですわ! だから私は、殿下をあんな女から救ってあげようと……!」
その言葉を聞いた瞬間。
殿下は、ハタと動きを止めた。
そして、信じられないほど深い、深いため息をついたのだ。
「……ミリア嬢。君は、何もわかっていない。根本的な部分で、致命的な勘違いをしている」
「え……?」
「私が、カタリーナに睨まれて迷惑そうにしていた……だと?」
殿下は、ゆっくりと自分の顔を覆った。
指の間から見えるその頬は、なぜか……赤らんでいる。
「……あれは、照れていたんだ。最高すぎて」
「……はい?」
ミリア様と私の声が重なった。
「君は知らないだろうが、カタリーナのあの鋭い視線は、私にとっては至高の報酬だ。緊張で震える彼女が、必死に『悪役』を演じようと私を睨みつける……その健気な姿を想像して、私は毎晩枕を濡らしているというのに!」
「殿下、キモ……いえ、何でもありませんわ」
危うく公爵令嬢としてあるまじき言葉を吐くところだった。
私は扇子で顔を隠し、必死に平静を装う。
「ミリア嬢。君の罪は、王室を欺こうとしたことではない」
殿下は再びファイルを閉じ、冷徹な王子の顔に戻った。
「君の最大の罪は――私の『推し活』の邪魔をしたことだ」
「おし……かつ……?」
聞き慣れない言葉に、ミリア様が呆然と立ち尽くす。
「さあ、ここからは『断罪』の時間だ。君が裏で繋がっていた連中も、すでに全員捕縛してある。言い逃れはできないぞ」
殿下が合図を送ると、家の外から鎧のぶつかり合う音が聞こえてきた。
近衛騎士団が、この屋敷を取り囲んでいる。
「さあ、行こうか。……カタリーナ、君はここから一歩も動かなくていい。汚いものは、私がすべて片付けてくる」
殿下は私の額に、軽く口づけを落とした。
その瞬間、ミリア様の絶叫が響き渡った。
ミリア様が、引きつった笑みを浮かべたまま震える声で尋ねた。
アルフォンス殿下は、私の手を握ったまま、一度も彼女を振り返ることなく冷淡に言い放つ。
「聞こえなかったのか? 君の役割は終わったと言ったのだ。……ああ、カタリーナ。君の手は少し冷えているね。私の情熱で温めてあげよう」
「いえ、結構ですわ! それより殿下、説明を……説明をしてくださいませ!」
私は必死に手を引こうとしたが、殿下の握力は意外なほど強く、びくともしない。
殿下は満足げに目を細めると、ようやくミリア様の方へ、氷のような視線を向けた。
「説明、か。いいだろう。……セバス、例のものを」
「はっ。こちらに」
いつの間にか背後に控えていた我が家の執事セバスが、うやうやしく一冊の分厚いファイルを差し出した。
「な、なんですの、その不気味な本は……」
ミリア様が後ずさりする。
殿下はそのファイルを受け取ると、無造作にページをめくり始めた。
「これは、君がこの学園に入学してから今日に至るまでの『全記録』だ。ミリア・ラングレー男爵令嬢」
「全記録……?」
「ああ。君が誰と会い、何を話し、どの店でいくら使ったか。そして、どのような『工作』を画策していたか……そのすべてだ」
殿下の声から、先ほどまでの甘い響きが完全に消え失せる。
会場の空気が一変し、真冬のような冷気が室内に満ちた。
「第一条。ミリア嬢は入学直後より、王室への接近を目論み、複数の令息に対して不適切な接触を繰り返した。目的は、王室の財政状況の把握、および婚姻による身分向上……いわゆる『逆玉』ならぬ『逆玉の輿』狙いだな」
「そ、そんなの、ただのお友達付き合いですわ!」
「お友達、か。では、この『隣国のスパイとの密談記録』も、お友達付き合いに含まれるのかな?」
殿下が冷酷に突きつけた一枚の紙。
そこには、ミリア様が怪しげな男と金銭の授受を行っている現場の写真……によく似た、非常に精巧な写生画が添えられていた。
この世界にはカメラはないが、宮廷画家を動員して証拠を残すあたり、殿下の執念がうかがえる。
「第二条。カタリーナ嬢に対する『いじめ』の自作自演。……これが一番許せない」
殿下の瞳に、暗い炎が灯った。
「君は自分の花壇を自分で荒らし、自分の教科書を自分で隠し、さらには階段で自ら転んで見せた。すべては、カタリーナを『悪役』に仕立て上げ、私に婚約破棄をさせるための芝居だった」
「そ、れは……! だって、殿下はカタリーナ様を嫌っていたじゃありませんか!」
ミリア様が半狂乱になって叫ぶ。
「いつも怖い顔で睨まれて、迷惑そうにしていたのは殿下の方ですわ! だから私は、殿下をあんな女から救ってあげようと……!」
その言葉を聞いた瞬間。
殿下は、ハタと動きを止めた。
そして、信じられないほど深い、深いため息をついたのだ。
「……ミリア嬢。君は、何もわかっていない。根本的な部分で、致命的な勘違いをしている」
「え……?」
「私が、カタリーナに睨まれて迷惑そうにしていた……だと?」
殿下は、ゆっくりと自分の顔を覆った。
指の間から見えるその頬は、なぜか……赤らんでいる。
「……あれは、照れていたんだ。最高すぎて」
「……はい?」
ミリア様と私の声が重なった。
「君は知らないだろうが、カタリーナのあの鋭い視線は、私にとっては至高の報酬だ。緊張で震える彼女が、必死に『悪役』を演じようと私を睨みつける……その健気な姿を想像して、私は毎晩枕を濡らしているというのに!」
「殿下、キモ……いえ、何でもありませんわ」
危うく公爵令嬢としてあるまじき言葉を吐くところだった。
私は扇子で顔を隠し、必死に平静を装う。
「ミリア嬢。君の罪は、王室を欺こうとしたことではない」
殿下は再びファイルを閉じ、冷徹な王子の顔に戻った。
「君の最大の罪は――私の『推し活』の邪魔をしたことだ」
「おし……かつ……?」
聞き慣れない言葉に、ミリア様が呆然と立ち尽くす。
「さあ、ここからは『断罪』の時間だ。君が裏で繋がっていた連中も、すでに全員捕縛してある。言い逃れはできないぞ」
殿下が合図を送ると、家の外から鎧のぶつかり合う音が聞こえてきた。
近衛騎士団が、この屋敷を取り囲んでいる。
「さあ、行こうか。……カタリーナ、君はここから一歩も動かなくていい。汚いものは、私がすべて片付けてくる」
殿下は私の額に、軽く口づけを落とした。
その瞬間、ミリア様の絶叫が響き渡った。
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