英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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62.バレた!

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「なんのことですか?」
「うん、シラを切るのはもういーよ。だって分かっちゃったし」
「あの本当に何のことだか分からなくて……」

 想像していた中の、最悪のパターンになってしまった、と思いながら、ユーリは嘘を続けていた。
 城でイングリッドに騙されたあの日、傀儡魔術とやらで操られていた侍女はいたが、本当に彼女だけが傀儡になってしまったのか、という懸念があった。ユーリが彷徨い人であることは王族しか知らされていないが、ユーリの働き場所なんかは隠されていない。つまり、クレットの下で働いていることは、ちょっと聞き取り調査をすれば分かることだ。もちろん、職務上の守秘義務があるから、何かしら魔術で口を軽くさせないと情報を得られないが、それこそイングリッドの得意とすることなのだろう。

(おそらくはクレット殿下のところで仕事をしていたことと、さっきのちょっと発音が違う会話で、私があの本を訳した人間じゃないかとあたりをつけたんだろうけど……。うぅ、自分がどういう言語を話したのかさえ分からないのが痛い)

 せめてさっきの会話が、どういった言語なのかを知る術があればいいのに……と思っても仕方がない。自分で努力して会得したものではないので、多少の欠点は残るものだろう。

「だって、最近フィルに連れられてきて、クレットのとこで働き始めて、あの本だって、最近手に入れたって感じに言われたし、今の会話だってエルフの中でも一部しか知る者がいない中期ストマー語だよ?」
「あの、……そもそもなんですけど」

 ユーリは、もうこれは記憶喪失設定をひたすら忠実に貫くしかない、と心に決めた。

「その彷徨い人、って何ですか?」
「はァ? 何ソレ、そーゆーことも教えられてないわけ?」
「えぇと、おそらく?」

 呆れた様子のイングリッドが説明した内容は、既に教わっている内容と大差はなかった。別の世界から来た人の総称であること、恩恵として全ての言語を理解できることなどだ。ただ、違うことが一点あるとすれば……

「だから、この世界の役に立つ必要があるのよ。庇護してあげるんだから当然でしょ?」

 この論調だ。イングリッドにとって彷徨い人とは一方的に異世界の情報を提供し、この世界で既に滅びた文明の謎を解明する手伝いをするべき人間らしい。

(まぁ、この世界の人の役に立て、というよりは、自分の役に立て、という方が近いんだろうけど)

 同じように研究者気質だろうに、クレットと全く違う。
 ユーリから活版印刷について教わったクレットは、確かにその知識を利用した。けれど、活版印刷を使って最初に製本されるのは、庶民に向けた字の教本なのだと聞いている。また、図や絵を印刷できるようになれば、図鑑を作りたいという構想とも聞いた。異世界の知識を正しく広く還元している、とユーリは思う。
 一方、イングリッドは、かつて魔術によって栄え、大規模な魔術実験で滅びたとされる文明の謎を解き明かすのだと息を巻いている。文明を滅ぼすほどの危険な魔術を復活させようとでもいうのだろうか。そこには自分の知的欲求を満たすという利己的な欲望しか感じられない。

(やっぱり、フィルさんたちの傍の方が、いいなぁ)

 知識の使い方が上手だ。為政者の考え方というだけなのかもしれないが、自分の知識の使われ方としては、大勢にとっての利益になる方がいいに決まっている。だいたい、イングリッドの話す内容は物騒な話が多い。

(どこか危うい選民思想みたいなものを感じるんだよね。すごい魔術を使える人が偉いんだ、みたいな)

 だからだろう。魔力が少ない上に月の満ち欠けに左右されると思われているユーリを、完全に下にして見ている発言を無意識にしている。「~してあげる」という言い回しが多いのも、ユーリのかんに障った。

「結局、その文明で使っていた言語が分かったとして、それが何の役に立つんですか?」
「はァ? アンタ、ばかなの? 失われた魔術系統を復元できるのよ?」

 やっぱりダメだ、とユーリは見切りをつけた。イングリッドが考えるのはあくまで新たな知識のことなのだ。文明が滅びた理由を知り、それを二度と繰り返さないため、などと答えてくれれば、まだ協力してもいいかな、と思えただろう。
 腰を落としたままだったユーリは、そっと足首に触れた。そこにはフィルがくれたアンクレットがまだある。

「それも捨てちゃいなよ。竜人が番に贈ったものなら、それこそ盗聴機能とかついてそうだし」
「盗聴……」

 ユーリはゆっくり目を見開いて、足首を飾るアンクレットをまじまじと見る。まるで、この小さなアクセサリーにそんな機能が付けられているなんて信じられない、と言いたげに。
 そんなユーリの様子に好機を感じたのか、イングリッドはさらに言葉を連ねていく。番に対する執着と偏愛がいかに醜く鬱陶しいものなのか。番に心を奪われるあまり、愚かな選択をした先人がいかに多いのか。そんな番を持つ彼らがいかに本能で動く獣に近く野蛮なのか。
 その説明を、ユーリは拳を小さく震わせながら聞いていた。そして、とうとう決心したように、まっすぐにイングリッドを見据えてこう言った。

「あの、もし可能であれば、これを壊してもらえませんか? どういうことになっているのか分からないんですけど、私、自分ではこのアンクレットが外せないんです」
「わぁ、マジでそこまでするんだ。いいよ、外してあげる。でもその代わりに」
「はい、協力します。だから、お願いします」

 素直になったユーリの返事に、イングリッドは満面の笑みを浮かべた。それは少女のような外見にふさわしく無邪気な、その内実は我欲に塗れた醜悪なものだった。

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