英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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63.『絶縁の枷』

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 パリィン、と硬質な音とともに、アンクレットの鎖が壊れると、イングリッドは「フィルのくせにやたらと厄介なものを仕込んでくれるじゃない」と呟いた。

「厄介、ですか?」
「そうよ。壊れた途端に強い魔力が放たれたわ。あれはおそらくこの場所を伝えるためのものね。――――すぐに移動するわよ」

 立てとでも言うようにイングリッドはユーリに手を伸ばした。だが、ユーリは小さく首を横に振る。

「どうしたのよ。早くしないと……はァ!?」

 イングリッドは手首にひんやりと感じた冷たい硬質な感触に、自然と目を向け、そしてその目がこぼれるかと言うほどに見開いた。そこには黒く分厚く無骨な腕輪が嵌められていたのだ。それが何かを悟った瞬間、ユーリの襟首を掴み、馬乗りになった。

「アンタ! やってくれたわね! いますぐこれを外せ!」

 大声が洞窟に反響して、わんわんと響く。一方、今にも噛みつかれそうな勢いで怒鳴られているユーリの声音は冷静なものだった。

「もう私の意思で外せないのは、ご存知でしょう」

 ユーリは自分の腕にはめられていたその腕輪を、差し伸べられたイングリッドの手首に付けただけだ。ただ、その腕輪が『絶縁の枷』と呼ばれているだけだ。

「ユーリ! 無事か!?」

 その声とともに、ユーリの上からイングリッドの身体が文字通り吹っ飛んで行った。軽くなったと感じた途端、ユーリの身体が苦しい程に抱きしめられる。

「こらこら、フィル。力加減を間違っているよ。それだとユーリさんが苦しいだけだ」
「あ、すまない! ユーリ! 大丈夫か!?」

 肋骨が軋むような音が聞こえるどころか、そこから気が遠くなりかけていたユーリは、ようやく呼吸ができるようになったと、慌てて酸素を取り込む。怒るべきところだろうが、あまりに心配そうなフィルの顔を見ると、その気持ちが消え失せてしまった。

「……次からは気をつけてくださいね」
「すまない」

 ユーリはフィルの腕の中から、へたりこんだままのイングリッドに向き直った。

「一通り、これについて説明を受けました。枷を付ける際に枷を外すための条件を設定するのだと」

 自分が狙われているのなら、万が一襲われてもいいように、それだけでなく囮として役立てるようにと提案したユーリの作戦は、もちろんフィルの猛反対に遭った。
 最終的に目指すのは、イングリッドに絶縁の枷を付けることだ。魔術特化のイングリッドは、その魔力を封じてしまえば拘束するのはたやすく、逃げられる心配がほとんどなくなるからだ。
 ただし、絶縁の枷をつけても、その場にいるのがユーリ一人だけだと、隙を突かれて逃げられてしまう可能性が残る。そこで、アンクレットを外した時にその位置を知らせる仕掛けと、そこに駆けつける要員として、転移を使えるエクセが加わることになった。
 枷を隠し持つのではバレてしまいそうだからと、自ら枷を付けることを提案したユーリは、フィルの反対を押し切って自分で二の腕に枷をはめた。その際に設定した条件は「緊張状態にあること」という緩いものである。魔力を封じられても、そもそも魔術を使えないユーリにとっては大した痛手にはならないため、枷をつけることに忌避感はなかった。

「ちょっと! 何を条件にしたのよ! 教えなさいよ!」

 エクセによって押さえ込まれているイングリッドが、死に物狂いで暴れながら絶叫する。そこにはいつもの余裕は一欠片もなかった。

「それほど難しい条件ではないはずです。あまりに厳しい条件であれば、私の方に反動が来ると聞いていたので」

 例えば「死ぬときに外れる」という厳しい条件の場合、足一本動かなくなったり、状況によっては死ぬこともあるのだという。だが、ユーリには何も反動が来なかった。それはつまり、厳しい条件だと判断されなかった、ということだ。
 一応、今回ユーリが設定した条件が、厳しいと判断されるかどうかを過去の事例を調べてもらったが、問題ないと判断された。元々『絶縁の枷』は罪人に対して使われることを目的にしていたらしく、本人の更生を促すような条件は、反動は来ないらしい。

「その枷は、あなたが他人のためにその魔力と知識を使おうと心から考えたときに外れるよう条件付けをしました」

 そう告げられたときのイングリッドの表情は、とても見物みものだったと、のちにフィルは語った。

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